2.43 清陰高校男子バレー部 next 4years2.43 清陰高校男子バレー部 next 4years

著者プロフィール

壁井ユカコ【かべい・ゆかこ】

沖縄出身の父と北海道出身の母をもつ信州育ち、東京在住。学習院大学経済学部経営学科卒業。第9回電撃小説大賞〈大賞〉を受賞し、2003年『キーリ 死者たちは荒野に眠る』でデビュー。「2.43 清陰高校男子バレー部」シリーズの他、『空への助走 福蜂工業高校運動部』『K -Lost Small World-』『サマーサイダー』『代々木Love&Hateパーク』「五龍世界」シリーズ等著書多数。

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第一話 砂漠を進む英雄

5. SOMEDAY, EVEN YEARS LATER

 一年生コンビが投入されても追撃を許さず、第一セットは25-15と大差で八重洲が先取した。

「んーっ! きびしーな!」

 染谷のでかい声が横から聞こえた。お手上げというように天を仰いで頭を掻きむしった染谷がまた前傾姿勢になって腹の前でノートパソコンのキーを叩く。第一セットの途中で視界に入ったときからシューズを脱いで座席の上であぐらを組んでいた。あぐらと腹のあいだにノートパソコンを挟んで身体を折りたたみ、前のめりになってコートを覗き込みながらキーを叩くというエキセントリックな入力姿勢である。あれでは画面は見えていないのでブラインドタッチとショートカットキーだけですべて操作しているはずだ。どんどん前のめりになっていくのでそのうち座席から転げ落ちそうで危なっかしい。

 声量を抑えない奴なのでヘッドセットに喋る声もこっちに丸聞こえだ。

「Bチーム入れちゃいませんか? 辻、福田、柳楽、あと──三村統。どーすかね? って星名さんにおれからって」

 挙がった名前に越智はついヘッドセットをずらして耳をそばだてた。欅舎ベンチでは染谷の助言を受けた主務の久保塚が監督の星名に話しに行った。

 第一セットを戦ったメンバーがベンチ前で補給しているあいだリザーブメンバーはコートの隅にでてパス練をしていたが、その中にいた三村が久保塚に呼ばれて振り向いた。

 でるか、統。

 三村がはおっていたジャージを脱いで星名に駆け寄る。呼ばれたのは三村を含めリザーブから四人。

「第二セット、がらっと替えてきます」

 興奮が声に表れないよう抑揚を抑えて裕木に報告した。越智には敵に会話をわざわざ聞かせるような神経はないので念のためマイクに手を添えて染谷の側から口もとを隠し、

「リベロ以外総取っ替えになりますね」

『一年ルーキー入れてもいまいちうまくまわってないからな。とにかく空気変えたいんだろう』

 インターバルの終了が近づき、両チームとも第二セットのスタメンがコートサイドに並びはじめた。欅舎は第一セットの途中から入った灰島と黒羽のみ残り、灰島の対角のオポジットに二年の柳楽、ミドルブロッカーに二年の福田と三年の辻、黒羽の対角のウイングスパイカーに──三村。

『全員リザーブはちょっと想定してなかったな。データがぜんぜん頭に入ってない。とりあえずどっかに絞りたいな』

「まずは第一セットと同じでABクイックと黒羽のbickとレフトのファーストテンポに絞っていいと思いますが……」

 シーズン最初の大会でもあるため出場機会が少ないリザーブの選手のデータは越智もほとんど持っていない。早めになにかしらの傾向を見つけたいところだ。

 欅舎はこれで全員三年生以下だ。三村の9番が一番若い背番号になった。

 このセットから投入されるリザーブメンバーにはやはり力みが窺える。灰島一人が平然としているのはまあ置いておいて、第一セットの決定率がよくなかった黒羽もあまり冴えた顔はしていない。

 他のメンバーがサイドライン上で足踏みをしてコートインを待つ中、三村は頭を下げ、両膝のサポーターのマジックテープを一度剥がして調整している。ああいう神経質な行動をする奴ではないのだが。緊張してるのか……?

 一般的なバレーボールの膝用サポーターはパッドがついたシンプルな筒状で、レシーブ時の打撲から膝を保護する目的のものだが、三村のそれはジャンプ時の膝への負荷を軽減する目的のものだ。膝パッドはなく、膝蓋骨しつがいこつ、いわゆる膝の皿の部分が丸くあいた形状で、膝蓋骨の上下をマジックテープで締めて補強する。ひと目で怪我用だとわかるので高校時代の三村はあのタイプのサポーターを使っていなかった。

 中学二年時と三年時で二度、左右の膝を手術して復帰した経緯がある。高校三年間は大きな問題はなかったのでプレーは続けられていたが完治したわけではなかった。

 高校の大会が全部終わったら再手術することを勧められている──と越智が三村から聞いたのが、まさに“高校の大会が全部終わった”その日だった。

 福蜂工業高校にとっては正月に東京で行われる春高の全国大会が毎年“最後の大会”だった。しかしその年、想定していたよりも一ヶ月早く、十一月末の福井県代表決定戦で越智と三村の高校バレーは終わった。

「福蜂工業のキャプテン、三村くんにお話をお聞きします。お疲れさまでした……いい試合をありがとうございました」

 インタビュアーが水野でよかったと──三村にしてみれば水野に敗者インタビューをされるのは恰好がつかないと思っていたかもしれないが──越智は思った。ずっと福蜂を取材してくれていた地元テレビ局の女性レポーターだ。なにかしら刺激的なコメントを求めるような無粋な取材も三村はしばしば受けてきたが、三村にマイクを向けた水野の声は誠実で、お疲れさまでしたという言葉には温かなねぎらいが感じられた。

 体育館の隅でインタビューを受ける三村に手持ちカメラが一台ついている一方で、体育館の真ん中では先に勝者インタビューを終えた清陰の胴上げが行われていた。清陰は胴上げなんかするのも初めてだろうし人数が少ないチームだ。主将の小田を持ちあげたいようだがどんな体勢になってもらえばいいのかなどとやり方に戸惑っている初々しい様子にテレビカメラや新聞社のカメラが群がっている。こちらのインタビューを掻き消すほどわいわいと騒ぐ声に三村が一度視線をやった。

 小柄な水野が腕をあげて掲げたマイクに軽く頭を下げ、

「……まずは応援に来てくれた学校のみんな、OBの先輩方、保護者の方々に感謝してます。応援本当にありがとうございました」

 落ち着いた表情でおとなのコメントをする三村を越智は他のチームメイトとともに見守っていた。表彰式・閉会式の前に全員もうユニフォームからジャージに着替えている。三村もフルセットを戦ってぼろぼろの膝をジャージの下に隠し、痛みをいっさい見せることなく自然体で後ろ手を組んで直立していた。

 福井のバレーの表舞台にずっと立ってきたヒーローらしく堂々としたコメントをする三村こそが、越智の世界では今でも変わらず主役だった。越智にとっては清陰の胴上げのほうが背景で、三村を映しているカメラがメインカメラだった。

「みんなもありがとな」

 カメラに入らないところに集まって聞いているチームメイトに三村が顔を向けて微笑んだ。

 体育館に移動する前に控え室で三村が仲間に乞うた。

 “みんなに頼みがある。悲愴感は見せんで欲しい。みんなで顔あげて、胸張って表彰式にでよう。立派な準優勝や”

 控え室で泣き尽くした仲間も三村の思いを汲み、今はしっかりした顔を保って微笑み返した。満足げに仲間を見渡した三村が「ありがとな……」ともう一度繰り返した。二度目は心得てくれたみんなへの感謝の言葉かもしれない。

「この仲間で、今年こそ春高のセンターコートに行くつもりでした……」

 しかしその当の三村が一瞬声を詰まらせた。

 完璧に感情をコントロールしていた三村がしばし言葉がなくなったように口をつぐんだ。カメラが三村にぐいと寄る。

 カメラを素通りして三村のまぶたに今映っているものが越智にも見えた。この福井の体育館より遥か高く広々とした、東京体育館のアーチ形の天井から煌々と照らすライトを浴びて輝く、春高のオレンジコートが。

 福井の一強として全国大会に連続出場を果たしていながら未だ叶えられない福蜂の悲願がセンターコートだった。代々の先輩たちが積みあげてきた無念も引き継いでその夢を追ってきた三年間だった。一年目、二年目と着実に近づいている手応えはあった。しかし三年目にして、春高本戦に臨む前にその夢は断たれた。

「……またどっかでみんなと一緒にバレーやれたらと思います。三年も全員バレーは続けるんで」

 三秒ほどの沈黙をおいて三村が続けたときには、感傷はもう締めだされていた。テレビカメラの前で悲劇の役は意地でも演じない。そういう奴だとわかっているが、そういう三村の意地が越智はやるせなくもなる。

「それとチームのために三年間働いてくれたマネージャーに、」

 と、急に指名されて不意打ちを食った。三村がカメラに横顔を向けてこちらを見つめてきた。

「預けてもらった三年間、今日返す。約束したセンターコートには連れてけんかったけど。次は自分のための道を進んでくれることを応援してるで」

 おまえっ……ずるいっちゃなっ……! おまえが泣かせにきてどうすんじゃっ……!

 悲愴感を見せるな、悲愴感を見せるな……。越智は下唇を噛み締めて懸命に涙腺の決壊を堰きとめた。

「三村くん自身の進路について最後にお聞きしていいですか。大学でも活躍を見せてください。福井からみんな楽しみにしていますから……」

 インタビュアーとして中立であろうと水野も努めていたと思うが、祈るような情がこもった。

「膝の手術します」

 明快な三村の答えに水野が絶句した。まさかカメラの前で今言うとは思っていなかったので越智も驚いた。そもそも手術を勧められたことはさっき聞いたが、手術すると決めていたことは初耳だ。

 あくまで主将の立場でチームの仲間や応援してくれた人々に思いを寄せて殊勝に話していた三村が、自分自身のことに触れたときにだけ自嘲じちょうめいた苦い笑みを浮かべた。

「ほやで、推薦の話はもらってましたが、それでも取ってくれるところがあるかはわかりません」

 この場で言うことで、カメラの前で公表することで自分に背水の陣を敷いたつもりか──。あの三村がそうでもしないと腹を括れないくらいのことなのだ。どれくらいの時間をロスすることになるか、医者でも明確には保証できない手術だ。どれだけの覚悟をもって決断したのか……。

 自分のための道を進めって、おまえ今言ったよな。

 マネージャーになってスコアブックを預かるようになってからより詳細なデータに基づく分析にも興味がわき、それを専門とするアナリストという仕事があると知って漠然とした興味は抱いていたが、本格的にその道を目指そうとまではまだ考えていなかった。

 自分の志望を越智はこの瞬間にはっきりと自覚した。

 おまえが戻ってくるのが何年後になろうと、そのときはまたおまえと並走したい。おまえとともに在りたい……それが、おれの道でもいいか?

 灰島のトスがライトの柳楽に通った。破魔が大きな歩幅で一気にライトへ移動し二枚ブロックを揃える。破魔のプレッシャーに柳楽が打ち急いだ。大学最強のブロックの前に弱気のスパイクが通るはずがなく易々と捕まえられた。

 後衛の三村が前に飛び込んでリバウンドを拾い、欅舎の再攻撃。灰島が逆サイドのレフトへトスを離す。やはり結局は黒羽頼み──第一セットの一発目は抜かれたが、もう黒羽のクロスにはタイミングがあっている。黒羽がインパクトする瞬間コース上に現れたブロックが押さえ込んだ。

 今度は灰島がリバウンドを拾って欅舎が粘る。三村がバックセンターから助走に入った。灰島のかわりにリベロの江口がアンダーセット。八重洲側も中央でブロックの布陣を敷きなおした。

 三村のスパイク一本目。どうだ、と越智は身を乗りだした。

 三枚ブロックが三村につく。右手でボールを叩きざま身体をくの字に折った三村の頭の上で、ブロックに阻まれたボールが大きく跳ね返った。山なりを描いて欅舎コート後方へ──欅舎は六人全員が前に詰めた状態だったため後ろががらあきだ。全員が振り返ったが、誰もいないエンドライン際に落ちるボールを見送るだけになった。

 ライトにレフトにセンター、どこから打っても欅舎の攻撃は一分も通らない。これが大学最強のブロック力だ──常に冷静にどっしり構えたバンチシフト。リードブロックからのブロックステップの速さ。ブロック自体の高さと固さ。さらには相手コートのスペースを見て落とす場所をコントロールするテクニックまで。

 さてどうする、天才セッター? 第一セットと状況は変わっていないぞ。

 八重洲のローテがまわり、破魔がサーブに下がって対角のミドルブロッカーの孫が前衛にあがる。

 スパイクやサーブの際に声を発するプレーヤーは海外には多いが、日本人選手では越智はほとんど見ない。破魔の逞しい左腕さわんがボールを捉えて振り抜く瞬間、海外選手のような短い濁声だくせいをともなう呼気が発せられた。エンド側の越智の場所からはサーブの軌道がよく見える。左利き独特のスピンがかかったボールが欅舎の領空に入ったところで禍々しいほどのカーブを切り、リベロの池端が飛びついたが大きく逸れた。ボールを追ってダッシュしてきた灰島がなんとか手を伸ばす。

 ワンハンドで制御したボールをバックセット! ミドルブロッカーの福田が灰島のすぐ背後についてきている。こんな荒れたレセプションから強気にミドル、しかもCクイックだと!?

 八重洲のブロック、つけない。だが福田が打ち損ねて軟打になった。越智が肝を冷やした一方で「あっ、惜しーっ!」と染谷が悔しがる声が聞こえた。

 八重洲コートにゆるく入ったボールを破魔がレシーブし、自らバックアタックに入った。

 一般的にミドルブロッカーは後衛ではリベロと交代する。しかし破魔は後衛に残ってバックアタックでも攻撃するミドルだ。サイドアタッカーばりの長い助走を取ってアタックラインでドドンッ、と力強く踏み切る。重量感のある体躯たいくが宙に跳ねあがり、高さと破壊力のあるバックアタックが炸裂した。

 トスから守備に取って返していた灰島が怯まず正面で受けた。ボールの威力に吹っ飛ばされてごろごろっと派手に後ろでんぐり返り。だがボールは高くあがった。「おわっ……あげやがった!」と越智は声を漏らした。

 池端が二段トスをあげる──が、二段トスを引き受けるべき前衛のスパイカー、レフトの黒羽とライトの柳楽がトスを呼ぶのを譲りあうように互いを窺って足をとめた。

 どこから何度打っても堅牢な壁に阻まれる。決める場所が見えずスパイカーは迷いを深めて弱気になっていく。八重洲と対戦するスパイカーが必ず陥る症状だ。

「ヘイ! バック!」

 と、そのとき三村が声を張ってトスを呼んだ。

 黒羽と柳楽のあいだを割ってバックセンターから。幅も高さも揃った三枚ブロックが三村の前にまた壁を作る。三村の二本目、今度はどうだ──?

「……あっ」ふかした。八重洲コートを大きく越えるホームランになり、太明が追わずに見送った。

 黒羽に比べれば三村がスパイクでミスることは珍しいが、迷いが生じたまま半端に打ってスパイクミス。八重洲の壁の前に三村も例外ではない……か。

『16番、Cクイック多い奴か?』

「16番福田、データ少ないんで参考までにですけど、去年含めても一本も打ってません」

『欅が今年仕込もうとしてる武器かな……』

 裕木の呟きで越智は練習中の一場面を思いだした。もしかしたら試合で裏をかくために練習では見せたくなかったのか? たしかにもしあれを打ち切られていたらおそらく決まっていた……灰島の思惑を推し量り、不貞不貞しさにあきれるとともに戦慄した。練習中から駆け引きをはじめているなんて普通の一年のやることではないが、あいつを普通の一年だと思ったら痛い目を見る。

 だが今の福田の打ち損じは灰島の失策だ。福田が練習で打ちたがっていたことからわかるとおり、ぶっつけ本番ではスパイカーが緊張する。破魔の目の前でクイックを打つミドルブロッカーにいかほどのプレッシャーがかかるか、灰島は想像できていなかったのだろう。

「灰島……あいつはめちゃくちゃ巧いですけど、まだスパイカーとの信頼関係は築けてないはずです。黒羽に仕事させなければ流れが渡ることはありません」

 第二セットのローテが二周目に入り、八重洲11-7欅舎。欅舎に状況を好転させる材料は未だない。

 また頭を下げて膝のサポーターを調整している三村を見下ろして越智は溜め息を漏らした。

 膝は治っているはずだ。しかし手術のブランクからまだパフォーマンスが戻ってこない。サポーターどうこうの問題ではないだけに余計に、サポーターを頻繁に気にする仕草に胸が痛んだ。

著者プロフィール

壁井ユカコ【かべい・ゆかこ】

沖縄出身の父と北海道出身の母をもつ信州育ち、東京在住。学習院大学経済学部経営学科卒業。第9回電撃小説大賞〈大賞〉を受賞し、2003年『キーリ 死者たちは荒野に眠る』でデビュー。「2.43 清陰高校男子バレー部」シリーズの他、『空への助走 福蜂工業高校運動部』『K -Lost Small World-』『サマーサイダー』『代々木Love&Hateパーク』「五龍世界」シリーズ等著書多数。

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