目次
- プロローグ スイングバイ
- 第一話 砂漠を進む英雄
-
第二話
鋼 と宝石- 1. COLORFUL RELATION
- 2. TAKE ON THE MISSION
- 3. CITIZEN AMONG MONSTERS
- 4. REMOTENESS
- 5. HOWL OF SORROW
- 6. MASTER AND SERVANT
- 7. FIRED
- 8. TIPSY ALONE TOGETHER
- 9. STEEL VERSUS JEWEL
- 10. FAIR AND AGGRESSIVE
- 11. BREATHLESS
- 12. SAVAGE PLAYMAKER
- 13. SHARP TONGUE AND RIGHTEOUS
- 14. BIG SERVERS
- 15. MACHINE’S OVERLOAD
- 16. COMMON KING
- 17. EUPHORIA
- 18. WILD-GOOSE CHASER
-
Intermission
清陰の、あれから
著者プロフィール
- 壁井ユカコ【かべい・ゆかこ】
-
沖縄出身の父と北海道出身の母をもつ信州育ち、東京在住。学習院大学経済学部経営学科卒業。第9回電撃小説大賞〈大賞〉を受賞し、2003年『キーリ 死者たちは荒野に眠る』でデビュー。「2.43 清陰高校男子バレー部」シリーズの他、『空への助走 福蜂工業高校運動部』『K -Lost Small World-』『サマーサイダー』『代々木Love&Hateパーク』「五龍世界」シリーズ等著書多数。
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第一話 砂漠を進む英雄
7. TURN OF THE TIDE
また被ブロック──。
ネットの向こうから覆いかぶさるように突きだしてきた
「!?」
その刹那、叩き落とされたボールの下に三村が足を突っ込んだので入力の手をとめて前のめりになった。シューズの甲ですくったボールが欅舎のコート上に跳ねあがった。あいつ、根性で自分でリバウンド取った……! 「ナーイス統っ!」染谷の喝采が耳に入ったが、
ピィッ!
ホイッスルが鋭く響いて試合をとめた。「あーっまじか、惜しい!」
パッシング・ザ・センターライン……。懸命な繋ぎでボールはあがったが、スライディングタックルばりに突っ込んだ足がセンターラインを踏み越えて八重洲側を侵してしまった。
第二セット中盤で八重洲15-10欅舎。依然として八重洲が試合の支配権を渡さず進んでいる。
五点差にされた欅舎がタイムを取った。ベンチに引きあげる選手と入れ違いに両チームからモッパーの一年生が飛びだしていってコートにモップをかける。今のうちに越智は入力が抜けたラリーのコードを思い返して補完した。
あかんな……と自戒して溜め息をつく。
『越智』
ヘッドセットから聞こえた声にはっとし、「あ、はい」と集中しなおして応答した。
『9番の情報が欲しい』
「はい」頷いてから「──9番ですか?」と確認してしまった。
『ああ、9番。
ベンチ前で立ちあがっている裕木のもとに、破魔と太明──八重洲の前衛と後衛を結ぶ中心線の二人がいるのが見下ろせた。
頭の中で手早く答えをまとめるあいだに越智は欅舎側のベンチに目を投げた。第二セットのコートメンバーが八重洲のそれよりぎゅっと円陣を縮めて集まっている。円陣の中に頭を突っ込んで積極的にずっと話している9番の背中が他の選手の隙間に見えた。
「……膝怪我してたんで、黒羽ほどのパフォーマンスは今んとこないです。この六試合では後衛んときだけちょっと入ってますけどバックアタックは一本も打ってません。どっちかっていうと守備固めと、あとムードメーカーが仕事です。ただ高校では打ってたんでもともとめちゃくちゃ打ちます」
『ああ、そういえば高校一緒だったのか。福井だっけ』
「はい──チームメイトでした」
三村の情報をベンチに求められて他ならぬ自分が伝えていることにぞくぞくするほどの昂揚感を覚えた。声がうわずるのを抑えて努めて淡々と伝える。
「フロントではインナーかディープコースが得意です。インナーはめっちゃキレます。ブロック抜けるとゾーン5とか7とかの深いとこに入れてきます。黒羽は浅いとこ落ちますけど、すば……三村にはライン下げたほうがいいです」
裕木から破魔と太明に端的に伝えられる。それを受けて言葉を交わす破魔と太明の様子を遠目に見下ろしてなにか追加で問われることを待っていたが、距離感の異なるホイッスルの音が右耳と左耳それぞれに聞こえた。ここで三十秒のタイムアウト終了。
他のメンバーのしんがりから破魔と太明が顔を見合わせてなにか話しながらコートに戻っていった。
現状三村の調子は数字の上では警戒するほどではない。他のスパイカーが打てない状況でスパイクを多く引き受けて自滅しているぶんだけ決定率はかなり下がっている。だが、あの二人の会話に三村の名前がでている……。
『9番、膝は? 今は問題ないの?』
選手をコートに送りだしてから裕木が訊いてきた。
「はい。今は……」他意はないのだろう単刀直入な疑問への答えを口にするとき、二年ぶんのいろいろな感情が溢れそうになった。「今はもう、大丈夫です」
大丈夫なのだ。治っているだけに、怪我が言い訳にならない。
第二セット中盤から終盤にかけての福田前衛ローテで灰島がCクイックをさらに二本使ってきた。しかし一本目と同様に二本目、三本目も思い切って叩けず、ゆるいボールを太明がフロアで拾った。
終盤までに地力の差がさらに顕著になり、八重洲23-16欅舎。七点差に引き離して八重洲が二十五点まであと二点。終盤で大逆転劇が起こる試合も少なくないのは事実だが、同じ大学生相手にこの点数から逆転を許すような甘さは八重洲にはない。
欅舎はせめて第三セットにいい流れを渡すための手応えを掴んでこのセットを終えたいところだろう。それができなければ第三セットはまた四年のレギュラーに戻り、リザーブメンバーは下げられるだけだ。
サーバーは
八重洲のセットポイントを阻まねばならない欅舎のブロッカーは三村、辻、灰島。破魔が前衛のためCクイックをマークから外せない。三村と辻がライト側に寄った。だがこれでレフトがあく。レフトにトスがあがれば行けても灰島一枚。ここは
早乙女も心得ており手薄なレフトにトスを振った。灰島が素早くレフトにステップしてブロックに行くが、灰島の一枚ブロックはさっきも突破している。一枚程度では日本代表ウイングスパイカーの前に障壁にはならない。
ストレートを締めた灰島の左脇を抜いて神馬がクロスに打った──直後、一枚分あけて跳んだ辻の手にボールが捕まった。
「……あっ!?」
辻が一拍遅れてライトから灰島を追いかけてきていた。先走って神馬のスパイクコースを入力しかけた指を越智はとっさにキーから離した。
「来た来た来たあーっ!」
などという染谷の
欅舎にこの試合やっと一本目のブロックポイントがでた。しかも偶然とめられたわけではない──わざとレフトを手薄にして誘導された。くそっ、灰島! 歯軋りしながら越智はバックスペースキーを強く連打して途中まで打ったコードを削除した。
とはいえ未だ八重洲23-17欅舎。一本のブロックポイントがチームを勢いづけることは往々にしてあるが、スパートをかけるには遅すぎる。
ブロックポイントを決めた辻がサーブに下がる。さほど警戒する必要はない辻のフローターサーブだが、神馬の手前にうまく落とされた。つんのめって膝をついた神馬のレセプションが欅舎のチャンスボールになった。予想外のブロックを食らって集中力が乱れたか……? 国際大会にでれば質、高さとも日本国内では経験できないレベルのブロックに嫌というほどシャットされるはずだ。だが逆に学生の大会で、あきらかに格下の相手にシャットを食らうことは最近の神馬にはなかった。
潮が引くように欅舎のスパイカー陣がネットから下がって助走準備に入る中、唯一ネット際に残って自陣を向いた灰島がサインと声で味方に指示を飛ばす。
福田がまた前衛に来ているローテだ。Cクイックは三本打ってまだ一本も決まっていないが、三本ともフロアまでは到達していることが気にかかっていた。三村、黒羽、
四本目を灰島が使ってもおかしくないタイミングだ。「C来ます!」口もとのマイクに警告したとき、
「統、統! 統の決定率あげろ!」
染谷の大声が耳に入り、驚いて越智はそっちに一瞬目をやった。「レフトレフト!」という声がコートで聞こえてはっとして目を戻す。三村が手を叩いてトスを呼びながらレフトにまわってくる。破魔が手振りで味方ブロッカーにレフトの警戒を促した。
三村はここまで被ブロック率が高い。攻撃の手数が揃って灰島がどこにでもトスをだせる状況であえて三村に振る確率は低い。だが灰島ならそれすら計算して裏をかいてくることもあり得るか? 破魔も三村をかなり警戒している。
って、ぜんぜんわからん! さっぱり予想できなくなりただ灰島の動きに目を凝らしたとき、バックセットでやはりCクイック! 四本目、またノーブロックで抜けた。ただ抜けても太明がフロアで構えている。
四本目にして福田が完璧にミートし、初めて強打になった。ワンハンドであげようとした太明の腕の脇を球速のあるボールが一瞬早く掠め、首だけで振り返った太明の背後でズバンッと決まった。
疑心暗鬼にさせたあげくの結局Cクイックかよ! つい越智は抗議の目で染谷を睨んだ。
コートに喝采を送っていた染谷がこっちを見返してにたりと笑った。チェシャ猫を思わせるしたり顔に越智は絶句して目を剥いた。
相変わらず座席の上であぐらを組んで前傾姿勢になり腹の前でノートパソコンを挟んだスタイルで染谷が「こっからまくれまくれ!」などとまた野卑な言葉で自軍に発破をかける。どこからどこまでわざと聞こえるように言ってるんだ?
くそっ……気を鎮めて越智は自分の仕事に集中した。
欅舎のブレイク(サーブ権があるチームの得点)で一点詰められたが、八重洲が落ち着いて次はきっちりサイドアウトを取り、八重洲24-18欅舎。セットポイントに乗せた。レセプション側が攻撃に有利なバレーボールではブレイク率よりサイドアウト率(レセプション側が得点する確率)のほうが高い。もう一回欅舎にサーブ権を渡したとしてもサイドアウトを問題なく取れば二十五点だ。
八重洲のローテはS1。唯一ブロックの弱点になる早乙女が後衛に下がって前衛の高さが戻ったところだ。
早乙女のサーブが欅舎コートに入り、なにはなくともまずはサイドアウトを取らねばならない欅舎の攻撃。二連続でCクイックは使ってくるまいが、灰島のことだ、まだなにか狙ってるんじゃ……。
コート上の選手にも迷いが見られ、破魔の両サイドの神馬と
「ステイ!」
そのとき端的かつ明快な太明の声が飛んだ。
背後からの太明のひと声で前衛の足が地につき、破魔を中心に三人がバンチシフトでとどまった。
それを見るや灰島がレフトに長いトスを飛ばした。バンチシフトは逆にサイドいっぱいの攻撃に弱い。あの視野の広さと判断力にはまったくもって舌を巻く。
「抜かせろ抜かせろ、任せろ!」
大苑と破魔の二枚ブロックが割れたところへ三村がクロスを突っ込んだが、怒鳴りながら床を蹴った太明がブロックを抜けてくるコース上に身を投じている。思い切りのいいフライングレシーブでバチンッとボールがあがった。
破魔が鋭い声でトスを要求した。早乙女からバックセットがあがった直後、早乙女の頭の真上といっていい場所で破魔の左手がボールを捉えた。左利きのCクイックはセッターとの距離が最短になる利がある。野球で左バッターが一塁に近いようなものだ。
Cクイックを打つならこうだと見せつけるような“本物の”Cクイックが欅舎コートに叩きつけられた。
最後は八重洲がブレイクで突き放して二十五点に飛び込み、25-18で第二セット終了。
スタンドで思わず力んでいた越智はどっと脱力し、溜め込んでいた息を吐きだした。
灰島に
八重洲が危なげなく第一セット、第二セットを連取して王手をかけた。五セットマッチなので第三セットを取ればストレートで終了だ。
逆に追い込まれた欅舎だが、ぞろぞろとコートチェンジするメンバーの空気は悪くはない。福田や辻の顔は昂揚で上気している。
点数的には第一セットと変わらず大差での失セットだが、終盤で決まったブロックポイントとCクイックのインパクトは大きい。第三セットへと流れを持ち越す手応えは終盤確実に掴んだ。
『越智。第二セットのデータでる? たぶんメンバー変えないだろ』
ベンチを移動して腰を落ち着けた裕木の声がヘッドセットに届いた。
「はい。すぐ送ります」
寝不足の頭がこのセットだけで一気に
三村に関しては依然として調子はあがっていない。だが福田と灰島の肩を抱いて歩きながら辻にも笑顔で声をかけている三村の姿が見えた。
……今日は敵だ。情を移している場合ではない。
チョコレートをまたひと粒口の中で溶かしながら気合いを入れなおしてノートパソコンのキーを叩いた。
著者プロフィール
- 壁井ユカコ【かべい・ゆかこ】
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沖縄出身の父と北海道出身の母をもつ信州育ち、東京在住。学習院大学経済学部経営学科卒業。第9回電撃小説大賞〈大賞〉を受賞し、2003年『キーリ 死者たちは荒野に眠る』でデビュー。「2.43 清陰高校男子バレー部」シリーズの他、『空への助走 福蜂工業高校運動部』『K -Lost Small World-』『サマーサイダー』『代々木Love&Hateパーク』「五龍世界」シリーズ等著書多数。
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