2.43 清陰高校男子バレー部 next 4years2.43 清陰高校男子バレー部 next 4years

著者プロフィール

壁井ユカコ【かべい・ゆかこ】

沖縄出身の父と北海道出身の母をもつ信州育ち、東京在住。学習院大学経済学部経営学科卒業。第9回電撃小説大賞〈大賞〉を受賞し、2003年『キーリ 死者たちは荒野に眠る』でデビュー。「2.43 清陰高校男子バレー部」シリーズの他、『空への助走 福蜂工業高校運動部』『K -Lost Small World-』『サマーサイダー』『代々木Love&Hateパーク』「五龍世界」シリーズ等著書多数。

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第二話 はがねと宝石

1. COLORFUL RELATION

「“ハマスガオ”の呼び方って“スガシカオ”と同じ? “スガ”と同じイントネーションの“ハマ”だよな?」

 強豪小学生チームから強豪中学、信州の山の中の全寮制の強豪高校を経て茨城の強豪大学に入った破魔清央はますがおのバレー人生において、太明倫也たいめいみちやは初めて接触するタイプの人間だった。

 先に気さくに話しかけてきたのは太明からだった。太明の口からでた人名らしきものを破魔は知らなかったが、イントネーションはたしかに同じだったので「そうだと思う」と答え、破魔からも入寮日に初めて見てから気になっていたことを尋ねた。

「訊かないほうがいい事情があったら答えなくてもいいが……どんな主義でその髪にしてるんだ? 理解できる主義があってやってるなら尊重する」

 チームメイトになった者との親睦を深めようという考えのもと、自分の常識で想像できる限りの気遣いをもって尋ねたつもりだった。

 入学当時の太明の髪は赤味を抑えたかなり明るい茶色だった。生来の髪色の者はともかく染髪をしている者など上級生にも新入生にも他には皆無だった。あえて人と違うことをするならば破魔としてはそれにこだわるなりの主義があって然るべきだし、それを聞ければ尊重するつもりだったのだ。

 太明がきょとんとした。一拍おいて、

「──は!」

 と破裂音にも似た笑い声をたてた。

「あっなるほど、そういう奴? いきなり上から来んのな。たかだか茶髪が、なんで理解とか尊重とかしてもらわなきゃ認められねえの?」

 なんだこいつは、と腹が立った。いきなりなのはそっちじゃないのか。

「おれはそんなつもりで言ったんじゃない」

「自分が認めれば許されるなんてのが寛大を装った傲慢ごうまんだろ。ずっとトップだった奴の無自覚の上から目線ってやつだよ」

 予想外のカウンターパンチを食らって破魔は絶句した。

 春休み中に大学の練習に加わったときから破魔は一目おかれていた。高校時代の実績でもだし、体格の良さに加えて北辰ほくしん高校で厳しく鍛えられてきたたまもので筋肉もついていたので少なくとも二年生にはパワー負けすることもなかった。破魔と太明とでは大学生と中学生に見えてもおかしくない体格差があった。

 が、太明の態度はまったくもって小さくはなかった。

 愛知から来たらしいが、太明の出身高校も、太明という選手の名前も破魔は一度も耳にしたことがなかった。愛知は東京ほどではないにしろ都道府県予選の激戦区だ。インターハイでは代表枠を二枠持つ多人口県だが、春高は一枠しかないというシビアな境遇下で代表争いを勝ち抜いてくる私立の強豪は全国大会でも上位に食い込む。太明の出身校はそれらのどの学校でもなく、まったくの無名だった。

 とはいってもこの八重洲やえす大学バレー部に入ってきたのだし、こんなことを言い放つからにはひとかどの選手なのだろう。実際上級生にもまず目をつけられそうな新人にもかかわらず、「あの堅持けんもち監督がこの髪を容認して入部させたくらいなのだからよほどの逸材に違いない」という見方をされていた。

 破魔が同じ北辰高校出身の神馬かんば大苑おおぞのとともに一年生時から主力として貢献しはじめたのに対し、太明はベンチ入りすらしなかった。一七七センチとスパイカーとしては中背で、それを補うテクニックやレシーブ力に目をみはるものがあるかといえば、高校でなら巧いという程度だ。大学にあがり、しかも大学最高峰である関東一部のレベルの中ではあっという間に埋もれる選手だった。

 見た目でイキってるだけの弱い奴だったか。

 と拍子抜けすると、最初に覚えた憤りも鎮まり、破魔の眼中から太明は消えた。太明からもあれ以降親しく話しかけてこなくなった。チームメイトとしての最低限の交流だけはあったが個人的な距離が縮まる機会は当分なかった。

 上級生が太明を見る目も早々に冷めた。チーム内で太明は軽んじられる存在に落ち着いた。

 破魔が一、二年生時の八重洲大学は関東一部春季リーグ優勝、東日本インカレ優勝、関東一部秋季リーグ優勝、全日本インカレ優勝――と四大大会のタイトルを制覇し、二シーズンで八冠。大学絶対王者の地位を確立した。

 二年生の終わりの三月、JVA(日本バレーボール協会)が発表した次年度の日本代表メンバーに現役大学生から抜擢された破魔、神馬、大苑の名前があった。

「ハムスターみたいな顔になってるけど?」

 体育館の廊下で行きあうなり睨んできた灰島はいじまの顔に浅野はひまわりの種で両頬をたっぷり膨らした齧歯類げっしるいを思い浮かべた。これが本当にただの人畜無害なハムスターだったら可愛いものだが。

「次はいいようにさせません」

 むくれ面で灰島が宣言し、頬の空気を抜いたと思ったら、

「レフトにコンバートした理由って大苑がいるからですか」

 と無遠慮に質問してきた。

 八重洲・欅舎戦があったのは先々週だ。ウイングスパイカーにポジション転向した浅野が灰島の抑え役として仕事を果たした。灰島にしてみれば恨めしかっただろう。

「それもないこともないけど、大苑ゾノさんとおれじゃオポジットオポでもタイプ違うから、あんまり関係ないかな」

「ですよね。浅野さんがライトにいると八重洲もやれること増えるでしょう」すごい目線から振りおろしてくるな。「U-23もセッターで招集されてるんですか」

「質問多いな。人見知りしないタイプ?」

 忌憚きたんのない質問が続き浅野は鼻白みつつ、

「とりあえず今度の合宿はね」

 春季リーグが終わった五月末に選抜の合宿が予定されている。夏に開催されるアジアカップの派遣メンバー選考を兼ねたアンダーエイジの強化合宿になる。

 浅野はアンダーエイジの代表ではオポジット兼セッター──どちらにしろライトプレーヤーで招集される。オポジットには弓掛ゆみかけもいるので最終的に試合ではいつもセッターで使われてきた。一九〇センチ台のセッターは日本ではなかなかでてこないためセッターに育てたいのだろう。

 灰島は実力的にはU-23に呼ばれても不思議はないが、U-21とかぶっているのでまだ浅野はポジションを譲らずに済んでいる。

「オポは? 候補二人なら弓掛と川島ですか」

「まだあるのか。すごい訊いてくるな」

 いっとき、その質問の真意を量って浅野は口をつぐんだ。なにかざわりとしたものが心の中で動く気配がした。

「……どうだろ。おれも監督からつい最近聞いたところだから、他のメンバーまでまだ聞いてないよ」

 不確実なことは口にせず慎重に答えるにとどめた。

「質問タイムもういいかな。行かないと」

 にこりとして浅野から会話を打ち切った。つきあっていると灰島の気が済むまで知りたいことを訊いてきそうである。

「もういいです。どうも」

 視線を絡めたまま灰島が二センチくらい頭をさげた。

「あっいた、灰じ……」

 と、廊下の角から飛びだしてきた灰島の相棒がキュッとそこでブレーキをかけた。浅野と灰島が対峙しているのを認めて警戒したように顔を引き締めたが、

「あっ……! ああ! あー」

 三つくらい表情が変化して合点がいった顔になった。こっちもこっちで表情が面白い。

 トラブルになっていたわけではないし(というか話を長引かせていたのが灰島だ)、それに経歴上はともに景星けいせい学園のOBだ。といっても実は接点はほぼないのだが、黒羽くろばが景星内部の関係を詳しく知るところではないだろう。

 浅野が景星の部員として最後に参加したのが、灰島が編入してくる直前の部内の引退試合だ。

「じゃあ」

 と浅野は歩きだした。すれ違い際灰島が鋭い横目をよこし、

「来年のユニバのセッター、争う気ですから」

 と宣戦布告してきた。

「そのときはそのときで簡単に譲る気はないけど、ただおれはセッターにはこだわってないよ」

 流し目で微笑んだだけでそのまま歩を進めると、張りあいがなさそうな灰島の顔が視界の端に消えた。黒羽がちらちらこっちを見つつぺこっと頭を下げてすれ違っていった。

 ひととき背中に不貞不貞ふてぶてしい視線を感じていたが、やがて二つの足音が遠ざかる方向へと歩きだした。

 誠次郎せいじろうみたいにがっぷり組むタイプじゃなくてごめんな。誠次郎もあれで中身は熱くて馬鹿正直だからな……。山吹やまぶきと灰島がゴールデンウィーク前に火花を散らしたらしい。浅野は高校の後輩の豊多可ゆたかとも亜嵐あらんともパイプがあるため二人がそれぞれメールで知らせてきた。

 高校卒業後もバレーを続けることに迷いはなにもなかった。ただ、トップレベルでやる意義を浅野は自分の中に見いだせていなかった。結果的に今こうして大学王者のチームに属しているのは自己矛盾だよなと、身につけた黒のチームカラーのポロシャツに小さな自嘲が漏れた。

 足をとめて振り返る。仲がよさそうに喋りながら揃いのポロシャツを並べて歩いていく二人の背中をしばし見送った。

 中高とずっと友人でありながら所属は違った弓掛と、やっと同じ所属のユニフォームを着るチャンスがあったのが大学進学というターニングポイントだった。

 あの二人と違って、自分は弓掛とまたネットを挟んで戦う道を選んだ。

 よりにもよって弓掛の因縁の敵として立ちはだかるチームを。

 

 ゴールデンウィークに一週休みを挟み、五月十三日の土曜日、春季リーグは第八戦から再開した。

 連休中に八重洲大学は黒鷲旗くろわしき(全日本男女選抜バレーボール大会)に出場するため大阪へ遠征した。前年の全日本インカレ王者は自動的に出場権を得る大会だ。企業チームを破って大学勢としては唯一の予選リーグ突破を果たしたが、決勝トーナメント一回戦でV1チームに敗れて帰ってきた。

 国内バレーボールのトップリーグであるVリーグはV1を頂点にV2、V3があり、そのピラミッドの裾野に地域の企業チームやクラブチームが数多あまた存在する。九人制バレーも含めて日本のインドアバレーボール人口は非常に多い。

 関東一部所属全十二大学の総当たり戦、第七戦を終えた時点の中間成績で八重洲、横浜体育大、慧明けいめいの三校が全勝中という熱戦になっている。大学チームは好不調に波がある傾向が強く、大会ごとに順位が大きく入れ替わりがちだが、昨シーズンの後半からはこの三校が頂点争いを繰り広げている構図だ。ただ昨シーズンの主力がまだ在学している八重洲と慧明に対し、四年生が主力だった横体大よったいだいは今リーグは分が悪い。

 残り三戦は開幕戦と同じ会場に戻り、横体大蟹沢かにさわ記念体育館にて行われる。八重洲の今日の試合はBコート第三試合。相手は意外に上位に食い込んでくる楠見くすみ大なので油断はならない。

 朝から全部員をバスに乗せて茨城を発ち、第一試合開始時間には横体大入りしていた。

 Aコート第一試合が慧明と横体大の直接対決だからだ。どちらかにここで必ず一敗がつく。自校が勝つことは前提とすれば、全勝は今日で二校に絞られる。

「A1まだ決まらないって?」

 浅野が同期の早乙女さおとめと一緒にスタンドの後方で試合を立ち見していると主務の裕木ゆうきが立ち寄った。

「お疲れさまです」裕木を振り向いた浅野の隣で「はい。フルってますねー」と早乙女が答える。

 主務は朝からなにかと立ち働きっぱなしで試合を見ている暇はほとんどないようで頭が下がる。大学の主務は高校の部活でいうところのマネージャーの立場で選手をサポートするだけでなく、金銭管理を含めた部の運営全般を仕切っている。主務がいなければ大学の部活はまわらない。

 両者譲らぬ激戦となり、セットカウント2‐2でフルセットに突入している。試合時間ではない各大学の部員たちもセットが進むにつれ続々とスタンドにあがってきて、Bコート側に比べてAコート側のスタンドの人口密度が異様に高まっていた。

 すこし下の座席に四年生のレギュラー陣の背中が見える。五月に入りみな半袖のポロシャツ姿だ。

 太明、破魔、大苑、神馬、そんが並んで座っていた。リラックスした居ずまいで背中を預けて腕や脚を組んでいるが、視線はじっとコートに注がれている。“八重洲ブラック”のポロシャツで一様に揃えてずらりと並んだ四年生陣の視線でコートにかかる圧が一段階増している。

 データ入力に勤しむ越智おちの姿は各大学のアナリストたちが占める一角にあった。

 第五セットは慧明がスタートダッシュを切っていた。最終第五セットだけは十五点先取と短い。出だしのリードに大きく左右される。

「どっちかっていうと慧明に土がついたほうが楽になるんだけどなあ。慧明戦はきっついんだよな、毎回」

 裕木がぼやくと、

「でも来週フルメンバーですし。去年は二つ負けたけど二つともフルメンバーじゃなかったですから」

 浅野を挟んだ位置から早乙女が裕木に言った。浅野はこの話題にはあえて黙して聞き役にまわる。

 慧明がやはり先に八点目に乗ってコートチェンジとなる。アナリスト席で手を休めた越智が首を右、左と倒して肩をまわし、ボトル缶のコーヒーをだした。

 プレー中は黙ってコートを注視していた太明たちがこの間に試合について意見交換しはじめた。

「去年は話してるとこ見たこともないくらいだったのにな、あの二人」

 裕木が同期の背中を見下ろして感慨にふけるような溜め息をついた。

 太明が隣の破魔に顔を向けてなにか言うと、破魔が太明のほうに首を傾けて何度か頷く。

「破魔は一年のときから別次元だったし、太明のばかは逆のベクトルで別次元だったし……。破魔が代表に呼ばれてからは特にもう大学のレベルからどんどん浮いてっただろ」

 太明たちの後方に座っている二人組の一般客が顔を寄せあってプログラムを開き、視線をあげさげして太明の後頭部と見比べていた。浅野が立つ場所からだと開いたページも目に入った。

「倫也さんの写真見てますね」

 早乙女も同じものを視界に入れ「やっぱりめちゃくちゃ目立ってますよねえあの写真」

 リーグ戦のプログラムには参加校の部員全員の顔写真が載る。昨季リーグ優勝校の新主将として、今大会のプログラムでは太明の写真と挨拶文が全大学のトップを飾った。プログラムはフルカラーだという点も忘れてはならない。関東一部の主将として見るもまばゆい金髪の部員が掲載されたことなどたぶん史上初だろう。

「ふん。目立って当然。トップに載るからこだわって撮ったもん」

 撮影者である裕木がふんぞり返って自画自賛した。写真の質は大学によりけりだが、八重洲では裕木が自前の一眼レフカメラを持ってきてなにやらこだわりのライティングで撮影しているのだ。

「ジャニーズのオーディションに送ってみたらけっこういけるんじゃね、なんて太明さん調子乗ってたくらいですもんね」

 からかい口調で早乙女が言った。伝統的に上下関係が厳格な八重洲で四年生と後輩がこんな気易い会話もできるようになったのは太明が主将になってからだ。

「そう、破魔がそれ真に受けて、オーディションに受かったら大学とバレー部と芸能活動をこなして四大会でられるのかって本気で心配しだして、いやばかか、受かるかー! 破魔の中では受かりそうな顔のデキに見えてんのかよ!」

 裕木の喚き声が耳に入ったようで太明たちがちらりと振り返った。浅野たち三人が立っているのを認めた太明がひらひら手を振った。浅野と早乙女は会釈で、裕木は顎をしゃくって同期に応える。

「あの金髪ばかの主将に四冠獲らせるつもりだからな。間違ってもオーディションなんか受かられちゃ困る」

 浅野は早乙女と視線を交わして苦笑した。裕木の中の太明の評価も人のことは言えないのではないか。

 コートでは横体大の紫色のユニフォームと、慧明のターコイズブルーのユニフォームが反時計まわりにぞろぞろと両サイドのポールをまわってコートチェンジが行われる。山吹、豊多可、亜嵐はリザーブのためコートメンバーとは別に慌ただしく荷物を運んでベンチの交換に働いている。

 仲間から離れて一人、集中力が高まった表情でコートの外周を歩く弓掛がいた。

 体温で気化した汗が“慧明ブルー”のユニフォームから青い炎のように立ちのぼり、コートの上では特に小柄な一七五センチがまわりに引けを取らないほど大きく見える。

「……フルメンバーの八重洲うちに勝つことには慧明にも特別な思いがあります。来週、弓掛は凄まじい気迫で来ます」

 浅野がふいに口を開くと、裕木と早乙女が両隣から目を向けた。

 王者八重洲の中でもなお別次元とチームメイトに評されるほどのプレーヤーである破魔に、弓掛は箕宿みぼし高校時代からずっと挑んでいる――何度負けても、未だ一度も心折れることなく。

 裕木が腑に落ちた顔でコートに目を移し、

「“北辰時代”の六冠の陰で六大会連続準優勝、福岡箕宿……それはそれですごいんだけどな。“九州の弩弓どきゅう”はそれじゃ満足しないってことか」

 弓掛につけられた二つ名を裕木が口にした。

 破魔、神馬、大苑が北辰高校の二、三年生時に打ち立てた“高校六冠”。その二年間と重なる箕宿高校の一、二年生時、弓掛は高校三大全国大会すべてで決勝で北辰に挑み、準優勝に終わっている。

 そして弓掛や浅野が大学に入学した年には二年生になった破魔世代が中核をなす八重洲大学が大学のタイトルを独占していた。

 弓掛が登ろうとする山の頂には常に破魔世代が君臨していた。

 ただ昨年度、破魔の代が三年生になると、勢力図に変化が起きた。

 昨年度の八重洲は苦しいスタートを切った――日本代表メンバーに選出された破魔、神馬、大苑がさっそく代表の強化合宿に呼ばれたが、四月の週末ごとに行われた合宿が大学の春季リーグの試合日とまるかぶりだったのだ。所属チームは主力が三人もごっそり抜けた影響をもろに受けることになった。

 五月に入って合宿日程が終了すると大学のリーグに合流したが、この時点で八重洲は四勝四敗。昨年度絶対王者が優勝争いから完全に脱落していた。

 強敵・慧明や横体大との対戦は終盤に集中していたためフルメンバーが揃ったチームでこれをねじ伏せ三連勝をあげるも、総合成績は七勝四敗。総合五位に沈んだ。

 春季の総合優勝は十勝一敗の慧明。直接対決では勝った相手に総合順位で負けることも珍しくはない。これもまたリーグ戦だ。

 一方、弓掛としては慧明にリーグ初優勝をもたらしたものの、破魔との直接対決ではまた負けていた。

 翌月の六月下旬にはシーズン前半のもう一つのタイトルである東日本インカレが開催された。関東学連のほか北海道、東北、北信越の各学連から約六十大学が出場する大会だ。

 この日程もまた日本代表のスケジュールとまるまるバッティングした。主力三人を欠いた八重洲は不安を抱えながらも二回戦までは順当に勝ち進んだが、三回戦で早くも最難関にぶちあたった。

 三回戦、慧明戦。

 春季リーグを獲った慧明は今大会優勝候補の筆頭となり、二タイトル目を目指す弓掛のモチベーションも高かった。

 第一セット開始から弓掛に連続で打ち込まれ、慧明に押される出だしになった。

「来い来い来い! ここ切るぞ!」

 慧明を勢いに乗せるのは避けたい八重洲は太明が仲間を励ましながらトスを呼ぶ。この試合は神馬にかわってウイングスパイカーに太明。大苑にかわってオポジットに浅野が起用されている。

 太明と弓掛──二人ともバレー界では小柄な一七〇センチ台半ばと、身長の上では互角だ。しかし弓掛のスイングブロックが高い。ネットに沿って駆けながらスパイクジャンプのように両腕をバックスイングし、勢いをつけてブロックジャンプ。太明が打った瞬間、横合いから吹っ飛んでくるようにスライドしてきた弓掛がネットの上に手をかぶせてきた。

「ワンチ!」

 ブロックタッチを取った弓掛自ら怒鳴り、着地するなり休む間もなくボールを追いかけて繋ぐ。慧明コート中央にボールが返り、

「おし、もらう!」

 という声とともにバックセンターから助走に入ったのは四年の佐々尾ささお。弓掛が繋いだボールを直接打ちに来る。八重洲側は佐々尾の前にブロックを揃える。

 と、佐々尾が空中でふっと身体を縮め、ボールに両手を添えた。ジャンプセット──!? 八重洲側ブロッカーの目が慌ててボールを追ってライトへ。ライトに戻ってきた弓掛がその瞬間すでに踏み切っていた。

 一枚になった太明のブロックをものともせず、凄まじい高さから打ち込まれたボールが八重洲コートを抉った。

 篤志あつし……すごいな……。浅野はすこし呆然として慧明コートに目をやった。浅野が去年一年間控えメンバーにとどまっているあいだ、一年生から試合に出続けていた弓掛に水をあけられたように感じた。

 それに、広基ひろきさん……。

 慧明四年の佐々尾広基は福岡県出身で、高校は東京の景星学園。弓掛とは同郷の仲であり、かつ浅野の高校の先輩にもあたる。

 浅野が一緒にプレーしていた頃の佐々尾はああいうボールを自分で打ちにいった。それだけ力があるエーススパイカーだったからだが、人に譲らない性格ゆえもあった。

 一人で打ちまくる点取り屋だった景星学園のエース時代と佐々尾のプレースタイルは変わった。逆サイドを担う弓掛が慧明の最大の点取り屋であり、しかもリベロ並みに繋ぎも巧いので、佐々尾に余裕ができてプレースタイルの幅が広がったのだ。

 景星での佐々尾には自分自身以上に頼れる味方がいなかった。あの頃の浅野は佐々尾を支える力にはなれなかった。

 今は弓掛が佐々尾を活かしている。

 弓掛がナイスセットというように佐々尾にタッチを交わしにいく。しかし寄っていった弓掛の額を佐々尾が片手で押し返した。不意の対応に後ろによろめいて不満げな顔をした弓掛の頭をボールを扱うみたいに掴むと、にやにや笑ってくしゃくしゃとその髪を撫でた。

著者プロフィール

壁井ユカコ【かべい・ゆかこ】

沖縄出身の父と北海道出身の母をもつ信州育ち、東京在住。学習院大学経済学部経営学科卒業。第9回電撃小説大賞〈大賞〉を受賞し、2003年『キーリ 死者たちは荒野に眠る』でデビュー。「2.43 清陰高校男子バレー部」シリーズの他、『空への助走 福蜂工業高校運動部』『K -Lost Small World-』『サマーサイダー』『代々木Love&Hateパーク』「五龍世界」シリーズ等著書多数。

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