2.43 清陰高校男子バレー部 next 4years2.43 清陰高校男子バレー部 next 4years

著者プロフィール

壁井ユカコ【かべい・ゆかこ】

沖縄出身の父と北海道出身の母をもつ信州育ち、東京在住。学習院大学経済学部経営学科卒業。第9回電撃小説大賞〈大賞〉を受賞し、2003年『キーリ 死者たちは荒野に眠る』でデビュー。「2.43 清陰高校男子バレー部」シリーズの他、『空への助走 福蜂工業高校運動部』『K -Lost Small World-』『サマーサイダー』『代々木Love&Hateパーク』「五龍世界」シリーズ等著書多数。

閉じる

第二話 はがねと宝石

4. REMOTENESS

 大学では秋季リーグが進んでいる頃、破魔はまの身は海外にあった。

 宿舎で時間があくなりスマホを開いた。関東一部のリーグ戦は学連の手配により全試合ライブ配信されるのだ。テレビ放送のようにアップを切り取ったりスローでリプレイが流れるような演出はなにもなく、固定カメラからの遠目の映像が淡々と流れていくだけだが、選手は頭に入っているのでアップで映らなくとも問題はない。

 今回の遠征先はタイだ。現地時間で午前十一時前。時差は約二時間らしいので日本は昼の一時前になる。第一試合が終わっている頃かと思ったが、ライブ配信はまだ第一試合の最中だった。

「2-1で第四セットやってる」

「お。楠見から一セット取った?」

 右隣から神馬かんばが小さな画面を一緒に覗き込んできた。

「違う。うちが二セット取ってる」

 へえ、と左隣から大苑おおぞのも覗き込んでくる。

 この土日は第七、八戦目。春季リーグ二位の楠見大、同一位の慧明大と連日で対戦するもっとも苦しい週末を迎えていた。

 “八重洲勝ってるじゃん。大魔神いるの?”

 “いないよ。今週も全日本”

 “そりゃ大学より全日本優先か。すごいねー”

 “在学中に絶対全日本呼ばれるって思ってたから自分は驚かなかったけどね!”

 ライブ視聴者が書き込めるコメント欄の上で、顔も名前も知らない者どうしが──もちろん自分たちも会ったこともない人々が自分たちのことを当たり前のように共通の話題にしているのはなんとも言えない妙な心地だ。

 カウンター表示されている視聴者数は第一試合からもう四千人台に乗っていた。大学バレーファンは破魔の体感より意外にも多い。

 “春は大魔神抜けるとこんなに弱くなるかって思ったけど、持ちなおしたのはさすが八重洲だね”

 “エースって選手はいないんだけどまとまりいい感じだよね”

 コメントで寄せられる八重洲の評価に破魔も得心して頷いたが、次にこんなコメントがついた。

 “チートいないで頑張ってると応援したくなるよねー。今まで八重洲応援してなかったけど”

 自分たちがいると応援したくないという意味か……。

 そう、六戦目までを八重洲は全勝で折り返しているのだ。春季リーグでは前半で黒星を重ねたが、半年間でしっかり立てなおし、今大会は今のところ総合優勝の可能性を維持している。

 強いサーブに対するレセプション、高いブロックに対してブロックアウト狙いやフェイントを織りまぜるスパイク対応力、徹底したリードブロックでワンタッチを取り反撃に繋げる粘り強さ──レセプション、スパイク、ブロックが全体的に強化され、突出したタレントがいなくともチーム全体としてプレー精度があがった。

 それに加えて、その中心となりチームを固めた太明たいめいの存在が大きかったことも間違いなかった。

 他の代表選手やスタッフもいる場のためスマホの音量は落としている。しかし太明が味方に指示を飛ばす大きな声が、言葉までは聞き取れないがスピーカーから漏れていた。

 “最近入ってた茶髪今日いなくない?”

 というコメントを読んだ神馬と大苑がぷっと笑った。

「あ、太明認識されてないんだ」

「なんかそういう忍術みたいだな」

 大苑の控えのオポジットだった浅野直澄が今大会ではウイングスパイカーに入っている。二年生ながら景星学園仕込みのスイングブロックを初期装備していたプレーヤーだ。レフトブロッカーを担うことで攻撃力が高い相手オポジットの抑止力になっている。

 そしてもとはウイングスパイカーだった太明が浅野とチェンジしてオポジットに入っていた。ただし大苑が担うようなほぼ攻撃に特化したポジションとしてではない。後衛に下がるとバックアタックを打つことは少ない「守備型ライト」としてコートを支える役割を担っている。大学以上ではオポジットはレセプションに入らないのが基本陣形だが太明はレセプションにも入っている。

 高校のチームに多い形で、本来の八重洲の布陣ではないが、圧倒的攻撃力を持つ主力三人を欠いたチームでリーグ中盤までを乗り切る方法を模索した結果だった。攻撃力に心許なさはあるものの、これで六勝をあげてきたのはたしかな成果だ。

 東日本インカレ後のプリン状態の髪を経て、それ以降も伸びた長さを切るだけでやりすごしていたらしい太明の髪は秋には完全に黒になっていた。

「ストレート……!」

 画面を見つめて破魔は呟いた。こうして画面越しだとコート全体の動きが見えるがネット際のブロッカーはもっと狭い視野の中でプレーしている。後衛から太明が口の脇に手をやって声を張りあげるのが見えた。太明の声で動いたブロッカーがストレートをしっかり締めた。

「よし。ワンチ頑張れ」

 つい力を込めて遠い会場に声援を送る。夏のあいだ破魔も協力して強化してきたリードブロックでワンタッチを取った。角度が変わったボールが後方に大きく跳ねあがる。エンドラインまで下がっていた太明がボールの行方を見越してすでにきびすを返して走っている。

「繋げ繋げ!」

 ともに練習に力を貸してきた神馬と大苑の声も熱を帯びる。でかい図体の三人で一つのスマホに顔を寄せ、直接力を届けることができないコートに声を送った。

 太明が転がりながら自陣へボールを打ち返した。太明の懸命の繋ぎを無駄にしまいと残った味方五人が声をかけあって反撃に結びつける。

 ディフェンスはブロックだけでなく、ブロッカーとディガーとの意思疎通が図られたポジション取りこそ肝要だ。そしてポジショニングは定石のフォーメーションをベースに、アナリストからもたらされる相手セッターやスパイカーの行動データが加味されている。

 高校のバレー部でそういうことを学ぶ機会がなく、大学に来てから戦略的バレーの意識を初めて持つ者も少なくない。一年生の頃はリードブロックとコミットブロックの区別もできなかった太明の高校も本格的な知識がある指導者がいるところではなかったのはあきらかだ。しかし今大会の太明の、チームの戦略とアナリストのデータを理解し、コート全体を把握して味方に指示を飛ばしている姿に破魔は瞠目どうもくしていた。

 浅野が鋭いプッシュボールで楠見のブロックの隙間に突っ込み、セッターにワンを取らせた。セッターの機能を潰して楠見の反撃を崩す。「うん、浅野は巧いな」「ブロック頑張れ、もう一本!」画面の外で破魔たち三人も拳を握る。

 すぐさまコート内に駆け戻ってきて後衛の守りについた太明がまた声を飛ばす。楠見のスパイカーが足の長いスパイクでブロックの上を抜いてきた。ボールに飛びつきかけた太明がはっとしたようにのけぞり、紙一重でボールを見送った。

 画面で見る限りわずかにエンドラインの外でボールが跳ねた。ジャッジは……!?

 線審、主審ともにワンタッチなしでスパイクアウトのジャッジをだすのを確認すると、

「いいぞいいぞ。よく粘ってプレッシャーかけた」

「太明もナイスジャッジ」

 うんうんと頷いて味方から遠く離れた異国の地でタッチを交わす三人の様子を代表の先輩選手が不思議そうに眺めて通り過ぎていった。

 “八重洲の19番って誰?”

 “三年の太明だよ”

 コメントを書き込んでいる視聴者も太明に目をとめはじめた。

 “あっ、あれ太明? 黒いと普通で誰だかわかんなかった。でかくもないからぜんぜん目立たなくなるね”

 “茶髪で目立ってた奴だよね。八重洲って一番厳しいのにあれはアリなのかって思ってた”

 “ナシだったからやめたんじゃない?”

 “今さら? 一年のときから懲りてなかったよあいつ”

 “でもバレー選手らしくなったよね。いいんじゃない?”

 そうだな……やっと普通のバレー選手らしくなったと、破魔も見ず知らずの人々のコメントに同意した。

 以前は硬派な鉄黒てつぐろのユニフォームがチャラけた髪を拒絶して(いるように破魔には見えて)まったく馴染んでいなかったが、今の髪の色はユニフォームの色と馴染んでいる。八重洲の選手として認められる見た目にやっとなった。

 主力不在のチームで健闘し、第四セットを取って3-1で楠見から金星をあげた。正念場の二試合のうち一試合を乗り越え、未だ七戦全勝をキープ。

 しかし翌日、慧明には押さえ込まれた。慧明に三タイトル目をもたらさんと気迫みなぎる二年弓掛・四年佐々尾タッグに打ち込まれて防戦一方になった末守り切れず、八戦目で初めて一敗を喫した。

 破魔たちが合流できる九戦目を前にし、全勝は慧明と横体大。直接対決が残っている横体大は自分たちが必ず下す。慧明にもこれから黒星がつくことも考えられる。まだ八重洲も優勝を狙える位置にいた――九戦目まで絶対に優勝の可能性は消さないと太明が約束したとおりに。

 例によって高梁たかはしの部屋にまず帰寮報告をしたあと、神馬と大苑は二・四年の部屋に、破魔は一・三年の部屋に土産を配りにいった。

 他の部屋を訪ねる前に今回は最初から太明の部屋に足を向けた。案の定、ドアの前に立つと人口密度の高さが窺えた。防音などあってないような薄い板である。声を潜めるつもりがなければある程度会話の内容は聞き取れる。

「慧明には勝てねーなあ……」

「これで慧明には今年一勝二敗かー」

「勝てたのあの三人いた春だけだから、それ抜かしたら全敗だしな」

 暗いトーンの会話が聞こえていたが、

「とにかくあと三試合のどっかで慧明が負けたらまだ優勝わかんないしな! 横体に勝つこと考えよう」

 と次の横体戦に目を向けて気合いを入れなおす空気になった。

 ドアの外で破魔も一人気合いを新たに頷いた。このあと必ず三連勝することがここまで持ちこたえてくれた仲間に報いる自分の仕事だ。もちろん勝つだけではない。セット率や得点率の差になった際に必ず勝ち抜けるよう、三戦ともストレートで圧勝する。自分の力で優勝の可能性を引きあげる。

 破魔だけど、と言ってノックをしようとしたとき、

「あ、けど横体戦ってスタメン戻るのかな。なんかそれも腑に落ちないよなあ」

 声を飲み込んでぴくりと手をとめた。

「ミドルはたぶんそんが下がって破魔が入るよな。ウイングは直澄か高梁さんのどっちかが下がって、かわりに神馬。オポは太明が下がって大苑……楠見に勝ったチームとぜんぜん違うチームになるじゃん。せっかく今チームワークもいいし、七勝してきたメンバーで最後まで行ってほしい気がするよな」

 誰の声だ……? つい気配を殺して耳を澄ます。

「けど総合優勝するにはセット落とせないし、スト勝ちするためにはあの三人の力借りて完全に押さえないと」

「助っ人に入ってもらって勝っても意味なくないか。今のチームでどこまでやれるかってのにこだわりたい気もする」

 いくつかの意見があがり、それぞれに賛同を示す声も聞こえる。助っ人……。その言いようが破魔の耳に小さな引っ掻き傷を作った。

 代表に選出されれば代表の試合や合宿が優先され、所属チームを留守にせざるを得ない期間が増える。日の丸を背負うことは誇りだし、日本のためだけでなく自分自身の将来のために試合で登用される存在になろうと、強力なメンバーが揃う代表の中で励んでいる。

 一方で所属チームにも勝たねばならない大会がある。不在の自分たちをあてにしなくても勝てるメンバーを固めねばならないのも当然だ。所属チームがいい成績を維持して欲しいと破魔も本心から思っている。それは矛盾することではないはずだ。

 それが、助っ人か……。

「太明は? サポートしてただけのおれが言うのもなんだけど、おまえが外れるのは納得いかない。今のランクだと最後まで出続ければレシーブ賞取れるかもしれないんだぜ」

 これは裕木ゆうきかと声から判別できた。いつの間に太明にそんなに肩入れしていたのか。

 入学時から意識せずとも破魔は同期の中心人物と見なされていた。高校時代の実績もあり、同期の中ではいの一番に即戦力となって重用された。自分の立場も自覚して責任を果たしていたつもりだ。

 三年の春から代表に呼ばれ、半年間チームを留守がちになるあいだに、同期の中心がすっかり移っていた。

 自分や神馬、大苑が不在になることを堅持けんもちが想定し、チームの留守をあずかる柱にしようとわざわざ探して連れてきた人材──。

 まさに太明は堅持が期待したとおりの場所に収まっていた。

 存在感を急に増した太明に破魔が覚えたのは脅威、、だった。自分の居場所が脅かされる危機感。

 不在の自分にかわってチームに別の柱が据えられるのなら……そこに自分が帰ってくる場所はあるのか……?

 神馬と大苑が廊下の先から歩いてくるのが見えた。二・四年の部屋に土産を配り終えたようだ。「ん? 今日は集まってないのか?」きょとんとしながら近づいてきた二人の歩みを手振りでとめようとしたとき、ガサッ、と足もとで音がした。

 自分が立てた音にびくっとした。取り落とした土産の袋に視線を落とし、はっとして目の前のドアに視線を戻す。

 中の会話が一時途切れたので音に気づかれたかと冷や汗が滲んだ。また音を立てることを恐れて落とした袋にはもう手を伸ばせなかった。破魔の表情になにかを察して立ちどまった神馬と大苑に行こうと目で語りかけ、床を軋ませないようゆっくりと後ずさった。

 裕木に問われた太明がなにを言うのか気にもなったが、神馬と大苑をこの会話から遠ざけたいという思いが優先した。

 土曜に楠見戦を見ていたとき、遠方にいてもたしかにチームとの一体感があった。しかしあれは自分たちだけの錯覚で、チームにはまったく届いていなかったのだ……あの瞬間純粋にチームを思って声援を送り、好プレーには思わずタッチを交わした二人を思いだすと、聞かせられる話ではなかった。

 ドアの前に袋を残し、のそりと離れた。ドアにうっすらと映る自分の大きな影が縮んでいった。

 

 “ゴールキーパーは清央すがおくんだよね”

 物心ついた頃からサッカーではゴールキーパー、野球ではキャッチャーという枠に、単に見た目、、、で安易に収められた。

 怖いから嫌だ、と一応は拒むのだが、

 “キーパーやらないなら入れてあげない”

 そう言われると仲間外れにされるのもやはり嫌なので求められた役割を引き受けた。そうすることで遊びの仲間に入れてもらえた。

 バレーボールにおいてはミドルブロッカーがその枠だった。

 はじめたばかりの頃、バレーボールはなにをやっても「痛い」スポーツだった。ボールを打っても痛い。レシーブしても痛い。中でもブロックはネットを挟んでも数十センチの至近距離からボールを思いっ切り叩きつけられるという、初心者にとってみればかなり信じがたいプレーである。当然すごく痛かった。おまけに人より大きかったぶんネットの上に顔がでる。バレーにおいて背の高さはアドバンテージなのでいつも羨まれたが、人より顔に近いところでスパイクされる恐怖は小さい人には逆に想像できないようだった。

 ブロックのとき思わず目をつぶってしまうと、後ろで味方の悲鳴があがった。はっとして振り返るとコートに倒れた味方が鼻血をだしていた。

 目をつぶるなと怒られた。おまえが逃げたら後ろの味方をボールが襲うのだ。コートを守る第一の楯になるのが役割だ。自分が逃げるのではなく敵が逃げたくなるブロックをしろ。強くなって仲間を守れ。

 ブロックは相変わらず怖かったし痛かった。けれど求められた役割を頑張ると褒められた。それどころかいつしか仲間の中心に据えられ、頼られるようになった。

 “清央くん強いね!”

 “清央くん、こっちのチーム入ってよ!”

 一番強くあれば仲間外れを怖れなくていいのだ。強くなって仲間を守れ──。

著者プロフィール

壁井ユカコ【かべい・ゆかこ】

沖縄出身の父と北海道出身の母をもつ信州育ち、東京在住。学習院大学経済学部経営学科卒業。第9回電撃小説大賞〈大賞〉を受賞し、2003年『キーリ 死者たちは荒野に眠る』でデビュー。「2.43 清陰高校男子バレー部」シリーズの他、『空への助走 福蜂工業高校運動部』『K -Lost Small World-』『サマーサイダー』『代々木Love&Hateパーク』「五龍世界」シリーズ等著書多数。

閉じる

  • twitter
  • facebook
  • CX^O