2.43 清陰高校男子バレー部 next 4years2.43 清陰高校男子バレー部 next 4years

著者プロフィール

壁井ユカコ【かべい・ゆかこ】

沖縄出身の父と北海道出身の母をもつ信州育ち、東京在住。学習院大学経済学部経営学科卒業。第9回電撃小説大賞〈大賞〉を受賞し、2003年『キーリ 死者たちは荒野に眠る』でデビュー。「2.43 清陰高校男子バレー部」シリーズの他、『空への助走 福蜂工業高校運動部』『K -Lost Small World-』『サマーサイダー』『代々木Love&Hateパーク』「五龍世界」シリーズ等著書多数。

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第二話 はがねと宝石

5. HOWL OF SORROW

「そんじゃおやすみー」

「はいよー」

「月曜から一限めんどくせえなあ」

 日付が変わる時分まで話し込んだ同期の面々が各自の部屋に引きあげていく。月曜は練習がオフのため日曜の夜は太明たいめいの部屋に三年が集まり同期ミーティングをするのがここ最近の慣例になっていた。

「太明ー、これおまえの部屋の?」

 と、廊下にでた者に呼ばれ、部屋の中から見送っていた太明は「なにがー?」とドアから首を突きだした。指し示された場所に目を落とすと、ドアに押しのけられたような形で床に落ちているものがあった。

「いや? 知らないけど……」

 海外の空港の売店の袋と思しきものだ。拾いあげて中を見るとポテトチップスの特大サイズくらいの大袋が入っている。いかにもエキゾチックなパッケージデザインの、外国製のスナック菓子のようだ。なんとなく見たことがある文字はタイあたりの言語だったろうか。

 廊下の左右を見渡した。同じ階に並ぶドアの前で「なんか掛かってる」と部屋に入ろうとした同期たちがドアノブに引っかかっている同じ袋を見つけていた。

「笠地蔵か……いやトトロか?」

 太明は顔を引きつらせて呟いた。

 ずんぐりした三つの影が、誰もいない廊下の一つ一つのドアの前にそっと土産を残して人知れず帰っていくところが違和感なく想像できた。

 タイは破魔はまたちの今回の遠征先だ。

「にしてもまたでけぇ袋を……この攻撃力高そうなフルーツなんだっけ……?」

 六月にもらったカンガルージャーキーもまだ食べきってないし。なにしろ外国基準のサイズ感の袋が各部屋に配られたので、集まるたびに持ち寄って減らしているのだが未だ誰かが部屋から持ってくるのだ。

 カンガルーは絵を見ればまだすぐわかったが、今回のパッケージに描かれている果物はさすがに見慣れなかった。当然タイ語も読めないが、小さく書き添えられた英語からなんとか読み取れたところでは、

 ……ドリアンチップス。

「どういう気持ちでこれ選んだんだよ……」

 ウケ狙いなんだろうか。破魔にそういう学生ノリがあるとは思えなかったが、否定できるほど深くつきあってもいないのでなんとも言えない。ああ見えてひょうきんな奴だったのか? うーん、わからん。やっぱり今までコミュニケーションが少なすぎた。

 異国帰りの土産の贈り主の姿はもう見える範囲にはなかった。

 オーストラリア土産はドアをノックして直接渡していったのに、なんで黙って置いてった……?

 土産を回収して部屋に戻り、後ろ手に閉めたドアを振り返った。

 どこからどこまで聞かれてたんだ、今の話……。

 次の土曜、秋季リーグ第九戦第二試合、横体大戦。

 そん、浅野、太明がスタメンから外れ、破魔、神馬かんば大苑おおぞのが入ったフルメンバーを堅持けんもちが起用した。八重洲が総合優勝の望みを繋ぐには、慧明に一敗以上がつくことを期待しつつ自力では横体大を下して一敗をつけねばならない。

 慧明はすでに第一試合で督修館とくしゅうかんを寄せつけず九勝目をあげ、未だ全勝をキープして現在首位。残り二日に楠見戦、横体戦を残している。

「やっぱあの三人入ると安心感が違うなあ」

「負ける気しないもんな」

 ウォームアップエリアに残ることになった太明はリザーブメンバー内で交わされる感嘆の声を耳にした。

 日本代表から帰還した三人の強力な攻撃とブロックで横体大を押さえ込んで第一セットを先取した。途中のメンバーチェンジはリードを広げたところで神馬の対角で高梁たかはしが浅野にかわっただけだった。

 このままだと第二セットも出番はなさそうではあるが、インターバルになるとリザーブメンバーはコートの端にでてパス練で身体をあたためはじめた。

 コートメンバーはベンチ前で補給をしていたが、破魔が主務に話しかけてスマホを渡してもらうのに太明は目をとめた。試合中もスタンドのアナリストらと通信が生じるスタッフ陣を除き、選手はベンチにスマホは持ち込んでいない。

「……?」

 そちらに注意を引かれていたのでパスされたボールを逸らしてしまった。「太明ー。どこ見てんだ」「わりーわりー」ボールを追いかけ、ジャンプして片手キャッチしてからまた目を戻すと、破魔がベンチに腰をおろし、大きな背中を丸めて主務から借りたスマホの上にかがみ込んだ。

 インターバルの残り時間いっぱい破魔は熱心にスマホを見つめていた。ホイッスルが鳴り響き、はっとしたように顔をあげた瞬間どこか目が泳いでいたような気がしたが、スマホを横に置いてのそりと立ちあがったときにはスイッチが切り替わって戦う顔つきになっていた。

 スタメンは第一セットと変わらず。コートインするメンバーと入れ違いにリザーブはアップエリアに引きあげる。大股でコートへ歩いていく破魔の様子を太明は横目で窺うと、アップエリアに戻るコースをひょいと変えてベンチに向かった。

 タオルを揃えている主務の隣の席に尻を滑り込ませ、

「破魔、今なに見てたんですか」

「ん? ああ、ライブ配信見せてくれって」

「って、この試合の?」

「見直したいとこあるなら和久わくに映像送ってもらうか?って言ったんだけど」主務がベンチに開いて置かれたノートパソコンに目を投げてから「配信のほう見たいんだって」破魔が置いていったスマホを不思議そうに拾いあげた。太明はさりげなく手をだしてまだライブ配信のアプリが表示されているそれを受け取った。

 ネットを介した無料配信よりも自チームのアナリストが自前で撮影しているビデオのほうが画質はよほど鮮明だ。こんなちっちゃい映像でなにを見たかったのか……。

 映像のほうじゃない。破魔が見たかったものに勘づいた。

 第一セットを終えたところでライブ視聴者の感想がコメント欄にいくつも書き込まれていた。

「おいおい……“ターミネーター”がネット依存ってどういうジョークだよ」

 都合で会場に行けなくとも遠方から試合を見られるのがネット配信の利便性だ。会場に帰ってきてもネット配信を見ずにいられないっていうのはミイラ取りがミイラになるみたいなものじゃないのか。

 “大魔神合流するとやっぱ強いなー”

 “横体も悪くないけどね。力で押さえ込んだね”

 “やっぱもうレベルが違うよな。学生の中にVリーガーが入ってんのと一緒だし”

 おおかたは別に悪意はない感嘆や驚愕のコメントだ。アップエリアのチームメイト間でも似たようなやりとりが交わされていた。

 しかし割合にすれば少数だが、ちくりとしたコメントもあった。

 “大魔神、三人とももう大学でやらなくていいだろ。はやくV行けばいいのに”

 “破魔チートすぎて後ろがいる意味ないじゃん”

 “ブロックのワンマン多いね。ディガーいるとこブロックが邪魔してた。まあブロックでとめれちゃうんだけど。チームワークは先週のほうがよかったな”

 細かいプレーまで見てる奴もいるな……。視聴者には現役バレー部やバレー部出身者も多そうだ。

 とはいえ大半の高評価のコメントの中では批判は気にするような数ではない。

 ところが第二セットに入り、八重洲の鉄壁のブロックに異常が見られるようになった。

 横体大にカンチャン(ブロックのあいだ)を抜かれる場面が何本か続いた。まだタイムを取るほどの状況ではないが、どうもコート内の歯車が噛みあっていない。

 太明はアップエリアに戻っていたが、またぱっとベンチに飛びだした。緊迫した口調でインカムと喋っている主務の隣にまた尻を滑り込ませ、スタンドの和久とのやりとりに耳をそばだてる。

「横体のコース変わった? ……だよな。こっちが変なとこ空けだした。全日本ではああいうのどうしてんの? 破魔はディガーどう入って欲しいんだろ。練習詰められなかったからな……。ターミネーターの心理わかんないって。まじで未来から来たっぽくて」

 一般的にミドルブロッカーはローテーションでバックライトに下がってサーバーとなったあと、サーブ権が移ったところでリベロと交代する。ローテが半周して前衛にあがるときにまたリベロと交代してコートに戻る。しかし破魔がバックアタックも打ててレシーブ力もあるので、後衛でもリベロとかわらないという“破魔シフト”を八重洲は組んでいる。

 破魔がリベロと交代するタイミングがあればベンチに呼んで話を聞けるが、“破魔シフト”があだになった。破魔はコートを離れることがない。

 コート上の破魔の表情はいつも勝っているときと変わりない。強くていつも冷静な頼もしい助っ人キャラクターとしてコンピューターグラフィックスで造形されたような、そういう造作の顔だ。

 だが破魔が入って負けている状況に陥ったことがないので、勝っているとき以外の顔を知らないだけかもしれないじゃないか。

「太明、なに?」

 和久との通信をひとまず区切った主務がこちらを向いた。

「いや……なんとなくですけど、破魔、跳ぶ場所わかんなくなってるような──」

 そのとき和久の声がインカムから漏れ聞こえた。「おっと、まじか!」と主務がコートに目を戻した。

 横体のレフトにあがったトスに八重洲のブロックはセッターが一枚。セッターが前衛のローテではライト側が低くなる。破魔のヘルプは──?

 破魔はセンターでクイッカーにゲスブロックしていた(ブロッカーの直感で跳ぶブロックのことだが、多くの場合戦術的意味のないプレー)。破魔がゲスることなどまず見られない。横体側レフトからクロスに突っ込まれたスパイクに破魔が遅れて斜め跳びして手を伸ばした。手の端にボールがあたり「あっバカ」主務が悪態をついた。

 クロスはディガーが守っていたが、破魔がさわったのでディガーが正面で拾えたボールの角度が変わった。

 ブロックタッチで威力を削ぐことは後ろで拾うディガーを助けるが、それも後ろとの連係があってこそだ。ブロッカーの突飛な動きは逆にディガーの邪魔をする。

 破魔だからこそ遅れて跳んでも届いた。しかし届いてしまったのでディガーからボールを遮り、カバーが誰もいない場所に落ちた。

 やはりブロックとディグが分解している。あまりタイムを取らない八重洲がタイムを取った。

「配信見せてください」

 コートから一直線に引きあげてくるなり破魔が主務のスマホに手を伸ばしてきた。堂に入った態度で要求されるとトッププレーヤーとしてなにか正当な必要性があるような気がするので主務がひるみつつもスマホを渡そうとしたところへ、太明は慌てて両手を広げて割って入った。

「おいおいおいなに考えてんだよ。そんな時間じゃないだろ。見なくていい見なくていい」

 太明を投げ飛ばして主務の手からスマホを強奪するんじゃないかという怒気が膨れあがった。こいつやばいぞ……まじで依存症か。

「外野は好きなように言ったってなんの責任も取らない」

 ひたと破魔を見あげて諭すように言うと、怒りに満ちた目が睨みおろしてきた。

「……どこから外野で、どこから内野だ」

 絞りだすような声で破魔が言い捨て、大きなモーションで身をひるがえした。巨躯が風を巻き起こし、その内から噴きだした怒気が風圧となって吹きつけてきた。

 大苑と神馬が心配そうに待っているところへのしのしと歩いていくと、でかい三人でまるで身を縮こめるように集まった。

 地球上に三匹しか仲間が残っていない獣が冬毛に変わりはじめた身を寄せあってあたためあっているかのように、その様子が何故か見えた。

 タイムアウトがあけて選手がコートに戻ると太明はベンチ沿いを監督席へ走った。コートサイドと平行に設置されたベンチの一番センターライン寄りが監督席だ。パイプ椅子に座ってコートを睨んでいる堅持の足もとに片膝をつき、

「堅持さん、おれ入ります」

「どこに入る?」

 端的な問いへの答えに詰まった。

 大苑が強烈なバックライトを叩き込んでサイドアウトを取り返した。この秋季リーグで太明は大苑のポジションに入っていたが、大苑と今交代したら相手ブロックを破壊するようなあのバックライトが八重洲の武器から失われる。

「あっ……!」

 また破魔がゲスって跳んだ横のスロットから打ち抜かれた。が、破魔が空中で車のワイパーのようにブロックを斜めに振った。八重洲の戦術ではあのブロックは禁じ手だ。この瞬間、後ろで守っていたディガーが意味をなさなくなった。しかしディガーに頼る気はないとばかりに怪物じみたプレーでボールに手が届いて跳ね返した。

 獣がひと声吼えたような濁声の短い気が破魔の口から発せられた。空気が震撼しんかんし、ざあっ、と不穏な波紋が広がった。

 太明の身体にも波紋が突き抜けた。孤独な怪物の悲哀の咆吼ほうこうが波紋とともに胸を締めつけていった。

 以降、破魔のプレーから迷いが消えた。

 センターから猛烈な勢いでレフトブロッカーの高梁のヘルプに跳ぶ。空中で横に流れながら左肩を高梁にぶつけにいき、強引に半スロット押しやった。半スロットは五十センチ。一人の肩幅分あまりだ。代表を経験しいっそう鍛えられた当たりに高梁がはじき跳ばされてブロックから外れた。トランプのカードが突然入れ替わったように破魔がスパイカーのコース正面に入り、ボールに覆いかぶさるほどのブロックで押さえ込んだ。

 ブロックが決まったにもかかわらず味方までぞっとさせた。高梁で受けとめきれないのだから自分がサイドブロッカーに入っていたらどこまで吹っ飛ばされていたかわからない。

「太明」

 頭の上で堅持の声が聞こえた。

「レフトからライトにコンバートしたが、もう一つコンバートする気はあるか。それともスパイカーに執着があるか?」

 堅持が言わんとしていることはすぐに理解したが、答えるのに一拍の間があいた。

「……いいえ、ないです。別に執着なんて」

「そうか」コートに向けていた目を堅持が軽く閉じ、ごつごつした声で言った──「頼む」

 即答できなかったことが我ながらちょっと意外だった。高校の頃のほうがむしろ本当に執着がなかった気がする。だが八重洲に入って、ウイングスパイカーあるいはオポジットとして、自分の能力でできることを頭を使って考え抜いたし、チームの底辺にぶら下がっているような立場からたぶんこれまでの人生で一番必死になって這いあがった。

 ただ、今のままでは自分の力ではこのチームでやれることは中途半端だと理解もしている。

著者プロフィール

壁井ユカコ【かべい・ゆかこ】

沖縄出身の父と北海道出身の母をもつ信州育ち、東京在住。学習院大学経済学部経営学科卒業。第9回電撃小説大賞〈大賞〉を受賞し、2003年『キーリ 死者たちは荒野に眠る』でデビュー。「2.43 清陰高校男子バレー部」シリーズの他、『空への助走 福蜂工業高校運動部』『K -Lost Small World-』『サマーサイダー』『代々木Love&Hateパーク』「五龍世界」シリーズ等著書多数。

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