2.43 清陰高校男子バレー部 next 4years2.43 清陰高校男子バレー部 next 4years

著者プロフィール

壁井ユカコ【かべい・ゆかこ】

沖縄出身の父と北海道出身の母をもつ信州育ち、東京在住。学習院大学経済学部経営学科卒業。第9回電撃小説大賞〈大賞〉を受賞し、2003年『キーリ 死者たちは荒野に眠る』でデビュー。「2.43 清陰高校男子バレー部」シリーズの他、『空への助走 福蜂工業高校運動部』『K -Lost Small World-』『サマーサイダー』『代々木Love&Hateパーク』「五龍世界」シリーズ等著書多数。

閉じる

第二話 はがねと宝石

11. BREATHLESS

 直澄、しつこい!

 弓掛が打つときにはまるで吸いついてくるように浅野がブロックに来る。腕の長さと指の長さで浅野のブロックはリーチが広い。ストレートを塞がれる前に突っ込んだが、網を作るように五指を大きく開いた浅野の手の中にボールのほうから飛び込むことになった。

 目の前でボールが叩き落とされ、ズドンッと足もとの床を穿った。

 どシャット……!?

 足に絡まりそうになったボールを危うく避けてしゃがみ込みつつ、弓掛は自分の側に沈められたボールに愕然とした。──初めて浅野にシャットアウトを食らった。

 浅野自身もすこし驚いたように浅い呼吸をしながらボールを見下ろしたが、呼吸を静めて顔を引き締めると、弓掛の目をまっすぐ見返してきた。

 八重洲の堅持けんもちが推薦で浅野を取ったと噂が広まった当時、高校バレー仲間のあいだでも意外だったという声は多く聞かれた。八重洲はいわゆる昔かたぎのごりごりの体育会系のイメージがついているチームだ。推薦で入る選手といえば堅持が好むタイプの、まさに破魔はまが象徴するようなフィジカルが強い奴というイメージもあった。堅持が集めてきた歴代の主だった選手のいかつい顔面を並べてみれば浅野がその中にそぐわないように見えても仕方ない。

 しかし弓掛に言わせれば、浅野は疑いなく“八重洲らしい”。

 手足が長くてスタイルのいい長身なので細く見えるが、設備の整った景星学園時代から積みあげてきたトレーニングで体幹は強い。ブロックでもレシーブでも強打に力負けしない。スパイクのパワーもテクニックもある。個々の総合力が高い八重洲の戦力たり得るプレーヤーだ。

 浅野と実際に戦ってみればコート外での人柄から感じる柔和で爽やかなイメージなど消し飛ぶ。オポジットにとってマッチアップしてこんなに厄介なレフトはいないと、浅野がコンバートしてきてからより感じている。

 オポジットはコートに一人、ウイングスパイカーは二人だが、圧倒的多数を占める右利きがしのぎを削るウイングスパイカーの競争率がオポジットより低いわけではない。同等レベルのライバルがごろごろいる中で各々の武器を伸ばして抜きんでようとしている。そんな中でも浅野はもともと全能力値が高いが、コンバートして本当にどこにも隙が見つからなくなった。セッター、リベロまで含むすべてのポジションをこなせる貴重なオールラウンダーだ。

 ストレートは浅野に締められている。クロスに逃げれば破魔に捕まる。浅野の執拗なプレッシャーが試合が進むにつれ蓄積しどんどん打ちづらくなっている。

 さらに破魔が脅威たるのはブロックだけではない。前衛では決定率がきわめて高いCクイック、そして後衛に下がっても左腕さわんから放つスパイクサーブがある。

 慧明けいめいはレセプションを崩されて攻撃を決めきれない。かろうじてプッシュを突っ込み、セッターの早乙女にワンを取らせた。大苑おおぞのが二段トスをあげることになったため、残ったスパイカーはレフト浅野、バックセンター神馬かんばのどちらかだ。強力なライト勢二人が攻撃から外れ、守る慧明側のプレッシャーが大幅に減じる──が、

「破魔来るぞ!」

 ベンチから警戒を促す怒鳴り声が飛んだ。

 サーブを打った破魔がバックアタックに入っていた。短い濁声の気合いとともに腹筋に力がこもり、左腕がうなる。ダイナミックなスパイクフォームから本職のオポジット顔負けのバックライトが炸裂した。

 大苑の印象を上書きするほどの破魔のオポジットぶりに会場が衝きあげるような興奮で揺れた。

 破魔はオポジットもやれるのだ。ミドルブロッカーで固定しているのは同じチームにずっと大苑がいたからという理由も少なくない。実際多くのチームでは左利きのパワーヒッターはオポジットで重用されている。

 弓掛は利き手の利も身長の利も持っていない。こんな連中が同世代に何人もいるポジションを、“持たざる”自分は勝ち抜かねばならない──自分が戦っているポジションの門の狭さをつくづく痛感させられる。

 これで慧明15-18八重洲。これ以上八重洲にブレイクはさせられない。破魔のサーブを切って慧明がローテをまわせば弓掛が後衛に下がる。浅野とのマッチアップもやっと、、、終わる。

「次のサイドアウト取れば切り抜ける!」

 慧明にとっては苦しい状況だが弓掛は腹から声をだして仲間を励ました。

「次取ったら篤志サーブだ!」

「ここ一本踏ん張ろう!」

 それを受けて仲間が気丈に声をかけあうのを聞き、はっとした。

 切り抜けたい、、、、、、という本心からでた声だった。自分のサーブで反撃するという攻め気からでたのではなかった。

 攻めずして勝てる相手じゃない……。

 シャツの胸を引っ張って顔を流れる汗を拭う。迫りあがった裾をパンツに突っ込んで整えるあいだに呼吸も整う。最後に深く息を吸い、顔を引き締めて前を向く。

 弓掛が後衛に下がるタイミングで、前衛にあがる亀岡にかえて山吹がセッターに投入された。

 気負って入った山吹が一本目のトスでいきなり攻め気でクイックを使った。が、タイミングがあわない。打点より高いボールをクイッカーが空振った。

「おい!?」山吹が声を荒らげたが、ベンチを意識してすぐに苛立ちを引っ込めた。「すいません。次あわせます」

 その後山吹が修正したのでさすがに空振りはなくなったが、八重洲が先に二十点台に乗り、慧明ビハインドのまま第二セットは終盤に入る。

 八重洲が早乙女にかえてワンポイントブロッカーを投入した。慧明に致命傷を与えるブロックポイントを狙う。早乙女も一八五センチあるセッターだが、一九〇センチ台のワンブロの投入で前衛の破魔・神馬とともに高波のようなブロックがそそり立つ。

 ──見あげると頭の上でブルーグリーンの海面が揺れている。

 試合中、弓掛の視界に重なって映るのはそんな景色だった。

 自分以外の全員は海面の上に顔をだして楽に息をしているのに、自分だけが息ができない海面下にいる。

 スパイクジャンプのたびブロックジャンプのたび百パーセントの力を振り絞って海上まで跳びあがらねばならない。顔をだしてからあえいで酸素を取り込んでいては高波が覆いかぶさってくる。焦りに駆られて息をとめたまま突っ込んだ。

 中途半端なスパイクをみすみすコートに落とす八重洲ではないが、ワンブロとかわっているためセッターがいない。ディグがあがっても普通はコンビ攻撃を使えない──が、そこで迷わずセカンドタッチに走ったのが浅野だ。本職のセッターと遜色ない正確なバックセットから、破魔がズドンッとCクイックを打ち込んだ。

 これがある! 浅野が入ることで高校きっての攻撃的な組織バレーを誇った「景星のバレー」が八重洲に組み込まれ、八重洲の絶大な攻撃力が増強される。

「くそ、やられた。浅野がバックだとあのオプションあるのか」

「浅野はアンダーカテだとセッターやってるからな。気をつけとくべきだった」

 慧明18-22八重洲となりタイムアウトを取った慧明ベンチで悔しがる声が交わされた。

「このセットはしょうがない。スト勝ちにこだわらないで次のセットで切り替えよう。あと二セットしっかり取って最終的に勝つことを考えればいい」

 主将の七見ななみが努めて明るくコートメンバーを励ます。マネージャーやリザーブメンバーはタオルやドリンクを配ってまわったり、選手のうなじにアイスバッグをあててやったりとサポートに尽くしている。

 昨年、佐々尾や弓掛とともに四タイトルのうち二冠を獲得し、今年こそフルメンバーの八重洲を下して全タイトルを獲ろうという決意は強くありながら、後輩の成長によりレギュラーの座を譲った部員も中にはいた。七見もリリーフサーバーでしか出場機会がなく、コートキャプテンを弓掛に譲った。主務、学生コーチをはじめ今年の四年生は今大会では全員がリザーブやベンチスタッフだ。

 “なあ、篤志。福岡に……”

 佐々尾が福岡に帰る前、最後まで言わなかった言葉が、ふいに脳裏に蘇った。

 福岡にある弓掛の実家は決して裕福ではない。これからまだ学費がかかる弟妹もいる。弓掛は学費が大幅に免除されるスポーツ特待生待遇に加え、要返済のものも含めて何種類かの奨学金を寮費や遠征費にあてることで私立大に通うことができている。大学としてはオリンピアンになるようなアスリートの輩出を期待して全学生で若干名というスポーツ特待生を取っているのは自明だ。オリンピアンどころかアンダーエイジの強化選手から外れれば、大学にいられなくなることもあり得るのだろうか……?

 弟はこの春高校一年になったが、なにか部活に入る気はなくバイトをはじめたと言っていた。まだ帰省するタイミングもないため弟の本心は聞いていない。普通に本人がやりたいことなのかもしれない。ただ、弓掛は弟と同い歳の頃も部活に没頭させてもらっていた。

 やりたいことにやりたいだけ打ち込めることが、決して誰にとっても当たり前なわけではない中で、自分はいろいろなフォローを受けてずっとトップレベルの環境でコートに立たせてもらっている。裏を返せば今の環境を失う可能性も常にあるのだ。

 タイムアウトあけ、後衛でもセカンドセッターやバックアタッカーとして存在感を発揮した浅野が弓掛の前にまたあがってくる。

 慧明22-24八重洲。一時は引き離された慧明も食らいついている。24-24に持ち込めればデュースに突入する。

 双方から打ち込みあい、阻みあう激しいラリーの中でスパイクとブロックが激突し、上空にボールが浮いた。センターラインの真上、両陣地の領空の境界線──これを八重洲に押し込まれると二十五点に飛び込まれて逃げ切られる。なんとしても慧明の点にせねばならない。

 ボールを見あげて踏み切った弓掛の正面で同時に跳ぶ影があった。

「篤志頼む!」

「押し込め直澄!」

 四本の手がボールに伸びる。浅野のほうが腕が長いぶんわずかに届くのが早い……!

 肘がぶつかるほどの距離で弓掛は浅野の顔を見た。ネットを挟んでいようが互いにジャンプすれば目の前を遮るものはない。二メートル四十三センチのネットの上で視線が直接絡んだ。

 篤志、引けよ!

 直澄が引け!

 声を発しない怒鳴り声が交わされる一瞬、双方からの力が拮抗しボールが虚空に縫いつけられた。だが押しあいは高いほうが勝つ、、、、、、、──上から押さえられると押し返せない。

 早く自分から手を引けばセルフカバーしてリバウンドに繋げる余地はあった。しかし弓掛は歯を食いしばってあらがった。強化選手に残った浅野に負けたくない意地で手を引けなかった。ぎりぎりまで粘った末、ボールと一緒に押し込まれた。

 無策で尻もちをつかされる寸前、とっさに踵を引いてバランスを取った。境界線上で膨れあがった衝撃にはじき飛ばされたようにセンターラインから大きくバックステップして踏みとどまった。キキュウッ!とシューズの摩擦で甲高いスキール音が響き渡った。

 目線の先で浅野のつま先がセンターライン際に着地した。キュ、とこちらは大仰ではない摩擦音が鳴った。

 浅野がすくと身体をまっすぐにした。弓掛はしゃがんだまま浅野を睨みあげた。浅野の目つきは今は腹を括ったように据わっていた。

 マッチアップするポジションになったことで浅野が一番視界に入っている。浅野と十年も対戦してきた中で、一番多く試合中に視線がぶつかっている。

 二人のこめかみを流れた汗が鏡映しのように同時に顎へとつたった。しかし鏡ではないので、浅野はシャツの肩口で、弓掛はシャツの胸を引っ張って、別の仕草でぐいと汗を拭った。

 慧明22-25八重洲。

 第二セットを八重洲に取り返され、セットカウント1-1で試合はイーブンに戻る。

著者プロフィール

壁井ユカコ【かべい・ゆかこ】

沖縄出身の父と北海道出身の母をもつ信州育ち、東京在住。学習院大学経済学部経営学科卒業。第9回電撃小説大賞〈大賞〉を受賞し、2003年『キーリ 死者たちは荒野に眠る』でデビュー。「2.43 清陰高校男子バレー部」シリーズの他、『空への助走 福蜂工業高校運動部』『K -Lost Small World-』『サマーサイダー』『代々木Love&Hateパーク』「五龍世界」シリーズ等著書多数。

閉じる

  • twitter
  • facebook
  • CX^O