2.43 清陰高校男子バレー部 next 4years2.43 清陰高校男子バレー部 next 4years

著者プロフィール

壁井ユカコ【かべい・ゆかこ】

沖縄出身の父と北海道出身の母をもつ信州育ち、東京在住。学習院大学経済学部経営学科卒業。第9回電撃小説大賞〈大賞〉を受賞し、2003年『キーリ 死者たちは荒野に眠る』でデビュー。「2.43 清陰高校男子バレー部」シリーズの他、『空への助走 福蜂工業高校運動部』『K -Lost Small World-』『サマーサイダー』『代々木Love&Hateパーク』「五龍世界」シリーズ等著書多数。

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第二話 はがねと宝石

13. SHARP TONGUE AND RIGHTEOUS

 山吹誠次郎が白石台中の二年になった春、男子バレー部に新しい監督が来た。

「上下関係を作らず和気あいあいとした部にしよう!」

 人好きのする笑顔で新監督は前監督の方針の一新を宣言した。前監督はひと昔前の根性論を振りかざしシゴキをよしとする人物で、部員たちは厳しく締めつけられていたので、新監督の人柄と方針転換は安堵とともに歓迎された。

 練習の準備や片づけ、掃除なども一年から三年まで平等に担うことになり、常態化していた三年から下級生へのシゴキも禁止された。

 部内の風通しはよくなったが不満を覚える者も中にはいた。新三年の主将になった鬼塚がその中心人物だった。

「新監督はぬるいよな。前川先生のときのほうが厳しかったけどチームのレベルがあがってる実感はあった。仲良くなっただけで強くなれるなら苦労しない。今のやり方じゃ今年関東大会四位入り、全中出場の目標が達成できるとは思えない」

 監督不在の時間に鬼塚が部員に向かって不満を漏らし、

「だろ、誠次郎?」

 と山吹に振ってきた。山吹は二年生のリーダー格と目されていたので二年を味方につけたいがためだろうとは思ったが、山吹にも同意する部分はあった。

「……ですね。指導法は前川先生のほうがまだましだったと今にしてみれば思いますね。おれも期待外れです」

 我が意を得た鬼塚が「だよなー」と相好を崩した。

 若くて熱心な監督が来たことに山吹は最初かなり期待した。しかし仲良く、楽しくと言うばかりで理論がともなっていなかったので落胆していたのだ。小学生バレーならまだ楽しいだけでいいかもしれないが、中学バレーではもっと他に学びたいことがある。

 初期の時点では山吹は鬼塚の不満に共感していたのだった。

 ところが新監督が来て一ヶ月ほど経つと部の風向きがおかしくなった。

『今日のレシーブ練でAパス七十パーセント達成できなかった奴がいた。ペナルティで走り込み三周。二人いたから六周。明日の昼休みに一、二年全員で走れよ。三年で見張ってるからな。ちゃんとやらない奴が一人でもいたら連帯責任だからな』

 ある日の部活解散後、部の連絡用グループメッセージに鬼塚から通達が送られてきた。このグループメッセージに監督は参加していない。

 山吹は同学年のチームメイト数人とともに帰る途中で、めいめいのスマホに届いたメッセージを見て眉をひそめた。

「なにこれ……。こういうの禁止されたじゃん」

「バッカじゃねえの。だいたいレシーブのペナルティがなんでランなんだよ。走ったらレシーブうまくなるのかよ。バカバカしい」

「バカって三回でたな~誠次郎~」

 翌日の昼休みに課された走り込みに山吹は参加しなかった。

 不参加者がいたということでその翌日は倍の十二周が課された。

 それも無視すると、三日目にげっそりした顔の同期に懇願された。

「誠次郎……全員で走らないとずっと倍になってくから走って……頼む」

 その日の一、二年全員揃っての走り込み二十四周をもって連帯責任の連鎖は断ち切れた。これで理不尽なシゴキが終わったと思ったら、ところが──。

 練習の成績の悪さのみならず、集合や準備が遅い、返事の声が小さかったなどと理由をつけて三年から下級生へのペナルティは続いた。早朝、昼休み、放課後の部活解散後に監督の目の届かないところで走り込みやワンマンレシーブを強制された。監督に対しては鬼塚があくまで「自主練」だと申請していた。

 略して「ワンマン」とも呼ばれるワンマンレシーブは前後左右に揺さぶって投げ込まれたり打ち込まれたりするボールを一人でレシーブし続けるという、バレーボールでは昔ながらの特訓だ。前監督の頃は白石台中でも日常的に行われていた。

 自主練のきつさに(強制された自主練はもう自主練じゃねえ!)まず一年生がをあげ、正規の放課後の部活を休む者がでてきた。するとまた連帯責任でペナルティが積みあげられた。

「どこ行くんだよ、誠次郎」

 今日も自主練が課された昼休み、山吹が制服のまま廊下を歩いていると同期に見咎められた。どこか陰湿な口調に山吹は眉をひそめて振り向いた。

「今日でないわけじゃないだろうな。ちゃんとでた奴がバカ見るんだよ」

 疑心暗鬼に満ちた目で同期が見つめてくる。

「……地獄じゃねえか」

 はらわたが煮えくり返っていた。腹の底でマグマがぼこりと浮きあがり、それがそのまま発声されたような低い声になった。

 山吹自身はシゴキには耐えられた。だが同じように三年に虐げられている同期のあいだで相互監視し、抜け駆け、、、、する者を牽制する空気が生まれていることが地獄以外のなにものでもなかった。一時期は自分も鬼塚を支持したことも今の地獄に一役買ってしまったのかと思うと自分にも怒りがわいた。

 前監督の方針がましだったなんてことはないとはっきり悟った。新監督に不満があるのは事実だが、不満のけ口で前監督のようなやり方を絶対に肯定してはならなかったと後悔した。
 
 

 景星学園高校で男子バレー部の公開練習があることを知ったのはそんな頃だった。

 景星学園は比較的新しい中高一貫の私立校だ。まだ二年生なので高校受験のことは具体的には考えていなかったが、都内の高校バレー部の練習を見学できるいい機会だ。後々進路を考えるにあたって参考情報の一助になると思い行ってみることにした。

 ちょうど公開練習の日程内の水曜日、監督に所用があり、かわりの教諭も都合がつかなかったため部活が休みになった。ただ週末には練習試合が組まれていたので、鬼塚から「監督の都合で練習時間は減らせない」と放課後も自主練をする旨の通達がまわってきていた。

 同期と後輩を犠牲にできないため自主練(いい加減このシゴキに自主練という言葉を使うのは腹立たしい)には山吹も必ず参加していたが、その日に関しては公開練習への興味が勝った。

 鬼塚にメールできちんと練習欠席の理由を告げて筋は通した。学校にも外出届を提出し、放課後白石台中を出発した。普段から電車通学だが普段乗らない路線に乗って景星学園へ赴いた。

 ふうん……設備だけはよさそうだけどな……。

 新築の体育館の外観にまず惹かれた。だが別に景星を第一志望にしようと思って来たわけではない。これで指導方針や練習内容が時代遅れだったら設備の持ち腐れだ。と、ついすこしはずみそうになった気分をあえて抑え、冷ややかに見極める心づもりで先へ進んだ。

 持参した体育館シューズに履き替えて館内にあがるとまずエントランスがあり、『板張体育館』というプレートがついた鉄扉の脇で一人の男子生徒が学習机を置いて受付をしていた。

「白石台中、けっこう強いよね」

 と、山吹が記入した学校名を見たその生徒が顔をあげて話しかけてきた。一九〇くらいあるか、椅子に座っていても背が高いことがわかる。しかしひょろりとしていて頼りなさそうだ。

「来てくれたら嬉しいな」

 柔らかな笑顔で誘われると悪い気はしなかった。

「一年生ですか?」

「ううん。中等部の三年です。今日は高等部の手伝い。来年来てくれたら同期になるかな」

「おれまだ二年なんで、もし入っても後輩ですね。入るかわからないですけど」

「あ、そうなんだ。しっかりしてるから三年かと思った。たぶんおれよりしっかりしてるね」

 そうですね。頼りないことを自分で受け入れているその生徒に軽い苛立ちを覚えて山吹は心の中で肯定した。一個上か……人はよさそうだが、この人がすぐ上の先輩になると考えるとあまり強くなりそうなチームではない。

「外部生も内部進学生もみんな仲いいよ。上下関係も厳しくないし。面白いバレーをやろうっていうのが若槻わかつき先生の理念だから」

 外部生への安心材料のつもりで言ったのだと思うが逆に山吹は一気に白け、この学校への興味が失せた。ここも「仲良く楽しく」で中身はすかすかのチームか。

 見学もやめて帰ろうかとさえ思ったが、座って見ている受付の生徒がにこにこして山吹が中へ入るのを待っているので目の前で引き返すのも気が咎めた。押しが強くはないのに意外と笑顔に強制力があるな……。

 景星学園は有名な強豪チームというわけではないが、予想より多くの見学者が壁際の見学スペースを埋めていた。見覚えのある都内の中学の制服やジャージもちらほらある。

 練習着姿の十二人のプレーヤーがコートに散ってゲームライクの練習が行われていた。Tシャツの上から蛍光色のビブス(ゼッケン)をかぶったプレーヤーが各チームに一人ずつ入っている。リベロを区別するビブスだ。

「うらあ!」

 と、蛍光イエローのビブスをつけたリベロが活きのいい気合いとともに豪快にフライングレシーブした。相手チームからのスパイクを拾って「っしゃー!」とその勢いでコートの外まで腹這いで滑り込んでいった。やるじゃん、と度胸あるフライングレシーブに山吹は感心したが、

「っしゃーじゃねえ、広基ひろき!」

 と、張りのある若い男の声がそのリベロに飛んだ。

「ブロックと連係してポジショニングしてれば今のは正面で取れたやつだぞ!」

 コートサイドに立つ指導者は見映えのする長身の年若の男だった。

「拾ったけんよかろうもん」

 むくりと起きあがったリベロが口を尖らせた。九州のほうの言葉か……? 都外からも入学者を集めていることは調べて知ってはいたが、それにしても遠く九州から。

 見学後の雑談の時間に聞いたところではこの部員は福岡から来た二年生で、ポジションはリベロではなくウイングスパイカーだった。景星ではスパイカーでも全員必ずリベロも経験するという。

「今おまえが突っ切ったせいでスパイカーの動線遮っただろ。バレーは一対一じゃねえんだよ。味方と敵、十二人全体の中でどうポジショニングするかだ。ボールへの反応レスポンスはその次の話でいい。リベロの仕事は攻撃の一本目だ。反撃の土台を作るディグをあげる意識しろ」

 あ──これだ、、、

 という感覚が、突如訪れた。

 明快な言葉で“バレーボール”が頭に入ってくる感覚。今までも目の前で見ていた“バレーボール”の解像度があがって、細部がもっと見えてくるような感覚が、山吹の中でしっくり来た。

 白石台中の前監督にも新監督にも抱いていた物足りなさがなんだったのかがはっきりわかった。

 厳しいのはいいのだ。上に覚悟と責任感があれば上下関係もあっていいと山吹は考えている。もちろん仲が良いに越したことはないのでそれを否定する気もない。ただ、「中学バレーだから」と基礎のスキルを一つ一つ教え込まれてきたが、ゲーム全体の中でのそれらの意味を考えさせてくれる指導者はいなかった。

「フライングでレシーブしたらいかんってこと?」

 博多弁のリベロはまだ不満そうだったが、

「ポジショニングしててもフライングしなきゃいけない場面はいくらでもあんだろ──敵のスパイカーが上だったときだ。そういうときは思う存分派手に飛び込め。フライングで拾うのがなんだかんだ一番目立てるからな」

 でかい身体で床に正座し、ちょっと不貞腐れて指導者の話を聞いていた博多弁のリベロの目が、徐々に生き生きと輝いていくのが印象的だった。

「かっこいいバレーをやりたいだろ? 一番面白いバレーが一番強いバレーだ」

 と指導者がにやりとした。嫌われ者と紙一重の歌舞伎者じみた人柄と大風呂敷を広げた台詞に、受付をしたときの冷めた気分もいつしか消し飛んで、山吹は惹きつけられたのだった。
 
 

 今日はそのまま帰宅するつもりだったが、く気持ちで電車を乗り継いで白石台中に戻ることになった。

 あのゲス野郎……。車中で窓の外を睨みながら握りしめていたスマホがばきっと音を立て、ガラスフィルムがひび割れた。

 山吹が戻ってくるまで一、二年の居残りワンマンを続けると鬼塚からメールが来たのだ。

 六月の長い夕方が終わる時間になっていた。学校で決められている部活動の終了時刻はもう過ぎている。黒く沈んだ無人のグラウンドを通り過ぎて体育館にまわると鉄扉は閉じられていたが、中から漏れる黄みを帯びた灯りが長方形の扉の輪郭を縁取っていた。こもったボールの音と、複数の野次るような声が響いている。

 鉄扉のたもとには十数足の外履きが乱雑に脱がれていた。山吹もそこで外履きを脱ぐと靴下で他の外履きを踏みつけてのしのしと進み、鉄扉をがらりと引きあけた。

 途端、細い光の筋が帯状に広がって溢れだしてきた。

 鬼塚をはじめとする三年が輪になって一年生一人を囲み、「根性見せろよ!」「おらおら!」などと粗暴な野次を飛ばしながらボールを打ち込んでいる。懸命にレシーブして倒れたところにまで「すぐ立てよ!」「立って動くまでノーカンだぞ!」とボールが打ち込まれる。

 中心にいる一年生はすでにふらふらなので拾えるボールも拾えていない。そこへ容赦なく打ち込まれるボールが頭や背中にぶつかってあちこちに跳ねる。遠巻きに散らばった残りの下級生たちがそれを拾って三年に渡す役に甘んじている。これから自分の番が来る者は怯えに強張った顔で。順番を終えた者は虚脱した顔で。同朋が心を殺して三年のために集めたボールが一人の同朋を責めたてる。

 頭の中が沸騰するような怒りで目の前が一瞬真っ赤に染まった。

 右手を横に振るって鉄扉を殴りつけ、

「鬼塚ぁッ!!」

 がぃん!と激しい金属音が響いた。

 景星の練習に触れてきた直後に目にした自分のチームの光景が、あまりにも、あまりにも下劣な地獄だった。胸を掻きむしりたいほどの嫌悪感が山吹を苛んだ。

 大股で中へ踏み込んで一直線に鬼塚に向かって突き進んだ。こっちを向いた鬼塚の顔は汗にまみれ、息もあがっていた。三年の人数より多い一、二年全員を相手に何百本もワンマンを続ければ打つほうだってへとへとになる。

「誠次郎……。おまえこの次入れ。三十本あがるまでな」

 ぜいぜいと喘ぎながら山吹にそう言い、ボールカゴの脇で蒼ざめて突っ立っている一年に次のボールを渡すよう手振りで命じる。自分も疲労困憊になりながら休まず打ち続けようとする姿は熱心といえば熱心だが、山吹に言わせればただの倒錯した情熱だった。

「これが練習試合前にやらなきゃいけないことか? なにが目的の? 言ってみろよ」

 もはやこいつに使う敬語などなかった。

 バレーはネットに向きあったスポーツだ。試合中に横や背後から故意にボールが打ち込まれる状況などあり得ない。

 山吹の登場に一、二年がこれで助かったと安堵した顔を一度は見せたが、

「おれのやり方が気に入らないんなら退部しろよ。ただし連帯責任で他の全員のワンマンのノルマ倍に増やす」

 という鬼塚の脅しですぐにまた顔を強張らせた。

 膝に手をついてひと休みしていた一年に鬼塚が向きなおり「なに休んでる! まだ交代じゃねえぞ!」とボールを構える。山吹がカッとなって横からそのボールをもぎ取ると、振り返った鬼塚が血走った目で喚いた。

「おれたちだって二年間やらされてきたんだ!」

 他の三年も気色ばんで群がってきて鬼塚の加勢に加わった。四方から山吹の服を掴んでボールを奪い取ろうとしてくる。

 新監督のやり方じゃぬるいなんていうのは建前だったのだ。理不尽なシゴキに二年間耐えてやっと上が抜けたと思ったら「上下関係を作らない」という監督の方針変更で最上級生の特権を剥奪され、自分たちがやられてきたことを下にやれなくなったことが結局こいつらの不満だったのだ。

「やめるのはおまえらだ! そんな腐った根性でコートに入るんじゃねえ!」

 あっちから手をださせないと駄目だ──烈火のごとき怒りに駆られながらも頭の隅にぎりぎり残った理性が警鐘を鳴らした。先に手をだしたら責任を問えなくなる──けどもう、我慢ができない。

「どこか残ってるのか? 下校時間過ぎてるぞ!」

 自制心の糸がブチ切れる寸前で割り込んできたおとなの声にある意味助けられた。

 巡回の教員が校舎側の出入り口に姿を見せていた。生徒たちが密集して乱闘になりかけているという事態を目にして教員が顔色を変えた。

「な、なにやってる! バレー部か!?」
 
 

 この一件は監督にもすぐに連絡が行った。そしてこの一ヶ月間、陰で行われていた三年から一、二年への連帯責任の強要がやっと監督の知るところになった。

 翌日の放課後は練習のかわりに教室の一室で全員出席のミーティングが開かれた。ただし新学期の時点から一年は半分に、二年も三分の二に減っていた。

「三年生からヒアリングした。三年生も反省して、心を入れ替えてやりなおしたいと言ってるから、今日は三年生と一、二年生で話しあおう。上下関係は気にしないでお互いに思ったことを言いあって解決しよう」

「はあ?」

 三年グループとは離れた席に座っていた山吹はがたんと立ちあがった。

「このに及んで仲良く話しあいですか? 小学校の学級会じゃないんです。監督がはっきり処分してください」

「処分なんて言葉を簡単に使うものじゃない。じゃあ一、二年は三年にどうしてもらえたら許してやれるんだ?」

「気に入らなければ退部しろって言いだしたのは三年です」

「三年に退部しろっていうのか!?」

 監督も、教室前方の席に固まっていた三年もにわかに狼狽うろたえた。まさかそこまでの話が持ちあがるとは想像してなかったとでもいうのかと、ひと晩使って多少は落ち着かせてきた怒りがその反応でまた腹の底から煮え立った。

「それは厳しすぎる。三年生にとっては最後の年なんだぞ。ついエスカレートしていった部分があったと鬼塚たちも反省してるし……」

「だいたいなんで加害者からヒアリングしといて被害者の言い分は聞かないんですか!」

 監督に向かって語気を強めたとき、鬼塚をはじめとする三年一同が俯き加減に立ちあがった。山吹を除く一、二年が押し黙って見つめる教室に椅子を引く音が次々に響いた。

 鬼塚が一、二年側に身体を向け、代表して口を開いた。

「おれたちも先輩にシゴかれてきたし、みんなで全中に行って卒業したい思いも強かったから、つい厳しくなって、エスカレートしていったのは本当に反省してる。でも、おれたちもあれに二年間耐えてきたんだ。今の一、二年ならおれたちがどんなにつらかったかとか、我慢してきたか、わかってくれると思う……」

 そして三年一同で、

「本当にすみませんでした」

 と頭を深く下げた。不貞腐れてとりあえず謝っているような態度でもなく、本心から反省していることは伝わってきた。

 山吹は険しい表情のまま一、二年の様子に目を投げた。これですっきり水に流せるはずもないが、かといって突っぱねられないという、戸惑いがちな視線が交わされている。

「よし! これでみんな気が済んだんじゃないか」

 と、微妙な空気を読み取りもせず監督だけが声を明るくした。

「まだ一年間ははじまったばかりだ。腹を割って話す時間はこれからもたっぷりある。一からチームを作りなおして──」

「なに終わらせようとしてんだよ! なにも解決してねえだろ!」

 監督がたじろぐ怒声とともに山吹は机に拳を振りおろした。

「立場が弱い下に退部ちらつかせといて、自分が辞めさせられそうになったら被害者面か。どこまで卑怯なんだよてめえらは」

「もういいって誠次郎。そこまで言わなくても……謝られたら許すしかないだろ……」

 同期のほうからもおずおずとなだめる声があがったが、

「こっちにだって泣いて辞めてった奴らがいるんだよ! 筋が通るかよ!」

 正論で一喝すると、態度を軟化させたことを悔いたように一、二年がはっとなった。

「おれはなあなあで手打ちにする気はない。こいつらは部活を地獄にして、バレーを踏みにじった。あんな腐ったワンマンでコートを汚しやがって……。二度と白石台のコートは踏ませない」

 鬼塚が愕然として俯いていた顔をあげた。

「誠次郎っ……おまえにそこまで決める権限ないだろっ」

「おれたちにだってまだあと一年あるんだ。一年間もバレーできないってことになるじゃないか」

「中学最後なんだぞ、大会もでられずに終わるなんてっ……」

 三年が蒼白になって口々に言いだした。涙目になっている者もいた。自分たちがこの事態を招いておいて、今我が身に降りかかっていることが信じられないとでもいう嘆願に山吹はわずかも心を動かされなかった。怒りに燃える瞳で三年を睨みつけていると、慈悲を請う声が絶望的にしぼんでいった。

 監督も、三年も、同期や一年も、山吹の怒気に呑まれて静まり返った教室で、山吹はきっぱりと断罪した。

「心を入れ替えてバレーをやりなおしたいっていうならとめない。ただしおれたちはおまえらとはもう一緒にやれない。ここじゃない、他のどこかでやりなおせ」

 景星学園にスポーツ推薦枠で入学して再会したのが、公開練習の日に受付にいた浅野直澄だった。

 一年生の頃は浅野より自分のほうが実力があると山吹は自任していた。一学年上の浅野は性格的にもプレー面でも積極性が見られず向上心が低かったし、初対面の印象どおりどうにも頼りなく、はっきり言ってただ人当たりがいいだけでチョロい先輩だった。

 ……まったく、素質ってのは嫌になるよな。

 八重洲はセッターの早乙女がトスをあげられない状況では浅野がかわってセッターに入るという約束事があるため、ワンが乱れた状況でもコート上のメンバーがスムーズに次善の行動に移る。浅野のトスでもコンビを使えるチームなので実質ツーセッターに近いと言っていい。

 一九一センチの長身に加えて腕が長くリーチがあるので、シニアを含めても日本人セッターではトップクラスの高いセット位置からボールを供給する。特に前衛に神馬かんば破魔はま大苑おおぞのが揃ったローテでは浅野が攻撃から抜けようがまだ超強力な三枚がある。

 腕をすらりと伸ばしたワンハンドでふわっと浮かせたトスを神馬の右手が空中で捉え、山吹のブロックの上から余裕で打ち込んだ。

 一八〇センチの山吹では浅野のような長身セッターの利は得られない。灰島のような天才性が自分にもあるなんていう甘い夢想をしたこともない。もしバレーボールが一対一の個人戦だったら、早めに自分の素質に見切りをつけてなにか違う競技に移っていたかもしれないと思うことはある。

 けれどバレーボールは一対一じゃない。

 決めた神馬がバックライトに下がり、浅野があがってレフトスパイカーになると慧明側でライトブロッカーを務める山吹が浅野とマッチアップせねばならない。

亜嵐あらん! 寄れ!」

 亜嵐に声で、後ろ手でディガーにもサインで指示し、ネットの向こうで浅野がスパイクジャンプするタイミングを計って山吹も跳んだ。センターからヘルプに来た亜嵐とともにコースを狭めるが、あいたコースを浅野が巧みな打ち分けでスパンッと抜いた。が、山吹は内心ほくそ笑んだ。

「来たあ!」

 フロアでコース上に入っていた豊多可ゆたかが吠えた。いちいち主張がうるせえよと豊多可の血の気の多さに毒づくが、ディグは会心の出来だ。しっかり両足を開いた構えで豊多可が受けたボールが高くあがった。

 余裕をもってボールの下に入りながら周囲に目を走らせる。守る側にまわった八重洲側では破魔を中心にブロッカーがバンチシフトを敷く。やりにくいでしょ、と今度はブロッカーとなってまたマッチアップする浅野に皮肉をこめて目配せした。まあこっちもやりにくいけどな。

 豊多可のディグからチャンスを得た慧明のトランジション・アタック、亜嵐のAクイックを使う!──ボールを叩いた瞬間、鋼板のごとき破魔の手のひらにバコンッと阻まれた。ボールともろともに叩き落とされたかのように亜嵐が尻もちをついた。

「うへえ、こっわ!」

「ビビって打つから捕まるんだって! 吹っ飛ばせ!」

 後衛から豊多可にうるさくけしかけられ、立ちあがった亜嵐が不満げな顔で振り返った。

「いちいち怖いんだって、“ターミネーター”。後ろからじゃわかんないだろ豊多可は。目の前で打ったらまじわかるって」

「そんなもん牛だと思えばいいんだよっ」

 と、豊多可に言われると亜嵐がぷっと噴きだした。

 二人で顔を見あわせ「牛や馬にトスあげても一緒なんだよおっ」と山吹の口真似をしてぷくくくと笑う。「そんなヒスってねえ」山吹は二人を睨む。

「牛や馬じゃないですもんね。頭使ってやってますから、おれたちは。味方と敵、十二人全体の中でどうポジショニングするかでしょ。三人がかりなら直澄さんには決めさせませんよ」

 豊多可が恩師がよく言っていた台詞を使ってうそぶいた。

「わかってんなら守備の指示任せるぞ」

 八重洲に点は取られたがこのサイドアウトで破魔の前衛が終わる。攻撃を組み立てる司令塔となる山吹としては一番苦しいところを越えた。ネット一枚挟んだだけで破魔の圧と対峙せねばならない精神的プレッシャーから解放されるだけで正直だいぶ楽になる。

 セットカウント1-1からの第三セット、これで慧明10-14八重洲。滑りだしの悪さで広げられた点差は依然厳しい。

 破魔のサーブで崩されて慧明がレセプション・アタックを決めきれずラリーになった。八重洲側から「セッター狙え!」と声が飛び、山吹を狙って直線的なボールが突っ返された。取りづらいボールをなんとか顔の前ではじくと、

「任せろ!」

 自分の出番とばかりに豊多可が嬉々として後衛から飛びだしてきた。

 向こうに浅野がいるならこっちだってセッター経験者の豊多可がいる。ただしリベロにはルール上制約が課されるプレーが複数ある。フロントゾーン(アタックラインより前方)でのオーバーハンド・セットもその一つだ。浅野がどこでもセッターのかわりにセットできるほどの自由度はない。

 が、フロントゾーンを踏む前に、、、、ジャンピングオーバーセットするぶんにはこの限りではない。アタックラインの後ろから豊多可がタンッと片足踏み切りし、ジャンプセットのフォームでボールの下に入った。

 コンビを使う気満々のジャンプセットだが、っておまえこのチームでコンビあわせられるのまだ亜嵐だけだろうが! 心得ている亜嵐だけはクイックに入ってくるが他のスパイカーはハイセットにあわせる態勢で助走距離を取っている。

 亜嵐をペースメーカーに使ってコート全体の手綱を引いてきた効果が表れてきた。弓掛にも本来の一番早く取って返して一番長く取る助走距離が戻っている。

 八重洲側ではそんがクイックを一応警戒しつつ、サイドにハイセットがあがれば三枚ブロックに行く構えだ。自分が警戒されていないのを見て取って山吹は動いた。

 キュッ……

 弓掛をマークしていた浅野だけがシューズの音に気づいた。

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壁井ユカコ【かべい・ゆかこ】

沖縄出身の父と北海道出身の母をもつ信州育ち、東京在住。学習院大学経済学部経営学科卒業。第9回電撃小説大賞〈大賞〉を受賞し、2003年『キーリ 死者たちは荒野に眠る』でデビュー。「2.43 清陰高校男子バレー部」シリーズの他、『空への助走 福蜂工業高校運動部』『K -Lost Small World-』『サマーサイダー』『代々木Love&Hateパーク』「五龍世界」シリーズ等著書多数。

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