2.43 清陰高校男子バレー部 next 4years2.43 清陰高校男子バレー部 next 4years

著者プロフィール

壁井ユカコ【かべい・ゆかこ】

沖縄出身の父と北海道出身の母をもつ信州育ち、東京在住。学習院大学経済学部経営学科卒業。第9回電撃小説大賞〈大賞〉を受賞し、2003年『キーリ 死者たちは荒野に眠る』でデビュー。「2.43 清陰高校男子バレー部」シリーズの他、『空への助走 福蜂工業高校運動部』『K -Lost Small World-』『サマーサイダー』『代々木Love&Hateパーク』「五龍世界」シリーズ等著書多数。

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第二話 はがねと宝石

14. BIG SERVERS

 ふいに目の前が開けたように感じた。攻撃に入るたび張りついてきて弓掛の視界を狭めていた浅野の影が消えたのだ。

「五枚!」

 と外から太明たいめいの声が飛んだ。破魔はまサーブのこのラリーでは守備を指揮する太明がコートを離れている。

 五人目の味方スパイカーの気配に弓掛も気づいた。弓掛と亜嵐あらんのあいだを割るスロットから助走してきた五人目はセッター山吹──ミドル、オポジット、ウイング二人による四枚攻撃を超える五枚攻撃で相手校の守備を機能不全にしてきた、“攻撃の景星”の必殺のオプションだ。

 ブロッカーのマークが分散した一瞬の隙に空中からフロントゾーンに入った豊多可ゆたかがジャンプセット。阿吽あうんの呼吸で踏み切った亜嵐の右手がしなってボールを捉えた。反応が遅れたそんの上から叩き込み、破魔に食らった失点を取り返した。

「いえー! やられたらやり返ーす!」

 一年組が跳びはねて両手ハイタッチを交わした。

「はしゃいでねえで集中! 亜嵐サーブだろ!」

「アイアイサー」

 山吹に叱りつけられ、会心の仕事をして前衛を終えた亜嵐が後衛に下がる。「入ってからずっと喋ってんのな。一、二年」「まあ楽しそうなのはいいんじゃね」三年ウイング組の鳩飼と鶴崎が顔を見あわせた。

 八重洲はデータに強いチームとはいえリザーブセッターの山吹のデータはまだほとんど持っていない。慧明は元来サイドが強いが、山吹が入ってミドルも多用しはじめたので試合前に八重洲の選手が頭に入れた情報はかなり狂っているはずだ。いかに八重洲のブロックが最強でも、指針となる情報がなければ反応は鈍る。

 ここで山吹がバックセットを使った。孫がつくのが遅れ、ブロックは浅野一枚。弓掛と浅野の一対一になった。

 最初の感触では山吹のトスは少々頑固であわせにくかったが、やりたいバレーが明確なのだとわかってきた。それを掴めると断然打ちやすくなる。信念が一本通ったような、誠実なトス筋だ。

 飛んでくるトスの軌道の向こうに、浅野にずっと遮られていた八重洲コートが開けて見えた。視界の端から浅野の手が現れたが、

 間にあわんよ、直澄! おれのほうが高い!

 速く突っ込もうが通過点が低ければ捕まっていた。だが山吹がこだわってあげ続けていた高さがあれば、ブロックが届くより先にその“上”から叩き込める。わずかに遅れて引っかけてきた浅野の小指と薬指の先をボールがガッと削ってはじき飛ばし、壁まで吹っ飛んでいった。
 
 

 第三セットは中盤に入り、慧明13-15八重洲。追う慧明がじわりと差を詰める中、山吹に二周目のサーブがまわる。

「すっかりあったまったことだし、ここらで決めてきますか」

 などと豪語して山吹がサーブに向かった。

「ここで同点! 来い来い来い来い!」

 ドラムがビートを刻むような速いリズムで豊多可が手拍子を打って盛りあげる。

 エンジンがかかった山吹のキレキレのサーブがきわどいコースを攻める。八重洲から「アウッ!」慧明から「イン!」と正反対のジャッジが同時にあがった。太明がぎりぎりまで目でボールを追った末に身をひねった。見送った……! エンドラインのボーダー上でボールがワンバンして後方に吹っ飛んでいった。

 ジャッジは? 腰を落としてボールの着弾点を凝視していた楠見大一年生のラインズマンの動作に両チームから注目が集まる。

 ラインズマンがぴしっと直立し、フラッグの先をラインに向けた。

 イン!

「来た────っ!」

 自分が取ったサービスエースみたいに豊多可が両の拳を突きあげた。「誠次郎ー!」味方コートが歓喜にわいた。

 慧明14-15八重洲。

 コート内に戻っていた山吹が頬に溜めた空気をぷっと抜き、

「はん、まだ一本目。セッターは仕事の半分。サーブでも働いてこそでしょ」

 とクールにキメて味方に背を向け二本目に向かう。

 二本目はネットインになった。浅い弧を描いて白帯はくたいを切り裂くほどすれすれを越えようとしたボールが一瞬だけ引っかかったが、ボール自身の攻め気が勝ったように八重洲側に飛び込んだ。

 目の前にいた孫がなんとかこれを腹這いで拾う。連続サービスエースは取れなかったが八重洲の攻撃を崩し、慧明にとってはチャンスが続く。

 倒れた孫の頭を越えて早乙女から浅野にトスがあがる。第三セットは浅野と弓掛が前衛どうしでマッチアップするローテはここだけだ。ここしかないマッチアップで弓掛が浅野を通すわけにはいかない。

 浅野のスパイクコースを塞いでネットの上にブロックを張る。タイミングは完璧だったが、二の腕の皮膚を削ぐような切れ味のストレートが脇を抜けていった。

「ナイスキー直澄!」「よく山吹サーブ切った!」八重洲コートで称賛があがった。

 やるやん、直澄。

 慧明14-16八重洲。八重洲も簡単には背中を捉えさせない。

 とはいえ状況に変化は起きていた。弓掛のライト、亜嵐のミドルが決まりだすと鳩飼・鶴崎のレフトやbickにもブロックがつきにくくなり、慧明の攻撃が通りだした。

 が、ブロックを抜けたスパイクを後衛で破魔がダイビングレシーブ! 海洋哺乳類が海中から躍りでたかのように二メートル近い体躯が床すれすれを滑空し、ごろんっと床の上で回転して素早く立ちあがるなりバックアタックで反撃にも加わる。後衛に下がってからの献身性にも瑕疵かしがない。

「くそっ、“ターミネーター”の体力無尽蔵かよ」

 慧明側では追いあげきれない焦りでぼやく声があがった。

 山吹のサービスエース以降は双方一点ずつサイドアウトを刻み、慧明17-18八重洲。

「篤志、いけー!」

「ナイッサ一本!」

 サーブがまわってきた弓掛に「篤志!」とアップエリアから七見ななみが手を口の脇にあててアドバイスを送ってきた。

「ライト無効化しよう! ここで大魔神つぶすぞ!」

 破魔が前衛に戻って大苑おおぞの・破魔・神馬かんばの“大魔神”が前衛に揃っている。慧明が第三セットのスタートのローテをずらしたため、弓掛のサーブが八重洲のこのローテにぶつかっている。八重洲最強の攻撃力をサーブで削り取らねば、レセプション・アタックで点を取られるのは必至だ。

 ただこのローテには弱点もある。S1ローテはセッター対角のオポジットがフロントレフトにいるが、左利きの大苑はレフトから打つのが苦手なのだ。大苑をライトへまわり込ませる動線をあけてレセプション・フォーメーションが敷かれている。

 八重洲ライトサイドを狙ってサーブを突っ込む。最高時速一二〇㎞を叩きだす弓掛のスパイクサーブが0コンマ秒でレシーバーに肉薄する。突っ込んでサーブを拾った太明が動線の邪魔になり、大苑の足がとまった。

 大苑を無効化すれば八重洲の攻撃は破魔から浅野までの幅に狭まる。ブロックに行かねばならない幅が九メートルから七メートルまで狭まればブロッカーにも余裕が生まれる。ブロックタッチを取ったボールを豊多可が繋ぎ、慧明に攻撃権が移った。

「バックライト! 弓掛も来るぞ!」

 一転して守備にまわった八重洲側で怒鳴り声が飛び交う。弓掛がブロッカーの注意を引きつけた瞬間、ジャンプセットに入った山吹がひらりと左手をひるがえした。

 すぱんっ!とその手が直接ネットの向こうにボールをはたき込んだ。

 ネット際で遮ろうとした破魔を紙一重でかわし、八重洲コートの真ん中にボールが落ちた。

「ひゅうっ、危ねっ」山吹が唇をすぼめ、「気持ちいいねこれは」と頬を流れた汗を拭いつつにやりとした。

「慧明ブレイク!」「同点!」会場が興奮でどよめいた。

 慧明18-18八重洲。

 いいや……。まだ同点とは言えん。追いついたって言えるんはこん次よ。

 弓掛の連続サーブ二本目も大苑の動線の分断を狙う。若干軌道が曲がってライトサイドいっぱいまで逸れた。太明がサイドに身体を流してレセプションするが右膝をついた。低い軌道でボールがコート外へはじかれ、味方がこれを繋げられない。

「来たあ!」「弓掛にもサービスエース……!!」

 慧明19-18八重洲。

「同点はここだ!」

 拳を突きあげて弓掛は吠えた。

 そしてもう一点ブレイクを重ねれば抜けだす!

「篤志ー!」「も一本!」

 味方からの後押しの声に、スタンドから観客のエキサイトした声が覆いかぶさる。

「弓掛ー!」「もう一本行けー!」「箕宿みぼし・景星タッグのドリームチームで八重洲を倒せー!」

 山吹、豊多可、亜嵐がコートに入ったことで、三年前に高校の舞台で日本一を争い三大タイトルを分けあった箕宿高校と景星学園、当時の主力から四人が集ったドリームチームがまさに観客の目の前で結成されていた。しかも戦う相手がその前年の王者に君臨した北辰高校の主力に景星の浅野を加えたもう一つのドリームチームとなれば、高校からの軌跡を知る人々にはたまらないタッグマッチだ。

 弓掛サーブ三本目。猛スピードで突っ込んでいくサーブが大苑をライトまでまわらせない。稀少な左利きオポジットはライト側に強力な攻撃力をもたらすが、その代償であるかのようにレフトからだと打てない左利きは意外に多く、大苑もその例に漏れない。

 咆吼のごとき破魔のひと声がトスを呼び込む。早乙女の背後からCクイックに入った破魔が、左足一本で踏み切って右へ跳んだ。

「ブロード!?」

 スパイクフォームのまま大柄な身体が空中を流れる。早乙女のバックセットが破魔に引き寄せられるように伸びてぴたりと追いつき、アンテナいっぱいから移動攻撃ブロードでDクイック!

 ノーブロックで打ち込まれたスパイクに弓掛もフロアで構えたまま動けなかった。つま先五センチのところで鉄球がコンクリを穿つような音を立ててボールがバウンドし、すねの骨までびりびりと痺れた。コートサイドまで流れていった破魔が右足でキュッと着地した。

 慧明19-19八重洲。弓掛のサーブ三本で八重洲が断ち切った。

「やりよる。やっぱり破魔は前におるときが一番強かぁ」

 腰を落とした構えのまま弓掛はぎらぎらした目で破魔を睨んだ。鉄の色の瞳が横移動して弓掛に向けられた。肩が上下し、どっしりとして揺れることのない瞳が珍しく縦にぶれた。息が乱れている……?

 前衛で誰より多くジャンプするミドルブロッカーが後衛でもディグやバックアタックに駆りだされれば、並のプレーヤーだったら消耗しないはずがないのだ。

 しかしその後のラリーでも常人離れした執念でブロックしてくる。山吹が両サイドに広く振ってブロックを引き剥がしにかかる。レフトでボールを跳ね返したかと思えば、山吹がリバウンドボールをファーサイドの弓掛に飛ばすやいなやネットの向こうでも破魔が足を返して猛追してくる。豊多可の言いようではないが、それこそ敵側のトスを一心に追うことだけを教え込まれた猛牛のように迫る。

 “でかさ”には“高さ”で対抗する──

 空中でしっかり溜めてから、ブロックの上端にボールを叩きつける! 「ふ!」と腹から気を吐いて弓掛は右腕を振り抜いた。ブロックをはじき飛ばす威力の一撃だが、破魔が硬い! 慧明側にボールを叩き落とされた。

「くっそ、ブロックマシーンが」

 山吹がネットの向こうに悪態をつきながら近づいてくると、

「キルブロックはこっちの選択ミスです」

 と弓掛の被ブロックをフォローしてきた。

「二番手なんて言っとったけど、誠次郎はいいセッターやん」

 こんなセッターがまだいたのかと、弓掛は驚いていた。灰島と浅野のあいだにさえいなければもっと早くから目を引いたのかもしれない。

 率直に称賛を口にしたが、

「わかってるでしょ。いいセッターってだけじゃぜんぜん足りないってことくらい。特にあいつ、、、と張るには」

 自分の台詞で胸がうずいたように、山吹の苦笑が歪んだ。

 「いい」選手なのは大前提で「ここ」にいるのだ。他の場所ならまだしも、この関東一部では「いい」だけではコートに立ち続けられないことを、「いい」選手たちは痛感して遣る方なさを胸に抱えている。

「まあお世辞でも有り難くもらっときます」

 と斜に構えて肩をすくめる山吹になんだかめんどくさいスタイルの奴だなとあきれたが、それが山吹が自分に課しているスタイルなんだろう。

 前衛でクイックにブロックにと暴れた破魔が次はサーバーとなる。六ローテすべてで破魔からのプレッシャーを強いられている慧明側の精神力もぎりぎりで持ちこたえている状態だ。

「一本でサーブ切ろう!」「集中! ここ大事だぞ!」味方どうし励ます声が飛び交う。「とにかく高くあげろ!」山吹の指示がレシーバー陣に飛ぶ。中央を広く預かる豊多可が「上に! 上上上上!」と連呼する。

 砲撃音が轟くようなサーブが左腕さわんから放たれた。直後、

 ズドンッ!

 八重洲側からネットのど真ん中にボールが突っ込んだ。

 慧明スパイカーの中で真っ先に攻撃態勢に入りかけた弓掛はつんのめるようにブレーキをかけた。ネット際にいた山吹が大きく波打ったネットに襲いかかられてとっさにのけぞり、踏ん張りきれずに尻もちをついた。

「サーミス!」

 安堵まじりの明るい声で味方がわいた。

 八重洲の変則的な後衛シフトでは破魔はサーブを終えてもバックライトに残り、バックセンターの神馬と太明が交代する。ところが交代ゾーンに立った太明が手振りで神馬をコートにとどめ、破魔を呼んで手招きした。

 破魔が──退く。

 太明が笑顔で破魔とタッチを交わし、ねぎらいを込めて背中を叩いてベンチへ押した。主務の裕木ゆうきが破魔をベンチに座らせ、慣れた手際でドリンクを渡し水分補給を促す。

 八重洲サイドの動向を弓掛は驚いて見つめていた。破魔がガス欠でコートを退く場面など、高校時代から対戦してきて一度として見たことがなかった。

 スタンドの他大学部員もざわめいている。

 交代が行われるあいだネット際で座り込んでいた山吹が大儀そうに立ちあがった。

「ははっ……やっと引きずり下ろしたぜ。“ターミネーター”だって燃料が無限のわけがねえ」

 大学最強の八重洲の牙城に、慧明がとうとう亀裂を入れた。

 慧明コート内で誰からともなく視線が交わされた。

「大魔神を……」

「フルメンバーの八重洲を……」

「倒せるぞ……今日こそ」

 去年は果たせずに終わった、大魔神を加えたフルメンバーの八重洲を撃破するビジョンが、仲間の脳裏にくっきりと浮かびはじめた。

「篤志……!」

 アップエリアから七見の声がクリアに響いた。コートのメンバーに向かって絶えず声援を飛ばしていたリザーブメンバーも一時静かになっていた。七見や去年の主力の四年が手前に並び、こみあげてくるものを抑え込んだような顔でただ熱い視線をこちらに送っている。ベンチでも主務と学生コーチが前のめりになって膝の上で拳を握りしめている。

「篤志」「篤志」「篤志さん」コートメンバーからも弓掛を呼ぶ声が集まった。三年の鳩飼、鶴崎、波多野。後輩の山吹、亜嵐、豊多可。

 胸の15番の下についたアンダーライン。自分に託されたキャプテンマークに弓掛は右手で触れた。

 仲間の声に頷き、その思いを引き受けて、ユニフォームの腹部をぎゅっと握った。

著者プロフィール

壁井ユカコ【かべい・ゆかこ】

沖縄出身の父と北海道出身の母をもつ信州育ち、東京在住。学習院大学経済学部経営学科卒業。第9回電撃小説大賞〈大賞〉を受賞し、2003年『キーリ 死者たちは荒野に眠る』でデビュー。「2.43 清陰高校男子バレー部」シリーズの他、『空への助走 福蜂工業高校運動部』『K -Lost Small World-』『サマーサイダー』『代々木Love&Hateパーク』「五龍世界」シリーズ等著書多数。

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