2.43 清陰高校男子バレー部 next 4years2.43 清陰高校男子バレー部 next 4years

著者プロフィール

壁井ユカコ【かべい・ゆかこ】

沖縄出身の父と北海道出身の母をもつ信州育ち、東京在住。学習院大学経済学部経営学科卒業。第9回電撃小説大賞〈大賞〉を受賞し、2003年『キーリ 死者たちは荒野に眠る』でデビュー。「2.43 清陰高校男子バレー部」シリーズの他、『空への助走 福蜂工業高校運動部』『K -Lost Small World-』『サマーサイダー』『代々木Love&Hateパーク』「五龍世界」シリーズ等著書多数。

閉じる

第二話 はがねと宝石

15. MACHINE’S OVERLOAD

 ギャラリーの圧が増したように思ったら、カメラを構えた女子たちがスタンドの手すり際に鈴なりになっていた。服装は八重洲のキャンパスにもいる(まあ学部にもよるが)お洒落な女子学生と変わらないのだが、プロ顔負けのいかつい望遠レンズが突きだした一眼レフを細い首に提げた姿が堂に入っている。

 山吹がサーブに立つところだ。女子学生たちの望遠レンズが狙撃兵よろしく慧明のサービスゾーンに照準をあわせる。

「なんかあいつのサーブに一番女子集まってね?」

 太明たいめいは鼻白んでぼやき口調で言った。

「高校でも一番バレンタインチョコもらってましたねえ」

 笑って答えたのは浅野だ。

「直澄じゃないの?」

「おれはそんなにもらいませんでしたね」

 あえて軽薄な無駄口を叩いているとベンチから裕木ゆうきが青筋を立てて睨んできた。破魔はまが飛びだしていくんじゃないかと懸念してか裕木はその隣にぴたりと座って破魔の膝頭を片手で押さえている。

 第三セット、八重洲21-22慧明。サイドアウト一つぶん、「半歩」だけ八重洲が遅れているものの、この点差では慧明もこのセットを勝ち切ることはできない。一点差はバレーでは同点とほとんど同義だ。

 セット終盤に入り拮抗した鍔迫りあいが続いている。しかし“破魔シフト”を解除する判断をせざるをえなかったことは、王者八重洲が慧明の猛反撃に持ちこたえられなくなっていることを会場に周知させた。

 そして中盤からの慧明の猛追を勢いづけた山吹のサーブがここでまたまわってくる。

 これだけのサーブを持っている選手が今までレギュラーではなかったのだから、関東一部上位チームがいかに化け物だらけかってことだ。

 一周前の山吹のサーブ時は破魔がレセプションに入っていたが、今は神馬に代わっている。山吹のサーブを初めて受ける神馬の守備範囲も太明がなるべくカバーする布陣を取ったが、ラインいっぱいのコースを突かれ、守備範囲を広げていたぶん届かない──! 懸命にダイブしたが、伸ばした指の先でボールがサイドライン上に突き刺さった。

 このセットだけで山吹のサービスエースは二本目。八重洲21-23慧明となり、とうとう一点突き放された。

 やばい、と衝きあげた焦りが顔にでる前に危うく呑み込んだ。

「ごめんごめん! いやこれは取れねーわ!」

 おどけて謝り「太明ドンマイ!」という味方のフォローに「次切ろう!」と笑顔で応える。

 山吹のサーブが切れ味鋭いダガーを投じて八重洲の急所を突くとすれば、八重洲は大剣で破砕するような大苑おおぞののパワフルなスパイクで反撃する。

 そして慧明は弓掛にトスが通る──山吹のゲームメイクが冴えて慧明の攻撃がまわりだし、ブロックタッチが取れなくなってきているうえ、一人だけ次元が違うようなジャンプ力から打ち込まれるスパイクがノータッチでフロアに到達する。大学ナンバーワンリベロと言われる伊賀いがクラスでもなければノータッチでこれに反応するのはほぼ不可能だ。

 ドカンッ!とインパクトされた直後には太明の眼前にボールが肉薄していた。オーバーで取ろうとしたが指のあいだを突き抜け、顔面に痛打を食らった。

「太明!」

 ごろごろっと後ろでんぐり返りするあいだに上も下もわからない方向から複数の声が聞こえた。

「オッケー! 大丈夫大丈夫!」

 しゃがんで片手で顔を押さえつつ慌ててもう一方の手をベンチに向けて制した。腰を浮かせた破魔を裕木が鎖を引くみたいにベンチに押しつけて、「どうどう! あと一ローテ待て!」

 脳まで揺さぶられた衝撃が残る頭を太明はぶるっと左右に振った。眉間を焼く疼痛とうつうとともに、フロアを守り切れていない力不足を痛感する。

 一ローテまわって八重洲23-24慧明。慧明に先にセットポイントを握られたが八重洲が二十四点目を取ればデュースに持ち込める。そんがサーブに下がり、破魔がやっとコートに戻る。三ローテの休憩があけるのを待ち焦がれていた破魔を裕木が解放した。

 交代ゾーンで前のめり気味に手を伸ばしてくる破魔とタッチを交わしてすれ違った。「任せろ」と破魔が鼻息を荒くして大股でコートへでていった。

 監督席の堅持けんもちの前で一礼したのち、裕木の隣に腰をおろして試合を見つめる。

「あてとけよ。顔」

 裕木にアイスバッグを手渡された。空になった手で裕木が口を囲って「弓掛弓掛!」とコートに声を飛ばす。二十五点で確実にこのセットを決めたいはずの山吹の心理を思えばまず間違いなくバックセットで弓掛に飛ばす。と、トスがあがるのを待たずに破魔がセンターから左へ踏み込んだ。

「ゲスッ……」隣で裕木がむせた。

 破魔がリードブロックを崩してゲスッた!? その隙に山吹がフロントセットを飛ばした。出遅れながら逆サイドに取って返そうとした破魔の足がもつれ、体勢が崩れた拍子にネットが揺れた。

 ピィッ! ホイッスルが鋭く鳴った。

「あっ……!」

 タッチネット──……
 
 

 無人になったコートに一年生のモッパーが飛びだしていった。ネットを挟んで向こう側を担当する慧明の一年生と競走するかのように互いに意識しながら駆け足でコートを往復してモップをかける。ベンチ入りメンバー以外の部員を各チーム二名までモッパーとして配置でき、タイムアウト中やセット間のモップがけ、およびプレー中に床に落ちた汗を素早くワイピング(ぞうきん)で拭く役に従事している。

「──敗因の一つ目はサーブ。とにかく第三セットは慧明のサーブに走られた」

 ベンチ前では円陣が組まれ、裕木が選手陣に話しはじめた。太明も円陣に加わって耳を傾けながら、渡されたきりだったアイスバッグを額にあてた。キンッと額の奥まで冷感が突き刺さり、思わず一瞬息がとまる。

「特に弓掛と山吹。三ローテごとにビッグサーバーが来て追撃、逆転って流れを持ってかれた」

「あっちのサーブがいいのは称賛する以外にないからなあ」

 と、とまった息を溜め息にして吐きだした。

 相手にいい形でスパイクを打たせないためにワンやツーの取らせ方を制限する場所にボールを返したり、ブロックでプレッシャーをかける。しかし唯一、こちらの対策では崩しようがないのがサーブだ。ゆえにサーブがいいチームは圧倒的有利に立つ。

染谷そめやが言うには『ビッグサーブにキャンセル技はない』だってさ」

 左耳のインカムを手で覆って裕木がそうつけ加えた。

 急にでてきた名前に太明は首をかしげ、アイスバッグの陰からスタンドを仰ぎみた。深刻な面持ちでノートパソコンを開いている越智の席から一段飛ばした斜め上の席に、欅舎のアナリストがにやにやした顔で座っているのが見えた。

「で、二つ目は枚数で優位を作られてること。これに関してはこっちのサーブで崩していきたい。ちなみに第三セットから入った一年リベロは山吹の高校の後輩で、欅の灰島と同期だ」

 ブロッカーが最大三人なのに対して相手のスパイカーは最大四人、ないし場合によってはトスをあげる者を除いた五人で入ることができる。相手の攻撃枚数が多いほど、とりわけセンターで広いブロック範囲を担い、どこから攻撃が来ても可能な限り反応するミドルブロッカーの負担が増大する。

「第四セットも破魔はバックでは下げる」

 太明が下した決定に円陣を組んだメンバーからの異論はでなかった。各セットのスタメンの決定権を持つのは堅持だが、リベロとの交代の組み方の変更のみなのでスタメンの変更はない。

「フルで行かせてくれ」

 異論は円陣の外から発せられた。ベンチ前で組んだ円陣に唯一加わらず、ベンチに腰をおろして両膝にアイスバッグをあてがっている破魔を円陣のメンバーが気遣わしげに振り返った。

 無敵を誇った“ターミネーター”がオーバーヒートしかけて冷却中といった姿はチームメイトにいかんせん少なからぬ衝撃を与えていた。

「第三セットは慧明に敗北宣言したも同然だった。八重洲の面目に懸けて第四セットに屈辱は引きずれない」

「駄目だ」

 太明が頑として却下すると破魔がむっとして口をつぐんだ。コートをひと巡りしてきた一年生が四年の険しい空気のやりとりにぎょっとし、黙ったままモップを片づけに行った。

「破魔清央すがおを下げざるを得ない状況に追い込まれたことは八重洲の屈辱だと、まわりの目にはたしかに見えるだろう。第四セット落としたら負ける。自力優勝も実質消える。最終戦で横体に勝っても最終順位は欅の出来頼みになる。それでもおれは、主将判断として第四セットも破魔をフルでだす気はない。破魔には前衛に集中してもらう。背中は──」

 そこで言いよどんだ。

 背中は守る。仮に虚勢を張って宣言したところで、現実に守備をかなり抜かれている。

「……ごめん。守り切れてない。悔しいけどこの試合のレベルにおれの力が圧倒的に足りてない。守るって言い切れないから、破魔をフルではだせない。おれの力不足だ」

「おまえが怪物並みのリベロじゃないことなんてわかってるし、怪物になる必要もねえよ」

 正直に頭を垂れた太明に、こともなげな口調でそう言ったのは裕木だった。

「もしもーし、越智? 第四セットも“破魔シフト”解除は継続することになった。破魔フロントでブレイク率あげる必要がある。一つ一つの効果は小さくてもいい。やれること細かく考えよう」

「裕木先生……」

 当たり前のように太明の意を汲んで左頬のマイクにきびきびと指示をだす裕木に太明がぽかんとしていると、ベンチに座った破魔の声が聞こえた。

「溶鉱炉におりていくときみたいな気持ちなんだ……」

 無機質な色の瞳を遠くを見るような方向へ漂わせておかしなことを言いだした。いよいよオーバーヒートして幻覚を見はじめたんじゃないかとチーム内に本気で戦慄が走ったが、

「『ターミネーター2』だ」

 と、神馬と大苑がピンと来たような顔を見あわせた。

「去年太明と観た」

 二人が言ったので太明にチーム一同の注目が戻った。「あー。年末の休みに」と太明は思い起こしつつ答えた。

 破魔に『ターミネーター2』の話をしたのが去年の秋季リーグの時期だ。その後調べたら映画配信サービスで観ることができたので、寮の部屋で神馬と大苑、破魔、太明の四人で映画鑑賞を決め込んだのだ。インカレが終わった去年の年末だった。破魔が言ったシーンは敵のターミネーターを倒した主人公のターミネーターが自らの身を溶鉱炉へと沈めて滅びるクライマックスだ。

 映画なんてほとんど見たことがないという三人だったが、ジョン・コナー少年の危機に手に汗を握り、味方と敵の二体のターミネーターによるド派手なバトルシーンに口をぱかっとあけて食い入っていた。二メートル近い大男三人が生まれて初めて映画館にアニメ映画を見にきた幼児みたいにいちいち声にだしてヒーローを応援する様に太明は苦笑してしまった。これぞハリウッド流というアクション映画の名作を楽しんでもらえたようだった。

「関東一部のターミネーター軍団が映画のターミネーターを夢中で見るって、どういう光景だよ……」

 裕木が半眼になって顔を引きつらせ、

「溶鉱炉ってどういうシーンだっけ…………あー」

 と、自問自答して納得したように頷いた。

著者プロフィール

壁井ユカコ【かべい・ゆかこ】

沖縄出身の父と北海道出身の母をもつ信州育ち、東京在住。学習院大学経済学部経営学科卒業。第9回電撃小説大賞〈大賞〉を受賞し、2003年『キーリ 死者たちは荒野に眠る』でデビュー。「2.43 清陰高校男子バレー部」シリーズの他、『空への助走 福蜂工業高校運動部』『K -Lost Small World-』『サマーサイダー』『代々木Love&Hateパーク』「五龍世界」シリーズ等著書多数。

閉じる

  • twitter
  • facebook
  • CX^O