2.43 清陰高校男子バレー部 next 4years2.43 清陰高校男子バレー部 next 4years

著者プロフィール

壁井ユカコ【かべい・ゆかこ】

沖縄出身の父と北海道出身の母をもつ信州育ち、東京在住。学習院大学経済学部経営学科卒業。第9回電撃小説大賞〈大賞〉を受賞し、2003年『キーリ 死者たちは荒野に眠る』でデビュー。「2.43 清陰高校男子バレー部」シリーズの他、『空への助走 福蜂工業高校運動部』『K -Lost Small World-』『サマーサイダー』『代々木Love&Hateパーク』「五龍世界」シリーズ等著書多数。

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第二話 はがねと宝石

16. COMMON KING

 プレー中の破魔はまの脳内ではシンプルな階層構造の意志決定システムが稼働している。

 「センター線かそれ以外か」の二択にまず割り切り、事前にアナリストからもらっているデータ、スパイカーの動きとセッターの動きを頭に叩き込む。トスがあがった瞬間センター線とわかれば次は「11(Aクイック)か後衛からのbickか」の二択になる。センター線以外なら次の二択は「レフト側に飛ぶかライト側に飛ぶか」。レフト側にトスが飛べば次の二択は「31(Bクイック)か51(アウトサイド)か」──矢継ぎ早に「二択」を選択しながら可能な限り俊敏に動く。相手に攻撃権がある限りその選択を繰り返してボールを追い続ける。

 ──センター線! ボールが山吹の手を離れてそれが確定するや次に現れる選択肢を選び取る──bick! 後衛から鳩飼が打った直後、ネット上でどシャット!

 三択や四択になると二択に比べて人間の反応時間は大きく落ちる。トスがあがるまで待ち、あがった瞬間俊敏な反応が求められるリードブロックの徹底にあたって、破魔の脳はこの二択の階層構造がもっとも高速な処理および反応を可能にする。

 “ブロックマシーン”──しばしば他大学でそう揶揄やゆされていることを破魔自身も知っていた。別にそれでいい。まさに破魔の脳内では感情を挟まない予測と決定だけが連続的に行われている。華やかに活躍するスパイカーの前に立ちはだかるブロックマシーンでかまわない。

 第三セットをフル出場した山吹のデータもアナリスト席で分析されて助言があがってきている。二択の割合も五分五分ではなく、あらかじめパーセンテージに濃淡をつけておけるのでより俊敏な反応ができる。

 ──レフト! 二択から一つを選び取るやいなや迷わず踏み込む。キキュッ!とソールが床を鳴らす。リードブロックの目的はシャットアウトとは限らない。迫ってくるブロックのプレッシャーでレフトの鶴崎がミスを誘われた。サイドブロッカーの大苑おおぞのの外にスパイクが逃げ、ラインを割ってスパイクアウト。

 八重洲のサイドアウトでローテが動き、後衛に入っていた太明たいめいが前衛に戻るそんとタッチを交わしてコートを一時離れる。孫の対角で前衛を終えた破魔にはコートを離れる前にサーブの仕事がある。

 ミドルブロッカーがコートにいるのは三ローテ半だ。仲間の半分しかコートにいないからには、いるあいだに二倍の働きをしなければ──、

 釣りあわない!

 気合いとともに打ち込んだサーブで慧明のレセプションを崩す。ワンが高く入れば山吹は四人のスパイカーにトスを散らしてくるが、この状況では十中八九、大エース弓掛に託す。

 第三セットは慧明がマッチアップをずらしてきたが第四セットは第二セットと同じマッチアップに戻っている。破魔がサーバーとなるこのローテ、慧明は弓掛が前衛ライトから準備万端で攻撃に入れる好ローテだ。

 破魔がディグについて顔をあげた瞬間、味方ブロックの壁の向こうから角度がついたスパイクがフロアを襲った。ボールが肉薄した直後には反応する間もなく腕にあたってはじかれていった。

 これで八重洲18-18慧明。がっぷり組んで第四セットが進んでいる。

 弓掛がネットに背を向けるまで、ぎらついた光がたぎる瞳がこちらにひたと向けられていた。目を背けてサービスゾーンに向かうとき、中空に二条の光跡が引かれた。

「破魔! チェンジチェンジ!」

 コートサイドから聞こえた声にはっとして振り向くと太明が交代ゾーンから手を伸ばしている。「お疲れ!」「頼む」短いやりとりとともに太明と手を打ちあわせてすれ違った。「弓掛サーブ一本で切ろう!」太明が気合いを入れるようにひと跳ねしてコートに入っていった。

 サーブが終わったらリベロと交代するというシフトを今まで破魔は組んでいなかったので、こうやって太明にあとを託してコートを離れることに未だ若干戸惑いがある。太明とタッチを交わすたび毎回新鮮に感じる。

 監督席の前に立ち寄って堅持けんもちに一礼。裕木ゆうきが座っているほうへ移動する。

「ナイスブロック。足も動くようになったな」

 座ったまま手をだしてきた裕木ともタッチを交わし、隣にどすんと腰をおろした。

「まだこのセット二本しかブロックポイントはでてない。半分しかコートにいられない以上は二倍点を取らないといけない」

「もともと二倍働いてたんだって。とにかく後衛では回復に努めてくれないとシフト変えた意味がなくなる」ひづめで地面を前掻きする闘牛を鎮めでもするみたいに裕木がタオルを頭にかぶせてきた。

「ラリーになったときの慧明の決定率がいい。できればラリーに持ち込みたくないな」

 と向こう隣の椅子の上に置いたノートパソコンの画面に裕木が目を投げ、

「弓掛もほんっと怪物だよな」

 コートに目を戻して薄ら寒そうな顔でぼやいた。

「そりゃあいつが努力してあのレベルにいるのもわかってるけど。太明やおれくらいの普通のサイズの奴がやっていくにはあそこまで求められるのかって、選手から離れたおれでも弓掛を見てると気が遠くなる。太明がリベロに転向したのもわかるよ──よし、直澄がんばれ!」

 弓掛のバックライトを浅野のブロックが引っかけた。浅く軌道を変えたがまだ球速があるボールを神馬かんばがダッシュで追う。いつもなら破魔がでているローテだが、破魔のぶんも神馬がディグに身を砕いている。「神馬! 繋げ!」破魔は座ったまま力んで声援を送った。

 どどどっと神馬がボールの下を追い越しざま腕をいでロングボールを打ち返すが、「あーっ、長い!」思わず嘆いた裕木と破魔の頭の上を越え、記録席も越えて慧明の陣地まで飛んでいく超ロングボールになってしまった。

「アンテナ外! 生きてる!」

 と太明が怒鳴って八重洲コートを飛びだした。副審がホイッスルをくわえつつ跳びすさって道をあけた。その目の前を駆け抜けて慧明陣地までボールを追っていく。

 ネットの両端、幅九メートルを表す場所に空中のボールのイン・アウトの判定基準となるアンテナという棒が立っている。アンテナの外側を通った場合でも三タッチ以内でボールを自陣に戻してアンテナの内側から相手コートに放り込める可能性がある限りはまだボールは生きている。

 ボールを仰ぎみながら太明が慧明ベンチを跳び越えた。左右のパイプ椅子が巻き込まれて蹴倒され、近くに座っていた慧明のベンチスタッフが泡を食って立ちあがった。

「人んちに突っ込むな、ばかーっ」八重洲ベンチから裕木が喚くがコートの仲間からは「太明ー!」「繋げー!」「頼むー!」と祈りの声が飛ぶ。

 神馬もすぐに駆け戻ってきている。早乙女と孫が太明のカバーに行き、浅野と大苑の二人はボールが戻ればアタックで打ち返す準備に入って「倫也みちやさん!」「太明! 返せ!」と呼ぶ。仲間の熱い声を受け、太明が慧明ベンチの頭上を越えてベンチ裏に落ちるボールに飛びつく。

「届く!」

 破魔が確信したそのとき、

「パソコン────!!」

 スタンドでやにわに金切り声が響いた。裕木がぎゃっと悲鳴をあげてインカムを耳から引っこ抜いた。

 パイプ椅子から投げだされたなにか薄い物体が床を滑っていくのが見えた。

 と、太明がボールを諦めてそのまま着地し、その足で再び床を蹴って低く突っ込むようにダイブした。カーリングのストーンのごとくくるくると水平回転しながら滑っていくその物体──慧明のノートパソコンに両手を伸ばし、ぱしっと両端を掴んだ直後、胸から勢いよく滑り込んだ。おおおっと慧明サイドからもスタンドからもどよめきがあがった。

 太明の姿がベンチ裏に消えるのと同時にボールはあらぬ方向でバウンドし、ホイッスルが吹かれた。

 ベンチの向こう側から二本の腕がノートパソコンを掲げてにょきっと突きだした。続いて金色の頭がむくりと起きあがった。

 我に返った慧明ベンチの者たちが太明に駆け寄った。立ちあがった太明がごめんごめんと謝ってノートパソコンを渡す。動作確認をするのを太明もその場で見ていたが、簡単な確認を終えた慧明の部員になにか言われて太明が破顔一笑したのを見るとどうやら問題なかったようだ。

「もお、ばか太明、ばかあ、もし壊したらこっちで弁償しなきゃだぞ」

 部の予算も管理している裕木がどっと息をついた。引っこ抜いたインカムを耳に嵌めなおし、

「すげぇ声だしすぎ。鼓膜破れるかと思ったわ」

 とインカムに向かって文句を言う裕木の隣で破魔はスタンドを見あげた。座席から立ちあがった越智が周囲で座っている人々の注目を浴びまくっていた。佇立したまま見る間に越智の顔が赤くなり、すとんと座ってノートパソコンを膝に乗せなおすとディスプレイの向こうに隠れようとするように顔を伏せた。

「ごめんー神馬」

 神馬の懸命の繋ぎを生かせず、太明が手刀を顔の前に立てて謝りつつ戻ってきた。

「破魔が戻るまで一点ずつ刻めばオッケー! 次も一本で切ろう!」

 サイドアウトを慧明に渡したがブレイクされたわけではない。後衛に入った太明がテンポよく手を叩いて空気を盛りあげる。

 破魔も裕木もつい立ってしまったが原則としてプレー中にベンチから立っていいのは監督だけだ。裕木がやれやれと脱力して腰を落ち着けなおした。破魔はアップエリアに移って他のリザーブメンバーの応援にまざろうと思ったが、再開した試合を眺めながら裕木がふいに話しだした。

「太明は別に才能があるリベロじゃない。ディグの天才っていえば伊賀だし、慧明あっちの一年の佐藤は海外選手タイプの長身リベロの逸材だ。そういう奴らに比べたら、別にどころかぜんぜん」

 結局破魔も裕木の隣にまた腰をおろした。反論を述べようと口を開いたとき、

「だけど、うちのバックゾーンに太明がいるほど頼もしいことはない」

 破魔が言わんとしたことを、万感をこめたような声で裕木が呟いた。

「凡人のままで破魔清央すがおを軍門にくだらせて、この八重洲の頭に立ったのが、太明の非凡さだよ。八重洲に起こった革命だった」

 普段小言が絶えないわりに裕木の中の太明の評価は高い。コートの外でチームを支えてきた裕木なりの視点から、コートの中で起こったチームの変化がきっと見えているのだろう。

 ローテが半周し、孫がサーブに下がるタイミングで破魔がコートに戻る。

「よぉし!」

 点が決まるなり破魔は気を吐いて立ちあがった。

 この半周は一点ずつ取りあって八重洲21-20慧明。競りあったまま第四セットはクライマックスに突入していく。八重洲が半歩だけ前を行っているが、二点差をつけねば慧明を振り切って第四セットを取り、フルセットへと試合を継続することはできない。

 太明がコートに残る仲間に声をかけてから交代ゾーンに歩いてくる。待ちきれずサイドラインぎりぎりにつま先立ちして手を伸ばしている破魔を見ると、汗で金髪が貼りついた顔がほころんだ。

 大きく広げた破魔の手のひらに太明の手が強く打ちつけられた。二人の腕から散った汗がサイドライン上で交錯した。

 強いタッチではじかれた右手を破魔はそのまま拳にし、ぐっと親指を立てた。

 あの映画のクライマックス──自分があずかり知らぬところであだ名をもらった主人公が、足の下で真っ赤に煮え立つ溶鉱炉へとリフトで下降していくシーンを思い浮かべ、自陣の最前線へと戻る。

 少年に向かって最後に親指を立てて沈んでいった主人公の、どこか穏やかな表情がなにを表していたのか、破魔は読み取ることができずにずっと考えていた。

 あれは、、、、そして自分の胸を今満たしているこれは、、、──幸福感だ。
 
 

 八重洲21-21慧明。半歩遅れを取る慧明もすぐにサイドアウトを奪い返して同点に戻す。

 ここで山吹にサーブがまわり、逆に半歩前にでるチャンスを迎えた慧明が勢いづく。

「山吹一本で切ろう! ここ踏ん張りどころだ!」

 サーブを終えた孫とかわって太明が明るく味方を励ましながら後衛に戻ってきた。

 山吹のサーブにも八重洲は弓掛サーブに相当する警戒を敷く。四枚レセプションで守備網の隙間を埋め、きわどいコースを突いてくるサーブを凌ぐ。レセプションが逸れて細かいコンビ攻撃を潰されるも、大苑がハイセットでブロックと勝負する。

「山吹さんインナー! もっとインナー寄れ!」

 三枚ブロックにコースを厳しく締められながらも大苑が角度のあるインナースパイクをぶち込んだ。対角線上のサイドライン際を襲ったボールを山吹があげてひっくり返った。フロアで怒鳴ってポジショニングの指示を飛ばしているのはまだ一年生のリベロ佐藤だ。

 球威を殺せなかったボールがセンターライン上空を越えて八重洲側に直接返ってくる。「アウト!」と八重洲側で声があがったが、ホイッスルはまだ鳴らない。

 アンテナ外の通過、まだ慧明ボール! 前衛にいた弓掛がネット下から八重洲側に侵入してきた。かがんでネットをくぐりざまセンターライン上を強く蹴る。小柄な弓掛が巨人の歩幅ばりに三メートル以上を一歩でまたぎ、八重洲コートを斜めに跳び越えてフリーゾーンに片足で着地、その勢いのまま次の一歩で八重洲ベンチに肉薄する。進路上にいた裕木がパイプ椅子から転げ落ちて退避した。「篤志ー!」「返せー!」今度は慧明コートから味方の必死の声援が飛ぶ。

 尻もちをついた裕木が「あっ」とノートパソコンが取り残された椅子を振り返った。弓掛がボールを見あげながらその椅子めがけて突進してくる。

「パソコン────!!」

 越智に文句を言えた義理ではない金切り声で裕木が叫んだ。

 キュウッ!

 床とシューズの摩擦音が甲高く突き抜けた。

 弓掛が椅子の背もたれを両手で掴んで急停止した。慣性に引っ張られた上半身が背もたれの上に乗りかかり、身体ががくんと二つに折れて背もたれに引っかかった。

 すぐさまぱっと顔だけをあげた弓掛の視線の先でボールが床に落ちた。

 裕木が「んあっ……ありがとう!」と弓掛の腹の下からパソコンを保護した。

 ボールに対して誰よりも執念深いあの弓掛が、まだ追えたボールを諦めた──。

 特に悔しそうな表情も見せず淡々と自陣へ戻っていく弓掛を八重洲の面々が驚いて見送った。

 太明の行動への返礼のような弓掛の行動にぱらぱらと拍手が起こり、花弁が風に運ばれるようにスタンド全体に広がっていった。

「よかよか! おれが絶対ブレイクするけん!」

 この終盤において貴重なブレイクチャンスを逃しても気に病まないだけの、逆転への自信が力強い声から溢れていた。破魔のせいぜい三分の二の体重しかない身体に風格すら感じられた。

 八重洲22-21慧明。八重洲がまた半歩前にでるものの依然としてセットを取り切れる点差はついていない。弓掛がレフトに入るS1ローテで慧明がしっかり決めて八重洲22-22慧明とする。八重洲は破魔がCクイックを叩き込むが、リベロの佐藤が手にあててきた。拾われたかと一瞬ひやりとしたがボールの威力が佐藤を吹っ飛ばした。佐藤とはじきあって前に飛んだボールがネット上にあがった。

 タタッと慧明側から助走してきた弓掛が踏み切ったのでネット際にいる破魔は目を疑った。あのボールに跳ぶだと!? ジャンプしてさわれるとは普通は考えない高さのボールだ。破魔もダイレクトで打ち返そうとはまったく考えず待つ体勢になっていた。

 ボールがネットを越える直前、弓掛の右手が届く──! 自陣に取り戻すつもりかツーでこっちに打ち込むつもりか、八重洲側で緊張感が急速に膨れあがる。

 惜しくも──八重洲にとっては辛くも、指先ではたいたボールをコントロールしきれず、浮いたボールがラインの外に落ちた。八重洲側でほっと安堵の息が漏れた。

 スタンドも一時騒然となる中、トッ、と弓掛が身体をたたんでネット際に降り立った。

 やはり悔しがるふうはない。ネット越しに八重洲コートを一瞥すると集中した表情のまま背を向けた。

 このセット、半歩とはいえ先行しているのは八重洲だ。しかし一点刻みでサイドアウトを取って同点に並んではブレイクチャンスを狙ってくる慧明に、八重洲のほうがあきらかに危機感を抱えてプレーしている。

 それだけ慧明に勢いがあり、それでいて冷静にゲームを運んでいく。慧明側から押し寄せる勢いをとりわけ感じているのが最前線で我が身を晒して堰きとめる役割を負うミドルブロッカーだ。そしてその大エースである弓掛に、破魔は畏れを抱かされていた。

 冷眼冷耳 冷情冷心

 戦慄とともに頭によぎったその言葉がどこで見たものだったか、一拍かかって思いだした。高校時代の全国決勝で対戦校の応援スタンドに毎回、、あった、目が醒めるような夏の空色の横断幕──弓掛の高校、福岡箕宿みぼしのスローガンだ。

 破魔の前衛ローテのあいだにブレイクして引き離したかったが慧明がそれを許さず、八重洲も慧明に突きあげられながらもブレイクは許さず、舷々相摩げんげんあいます接戦でローテがまわる。

 破魔がサーブに下がる時点で八重洲24-23慧明。

 レセプション・アタックのチャンスを持つ慧明が有利だが、ここで八重州がブレイクすればこのセットは決する。自分のサーブで勝負をつける──!

 気迫をこめて放ったサーブが慧明のエンドに向かって伸びる。慧明側で「アウト!」とジャッジがあがった。だが佐藤がジャッジを無視し、見送らずにライン上で構えてサーブを受けた。

 ドゴンッと爆ぜたボールが佐藤をひっくり返らせたがコート上にあがり、助走スタートしていた前衛ウイングの鶴崎がレフトから決めた。

 ボールインパクトの瞬間破魔自身にはインになる手応えがあった。佐藤のジャッジを迷わせて手を引かせればサービスエースだった。セットを取ったと一瞬確信しただけに、破魔は奥歯を噛んだ。

 八重洲24-24慧明。二十五点で振り切れず、デュースにもつれこむ。

 破魔がサーブを終えると慧明サーバーには弓掛がまわってくる。一点たりと気を抜けない状況で後ろ髪を引かれながら次に前衛が巡ってくるまでコートを離れねばならない。

 監督席に一礼してまた裕木の席のほうへ移動しようとしたが、ふと堅持の傍らにとどまった。

「監督が弓掛を取らなかったのは、小さいからですか」

 唐突な質問を投げたが、堅持は特に動じなかった。

「そうだ。最低でもあと十センチなければ、主力に取ろうとはまったく考えなかった。十センチあっても最低ラインだ」

 にべもない答えだった。

「リベロやレシーバーとして取ってもあの選手は納得しなかっただろう」

 堂々たる顔つきでボールを構え、サーブを放つ弓掛を堅持の目が追う。弓掛のサーブもエンドぎりぎり──インかアウトかを見極めている暇はない。浅野が飛びついてワンハンドであげた。

 ハイセットを託された神馬の前にブロックが揃う。「打ち下ろすな! 飛ばせ!」破魔はベンチから声を張ったが、神馬がスパイクを打ち下ろしてしまい三枚ブロックにまともに捕まった。

「あ……!」思わず破魔は前のめりになった。堅持は姿勢を変えなかったが喉の奥で短くうなった。

 慧明にブロックポイント。八重洲24-25慧明──逆転。

 半歩ぴたりと後ろにつけて辛抱強くチャンスを狙っていた慧明が、ここに来て形勢をひっくり返した。

 ノートパソコンを掴んだ裕木がベンチ沿いを小走りで駆けてきた。尻を滑り込ませるように破魔の隣に座り、

「根負けさせられたな。一発で決めようとして打ち下ろしちまった」

 決定率がいい慧明が攻め、八重洲がつい守りに入った。その隙の逆転劇だった。

 サーブミスを期待してぎりぎりまで見極めた末に危ういレセプションをするくらいなら、結果的にアウトだろうがレセプションをきっちり高く返して攻撃で一点取るほうを慧明は迷わず選択した。一方で八重洲は慧明に攻撃権を渡すのを避けたいあまり決め急いだ。上に打ってブロックアウトを狙うべきところだったが、ワンタッチボールを慧明に繋がれることを避けたい心理が神馬に働いた。

 慧明の攻め気が八重洲を呑み込んでいる。

 その慧明の中核には無論、三年生の大エース弓掛篤志がいる。

「……私が学生バレーの指導者に就いたのは三十年前だ。数多くの学生をVや代表に送りだし、人物眼にはそれなりに自負があった」

 ふいに堅持が独白した。

「今でも八重洲うちに必要だったとは思っていないが、私の眼鏡違いだったことは認めねばなるまい……あれは今の学生で一番いい選手だ。長く指導者の座にいるうちに自分の経験則に凝り固まって、頭が固くなっていたんだろう」

 堅持の自省を聞くなど初めてのことだ。裕木にちらりと目をやると裕木も驚いた顔で見返してきた。

 コートを睨んでいる堅持の厳めしい横顔に破魔は目を戻し、

「自分はそうは思いません」

 堅持の言葉をはっきり否定した。

「堅持監督はV1や代表で認められるトッププレーヤーを数多く見いだし、育ててこられました。──ですが、監督の最大の慧眼けいがんは、太明倫也を連れてきたことだと自分は思っています」

「私の三十年の指導歴の集大成があの男、、、だとでもいうのか?」

 堅持の低い声が剣山で押し潰したみたいに余計に険しくなった。「ばかっ」と裕木が囁いて肘で小突いてきた。

 ふん、と堅持が鼻を鳴らした。唾棄するようにも小さく笑うようにも聞こえた。

「……遺憾だな」

著者プロフィール

壁井ユカコ【かべい・ゆかこ】

沖縄出身の父と北海道出身の母をもつ信州育ち、東京在住。学習院大学経済学部経営学科卒業。第9回電撃小説大賞〈大賞〉を受賞し、2003年『キーリ 死者たちは荒野に眠る』でデビュー。「2.43 清陰高校男子バレー部」シリーズの他、『空への助走 福蜂工業高校運動部』『K -Lost Small World-』『サマーサイダー』『代々木Love&Hateパーク』「五龍世界」シリーズ等著書多数。

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