2.43 清陰高校男子バレー部 next 4years2.43 清陰高校男子バレー部 next 4years

著者プロフィール

壁井ユカコ【かべい・ゆかこ】

沖縄出身の父と北海道出身の母をもつ信州育ち、東京在住。学習院大学経済学部経営学科卒業。第9回電撃小説大賞〈大賞〉を受賞し、2003年『キーリ 死者たちは荒野に眠る』でデビュー。「2.43 清陰高校男子バレー部」シリーズの他、『空への助走 福蜂工業高校運動部』『K -Lost Small World-』『サマーサイダー』『代々木Love&Hateパーク』「五龍世界」シリーズ等著書多数。

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Intermission 清陰の、あれから

2. HIS HEROINE

 “今日、小田先輩と青木先輩とビデオ通話してたんや。顔見て話せて楽しかったよ。よかったらおれらもビデオ通話せん?”

 送ったメールに既読はすぐについた。しかしメール画面を開いたまま待っていても返信が来ない。一分……。二分……。これ、向こうで今なにを考えてる時間ですか?

 三分待つうちに棺野は激しく後悔に襲われてきた。がっついた誘い方だったんじゃないだろうか。ビデオ通話したということだけをひとまず話して、「楽しそうやねえ」とかの反応をもらってから「ほや、もしよかったらおれらもビデオ通話せん?」と思いつきっぽく誘ったほうがスマートだったかもしれない。いやでもかえって魂胆が見え見えでいやらしく思われてしまう可能性もあるか……いやでも彼女がそういうことにそこまで鋭いとも……。

 三分を過ぎたとき、一度輝度を落としていたスマホの画面がぽうっと光った。

 画面に返信の通知が届いて心拍数があがったが、内容を読むのに怯む。つい薄目になっておそるおそる文章を目で追う。

 通知だけで全文読めてしまう、簡素な一行の返信だった。

 “もうお風呂入ってもたわ”

「……そ、そっかー……」

 嘆息とともに独りごち、スマホを持ったままベッドの上に仰向けに沈んだ。高志こし寮の個室に備えつけの木のフレームのベッドがぎぃぎぃと音を立てた。

 変なふうには受け取られなかったらしい安堵が半分。実に簡単な理由で断られたことへの落胆が半分。

 体よく断られたっていうことだろうか。メールの行間に彼女の真意が浮かびあがってくるんじゃないかという期待をこめて目を凝らすものの、一行のメールにもともと物理的に行間などない。

 入浴を済ませてパジャマに着替えたプライベートな姿などあんたに見せる筋合いはないという意味にも取れるが、もし「恥ずかしいから駄目」という心理だとしたら? そういう心理を抱くっていうことは、そういう相手になり得る可能性があるってことじゃないか、などと都合のいいほうに考えてみたり。

 ……もう一本ジャブを打って反応を見よう。

 “ほーなんや。じゃあ電話だけならどう?”

 と、何気なさを装った文章を内心どきどきしながら送ると、即座に既読になった。

 “うん。電話ならいいよ”

「よ、よっしゃ!」

 今度はすぐに届いた返信を見た途端つい声がでた。仰向けのまま身体をくの字に折って腰だめにぐっと拳を握る棺野である。

 起きあがってベッドの上で正座し、すぐに音声通話をかけた。

 一コール半で繋がると、

『かけてくるの早ない? 急に鳴ってびっくりしたわ』

 ちょっと引いたようにまず第一声で言われてしまった。

「うわー……がっついてもた……」

 ジャブで反応を見ようもなにもない。台無しだ。

 そもそも手を変え品を変え末森すえもりさんの反応を探ろうなんて考えた自分の矮小わいしょうさが恥ずかしくなった。そんな腹の探りあいを末森さんとしたいわけではない。

「えっと、東海も春リーグお疲れさんでした」

 思いついた話題を切りだした。

 末森さん――清陰の女子バレー部員であり、男子の春高出場の折には臨時マネージャーもやってくれた末森いばらは、東海地方の女子一部リーグに属する愛知の大学に進学した。東海女子一部は小田の関西男子二部と同じく先週でリーグ日程を終了している。メールはその日に送っていたが、あらためてねぎらいを口にした。

『まだリザーブやったけどね』

「けど最近の試合だと一セットに一回は途中で入るようになったよね。すごいよ。着実に出場機会増えてるもん」

『ありがと……ってなんで知ってんの?』

 ほくほくして棺野が言い募ると電話の向こうで訝しまれた。東海では関東男子一部のような全試合ネット配信は行っていない。

「末森さんのチームの帳票は全部チェックしてるんで」

『な、なんで?』

「えっ?」理由を訊かれたことに棺野のほうがなんで?という思いで面食らい、「こ、これキモい? バレーファンやったら好きなチームとか好きな選手の帳票見てても変やないですよね?」

 “帳票”とは試合後にでる、対戦した両チームの各種スコアが記録されたシートのことを言う。最近はインターネットにアップされるので、どこにあがるか知っていれば見ることができる。チーム全体のスパイク決定率やブロック本数などのスコアの他、プレーヤー個々のそれらのスコアや、どのセットに誰が出場したかも記録されている。試合自体を見られなかったときも帳票を見ればおおまかな試合展開を俯瞰ふかんできるものだ。もちろん試合と帳票の数字の両方を見れば試合内容がより鮮明になり、分析に役立てられる。

『そう言われたらほやし……変じゃない、んかな……』

 末森さんは今ひとつ腑に落ちていないようだったが引き下がった。

「愛知まで応援行きたかったなあ」

『無理やろ。どの学連もリーグはだいたい同じ時期にやってるんやし』

「そうなんやって。ほんとは全試合通いたいんやけど」

『いや、あんたやっぱりちょっとキモいわ』

「ええぇ……。ファンはほーゆうもんやないですか」

 棺野のぼやきに電話の向こうで末森さんがくすっと笑う。

『棺野が関東一部に飛び込むなんてなあ。やめられんくなってもたんやろ、まだ……わたしもおんなじや……』

 なにかに思いを馳せるように呟いてから、声色を凛々しく引き締めて。

『関東も東海も関西も、学連は別々やけど、遠くでみんなも同じ時期に大学リーグやってるんやなって思ったら、わたしも頑張らんとって、励まされてるんやよ。もちろんバレー続けんかった子とも今でも連絡取ってるのも楽しいけどね。あやのも女子大生謳歌おうかしてるみたいやわ』

「あっ、ほやほや。青木先輩がバレーサークル作ったんやって」

 ビデオ通話で聞いた話を末森さんにも話した。

 主宰の青木が春高バレー出場経験者という噂が広まると、中学や高校で競技経験はあるが大学では競技から離れていたという者たちにも興味を持たれてメンバーが揃ってきており、当初の想定よりレベルの高いサークルになってきているらしい。

 青木としては普通の生活をしている者たちが週一でスポーツに触れられればいいという目的で作ったのであまり本格的なものにする気はなく、どれくらいのレベルにとどめるか余計な悩みを抱えてしまったと溜め息をついていた。

「青木先輩がちょっとでもまたバレーに関わってくれて、小田先輩はひっで嬉しかったんやと思うけど、おれも嬉しいんや。しかも普通の生活してる人たちが楽しめるサークル作ったっていうんが。トップレベルの体力とか技術を極めんでも、普通に生活しながら続けられるカテゴリもたくさんあるのがバレーやで。灰島みたいに上ばっかり目指してるのもすごいけど、バレーの競技人口が多いのは裾野が広いから――」

 あ、と言葉を切る。勢い込んで話すあいだ末森さんを絶句させていた。

「ごめん……おればっかり喋ってるね」

 また語ってしまった。末森さんの声を聞きたくてかけた電話で自分の話ばかりしていては意味がないのに。

『あんただって灰島とおんなじように、今まだ大学トップのレベルでやってるのにね。そんでもその、“裾野”のほうにちゃんと目が向くとこが、わたしは好きやわ』

 その言葉はその、どういう意味の……?

 やっぱりビデオ通話のほうがよかったなという欲が胸に衝きあげた。

 顔を見て話したいな。どんな表情で今の言葉を言ってくれたんだろう。末森さんも今ベッドの上なんかな? どんなパジャマ着てるんですか? うわっこれだと変態や!

「あっ、あのっ!」

 内心をごまかして声を張りあげたら変に裏返った。

「夏解散のとき帰省するよね? 内村や外尾ほかおにも声かけて地元で集まる予定やで、あっ大隈もやけど、ほやで末森さんも来ん?」

『わたしも行っていいんやったら行くよ』

「いいに決まってるよ!」

『あんた福井帰るとき、名古屋通るやろ? 名古屋で合流して一緒に帰らん?』

 思いがけず末森さんのほうから誘ってもらえて舞いあがった。

「も、もちろん! おれ帰る日あわせるよ!」

 断るべくもないのでスマホのマイク部に食いつく勢いでOKした。

『ほんなら名古屋で乗り換えにできる? 名古屋から特急で帰ろっさ。あっえーと、なんでかっていうと、そのほうが交通費もちょっと浮くやろ?』

「え? うん、ぜんぜんいいけど……?」

『ほんで、名古屋でご飯でも食べてかん? どっか名古屋メシの美味しいお店連れてったげるわ。わたしも愛知二年目やし、土地勘もできたしね。あんたは名古屋はいつも通り過ぎるだけやろ?』

「……!」

 断るべくもない。

「うっ……うん! うん! いいよ! もちろんいいよ! めっちゃ楽しみ!」

『じゃ、じゃあどっか、よさそうなとこ調べとくわ、夏までに』

 このお誘いはどう受け取っていいものなんだろう。なにかが進展する兆しをどうしても期待せずにはいられない。

 大学を卒業するまではどうせ遠いしと思ってはいたものの、卒業したらまた近くなるとは限らない。考えてみると大学卒業まで待つ理由にはならない。

 高一のときに告白して、あのときは玉砕したが、あれからもう四年がたとうとしている。

 もうだいぶ待ってるよなあ……。そろそろもう一度……押してみても……いいんじゃないかと思うのですが……?

『あ、ほやけどほういえば、大隈も一緒に帰るんか? ほやったらやっぱ誘わんと悪いかな』

 末森さんが思いだしたように言ったので棺野も「あ」と呟き、ベッドの上で無意識に天井を見あげた。この真上ではないのだが大隈の部屋は棺野の部屋の一つ上、灰島や黒羽と同じ四階にある。

「まだ別にそういう話はしてえんけど、夏解散は同じ時期やろし、声かけん理由はない、かなあ」

 福井までの道中は長い。去年の夏は交通費を一番節約できる長距離バスを利用してひと晩肩を並べて語らいながら(喋っていたのはほとんど大隈だが)帰省した。末森さんと会うために今年は別行動にしたいともし話したら、おお、おれのことは気にせんでいいぞ、よろしくやれや、などと強がって冷やかしてくる顔がありありと目に浮かぶが、内心では寂しがりそうな奴である。

 清陰バレー部時代を経て大学では同じ寮で暮らすことになり、なんだかんだでつきあいも四年目になった。大隈の性格はすっかり把握している。大隈がバレー部に途中入部してきた当時は、正反対のタイプですらある自分が一番長いつきあいになるなんて思ってもいなかったけれど。

 同じように関東に進学したのは各々の考えの結果だが、棺野にしても大隈にしても、きっかけは高校三年の最後の大会だった。

「……大隈にも声かけて、いいかな」

 と末森さんに伺いを立てた。

 大隈か、末森さんか、どっちを取るのかなんていう選択肢は棺野の中に最初から浮かんでいなかった。別に大隈がかわいそうだからとかいう理由ではない。あのデリカシーに欠けていて、ちょっとというかかなり鬱陶しくて、その実神経がこまやかなところもある大男が、今では大切な友人の一人になっているのも本当なのだ。

『いいよ。今年は黒羽や灰島もいるし、一緒になるかもしれんね。みんな誘ってみて、みんなで行こ』

 快くそう言ってくれた末森さんののよさに、ああ、この人が好きだなあ、とあらためて惚れ惚れする。

 この調子だと進展があるとしてもまだ先になりそうだ。ただ、末森さんみたいな素敵な人が愛知で四年間もフリーでいる保証はまったくない。大学卒業するまで悠長に待ってる場合じゃなくなったぞ、と自分自身に忠告しつつ。

著者プロフィール

壁井ユカコ【かべい・ゆかこ】

沖縄出身の父と北海道出身の母をもつ信州育ち、東京在住。学習院大学経済学部経営学科卒業。第9回電撃小説大賞〈大賞〉を受賞し、2003年『キーリ 死者たちは荒野に眠る』でデビュー。「2.43 清陰高校男子バレー部」シリーズの他、『空への助走 福蜂工業高校運動部』『K -Lost Small World-』『サマーサイダー』『代々木Love&Hateパーク』「五龍世界」シリーズ等著書多数。

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