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撮影/山口真由子 「ノスタルジックなだけではなく、子供に託して未来も書いている」 父と諍いをした母と実家に戻ってきた男の子が、神社の鎮守の森で神隠しにあってしまう――。そんな大きな事件から自治会で起きるささいなもめ事まで、団地に暮らす人の息づかいが伝わってくる本書『思い出は満たされないまま』を上梓されたばかりの乾緑郎さんに、どのようにして作品世界ができあがったのか伺いました。 今まで時代伝奇小説やミステリーなど様々な作品を書かれてきた乾さんの最新作『思い出は満たされないまま』は、すこし不思議な出来事が起こる七話の短編からなる連作短編集です。本書はどういう気持ちで書かれましたか? 乾 一編目の「しらず森」はデビューしてすぐくらいの頃に初めて雑誌に書いた短編なんです。それまで長編では、時代伝奇の色合いや、SF色が目立っていて設定に隠れがちだったんですが、日常風景やなんてことのない会話から話を組み立てるのが実は好きだったんですよ。短編の依頼をもらって、そういう部分を長編以上に意識しながら書きました。また、三本目の短編を書く頃くらいから、SFでいい話を書こうと考えました。SFといっても「サイエンス・フィクション」ではなくて、藤子・F・不二雄先生の「すこし・不思議」のイメージです。ハートレスな話を書くことも多いんですけど、今回、僕の中でもかなりいい話、言ってみれば「白乾(しろいぬい)」モードを全開にして書いています。 |
――東京郊外の団地を舞台にして、その団地の年月が経っていく様や住んでいる人たちが生活する様が描かれていますが、ご自身は団地との付き合いは長いのでしょうか? 乾 僕自身は団地で暮らした経験はないんですが、住まいの近くに団地があって、そのあたりに行く機会も多いんです。子供と一緒に行くと大人だけの視点では見えてこないものがわかる。ここでクワガタが採れるとか、釣りができる場所があるとか。一人だったり、夫婦だけで子供がいなかったりするとわからなかったんじゃないかな。 また子供って変なことを言うんですよ。一年生くらいの時だけど、家に帰ってきて、「玉川上水のところに小さな爺さんが座っている。それは玉川上水の精なんだ」って真面目に言うわけですよね、何が見えているのかよくわからないんだけど。そういう話が自然と思い浮かんできて、日常の延長線上ではっきりしたコントラストをつけずに書いた短編もあります。 ――七編の短編にそれぞれ違った味わいがあるので、読む人によってどの話が好きか分かれそうなのですが、乾さんの思い入れのある短編はどれですか? 乾 個人的に好きなのは、溜池にガラの悪い釣り師の集団と謎の老人がいる「溜池のトゥイ・マリラ」なんですけど、小説としてよく書けたと思ったのは、「ノートリアス・オールドマン」でしょうか。少し話はそれるんですが、自分の趣味の範疇のものはあまり書かないようにしていたのに、今回はプロレスや釣り、サッカーなど僕自身が子供の頃から好きだったり、昔夢中になったりしたものを割と無邪気に取り上げている。自分の好きなものって書きづらいんですよ、さじ加減がわからなくなるので。自分と性別や年齢が離れている、子供や少女の視点だからこそ書けたかな、と。そういえば、子供の視点で書いたのはこれが初めてじゃないかな。 ――少し話が変わりますが、二編目の短編「団地の孤児」は、タイトル自体がR・A・ハインラインの『宇宙の孤児』という長編のオマージュになっていて、ストーリーにも言及されていますが、他にも過去の名作のタイトルを意識されて書いた短編はありますか? 乾 けっこうありますね。「しらず森」「裏倉庫のヨセフ」はタイトルの元ネタがあるわけではないんですよ。「溜池のトゥイ・マリラ」はこういうタイトルの小説はないんだけど、P・K・ディックの『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』の最初のエピグラフに、トゥイ・マリラの話が出てくるんです、トンガで長生きした亀がいるっていう。そこからとりました。「ノートリアス・オールドマン」はC・ブコウスキーの『Notes of a dirty old man』(邦題『ブコウスキー・ノート』)。「一人ぼっちの王国」は、H・ダーガーの小説からですね。「少年時代の終わり」はA・C・クラークの『幼年期の終わり』。 この本では、R・R・マキャモンの『少年時代』やブコウスキーの小説も小道具として登場させていますが、これも自分が好きな題材を取り上げているうちの一つですね。他の小説だと、『完全なる首長竜の日』でJ・D・サリンジャーのことを少し書いたくらいで、他人の小説のことについて書くことってほとんどない。 ――短編「一人ぼっちの王国」では、高校生の女の子が、図書館でブコウスキーを読んでいるのを同級生に知られて慌てる場面もあります。 乾 あの場面、ちょっと好きなんですよね。表紙とタイトルと作家名だけ見ると高尚な物を読んでいるようで、実は中身はロクでもない。それを知られている相手に対して、「そんなに下品じゃないよ」って言い訳をする。小説を好きな人に対してのくすぐりもけっこう入っていますよね。ディクスン・カーが、やけくそになったかのようなシチュエーションの密室トリックという表現とか(笑)。 ――そのようなユーモアがある一方、小説や創作に対する真面目な意見も出てきます。「ノートリアス・オールドマン」では、グッド・レスラーの条件は「人に見せるべき『何か』を内に秘めているかどうか」という台詞が出てきますし、「一人ぼっちの王国」は小説家志望の人たちの話です。このあたりの描写には、乾さんの創作に対する考え方が投影されているのでしょうか? 乾 そうですね。僕自身は小説家とか小説を書いている人を主人公やメインの登場人物としては書かないようにしているんだけど、今回はあまり構えずに書けました。「一人ぼっちの王国」は、主人公が高校生くらいの女の子だから照れみたいなものがありつつも小説のことを語ってもいいか、と感じたのが大きいですね。自分自身の小説に対する考え方を生々しくならない程度に入れています。 ――最後に、読者の方々へのメッセージをいただけますか? 乾 SFやミステリー、怪談など、僕の持っている要素は大体全部入っているので、乾緑郎初心者の人にもお薦めの一冊です。最後の一編は全体のまとめなんですが、それ以外の六本は全部違う味わいの短編で、必ず一本は好きなやつがありますから、ぜひ読んでください。ただノスタルジックなだけの話じゃなくて、子供に託して未来も書いています。子供って将来の夢とか希望とかすごく詰まっているじゃないですか、そういう時の気分を思い出してもらえるんじゃないかな。 著者プロフィール
乾緑郎(いぬい・ろくろう)1971年東京都生まれ。作家・劇作家・鍼灸師。2010年『忍び外伝』で第2回朝日時代小説大賞を、同年『完全なる首長竜の日』で第9回『このミステリーがすごい!』大賞を受賞する。著書に『海鳥の眠るホテル』『鬼と三日月』『機巧のイヴ』『塞の巫女』『鷹野鍼灸院の事件簿』など。『完全なる首長竜の日』は『リアル~完全なる首長竜の日~』として映画化された。 |
『リアル〜完全なる首長竜の日〜』として映画化もされた『完全なる首長竜の日』で『このミステリーがすごい!』大賞を、伝奇小説『忍び外伝』で朝日時代小説大賞をダブル受賞してデビューした乾緑郎さんはミステリーやSF、時代小説、あらゆるエンターテインメントを紡ぐ期待の新鋭です。 そんな乾さんの今回の新刊は「少し不思議で懐かしい物語」。神隠しに遭う少年や、なぜか記憶の片隅に残っている小説の謎、迫力のある金髪の謎の老人と世界的に著名な外国人画家の奇妙なつながり……など、日常の延長線上にありながら、小説だからこそ作り上げられる世界が広がっています。かつては、最新鋭のものとして作られたけれど、時代の変遷によって、徐々に過去のものとなりつつある団地で繰り広げられる物語は、心温まる話でありながら、どこかに淋しさや哀しさが滲みます。この独特の空気感をぜひ味わっていただければ幸いです。 今作は七編からなる連作小説ですが、一編一編短編としても楽しんでいただけます。 「どんなお話なのか本を買う前に読んでみたい」という方は、この特設サイト内に2つの短編が無料試し読みできる電子書店の案内がありますので、ぜひそちらからダウンロードしてお楽しみ下さい。(K・I) |
「小説すばる」4月号で、北上次郎さんが書評を書いて下さいました。 |
お読みいただいた方々に、全国から熱いメッセージをいただきました! | |||
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