川端 今日は、この小説に関する対談はぜひ天達さんと、という僕からのたっての希望で来ていただきました。気象のこと、予報の現場のことなど伺えたらと思います。まずは、天達さんのお天気とのなれ初めのようなものから聞いていきたいんですが、子どものころ、空を見るほうでした?
天達 空はよく見るほうだったと思います。でも最初は天気よりも星が好きで、物心ついたときから星をよく見ていました。幼稚園ぐらいのときですか、親戚のおばちゃんに星座が好きな人がいて、影響を受けて見るようになったんです。それで、小学校二年生ぐらいのときには、僕は夜空を見て、星座を線でつなげられたんですよ。小学校の理科のテストでも、線でつなぐ問題は得意だったりして。でも高学年ぐらいになると、まったく興味がなくなっていたんですけど。 代わりに、僕は小学校三年生ぐらいから野球を始めたんですね。月に二回くらい土日に試合があって、それが唯一の楽しみというくらい、野球が好きだったんです。でも雨だと中止になってしまいますよね。だから毎日どこかのチャンネルに合わせて週末の天気予報を見るんです。でも、先の天気の予報は毎日変わるじゃないですか、当時は局によっても全然違うし。新聞のテレビ欄に天マーク(天気予報番組の印)がついているのをチェックして、もう朝五時ぐらいに起きて、ずっと見ていました。だから天気が好きというよりはむしろ、野球をやるために何とか晴れと言ってくれ、みたいな感じでした(笑)。
川端 僕も空を見るほうで、最初はやはり星から入りましたね。でも天達さんよりは、もうちょっと後ですね。高校で天文班だったんです。
天達 なぜいきなり天文班へ入ったんですか。
川端 何ででしょうね。理由は忘れちゃったんですけど、地学部天文班に入って、そこで夜空を見上げ始めました。雲が出て星座の観察ができない日は残念がったものです。ところが、当時は邪魔者扱いしていた雲なのに、後になってクラウド・ウオッチャー、雲愛好家になってしまったんですよ。
天達 そうなんですか。いつごろから雲がおもしろいと思い始めたんですか。
川端 それも結構遅いです、仕事を始めてからなので。フロリダで見たスペースシャトルの打ち上げがきっかけですね。シャトルのメインエンジンは液体水素と液体酸素が燃料ですから、成層圏より上の非常に低温の層に水蒸気(排気)をぶちまける装置なんですよ。すると夜光雲みたいな不思議なものができる。夜になって浮遊している水粒子、氷、氷晶が光をまだ受けて輝いている。幻想的な光景を見たりしたのが雲が好きになったきっかけです。
天達 川端さんはかつてテレビ局で記者の仕事をされていたんですよね。
川端 そうなんですよ。報道寄りの仕事でした。
天達 気象庁も担当されていたとか。
川端 はい、そうです。まだ本当に古い時代で、黒板に台風の予報円を貼り付けて、手作業でペタペタ動かしながら生中継しているかんじでした。
天達 『雲の王』を読ませていただいて、気象予報士とか気象関連の仕事をされているんじゃないかというくらい深く書かれていたので、びっくりしました。
天達 僕はこの本はフィクションでファンタジーだと聞いていたのですが、読んでいるうちに現実的に起こり得ることなんじゃないかと思いました。ああいう能力がある人って本当にいるんじゃないかな。ずっとそう思いながら最後まで興味を持って読み進められましたね。
川端 例えば気象協会関係の同僚の方とかで「あの人はちょっと特殊」みたいな感じの人はいるんですか。
天達 いますね。予測課では毎日、会報といって天気の見通しを順番に話す時間があるんです。その時に、普通こういう予測は出さないだろうということを口にする人がいました。例えば、沖縄に雪が降ってもおかしくない天気図になっていたとしても、まずあり得ないことなので言わないじゃないですか。それをずばり言ってしまう。その人は数年前に東京で積雪があったときもそれを言い当てました。気象庁としては雪が降ることは言っても、断言することはないんですが。その人は言って当ててしまうんですね。
川端 何でわかるんですかね。
天達 その人はもう六十歳過ぎなので、長年の経験による勘もあると思います。もちろん外れることもあるんですが、三回に一回くらいの割合で誰も当てないようなことを言い当てるようです。
川端 天達さんにはそういうことはありますか。
天達 僕は「天達」という苗字なので、何か天気に関する家系で特殊な能力を引き継いでいるんじゃないかと思って調べたこともあるんですが、残念ながらそうではなかったようで ……。僕個人は、そのピンと来るというのがわからないほうなんですよね。雨のにおいとかも感じないし。ただ過去にあった事例は毎日勉強していますから、その記憶から、もしかしたらと思うことはあります。例えばゲリラ豪雨だったら、上空の寒気の入り方が(過去の例に)似ているとか、逆に寒気はそれほどではないけれど、熱帯の空気がすごく入っていて、もしかしたらここに収束線という風がぶつかるラインができるんじゃないかとか、そういうふうに考えていきます。
川端 今はアメダスのデータなんかを活用して、コンピュータでの数値予測が中心ですよね。数値予測は八〇年代くらいから始まったと思うんですが、完全にコンピュータに切り替わったのは九〇年代ですよね? その前はやはり、眺めて、書いて、知ったと思うんですよね。
天達 今は下手すれば、一切空を見なくても予測できますからね。パソコンの画面だけ見ていればできてしまうので。でも、やはり気になって空を眺めてしまいます。天達 ゲリラ豪雨を追いかける取材などで「雨がどこで降るか特定して!」なんて無理難題を言われることがあるんです。そういうとき、美晴さんみたいに団地の南東側を示して、竜が見えるから「そこに来る!」とか言ってみたいですね。あのシーンは読んでいて一番印象的でした。
川端 局地的な雨もずいぶん予測スケールのメッシュが狭まっていますから、五年、十年先には、技術の進歩でそう言える日が来るんじゃないかと思いますが。
天達 こう来てるからこんなふうに行くだろうというのはある程度予想できるんですけど、やはり微妙に変わってくることもありますし。何年か後には、せめて一時間くらい前には予報したいな、と。
川端 そう、前の日にわかっている必要はなくて、一時間前にわかれば防災上すごく意味があるんですよね。
天達 最近、レーダーなどの技術の進歩がすごいので、近いうちに実現できたらいいですね。
川端 技術に関しては『雲の王』を書いている間にもどんどん進歩しましたね。最初に取材で高層気象台に行ったのが二〇〇九年の冬、その時にレーウィンゾンデ(気象観測器)の天然ゴム気球の放球を見せてもらったんですが、次に行ったらもう全部GPSが導入されていて、レーウィンゾンデの追尾方式が変わってしまっていた、なんてこともありました。
——予測をされていて、美晴のようにこれができたらいいのにと、もどかしく思うことはありますか。
天達 僕なんか常にもどかしく思っていますけどね。五時間先が見えたらいいなとか。でも逆に美晴さんたちの能力があったら、僕の仕事は成り立たないのかもしれないですが。
川端 やっぱり究極は「ゲリラ豪雨が今来ます」と言えることじゃないですか。近い将来コンピュータや観測網でできるはずですが、今は限界があるでしょうし。
天達 あとは台風の進路も! これは気象庁の研究によって、今いろいろなモデルを走らせて、あらゆるケースを想定できるようになってきました。精度も上がって、表示の仕方も変わってきているんですが ……でも、今の技術と表示方法で五日先の進路を出すと、日本列島の二倍くらいの予報円になってしまって意味がないこともある。だから台風の進路が自分で見えたらすごいでしょうね。
天達 台風関連の防災情報は非常に重要ですが、正直言って、ちょっと度が過ぎていると思うこともあります。いくら台風とはいえ、例えば関東に近づくときにはすでに衰退期に入っていることも多いんです。それでも被害が出ることは当然ありますが、実は風も吹かない、雨も降らないという状況でも警報は出し続けていることがけっこうあります。警報が細分化されたのだから、地域ごとに効果的に注意喚起を行うべきだと思うんです。僕は天気予報で、ピークの時間帯はもちろん、安全とは言えませんが注意をしながら行動してくださいという表現で、なるべく大丈夫な時間帯を伝えるようにしています。
川端 天気についての読みは、昔々気象庁ができる前だったら、村に一人二人、敏感な人がいて、雨雲が来るぞとか言ってくれたんだろうけど、今はそうじゃなくなってしまったからコミュニケーションが分断されている。
天達 それは東日本大震災のときに痛感しましたが、地域でコミュニケーションがとれなくなっているんです。震災では改めて天気予報の重要性が浮かび上がってきたと思います。震災前は全国の天気などはやはり大多数の人が知りたいものから伝えていく方針があったわけですが、震災後は仮設住宅に住まれている方もいらっしゃって、大雨が降ったり寒波が来たりすると命に関わることもあります。二分の天気予報の時間の中で、一分はそういう人たちに向けた情報をやるべきだと思いましたね。
川端 震災の後に非常に失望したのが、気象学会が会員に対して、放射性物質の拡散に関する情報の公表の自粛を求めたことです。被災地からすると一番ほしい情報をくれる人たちの口を封じるって何なんだろうって思いましたね。あれは僕は日本の科学史に残る汚点だと思っています。悲しいことですね。
天達 僕たちも心苦しいというか、何でそんなことをするんだと思いました。僕らの手元にも情報がなかったんですよね。
川端 実際問題として、原発の事故から放射性物質がどう流れたかが、一般の人にもわかったのはだいぶ後ですからね。仮に流れてきても、その瞬間に雨が降っていなかった場所はオーケーで、離れた地点であっても雨が降った場合は放射能が拡散しているだとか。今風向きがこうだから窓を閉めてくださいとか言えるのに、言えなかったわけですよね。少なくとも放射性ヨウ素については、その後何日間か食べ物とか飲み物に気をつけましょうと情報提供ができるわけじゃないですか。そういう情報を遮断されてしまったのが問題です。
天達 それが一番嫌でしたね、本当に。ああいうときって、気象予報士のすごい活躍の場のはずなんだけど、どこの局を見ても、気象予報士は出ていませんでしたからね。専門家が風を読み解くだけでも、もっと違ったことができたのに。その場所の天気を無難に伝えるしかできないって何なんだろうって思いました。
川端 現場にもやはりフラストレーションがあっただろうと思っていましたが、やはりそうだったんですね。——最後に『雲の王』を読んで興味を持った人のために、気象や予報の魅力を教えていただけますか。
川端 まず僕から言わせていただくと、目に見えるものがすべてなので、雲はおもしろい。夏の積乱雲って十分も見ていれば、もう形が全然変わるんですよ。画面の大きいスマートフォンなどで一分間に一回写真を撮ってみるだけで何てダイナミックな動きなんだとびっくりすると思いますよ。あと声を大にして言いたいのは、湯気は見えるけど水蒸気は見えないってこと。大気の世界は見えない水蒸気に満ちあふれているけど、見えるようにできた影が雲ですよね。水蒸気ワールドが僕たちの世界の実はメインだとしたら、その一部を見せてくれる雲をぜひ楽しんでほしいと思っています。
天達 今、予報を伝えるということに関してはすごくエンタテインメント性が出てきていますね。アイドルが天気予報をするのもそうですが。天気はいろいろなところに影響していて、レストランの売上げや明日の野球の試合はどうなるかなど、生活の全部に関わってきます。それが何か新しい可能性につながっていくのではないかと思っています。若い人が天気予報について考えたときに、身近なところに結びつけてどう楽しんでいくかを考えてもらえたらと思います。
初出:『青春と読書』2012年7月号
かわばた・ひろと ●作家。1964年兵庫県生まれ。東京大学教養学部(科学史専攻)卒業後、日本テレビ入社。退社後、『夏のロケット』で小説家デビュー。著書に『今ここにいるぼくらは』『川の名前』『動物園にできること』『PTA再活用論』『銀河のワールドカップ』等多数。
川端裕人 著『雲の王』(単行本)・7月5日発売・定価:1,500円(本体)+税
あまたつ・たけし ●気象予報士、日本気象協会所属。1975年神奈川県生まれ。2002年に気象予報士資格取得、05年よりフジテレビ「情報プレゼンターとくダネ!」のお天気キャスターを務める。監修書に『知識ゼロからの天気予報学入門』がある。
1964年兵庫県明石市生まれ。千葉県育ち。東京大学教養学部(科学史専攻)卒業後、日本テレビに入社。科学技術庁、気象庁などの担当記者として、宇宙開発、海洋科学、自然災害などの報道に関わる。97年退社。 95年『クジラを捕って、考えた』でノンフィクション作家としてデビュー。98年『夏のロケット』で小説家デビュー。小説やノンフィクションなど幅広く活躍する。 小説では『今ここにいるぼくらは』『川の名前』『算数宇宙の冒険 アリスメトリック!』、ノンフィクションでは『イルカと泳ぎ、イルカを食べる』『動物園にできること 「種の方舟」のゆくえ』『PTA再活用論 悩ましき現実を超えて』など著書多数。 少年少女のサッカーチームの活躍を描いた『銀河のワールドカップ』『風のダンデライオン』は、2012年4月より「銀河へキックオフ!!」というタイトルでNHKでテレビアニメ化されている。