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『みかづき』ドラマ化記念対談森絵都×永作博美

書く覚悟、演じる覚悟

森絵都さんの長編小説『みかづき』が連続ドラマになります(NHK総合にて1月26日より放送開始、連続5回)。
昭和から平成にかけての激動の塾業界を舞台に、三代にわたる〈大島家〉の奮闘を描いたこの物語は、二〇一六年に刊行されると大きな反響を呼びました。学校教育に不信感を持ち、塾経営を推し進める〈千明〉。そんな千明に引っ張られて、のんきな性格ながらやがてカリスマ塾教師となる夫の〈吾郎〉。ベビーブームと経済成長を背景に塾が成長していく一方で、大島家には、予期せぬ波乱や事件、そして出会いと別れが訪れます。
ドラマ化を記念して、千明を演じる女優の永作博美さんと、森絵都さんの対談が実現しました。この日、森さんは初めて撮影現場を見学、お二人の写真は、吾郎の書斎で撮影されました。

構成=砂田明子/撮影=chihiro.

こんな強い人、
見たことがない

千明は強い女です。読んでいただいた多くの方から「千明、怖い」って言われ続けてきたんですけれど(笑)、やっぱり吾郎が好きになったくらいだから、かわいらしい面も持っているはずなんですね。永作さんが演じてくださると聞いたとき、永作さんだったらそうした一面を、自然に出してくださるのではないかと思いました。

永作

ありがとうございます。原作を読ませていただいて、この人凄い、こんな強い人、見たことがないよと思いました(笑)。こうと決めたらわき目もふらず、塾という新たな業界に頭から突っ込んでいくし、夫の吾郎さんをはじめ、周りを巻き込んでいく勢いも有無を言わせないものがありますよね。若いときから晩年まで、長い年月を演じることもあり、私にできるだろうかという不安もありましたが、それ以上に、やりたい気持ちが勝(まさ)りました。興味深いしカッコいいし、こんな人がいたらいいなと、魅力を感じたんです。ただドラマでは、原作より、千明のかわいらしい部分が前に出ていると思います。

水橋(文美江)さんの脚本がそうなっていますね。

永作

そうですね。原作のように強い女ではあるんですが、人間らしい部分もけっこう描かれていて、必死に生きている千明になっていると思います。

いま、永作さんだったらかわいらしい一面を出してくださると言いましたが、永作さんは、かわいらしいと同時に、覚悟のあるお顔をされている方だと以前から感じていたんです。

永作博美さん

永作

そうですか!?

ええ。そこも千明に合致するなと。

永作

それはうれしいですね。覚悟は実際、いつも頭の片隅にあります。隠しているつもりでしたが、出ちゃってましたか(笑)。

女優さんは覚悟がないとできないお仕事でしょうしね。

永作

一人の人間の役を任されるのは、やはり簡単な仕事ではなく、覚悟しないとできないです。私の場合は特に、自分の家族を持ってから、よりそう思うようになりました。でも小説も覚悟がないと書けませんよね。あれだけの濃いキャラクターをどうやって書いていくのでしょう?

書いているうちにどんどん濃くなっていくところがあるんです。千明にしても、章が進むほどに暴走し始めて、私にも止められなくなっていったり。

永作

面白いです。

反対に、吾郎は書けば書くほど、とぼけていった。こういう人物にしようとかっちり決めて書くというより、どんな人も私にわからない一面を持っているはずで、それを見つけたいという気持ちで書いていることが多いですね。

永作

吾郎さん、とぼけていますよね。ドラマでは「あー」という台詞が多いので、何か言ってよ! と腹が立ったり。もともと、嫌がる吾郎を千明が無理やり引っ張って、一緒に塾をやることになったわけですが。

振りほどけない千明の強さが、吾郎のツボにはまったんでしょうね。

永作

女の人の押しに弱い吾郎さん。そこも面白いなと思ってしまうんですよね。

吾郎は子供に勉強を教えることだけは大好きで、一生懸命なのですが、そのほかは、男として全然だめなんです。とても人間臭い人。水橋さんの脚本で、吾郎のおとぼけ度がさらに上がったなと感じています。それが、吾郎を演じられる高橋(一生)さんの雰囲気に合っていますよね。

永作

そうですね。吾郎さんは吾郎さんで千明に腹を立てているのでしょうけど、対照的な二人が自分の立ち位置に徹しているところが面白いです。

森絵都さん

役者の脳は
だまされやすい

塾が拡大していくにつれて、千明と吾郎の溝が深まっていきます。互いの信念が相容れなくて、いったん吾郎は千明のもとを去っていくわけですが、あのシーンの撮影は緊張感のあるものでしたか?

永作

はい、ピリピリしていました。繊細なお芝居をしなければならない場面で。

私も書いていてきつかったし、読んでいてもきつい場面だと思うんです。やはり演じられてもきついところですよね。

永作

それまでは、二人の関係が険悪になっても、おとぼけの吾郎さんがどうにかこうにか風穴をあけてくれていたのですが、その吾郎さんが我慢していたものを爆発させてしまった……。千明としては追うことも言葉を発することもできず、ああ、これはもう、どうしようもないんだなあという場面でしたね。

そうした別れを通り抜けて、終盤、二人は別の形で静かに向き合います。関係性の変化した二人が再会するところは、今回のドラマで私が楽しみにしている場面の一つなんです。

永作

年月を経て、吾郎が家族のもとに帰ってくるんですよね。原作よりちょっと早く帰ってくるし、千明と再会する状況は原作と違うんですが、急に帰ってくるのは同じです。

演じるのは難しかったのではないかと。

永作

千明としては、驚きとか、嬉しさとか、怒りとか、色んな感情が一気に襲ってくる場面で、撮影前はどうしたらいいだろうと思っていたのですが、監督の誘導で、いいシーンになったと思います。とてもアクティブなシーンになっています。

見所の一つですね。楽しみです。

永作

吾郎さん、急に帰ってくるし、ドラマでは千明に会う前に塾の先生たちとのんきにフカヒレ食べているし、ほんと、あり得ないんですけれど……。

あり得るように見せてくださるんでしょうね。

永作

ああ、こういう人もいるんだな、こういう家族もあるんだな、っていうふうに。

家族という点では、千明と吾郎の娘たち、三姉妹の演技もとても楽しみです。

永作

三姉妹も、それぞれキャラクターが濃いですよね。それを受けて長女役の黒川芽以さん、次女役の大政絢さん、三女役の桜井日奈子さん、皆、自由に楽しく演じている感じです。

演じていくうちに、自分の子供のような気持ちになっていくものですか?

永作

なんとなくなっていきますね。こんな大きな娘たちの母親役は初めてなのですが、撮影に入って娘役の役者さんと台詞を交わしているうちに、だんだんそうなっていきましたし、空き時間にプライベートの相談などをしあって、距離が縮まっていったところもあります。

姉妹は姉妹っぽくなっていく?

永作

そうですね。役者って、なんとなく、脳がだまされやすい気がします。そういう方向に脳が鍛えられているともいえますが、いい脳をしている(笑)。

撮影は二ヶ月とか、短い期間で行われますよね。そうした撮影にあわせて、時間も凝縮して流れていくものなのでしょうか? というのも『みかづき』の原作はけっこう分厚い本で、二十代から七十代までの千明を書きました。ドラマは五回の放送ということで、時間も年齢もどんどん飛んでいきますよね。その空白は、演じられていくなかですぐに埋まっていくものなのかな? と。

永作

今回は不思議なくらい自然に埋まっていきました。原作があったということも大きかったと思います。年表が存在するような感じで、想像しやすかったんでしょうね。若い時代から年老いたシーンに入って、高橋さんの老けメイクを見た瞬間は笑っちゃったりするんですが、撮影が始まるとすぐに、長年連れ添った夫婦になるし、本当に長い歳月を一緒に重ねてきたような気持ちになるんです。この不思議な時間の流れ方はなんだろうねと、よく高橋さんと話しています。幸せな現場に居させてもらっています。

覚悟した瞬間が
はっきり見える

千明と吾郎は塾を開きますから、教える場面も出てきますよね。子供たちとのシーンっていかがでしたか?

永作

吾郎さんほど、千明には教えるシーンはないのですが、それでも私塾界の先生方に演技指導をいただいて発見がありました。リンゴをいくつか書くときは、形も大きさも揃えなければいけないんです。テストの丸付けのマルも、シュッと勢いでやってはだめで、大きさを揃えて、きちんと止めなければいけない。始点と終点にすき間があってはいけないんです。

えっ、そうなんですか。

永作

私も初めて知りました。まずは教える側の先生が子供たちに丁寧に、わかりやすくしなければいけないということを教えられましたね。

子役の子供たち、賢そうですよね。

永作

はい、賢いと思います。決められたタイミングで決められた台詞が言えるって凄いことです。

それは教わるからですか? 訓練によるもの?

永作

訓練と、あと、覚悟ですね。

ここでも覚悟。

永作

そう思います。子供が覚悟した瞬間って、はっきり見えるんです。

えっ!

永作

現場によっては役者経験のない子がいるんです。もちろん、そういう子を求めているから入れているんですが、彼や彼女が覚悟を決めると、すっと変わる。劇的瞬間です。

へえ。子供たちが集まるとざわざわしそうだけど、そうはならないんですね。

永作

撮影中はなりませんが、終わると、すぐなります。普段は誰も言うことを聞かない(笑)。

やっぱりそうなんだ(笑)。今回、舞台が昭和の半ばということで、子供たちの服装が、今と全然違いますよね。使う文房具なども。そういった衣装や小物も興味深いです。

永作

昔の服装は可愛くて和(なご)みました。帽子には穴があいていたり、靴も両足揃っているのかわからないようなものを履いていたりと、細部までこだわって作られています。髪も、男の子は坊主で、女の子はおかっぱで。坊主になるのを嫌がっていた子役の子もいたみたいです。私から見ると可愛いんですけど、今の子には違和感があるんでしょうね。

昔はみんな、いわゆるマルコメ頭でしたけど、今、それで学校に行ったら目立つんでしょうね。

永作

本を書かれるときも、時代によって書き方が変わったりされますか?

『みかづき』は昭和三十六年から始まるので、できるだけ昭和の雰囲気を出そうと、たとえば第一章は片仮名をあまり使わないようにと心がけました。

自由で人間臭い
〝裏街道〟の面白さ

永作

森さんは、もともと塾に興味があったんですか?

塾というより、日本の教育制度に興味がありました。日本の教育制度って時代によってどんどん変わっていきますよね。太いレールが敷かれることなく、行き当たりばったりの制度ができては消えて、教育現場が振り回されている。どうしてこんなことが起きるのか、その背景を知りたいと思っていたんです。

それで、教育を小説にしてみようと考えたわけですが、学校教育よりも塾を舞台にしたほうが、より人間臭いものが書ける気がしたんです。塾は〝裏街道〟っぽいというか。

永作

わかります。裏街道であるぶん、自由な人たちがいそうというか。

そうなんです。裏道に入ると自由でバイタリティーのある人たちに出会いそうで、興味を惹かれたんですね。

永作さんは塾に通われていましたか?

永作

行きましたけど、あまり続きませんでした。私が子供のころは、いわゆる学習塾より、そろばんとかピアノとか、お稽古事のほうがポピュラーだったかな。

私のころも、まだそんなに塾通いをする子は多くない時代だったんです。塾を書くと決めて調べていくなかで、塾が世間の批判を受けたり、文部省から敵対視されていた歴史を知りました。学校で苛められるから隠れて塾に通わなければいけなかったとか、「津田沼戦争」という塾同士の熾烈な抗争があったとか、そういう事実を知れば知るほど、小説も勢いづいていきましたね。「津田沼戦争」を知ったときは、よし、見つけた! と。これは絶対に使おうと即決しました。

永作

本当に、今でこそ塾に通うのはわりと普通のことになっていますが、ここまでの存在になるには茨(いばら)の道だったことを、今回、初めて知って驚きました。だから千明は、たくさんの敵に立ち向かわなければならなかったんですよね。改めて強い人だと思います。

逆風が強まるごとに、強くなっていった部分があると思います。

永作

ドラマにも出てきますが、長女の蕗子(ふきこ)は学校で「塾子」と呼ばれ、苛められていますよね。

「塾子」のシーン、脚本を読んでいて印象的でした。

永作

あそこもとてもアクティブな、いいシーンになっています。普通、子供があんな苛め方をされたら、親も落ち込むだろうし、弱気になると思うのですが、千明は違うんですよね。むしろ奮起して、蕗子を叱咤(しつた)する。撮影中、私もこんなに強く言っていいのかなと思ったくらいでしたが、止まらなくなっちゃって。蕗子は蕗子で、こういうお母さんじゃしょうがないよねって、半ば諦め、半ば納得もしている。そういう怒り方も時代といえば時代なのかもしれませんが、面白いなあと思ったんです。

それが千明という人間なのかな。

血縁による
つながりも、
血縁によらない
つながりも

永作

原作では、終盤に千明と吾郎さんの孫で、蕗子の息子である一郎の章が出てきます。この章がまた感動的なのですが、そろそろ終わりかな、と思ったところに一郎が出てきたので、ちょっと驚いたんです。

千明と吾郎の物語で終わってもよかったのですが……、なんでしょう、そこでじわりと妙な執念が。小説家は執念深いんです(笑)。

永作

覚悟と執念(笑)。吾郎と一郎は家族だけれど、血はつながっていないんですよね。だけど、どことなく似ている。

そうですね。これまで私は小説で、家族にしても友人にしても、人間同士の横のつながりを主に書いてきました。でも『みかづき』では、縦のつながりを書きたいと、最初から思っていたんです。世代を超えて受け継がれていくものを書きたいなと。そうした受け継ぎには、血のつながりから生じるものもあれば、血縁によらないものもあるはずで、そのどちらをも描き出せたらいいなと。

そう考えて小説を書いている最中に、子供の貧困問題が頻繁に報道されるようになりました。で、塾に行けない子供のことが気になってきたんですね。私が気になるくらいだから、千明や吾郎も気になっているだろうと。この新しくあらわれた問題を誰かに受け継いでほしいと思っているのではないかと想像するうちに、あと一章やってみようという気持ちになってしまったのです。

永作

原作にもドラマにも出てきますが、少し前から、給食費を払えない子供の問題も報道されるようになりました。塾が白い目で見られていた時代から、当たり前になった時代、今度はまた行けない子供が出てきた時代と、時代の流れを感じながらも、一郎さんのように、未来を向いている若者の話を最後に読めてよかったなと思いました。読み終わったとき、ずっとこの本を持っていようと思ったんです。

こんな分厚い本を……、ありがとうございます。もう少し短く終わらせる予定だったのに、そういうわけで、長くなってしまいました。

永作

くじけそうになったときに読み返したいですね。それから、迷っている子供がいたら勧めたい。人生にはいろんな道があるし、けっこうみんな苦労しながら生きているよっていうのが伝わりますから。

今日、初めて撮影現場を見学させていただいて、吾郎の書斎に飾ってある家族写真を目にしました。その一枚一枚から、香り立つような家族の歴史が伝わってきたんですね。『みかづき』は塾業界を舞台にしていますが、基本は家族の物語です。ドラマの大島家をとても楽しみにしています。

(「青春と読書」2019年2月号掲載)

森絵都(もり・えと)
作家。1968年東京都生まれ。早稲田大学卒業。90年『リズム』で講談社児童文学新人賞を受賞しデビュー。著書に『つきのふね』(野間児童文芸賞)『カラフル』(産経児童出版文化賞)『DIVE!!』(小学館児童出版文化賞)『風に舞いあがるビニールシート』(直木賞)『クラスメイツ』『出会いなおし』等多数。

永作博美(ながさく・ひろみ)
女優。1970年茨城県生まれ。シリアスからコメディまで幅広い作品に出演し、その演技力は常に高い評価を得ている。『八日目の蝉』で第35回日本アカデミー賞最優秀助演女優賞受賞。映画、テレビドラマ、舞台、CMで活躍中。近年の主な出演作に、ドラマ『さよなら私』『沈黙法廷』、映画『四十九日のレシピ』『ソロモンの偽証』等多数。
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