── 予想外のできごとに戸惑いながらも、事件の真相を知ろうとする賢一の前に、真壁という刑事が現れます。この真壁の行動や言葉が強い印象を残すのですが、昨年、刊行された長篇小説『【痣/あざ】』の主人公でもあります。真壁を登場させようと思ったのはなぜなんでしょう。
キャラが気に入って、また使いたいと思ったんです。『痣』と『悪寒』両方の担当編集者に共通の刑事を使いたいとお願いして了解していただきました。『痣』のほうが『悪寒』より少し早く連載が始まったんですが、ほぼ並行して書いていました。
── ほぼ同時期に二つの小説に同じ人物が主要キャラとして登場するのは珍しい。『痣』では主人公、『悪寒』では脇役という立ち位置の違いが面白かったですね。『悪寒』は主人公の賢一の視点で見ているので、真壁は何を考えているのかもわからないところがあって、敵か味方かはっきりしない。
『悪寒』は『痣』の少し後の話という設定なので、『痣』での経験があったことで、人嫌いというか、何かが欠落してしまっている。『痣』とは少しキャラを変えて登場してもらっています。普通、脇役で出てくる警官や刑事は記号的といいますか、顔にへのへのもへじが書いてありそうな場合が多いんですが、私はキャラをわりときちんとつくるタイプなんです。名字しか使わない場合でも、下の名前や、どんな人間かを考えて書くようにしています。
── 『悪寒』は平凡なサラリーマンが事件に巻き込まれていく一方で、家族の危機に立ち向かっていくことになります。子どもが難しい年頃で、親の介護が始まって、という世代の読者はとくに共感できるんじゃないでしょうか。賢一は伊岡さんご自身より少し下の世代ですが、ご自身の経験や、周りの人の話が反映されている部分もあるんですか。
私の体験で反映されているのは、娘から用事があったらメールにしてくれと言われたところだけですね(笑)。
── お嬢さんが思春期の頃ですか?
いや、上の娘が社会人になってから。賢一じゃないですが、それこそなぜだかよくわからないんですけど。
── まさに謎ですね(笑)。
話がそれちゃうんですけど、ほぼ毎日、私が娘に弁当をつくってやっているんです。ちゃんと容器をきれいに洗って返してくれるんですが、感想を聞いたことがない。美味しかったとか、今日のはちょっと変わった味付けだったとか、感想が妻のところにメールで届く。それを妻が私に転送してくる(笑)。一言も口を利かずに毎日弁当つくってやるという不思議な関係ですね。
── 面白いですね(笑)。『悪寒』の場合は、離れて暮らしている間に妻と娘がよそよそしくなる。だからこそ、事件の真相が見えなくなっている。家族の絆について考えさせられます。
家族も、私がずっと書いているテーマで、これまでの作品でも、家族って何だろうという問いを考えながら書いていたような気がします。ただ、いままで書いてきた小説には、両親揃っていて子どもがいて、といういわゆる普通の家族は出てこなかったんです。今回初めて、普通の家族を登場させて、それがどう壊れていくか、あるいは本当にそのまま壊れてしまうのかを書いてみようと思いました。物語のなかで実験をしているというか、こうなったら壊れるかなとか、家族のなかの誰かの気の持ちようで踏ん張れるんじゃないかとか、書きながら考えていました。
── 一般的にいうと、家族のなかで父親は疎外されやすいですよね。大切にしたいという気持ちがあっても空回りしたり。
亭主元気で留守がいいっていいますよね(笑)。誰かに聞いたんですよ。単身赴任からたまに帰ろうとすると、面倒くさいから帰ってこなくていいと言われたって。帰ってくると奥さんは飯だ何だってやらなきゃいけないですからね。
── 作中で賢一が言われてましたね。少し切なかったです。