松浦弥太郎さん(以下・松) 今日は伊藤さんにお会いできるというので、すごく緊張しています。伊藤さんの暮らしはすごく端正でしっかりしてる印象で、お金についてもさぞや、ということでおいでいただいたんです。
伊藤まさこさん(以下・伊) いえいえ、お金に関しては本当にだめなんです。お財布もいつもぐちゃぐちゃだったのですが、『松浦弥太郎の新しいお金術』を読んでから、1日1回、領収書を出して整理する、という習慣ができました。
松 お財布を整理すると気持ちいいでしょう。ハンカチをたたみ直すような気分というか。お札でも領収書でも、急いでいたりすると、バッと入れちゃうときもありますよね。僕は1日に何度も、きれいに入れ直したりしています。
伊 ご本、とてもおもしろかったです。「えーっ! 松浦さんは2年に1度お財布を買いかえているんだ」とか具体的なところでとても新鮮な驚きがありました。今、お使いのお財布は何か特別なものですか?
松 ごくシンプルなものです。お札を折りたくないので長財布を愛用していますが、買いかえるときは違うものにしたほうが楽しいので、結構時間をかけて選んでいますね。
伊 本を読んで松浦さんは、時間の使い方もとてもきっちりされてそうだなと思いました。それに、改めて感じたのは、お金の使い方と時間の使い方って実はこんなに……。
松 似ているんですよ。
伊 そう! 似ているなって。松浦さんは、使い方と生活とのバランスがすごくいいんですね、きっと。私は年に1回、確定申告が終わると税理士さんから聞いて自分の収入も知るというくらい、本当にざっくりしているんで、このままじゃちょっといけないって気分になりました(笑)。
松 僕らのような仕事は、決算期や確定申告のときに税理士さんから1年間の成績表を見せてもらうようなところがありますね。プラスマイナスがはっきりと出るので、管理してきたつもりでも、ああ、使い過ぎたな、頑張ったなとか、だめだなとか。いろいろそのときにわかることが多いですけどね。
伊 そうですね。私も税理士さんに「1年間よく頑張りました」とか言われたりします。まるでお父さんみたいに(笑)。
松 お金というのは、明確でとても具体的なもののくせに、きちんと学ぶ機会がないまま社会人になって稼ぐことになっちゃうという人も多いと思うんです。不思議なものですよね。僕が今まで働いてきたなかで感じてきた、「お金とは友だちみたいな関係を持てればうまくいくんだな」という実感と、お金についての知恵を淡々と僕に話してきてくれた年上の友人たちに、感謝の気持ちもあって本にまとめたいと思ったんです。
松 もうひとつ。僕は娘がこの春、中学3年生なんですが、彼女にきちんとお金のことを話したい、彼女に話すならどう伝えるかって考えたのがこの本を書く直接のきっかけとなりました。
伊 松浦家では、先月の水道代のこととかもお話されるって書いてあって、すごい! って思ったんですが、お金の話を子どもとするのは結構、難しいですよね。松浦さんはどんなタイミングで切り出すんですか?
松 やっぱりなかなか大変(笑)。僕は必ず7時には帰宅して一緒に夕食を食べるようにしているんですけれど、それでも、「ごちそうさま」のあと、娘はすうっと食卓から自分の部屋へといなくなっちゃう(笑)。
伊 早いですねー!
松 そう。だから、わらびもちやケーキなんかを用意しておいて、食後のデザートをいただきながら「さて」と。とはいっても、だらだらと話すだけだと面白くないから、今月は幾ら入ってきて、と具体的な数字を紙に書きながら話すようにしているんです。「このお金はあれに使おうと思ってる」とか、自分でもぼんやりしていることが見えたりしますし、子どもも半分くらいしか聞いていないと思いますが、うちはこんな感じなんだ、親はこんなふうに考えているんだということがわかると思うんですよね。
伊 税金の仕組みとかもそうですけど、お金のことって実はきちんと勉強していない代表選手みたいなものですよね。毎日、絶対使うものなのに。
松 そう。本にも書きましたが、お金のことを話すのをタブーにしない、お金とうんと仲良くなったほうが絶対に良いと思うので。娘には、お金の話をすることは恥ずかしいことではないし、とても大切なこと、というのは伝わっているんじゃないかなと願いたいですけどね。
松 伊藤さんが子どもの頃、お金についての思い出やエピソードはありますか?
伊 私自身のというより年の離れた姉たちの話なんですが、2人がお年玉やお小遣いを貯めた1万円を1日で一気に使うという楽しいことを計画していたのをよく覚えてますね。私はたしか5歳とかそれくらいのときなんですけど。
松 それは楽しそうですね。
伊 そうなんです。まあ、ぬいぐるみや漫画なんかの、かわいらしいものを買っているんですが、そのためにすごく我慢もするわけです。そんなふうに貯めたお金をパーッと本当に好きなもののために1日で使うというのは、何て楽しそうなんだろうって強烈に覚えています。
松 僕もお小遣いをもらえるようになって『ジャンプ』を買いにいくときの自己主張というか罪悪感込みのドキドキは覚えていますね。親が推奨しないものを確固たる自分の意思で買う、というあの感覚(笑)。あれは、お金を使い始めた子どもにとって大切な感覚だったと思いますね。自分で考えて使う、という。
伊 うちも母親がお小遣いで買うものについては全く何も言わなかったですね。無駄遣いするなとも言われなかった。でも、使っちゃって泣きついても「でも、使ったんでしょ」って。だから「はい、使いました」って(笑)。甘い顔はしなかったので、今思えばバランスが取れていましたね。でも、今の私は娘に甘いですけどね(笑)。
松 僕もまあ一人娘なので親ばかです。何かが欲しいなんて聞いちゃうともう……時間がかかろうと手に入れてあげたいと思うタイプなんです(笑)。
伊 お嬢さん、何を欲しがったりします?
松 それが、「何か欲しいものある?」って聞いても「ない」って言うんですよ。欲しいものはたいてい手に入れてしまってるんです。甘やかしを反省しなければですね。
伊 うんうん、うちもそうですね。
松 映画を観るとか遊園地に行くとか、そういうのは我慢しないほうがいいよっていつも言っているんです。経験にはお金を惜しまないほうがいいよって。そうしたら、ついこの前なんですが突然「来年ロンドンに行くから」って。
伊 留学ですか?
松 そう、学校のカリキュラムで短期留学したいと。「申し込んでいい?」って言われたら「う、うん」って言うしかないですよね(笑)。
伊 親としてはそうですよねぇ(笑)。経験にお金を惜しまないという点では、私も同じです。例えば三ツ星のレストランに行くとか、時間がちょっととれたから京都行っちゃえ、とか。高級な旅館やホテルに泊まるのも気持ちいいですし。はたから見たら「ぜいたく~」「浪費」って思われるかもしれませんが、私にとってはぜんぜん浪費じゃないんです。絶対に自分のためになるお金の使い方だから。
松 むしろ投資ですよね。
伊 私はホテルに泊まるのが大好きなんです。シーツがぴしっとしたすごく気持ちのいい大きなベッドにもぐりこんで1人で寝るとか、もうそれだけで素晴らしい(笑)。
松 一流の旅館やホテル、レストランからは学ぶことが多いですよね。小さな感動がたくさんあって、それは必ず自分のためになりますよ。僕は、「なぜこの価格なのか」ということが知りたいんですよ。それは自分が体験しないと、答えという秘密が見つけられないことなので、授業料として楽しんでお支払いします。
伊 このお金は自分の身になる……と思って使うと、お金って不思議と回っていく気がしますね。よいふうに考えるようにしている「言いわけ上手」というのもあるんですが。
松 楽しく使ってるからお金に嫌われていないんですよ。よいお金の使い方をしているときは、高い買い物をしても、それが自分の経験となり、また仕事の役に立って出ていって、といい循環を生むので、すぐわかります。まったく減っている実感はないんですよね。いや、もちろん減っているし、使えば使うだけなくなるんだけど、それでも誰かが財布にお金をそっと入れてくれてるんじゃないかって思うくらい目減り感が全くない(笑)。
伊 これは無駄じゃなかったと正当化しているだけかも。お買い物の言いわけ。
松 いいんですよ。よいお金の使い方で循環が始まれば、お金が足りなくなりそうなくらいのほうが仕事も頑張れますし、前向きになります。だから、僕はみんなもっとお金を使えばいいと本気で思っているんです。それはお金とのつきあいを深めていくこと。笑われるかもしれませんが、僕は本気でそんなお金とのつきあい方を誰もが送れるはずって信じてるので。 伊藤さんは、お金について不安に思うことってありますか?
伊 不安? 不安は感じたことありませーん(笑)。
松 そうだと思いました(笑)。好奇心が強いところも僕と似ているなと感じます。僕はわりとせっかちなところがありますが、伊藤さんはいかがですか?
伊 せっかちではないですね。でもあまり迷いません。お買い物とかでも。松本に移るときに、家がとても小さかったので、ほとんどのものを友だちにあげてしまいました。愛着のあるものもありましたが、思い切って身軽になったことで、気持ちがすっきりしましたね。
伊 6年経って、それでもまた荷物が増えてきてはいるんですが(笑)、でも最近、すごいことに気づいてしまって。このところ出張が多いんですが、小さなスーツケース1個で2週間くらい暮らしていけるんです。あれっ……ということは家にあるあの荷物は何? と(笑)。だからもう少し暮らしのいろんなことのサイズをどんどん小さくしていけたらいいかな、と思ってるんです。
松 僕もなんだかんだいって、自分の身の回りにあるものにそんなに執着はないですね。あとがきにも書きましたが、いざというときに本当に必要なものは……ということを、今こそお金をつうじて考えるチャンスかなと思っています。
伊 ほんとですね。去年、松本に大きな地震があった時、家の食器がたくさん割れてしまったんです。大切にしていたものばかりでしたが、なぜか清々しい気持ちになったんです。命があるんだからいいじゃないか、というような。
松 うん、うん、僕もそう思いますね。僕ね、アメリカで本当の本当に一文無しになったことがあるんです。我ながらびっくりしたんですけど。
伊 我ながらって(笑)。
松 結局その時は「さあ、どうする自分」と、メラメラとチャレンジ精神みたいなものが燃えてきて危機は脱出したんですが。つくづく感じましたね、お金って結局こういうものかって。そのとき学んだのは、人間は1人では生きていけないということ。お金がなくても、誰かとつながりを持てれば、どこへ行っても生きていけるんだなって。
伊 そうですね。
松 うん。知らない人とあいさつして、話をして友達になるみたいなことさえできれば大丈夫ってことを自分の中で確信できた。震災のときにもつくづく同じことを感じました。
伊 そうですよね。究極、お金ではない。お金持ちだからって、幸せとは……。
松 そう。何かをたくさん持っていれば幸せとは限らないから。どうしたらよりよくつきあっていけるかを考えて上手に暮らしたいですね。
伊 本当にそうですね。この『お金術』は、時間の本でもあり、暮らしの本でもあり、人づきあいの本でもありますね。読んだ人が、人生はお金だけではない、って気づくことがたくさんあると思います。
松 ありがとうございます。書いてよかったです(笑)
伊 こちらこそ、今日はありがとうございました。実は私、著書を読んでいていつも「んー? 松浦さん、正しすぎる……」って。こんなにきちんとされててホントかなーって疑惑の目で見ていたんです(笑)。今日は少し素顔を暴けたらいいなと思ってたんですけど、やっぱりだめだったみたいです(笑)。
松 いや、だめなところもたくさんあります。今度はそんな話もぜひ。今日はありがとうございました。
1965年、東京都中野区生まれ。「暮しの手帖」編集長、文筆家、書店店主。 18歳で渡米。アメリカの書店文化に魅かれ、帰国後、96年、東京・中目黒に「エム&カンパニーブックセラーズ」を開業。2000年、トラックを改造し「エム&カンパニートラベリングブックセラーズ」をスタート。02年、「カウブックス」を中目黒で、03年、南青山店も開店。執筆や編集活動も行う。06年、雑誌「暮しの手帖」編集長に就任。『軽くなる生き方』、『ハローグッバイ』、『愛さなくてはいけないふたつのこと』等著書多数。最新刊は『メッセージ&フォト 今日もていねいに。』(PHP研究所)
1970年、神奈川県横浜市生まれ。文化服装学院でデザインと洋裁を学ぶ。料理や雑貨など暮らしまわりのスタイリストとして、数々の雑誌や料理本で活躍。センスのよい丁寧な暮らしぶりが多くの女性の共感を得て、近年ますます仕事の幅を広げている。5年前に長野県・松本に居を移す。著書に『東京てくてくすたこら散歩』、『京都てくてくはんなり散歩』、『ボンジュール!パリのまち』、『伊藤まさこの雑食よみ』、『ちびちび ごくごく お酒のはなし』、『松本十二か月』(文化出版局)など著書多数。5月25日発売の最新刊に『軽井沢週末だより』(集英社)。
「お金」について、一切悩みはない、と言い切れる人は、果たして今この日本でどのくらい存在するのでしょうか。
正直に打ち明けると、現在、私は自分が抱えている「悩ましいこと」の殆どは、お金さえあれば解決するのではないか、と思っているフシがあります。親の介護問題も、家のローン問題も、来月のことさえ分からない仕事についての不安も、四十代半ばに差し掛かるのに独身で子供もいない将来への恐怖も、「お金さえあれば」どうにか乗り越えられるのではないか。5億円の宝くじが当たれ! なんて贅沢は言いません。その十分の一、いや百分の一でも臨時収入があったら、かなり気持ちは楽になれるのに、と。
でも、その一方で、ならばどうして今までお金を大切にして来なかったのか、という後悔に似た気持ちも確かにあるのです。通いきれずに期限が切れた自動車免許の教習代、行きもしないのにもう7年も払い続けているスポーツクラブの会費、一度も袖を通すことなく箪笥の肥やしになっている服の山。高額だったのにすぐに飽きた体型補正下着にブランドバッグ、脊髄反射で購入したテレビやネット通販グッズに、冷蔵庫に眠る賞味期限切れの食べ物。「無駄」にしたと明らかな金額だけでも、軽く百万円を超えるでしょう。「お金は使わなければ貯まる」「大きな貯蓄もまずは小さな節約から」。そう思ってはいるけど、現実はままならず、だからこそ本当に「悩ましい」。
本書『松浦弥太郎の新しいお金術』は、自分はお金と上手くつきあう術がよく分かっていないのかもしれないと、漠然とした不安を抱える人々へ向け、お金に悩まなくなる方法と知恵、そして法則を、分かり易く説いた言わば指南書。雑誌「暮しの手帖」の編集長である松浦弥太郎さんが自らの経験と、「本当のお金持ち」である人々との出会いから体得した術が、全4章、38タイトルに分け綴られています。
お金を友だちとしてつきあってみよう。その友だちともっと仲良くなろう。そのためにはどうすれば良いのか。自分を会社だと考え客観的に見る癖をつけ、哲学を持ち、家族全員で隠すことなくお金の話をしよう――。具体的な例を挙げ語られる「お金とのつきあい方」には、「稼ぐ」or「貯める」といった一方向のマネー術とは異なり、物心ついたときから死に至るまで関わり続けるお金への考え方を根本から問い直すヒントがぎゅっと詰まっています。個人的には「想像力でお金を分配しよう」の項目に記されていた、お金を使うときはそれが消費、浪費、投資のどれにあたるのかを考え、暮らしのなかで分配する、という「術」に深く関心し、「ちいさなお金には心をのせよう」で説かれている、心付けや餞別、御祝儀やお香典といったお金の本来の意味にも、なるほど! と頷かずにはいられませんでした。
たとえ全てを実践できなくても、ほんの少し考え方を改めてみるだけで、お金に対する意識は確実に変わる。老若男女、誰でも、いつからでも「悩みの種」を「人生の友」とできる可能性が、本書には秘められているのです。
「ぼくはお金が大好きです」。雑誌「暮しの手帖」の名物編集長である著者が連載コラムでこう記したとき、愛読者からいつにない反響があり、松浦さんは驚くとともに今こそ「お金についての本を出さなければ」と思ったそうです。「今の世の中に、お金儲けについて書かれたビジネス書はたくさんあるけれど、いちばん肝心の“お金とのつきあい方”を教えてくれる本は少ない。僕が今、この時代に生きるみなさんに伝えたいのは、もう決してお金に困らない人生を送る方法です。お金との本当のつきあい方を学んでから僕の人生は変わった、と心から感じるからです」。 ――豊かな暮らし、生き方のヒントを説いて、今もっとも信頼の篤い著者が贈る、新しいマネーライフ術。
松浦弥太郎(まつうら やたろう)
1965年、東京都中野区生まれ。『暮しの手帖』編集長、文筆家、書店店主。
18歳で渡米。アメリカの書店文化に魅かれ、帰国後、96年、東京・中目黒に「エム&カンパニーブックセラーズ」を開業。2000年、トラックを改造し「エム&カンパニートラベリングブックセラーズ」をスタート。02年、「カウブックス」を中目黒で、03年、青山で「カウブックス南青山店」をスタート。執筆や編集活動も行う。06年、雑誌「暮しの手帖」編集長に就任。『軽くなる生き方』『ハローグッバイ』『愛さなくてはいけないふたつのこと』等著書多数。
「ぼくはお金が大好きです」。
雑誌「暮しの手帖」の名物編集長でもある著者が連載コラムでこう記したとき、読者からいつにない反響があったそうです。驚くとともに、「今こそぼくがお金について学んできた知恵のすべてを、本にして皆さんに伝える時期が来た」と確信したと言う松浦弥太郎さん。
「節約や運用術などについて書かれたビジネス書はたくさんあるけれど、いちばん肝心の"お金とのつきあい方"を教えてくれる本は実はあまりない気がしていました。日本では、お金のことは話題にするものではないという意識も強いし、学校での<お金教育>もほとんどされないため、きちんとお金のことを学んだり、向き合う機会がないまま大人になる人も多い。 けれど、それでは絶対に本当のお金持ちにはなれません。ぼくが今、この時代を共に生きる皆さんにお伝えしたいのは… >続きを読む