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第37回すばる文学賞受賞作 左目に映る星 奥田亜希子
内容紹介江國香織×奥田亜希子対談一問一答 著者インタビュー
内容紹介

左目に映る星
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四六版ハード 定価:1,200円(本体)+税
176ページ ISBN 978-4-08-771549-1
装丁/大久保伸子
装画/中島梨絵
左目に映る星 第37回すばる文学賞受賞作 透明度0%のこじらせ女子と、純度100%のアイドルオタク。二人の恋の行方は――
早季子は、幼少期から左目にのみ近視と乱視があり、そのせいで右目を閉じる癖がある。左目から見えるぼやけた世界を彼女は気に入っていたが、誰ともその感覚を共有できないことに寂しさを感じていた。小学5年生の時、自分と同じ目を持つ少年・吉住と出会う。彼は早季子にとって奇跡のような存在だったが、二人で過ごす幸せな時間は長くは続かなかった。
当時の彼を忘れられないまま26歳になった早季子は、知り合ったばかりの男と簡単にホテルへ行くことはあっても、他者に恋愛感情を抱けなくなっていた。ある時、「宮内」の存在を人づてに知る。恋愛未経験で童貞、超がつくほどのオタクで、人生をアイドル・リリコに捧げる冴えない男。彼もまた、早季子と同じ目の症状を抱えていた。「私や吉住と同じ世界を見ているかもしれない」。宮内に会いたいと強く願うが、彼はリリコの追っかけで毎週忙しい。早季子は、意を決し福岡で行われるリリコのライブに同行するのだが――。
選考委員コメント

江國香織×奥田亜希子対談

書きたいという「意志」の強さ

二十六歳OLの早季子は、幼少の頃から左目にのみ近視と乱視があった。同じような目を持っていた小学校の同級生のことがいまだ忘れられず、合コンで出会った男とホテルに行くことはあっても、恋愛には進もうとしない。ある飲み会で、自分と同じ目の症状を持つ男・宮内のことを聞き、興味を持った早季子は一度会いたいと連絡をとる。しかし、宮内はアイドルの熱心な追っかけで、週末は忙しいという。それでも会って話がしたい早季子は、地方のアイドルイベントに同行するのだが──。
奥田亜希子さんの第37回すばる文学賞受賞作『左目に映る星』は、過去を忘れられない早季子とアイドルおたく・宮内とのぎこちないやりとりが繊細に描かれた恋愛小説です。本書刊行にあたって、同賞選考委員である江國香織さんをお迎えし、受賞者・奥田さんとお話しいただきました。

構成=宮内千和子/撮影=高橋依里

コントロール外の魅力
江國 奥田さんの受賞作「左目に映る星」は、おもしろいというより先に、ちょっと不思議な、正体のわからない妖しい感じがしたんです。選評ではそれを不安定さと表現しましたが、この作品は不安定さがとても魅力の小説だと思いました。

奥田 ありがとうございます。

江國 小説の冒頭で、肌のきれいな男の人と寝るシーンがありますね。そこで、その男の人の肌の形容を「インクジェット紙の年賀状を思い出す」という。この比喩はとても私には書けない(笑)。でもその表現でどんな肌か想像できてしまう。ああ、そういう人っているなって。しかもその彼は小説の中でメインではないのに、一切手を抜かずに丁寧に心を砕いて書いているところが印象的でした。

奥田 変わった恋愛小説だという選評がありましたが、私としては、変わった主人公を書いたつもりが全くなくて、どちらかといえば主人公に色がなくて凡庸になってしまったなと思っていたんです。でも書き上がって最後に、あれ、この主人公、なんか変だぞと思って(笑)。

 その意味では、選考委員の角田光代さんがおっしゃっていた、コントロール外のところで出た不安定さだったのかなと思います。そういうコントロール外のところを評価していただいたのは、嬉しいと同時に、今後怖いような気もしますが。

江國 それは違う。逆だと思います。むしろコントロール内のことしか評価されないほうが先行き心配だと思う。コントロールできることは、ある意味でつまらない。私自身書いていても、小説の魅力がコントロールの外に出た時のほうが、満足感があります。

 だから、今回受賞された金城孝祐さんも含めて、コントロール外の魅力を持ったお二人を選べたのは、選考委員の端くれとしてすごくよかったと思っています。

奥田 ありがとうございます。それをお聞きしてちょっとほっとしました。


人は誰もが変でおもしろい
奥田亜希子さん
奥田亜希子(おくだ・あきこ)
…1983年、愛知県生まれ。愛知大学文学部哲学科卒業。
本作で第三十七回すばる文学賞を受賞。
──江國さんは『抱擁、あるいはライスには塩を』を書かれた時、家族小説に限らず恋愛小説でも、人って一皮むくと何か変だぞというところを言葉によってあぶり出していきたいとおっしゃっていました。その意味で奥田さんの小説に通じるものはありますか。

江國 人の変さって、誰もが共通に持っている変さではなく、どの人も実は非常に変わっているという意味なんですね。それは、この小説からもすごく感じましたね。自分と他者とか、自分と世界との距離を手探りで確かめるような、実はとても基本的なことが書いてある。子どもの時は文字どおり手探りですが、大人になると、経験上、最初から距離のとり方がわかっているように感じる人が多いけど、人はみんな違うから本当にはわからない。そのことがすごくきちんと書かれています。

奥田 誰もがみんな変わってるという江國さんのお話は私も本当にそうだと思います。一人の人に密着すれば、主婦の人でも働いている人でも、絶対おもしろいと思うんですよ。台所の調味料の並べ方一つとっても、すごくおもしろいなと思う。そういうことを言葉に力を持たせて描写していきたいんです。ストーリーをつくるのがあまり得意ではないので。

江國 私と一緒だ(笑)。私もひたすら描写したい。どんなスパイスを持っているかとか、お料理しなくてカップものばかり食べてるとか、そういうことから見えるものを書くのが好き。でも、それだけだと小説にならないから大変なんですけど。

奥田 今日一番江國さんにお聞きしたかったのは、小説を書く時、初めにどこまで見えているのかということなんです。私は、書いていく途中に浮かんだものによって話が変わっていくことがすごく多いんです。

江國 私の場合は、長編を書く時には、ほとんど何も見えていない状態で書いています。

奥田 そうなんですか。『抱擁──』を、すごくおもしろく読ませていただきました。ラストで放り出されるような印象を感じた反面、陸子が歴史小説家として名をはせていくという部分が、この話をきゅっと閉じている部分なのかなと思ったのですが、そんな終わり方も、初めの段階では全然見えてないのですね。

江國 全く見えてない。きちんと最初から図面を引くように書かれる方もいますが、私は、物語がどうなるのか私も一緒に見ているという、追いかけていく感じの書き方が好きですね。


人を好きになることの不思議
江國香織さん
江國香織(えくに・かおり)
…作家。1964年東京都生まれ。
著書に『きらきらひかる』(紫式部文学賞)『左岸』『抱擁、またはライスには塩を』『ちょうちんそで』『はだかんぼうたち』他多数。
江國 奥田さんはいつ頃から書かれているんですか。

奥田 会社を辞めた六年半前からです。その間に結婚をして、パートをしながら書いていました。最近子どもが生まれてからも書き続けていました。

江國 え、結婚もしてお子さんもいらっしゃる。すごいな。

奥田 今回の小説にも自信はないし、今後も不安ばかりですが、よく六年半、子どもが生まれたりしながら書き続けてこられたなと。そこだけは自分をほめようと思っています。

江國 それを聞いただけで、正しい人を選んだ気がする(笑)。だってそのエネルギーって大事ですよ。作品からもこのことを書きたいという「意志」の強さをすごく感じました。とくに身体感覚が強く、濃く書き込まれている小説ですよね。

奥田 身体感覚ですか。それはどういう。

江國 目の話です。人は自分の視界でしか見られないから、それを不思議に思ったり、孤独と思ったり、人によっては唯我独尊的な感覚を持つかもしれない。でもそのことを言語化して考えることは、ふだんは少ないと思う。「これ白いよね」というと、みんな「うん」というけれど、私が思う白とは違うんじゃないかとか……。

奥田 それは確認のしようがないことですよね。証明できない。

江國 たとえば、人には私に見えている「黒」とは違って見えているのかもしれない。そういうことをいまだに私は不思議に思ったり、怖くなったりするんです。

『きらきらひかる』を書いた時、ただ人を好きになる、だから触りたい、一緒に眠りたいという小説を書きたいと思ったんです。他の人とではなくこの人と一緒にいたいと思う気持ちって、すごく不思議でしょう。そういう他者とつながることの驚きと不安が奥田さんの小説にはとても丁寧に描かれていますね。

奥田 私、「相性が悪かった」という言葉にいつも疑問を感じているんです。それさえいえば許されるような言葉だなと思って。うまくいかなかったことをもっと恥じたり、後悔したり、あがいたりしてもいいのに、「相性が悪かった」で片づけてしまうのはどうなんだろうと。

江國 そう思います。言葉を疑うって大事です。ああ、素敵だな。

奥田 そういう自分の中に湧いた疑問について、いやいや違うでしょとひねくれたことを書き続けたいと思っていて。

江國 実は私ね、小説の中で、何人もの男の人と寝ている大人の女が、いまだにスポーツができて、優しくて学級委員だった小学生の頃の彼をまだ想っているなんてありなの? と最初は戸惑ったんです。でも、途中で、この主人公の女性は、当時彼と一緒にいた自分が忘れられないんだとわかった。そういうことも逃げずにちゃんと書いてある。いわば女性が成長する話でもあるんですね。

奥田 ええ、この話は私の体験談を少し大げさにしたんです(笑)。その彼とは十二歳の時に別れたきりなのに、何度も夢に現れたりする。いってみれば、私が思い浮かべている彼は、実際には生きていても、実在しないという意味で死んだ人も同然という感覚が私の中ではあるんです。

江國 その感覚が非常によく表現されていたと思いますよ。


遠くへ行ってみたいから、書く
奥田 江國さんは、作品を書く上で、自分の核となる部分が「九歳」だとおっしゃっていますね。その文章を読んだ時に、「私は十二歳だ」とすぐに思ったんです。

江國 ああ、なんか、三つお姉さんな感じがする(笑)。私の「九歳」というのは個人的な気持ちなんですけど、大人の女性の中に少女がいるとしたら、なぜか私の場合は九歳という設定になる。そういう部分も私と立ち位置が似ていますね。奥田さんはこれからどういう小説を書いていきたいですか。

奥田 はい、日常の、あまり遠くないことを丁寧に書くことによって、その文章の言葉の力で物語になっていくようなものを書きたいなと思っています。

江國 私も言葉だけで済めばどんなにいいかとは思います(笑)。ただ、奥田さんの作品は、言葉に関しては他作品より抜けていると思ったし、何かが気持ちに触れたような気がしました。それはやはり言葉の力だと思います。

奥田 今の言葉が一番嬉しいです。一文一文を執拗に直した甲斐がありました。最後にお聞きしたいのですが、江國さんにとって、書くことを仕事にするってどういうことなんでしょう。書くということはとても個人的なことだし、仕事で書く意味づけというか、私自身答えがまだ見つからないんですが……。

江國 小説家って、職業であると同時に私は性質でもあると思っているんです。仕事にすると小説家と呼ばれるけれど、職業的には小説家でも性質が小説家じゃない人もいる。小説を書くということは、絶対的に自分が出てしまうし、自分の性質を出していかなくてはいけない。性質としての小説家が書く小説とはそういうものだろうと思うんです。

奥田 ああ、それが江國さんのいう「何故書くのかといえば、そこに行ってみたいから」ということなんですね。

江國 でも奥田さんのその疑問の姿勢は本当にまっとうな気がします。その言葉への感受性や意識の持ちようが、言葉の力を引き出していくんだと思います。本は一冊ずつ、書かれるまで存在しないし、自分が書かなかったらその本の世界はないんですから。私も今度こそもっと遠くへ行くぞと思い続けています(笑)。

(この対談は「青春と読書」2014年2月号に掲載されました)

一問一答 著者インタビュー

Q 初めて読んだ本のことを覚えていたら教えてください。

A 実際に読んでいた記憶はありませんが、家にあった本の中で一番古そうなのは、バスネツォフという方の絵の『3びきのくま』です。ただ、小学生のころですら怖い絵だなと思っていたこの本を、幼少期の私が本当に楽しんで読んでいたのか、いささか疑問が残るところではあります。


Q 普段はどのような作品を読んでいますか? また、自身が強く影響を受けた本を1冊教えてください。

A 近年の日本が舞台の話が多いような気がします。あとは、遠藤周作さん。影響を受けたというとおこがましいのですが、『沈黙』は読み終えたときの衝撃の形を今でも思い出せます。最後に価値観が裏返るような話が好きなのは、ここに起因しているのかもしれません。


Q 「作家になりたい」と思ったのはいつごろですか?

A 淡い憧れは子どものころからずっとありました。確実なものになったのは、小説を書いては応募することを繰り返していた6年半のあいだです。雑誌に一作掲載されればいいのか、本を一冊出せればいいのか、同人誌ではだめなのか、と、自分の欲求を煮詰めていった結果、私は継続的に小説を書いてそれでお金をもらいたいと思いました。


Q 初めて文学賞に応募したのはいつごろですか?

A 2007年の9月です。半年ほどかけて初めて書き上げた小説を出しました。当時、ほぼ毎日プールに通っていて、泳ぎながら話の展開を考えては少しずつ書き進めていきました。よく完成させたなと思うほど、まったくの手探り状態でした。このころの記憶は水中の感覚と強く結びついています。


Q すばる文学賞受賞の連絡を受けたときのお気持ちを教えてください。

A あー終わった。書いて、応募して、結果が出るまで半年近く待って、どうして落ちたのかまったく分からなくても次の作品に取り掛かるサイクルからはとりあえず抜けたんだ、と思いました。悲観的な性格なので、今後順調にいくイメージは欠片も浮かばず、でもこれからはきっとだめなときにはだめな理由を教えてもらえる、めげずに書き続けようと決意しました。少し時間が経った今も同じです。


Q 『左目に映る星』は忘れられない少年を抱えた女性が主人公の物語ですが、このテーマで書こうと思ったきっかけはありますか?

A 私にも忘れられない同級生の少年がいて、約15年間、かなりの頻度で彼の夢を見る自分に、もはや絶望的な気持ち悪さを感じていました。いつか小説にして昇華できたらと考えていたところで、左右の視力、見え方に差がある不同視という症状を知り、2つ合わせて話にできるかもしれないと思いました。


Q 作品を書く上で、大切にしていること、心がけていることはありますか?

A その単語や文章で本当にいいのか、一字一句にまで、現時点でのベストは尽くしたいと思っています。あとは、読む人に無意味な苦痛は与えたくないなぁと。読みづらくするだけの個性に走っていないか、書いている最中からたびたび確認します。けれども、完成後に読み返して叫びたくなることも多いです。


Q 執筆以外の時間は何をして過ごされていますか?

A 2歳の子どもがいるので、一緒に公園で滑り台を滑ったりブランコを漕いだり砂をほじったり、家で歌ったり踊ったりぬいぐるみなどあらゆるものにアテレコしたりして過ごしています。気力が尽きたら、子どもを膝に乗せてテレビを見せつつ、後ろで本を読みます。小説を書くのは子どもの就寝後です。


Q 今後、どのような作品を書いていきたいですか?

A 部屋を整理しているときなどに目に留まって、そういえばこんな本持っていたな、もう随分読んでいないし手放そうかな、と悩まれても、やっぱりもう一回読むかもと棚に戻してもらえる、そういう小説を書きたいです。ひっそりと、けれどもいつまでもしつこく誰かの本棚に居座ることが私の目標です。




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