作者 来日決定!

おっぱいとトラクター マリーナ・レヴィツカ・著/青木純子・訳

世界中から絶賛の声!

イギリス発 笑って、泣いて、ホロリとして…。現代人が失った大らかな笑いと限りない優しさ、家族のぬくもりがここにある。

おっぱいとトラクター マリーナ・レヴィツカ・著/青木純子・訳 定価:800円(本体)+税

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おっぱい

物語の主軸は、84歳のニコライが36歳のヴァレンチナに夢中になって再婚するところから始まる家族のドタバタコメディ。小姑の“貧乳姉妹”(49歳&59歳)が歯ぎしりするほどの豊満な胸の持ち主であるヴァレンチナは胸元が大胆にあいたファッションで、今にもこぼれおちそうなおっぱいを見せつけてきます。結局おじいちゃんは、おっぱいに弱い!? ヴァレンチナにおねだりされると、なけなしの貯金をはたいて車を買ってあげたり、彼女の母国、ウクライナへの国際電話代がかさんでも何も言えない毎日。小姑“貧乳姉妹”はふだんは仲が悪いものの、こういうときはガッチリとタッグを組み、ヴァレンチナ追い出し作戦を敢行します。老父にあれやこれやとがみがみ叱ったり、お互いに知恵をしぼって電話で作戦会議をしたり、“おっぱい継母”と直接対決をしたり……。そのやりとりが本当にリアル。どこの国でも家族げんかは似ているんだなと思わずニヤリとしてしまいます。

トラクター

物語のスパイスとなっているのは、ヴァレンチナの祖国であるウクライナの歴史と人々が直面する厳しい現実。ニコライも実はウクライナ移民で、イギリスに定住する前はソ連による支配や人為的大飢饉、強制収容所での辛い日々を経験してきます。2年前に無くなった小姑たちの母親やさらにその親兄弟もそれぞれの苦労がありました。現代のウクライナに暮らすヴァレンチナもまた、新しい生活を求めてイギリスに渡ってくるぐらいなので、いろいろな事情がありそう。小姑姉妹の妹(49歳)は物心ついたときからイギリスで育っているので、最初はヴァレンチナを敵対視しますが、次第にウクライナの現状がわかるにつれ、彼女の事情を理解し始め、厳しい時代を生き抜いてきた父に対する見方も変わり……とウクライナ事情は家族の再生をうながす重要なファクターともなります。ドタバタコメディの笑いの中にさりげなく悲惨な歴史をはさみこむスタイルも見事です。

 

マリーナ・レヴィツカ氏来日決定!

第七六回国際ペン東京大会2010の大会招聘作家として、
マリーナ・レヴィツカ氏の来日が決まりました。
来日に合わせて左記会場にて、文学フォーラムが催されます。
本書『おっぱいとトラクター』を訳者である青木純子氏が脚本化、作家の吉岡忍氏が制作を手がけます。
音楽と背景画を加え、さらに作者レヴィツカ氏による
原文朗読なども挿入し、抱腹絶倒の笑劇になる予定です。
ご興味のおありの方は、ふるってご参集ください。

詳細は日本ペンクラブのホームページでご確認ください。
http://www.japanpen.or.jp/convention2010/

関連イベントも決定しました!
特別ジョイント講演会になります。
ふるってご参集ください。

詳細は東京大学現代文芸論研究室のホームページでご確認ください。
http://www.l.u-tokyo.ac.jp/genbun/100927pen_taikai.html

日時:2010年9月25日午後4時15分~(1時間半を予定) 場所:早稲田大学大隈講堂(早稲田大学、早稲田キャンパス内)住所 169-8050 新宿区西早稲田1-6-1 TEL:03-3203-4141代表 参加費:無料

日時:2010年9月27日午後3時30分~6時30分 第一部 ドナルド・サスーン(歴史家・ロンドン大学教授) 第二部 マリーナ・レヴィツカ(作家) 司会 沼野光義/青木純子 場所:東京大学文学部(本郷キャンパス)法文2号館2階

 

著者プロフィール

1946年、ドイツ・キールの難民キャンプで生まれる。両親はウクライナ出身。1歳のとき家族でイギリスに移住。キール大学で英文学を学び、ヨーク大学で修士号を取得。現在、シェフィールド・ハラム大学で教鞭をとっている。高齢者介護関連の著作が6冊ある。2005年、58歳にして本作『おっぱいとトラクター』でデビュー。ウクライナ移民2世であり、高齢者介護の専門家である自身のバックボーンを投影したユニークなストーリー、リズム感あふれる軽快な文体で一気に読者を物語へとひきこむ筆致が、ヨーロッパを中心とする国々で大きく注目されている。本作でイギリスのコメディ賞Bollinger Everyman Wodehouse Prizeを女性では初めて受賞。

 

登場人物相関図

試し読み

1 電話と葬式

 母さんが死んで二年が過ぎた頃、父さんはウクライナ生まれのバツイチ金髪美女に入れあげた。八四歳の父さんに対して、相手は三六歳。たとえるなら、ちゃらちゃらしたピンクずくめの手榴弾がいきなり我が家に飛びこんできたようなもの。これが炸裂してあたりに泥水を撥ね散らかしたばかりか、記憶のぬかるみに沈んでいた家族の歴史を引きずり出し、なんと先祖の霊に背後から一発、蹴りを食らわした。

 すべては一本の電話からはじまった。

 受話器から聞こえる父さんの声は、歓喜にうち震えていた。
「朗報だ、ナジェジュダ。結婚するぞ!」
 頭にかっと血がのぼる。嘘! ついにイカレたか! ちょっと、なに考えてるのよ! だが、そんな素振りはみじんも見せず、「あら、よかったわね」
「いかにもいかにも。テルノピリに住んどる彼女の息子もこっちに呼び寄せたんだ。ウクライナだよ」
 ウクライナ。父さんが深々と息を吸い込み、ふうっと吐き出す。刈りとられたばかりの青草や満開の桜が発散する香りを記憶から呼び起こそうとでもするかのように。だが、わたしがそこに嗅ぎとるのは、新生ロシアの嘘臭さでしかない。

 ヴァレンテチナっていうんだ、と父さんが言う。美の女神ヴィーナスに勝るとも劣らない美貌の持ち主でね。「まさにボッティチエリが描くところの、波間から立ち現れるヴィーナスだよ。黄金色に輝く髪。魅惑的な瞳。豊満な胸。とにかく会えばわかる」

 大人の分別を働かせれば寛容にもなれる。老いてなお恋の花を咲かせられるなんて素敵だわと。だが実の娘の立場からすれば、はらわたが煮えくり返るばかりだ。裏切り者! 色ボケじじい! 母さんが死んでまだ二年そこそこじゃないの。アッタマ来ちゃう。いけしゃあしゃあと母さんの後釜にすわろうだなんて、いったいどんな女なのよ!
「よっぽど別嬪さんのようね。で、いつ会わせてくれる?」
「結婚後かな」
「先に会っておくほうがいいんじゃない?」
「なして? お前さんが結婚するわけじゃなし」(説得力がないとわかっていても、これで言いくるめたつもりらしい)
「そうは言うけど、よくよく考えて決めたの? ことを急ぎすぎる気がするけどな。そもそも相手の年齢だって若すぎるし」
 恋の虜になっている若者をさとす人生の先輩よろしく、穏やかな声を心がける。人の恋路を邪魔していると気どられてはならない。
「三六歳。あっちが三六でこっちは八四。そんがワリか?」(“それのどこが悪いのか”と言っているつもり)
 じつにすばやい切り返し。水を差されることは先刻承知らしい。
「ほら、すごい年の差じゃ……」
「ああ情けない、お前がそこまで腐れブルジョヴァだったとはな」(“腐れ”にやたらと力がこもる)
「やめてよ、そんなんじゃないってば」つい言い訳がましくなる。「だって、ほら……いろいろ困ることだってあるだろうし」
 困ることなどあるもんか、そう父さんは言いきる。予想される問題は一通り検討済みだよ。
知り合ってもう三か月になるんだからね。あれはセルビーに住む伯父さんに会いに、観光ヴィザでこっちに来ていてね。母子ともども西側で心機一転、人生をやり直したいと考えているんだよ。豊かな暮らしがしたいのさ。いい仕事に就いて高収入を得て、立派な自動車を購入したい。ラーダ(ソ連製の乗用車)とかシュコダ(チェコの自動車メーカー)みたいなポンコツはもうご免なんだと。それと息子にはいい教育を受けさせたい、なにがなんでもオックスフォードかケンブリッジに通わせたい。ついでに言うと、ヴァレンチナも高学歴でね、薬剤師の免状だって持ってるんだ。英語さえちゃんと身につければ、すぐに給料のいい仕事にありつける。それまではわたしが英語の習得を手伝ってやって、あれには家の掃除やら身の回りの世話やらをしてもらえばいい。膝に抱っこしてやるとおっぱいを揉ませてくれるし、どっちにとっても万々歳なんだ。

 え、今、なんて? 膝の上でボッティチェリ風の美乳をなでまわす?
「あらら……」平静を装うも、心中、怒りの炎がめらめら燃え上がる。「……人生ってほんと、ビックリ箱だわね。せいぜい楽しんでちょうだい。でもねパパ」(こうなったら、ズバッと言ってやろう)「父さんの気持ちはわかったけど、向こうの狙いがなんなのか、考えてみたことある?」
「ああ、あるとも。百も承知だ。あれの目当てはパスポートとヴィザと就労許可証。そんがワリか?」ふてくされた声が軋みをあげる。

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