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内容紹介 著者紹介 書評・北上次郎氏 『海の見える理髪店』著者インタビュー
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内容紹介著者紹介
書評・北上次郎氏
 親子や夫婦など、さまざまな家族の光景を描いた小説が好きだ。私がいちばん好きなシーンは、幼い妹の手を握って少年がとうもろこし畑を進んでいく場面。ずっと昔、何かの小説で読んだシーンだが、そのとうもろこし畑をつっきると家が近いのである。だから、兄妹で勇気を出して近道を行くのだが、陽が落ちかかっているのであたりは薄暗く、なんだか怖い。二人が手をしっかりと繋ぐのは、その不安を振り払うためだ。もっと大きくなれば、仲が悪くなって口も聞かなくなる関係かもしれない。幼いときは仲がよくても、大人になればそうなってしまう関係は珍しくない。だから、こういうシーンを読むと、この蜜月はいまだけのものだ。そういう思いがこみ上げてくる。お前たちが手を繋いで歩くのは、いまだけだぞ。すごく貴重な瞬間だぞ。そう言いたくなってくる。私はこういう関係にきわめて弱い。
 荻原浩のこの作品集にも、そういう家族関係のさまざまな光景がある。特に何かあったわけでもないのに夫婦関係が冷えている人は、「遠くから来た手紙」のラストに感じ入るだろうし、わが子に死なれた親ならば、「成人式」の展開に納得もするだろう。
 私がいちばん感じ入ったのは、冒頭に収められている表題作だ。お、そうか。この短編はラストで明らかになることが一つのネタになっているから、そのストーリーをばらせないことに、たったいま気がついた。そんなことをしたら読書の興を削いでしまうだろう。だから曖昧に書く。ようするに、私たちはさまざまな過ちを犯して生きている。過ちを一度もしないで生きるほど、強くない。しかし、その過ちをけっして忘れない。つまり私たちは弱い生き物ではあるけれど、それを忘れて生きるほど恥知らずではない。そうやって生きている私の、そしてあなたの、つまりは普通の人生に、奇跡のように現れる瞬間を、この短編は描いている。だから、胸に染みるのである。


北上次郎(書評家)







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