第1回
家族の中で続く至上の恋を描く『ボージャングルを待ちながら』

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更新日:2018年2月16日

評者:はらあきさん

“ああ……その人はだめ!”
以前とある会食の席で、知り合いの30代の女性が私の目の前で恋に落ちた。相手は40代のやや風変わりな会社経営者。そちらも以前からの知り合いだったが、巧みな話術でいかなる場をもたちまち自分のものにしてしまう、良く言えばカーニバル、悪く言えば超大型台風のような男性。私の知る限りでは、離婚歴も2,3度あるらしい。彼女はそのすこし前に、そろそろ結婚したいと私に打ち明けた。目下、その相手を探しているとも。だからこそ余計に彼はだめだ。だってカーニバルも台風も、残念ながらどちらも長くは続かない。それも、人を振り回すだけ振り回して、夢中にさせるだけさせて、突然終わる。

それでも、彼に強烈に魅せられてしまう彼女の気持ちはもどかしいほどよく分かる。いつか過ぎ去ってしまう匂いをプンプンさせている人、明らかに終わりと隣り合わせにいる人が、今まだ私の目の前に綺麗な形で存在し、私を見つめている。これを運命と言わずして何というのか。だめ、だめ、と私と同じことを告げる警告が、彼女自身の中にだって、きっと大音量で鳴り響いただろうけれど、残念ながらそれ以上の音量で、手を伸ばすしかない、とけしかけたのだろう。

刹那的で底なしの恋

恋は、日常に生きる何者でもない私たちを、いとも簡単に物語の主人公にしてくれる。ましてや、クライマックス、恋の終わりともなればなおさら。いかなる形であろうと、人生の一瞬に特別な照明をあててくれることは間違いない。無意識に私たちはそのことを知っているから、すぐ近くに終わりの影を色濃く落としている、先の分からない、刹那的で底なしの恋に、強烈に惹かれてしまう。

だからこそ、恋と結婚、恋と家族は相性が悪い。
なにしろ良い恋ほど果敢に終わりに向かわなくてはならず、良い結婚・良い家族ほど、終わりから遠ざかるべく進まなくてはならないのだ。

ボージャングルを待ちながらボージャングルを待ちながら
オリヴィエ・ブルドー・著金子ゆき子・訳

オリヴィエ・ブルドーというフランス人作家の書いた小説『ボージャングルを待ちながら』。この中で描かれるのは、帯に用いられた言葉を借りれば「至上の恋」。作り話の得意な車検場の経営者ジョルジュは、あるパーティで、魅力的なダンスを踊る淡緑色の瞳の女性と出会う。ジョルジュの中で高らかに鳴り響く警告音も虚しく、ふたりはたちまち恋に落ちる。それも、出会った瞬間に破滅を予感させる、絶望的だから最高な恋……これだけならよくあるロマンスだが、この本ではその恋の一部始終が、のちに二人の間に生まれ、やがて小学生となり、さらに色々あって小学校を自主退学することとなる息子“ぼく”の視点を中心に描かれる。小さい「ぼく」を迎え入れても、家族の、そして恋人たちの暮らす家の中に、味気ない日常が入り込むことは決してない。昼夜を問わず、享楽的なパーティに明け暮れ、現実から逃げるように愚かな幸せ者であり続ける。「至上の恋」が、“家族の中”で、続いていくのだ。
恋の、あるいは夫婦の、あるいは家族の現実を知っている人ほど(そんなことどうやって?)と疑問に思うだろうけれど、そこはとにかく読んでもらうしかない。

タイトルの“ボージャングル”は、1960年代にアメリカのカントリー歌手ジェリー・J・ウォーカーが発表し、のちに様々な歌手がカバーして有名になった楽曲「ミスター・ボージャングル」から取られている。と言っても、今これを読んでいる人でこの曲を知っているという人は、そう多くないのではないだろうか。本作を読む前にはぜひ一度、そしてできれば読んでいる間中ずっと、ニーナ・シモンの歌う「ミスター・ボージャングル」を聴いてほしい。

「毎日違う名前で呼んで」
「私をおいて仕事にいかないで」

いつだって“現実をチャーミングなやり方で無視する”ママと、ママのことを心から愛する家族、そして家族の中で続く至上の恋の物語は、まさにニーナ・シモンの歌う「ミスター・ボージャングル」のように、陽気だけど悲しくて、ときにはどうしようもなく涙を誘う。相反する感情を同時に喚起する歌声はまさに、終わりに向かうべきものと、いつまでも続くべきもの、それらを内包した、この本の中で描かれる愛おしい家族の物語そのものなのである。

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評者プロフィール

評者:紫原明子(しはら・あきこ)さん
エッセイスト。1982年福岡県生まれ。
著書に、自身の結婚・離婚・子育てなどの体験を綴ったエッセイ集『家族無計画』(朝日出版社)、親の離婚を経験した子ども達に取材し日常を描いた『りこんのこども』(マガジンハウス)がある。
15歳と12歳の子どもを持つシングルマザー。パンを焼くのが趣味。

今回書評した本

ボージャングルを待ちながら

ボージャングルを待ちながら

著者:オリヴィエ·ブルドー

定価:1700円+税

出版社:集英社

編集部からの太鼓判!「家族」を描く小説ならこれもオススメ!

キッズファイヤー・ドットコム

キッズファイヤー・ドットコム

著者:海猫沢めろん

定価:1300円+税

出版社:講談社

ホストクラブの店長がひょんなことから見知らぬ赤ちゃんを託され、クラウドファンディングで子育てすることを思いつく。「超ポジティブでホモソーシャルなイクメン」という、革命的育児小説!

望むのは

望むのは

著者:古谷田奈月

定価:1500円+税

出版社:新潮社

15歳の小春は、隣家に越してきた同い年の歩くんと出会う。彼はバレエダンサーで、おまけにお母さんはゴリラという不思議な一家。それって一体、どういうこと――? ちょっと風変わりな世界で起きる、青春物語。

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