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第30回 小説すばる新人賞 受賞作! 天龍院亜希子の日記 安壇美緒 田町譲、27歳。ままならない人生と、ブラックな職場。 2018年3月5日発売  定価:本体1400円+税第30回 小説すばる新人賞 受賞作! 天龍院亜希子の日記 安壇美緒 田町譲、27歳。ままならない人生と、ブラックな職場。

推薦コメント

  • 日常で起きるささいな出来事を描いているのに、すごく面白い! 読み終えて、思わず登場人物の幸せを願うような物語です。

    宮部みゆきさん(作家・選考委員)
  • 現代の風を強く感じさせてくれる。作家の才能プラス、何か見えない力を背負った書き手だ。

    五木寛之さん(作家・選考委員)
  • なんだか、すごく正直で、ダメで、優しくて、ズルくて、でもそれがすごく安心できて。
    自分の嫌なところとかも「まいっか、いいところもあるし」なんて思わせてくれる、希望に満ちた小説です。

    谷島屋 営業本部 野尻真さん(書店員)

あらすじ

人材派遣会社に勤める田町譲・27歳。
ブラックな職場での長時間勤務に疲れ果て、プライベートでは彼女との仲がうまくいかない。なんとなく惰性で流れていく日常。そんな平凡な男の日々を勇気づけるのは、幼い頃に憧れていた野球選手と、長らく会っていない元同級生が書く穏やかな日常のブログだった——。

天龍院亜希子の日記

天龍院亜希子の日記
安壇美緒・著
2018年3月5日発売
定価:本体1400円+税

著者プロフィール

安壇美緒(あだん・みお)
1986年北海道生まれ。早稲田大学第二文学部卒業。
2017年、「天龍院亜希子の日記」で第30回小説すばる新人賞を受賞し、デビュー。

刊行記念インタビュー

小説を書かなかった時間も、
いつか小説を書くために使っていた
選考委員の絶賛を受け、第30回小説すばる新人賞を受賞した『天龍院亜希子の日記』。著者の安壇美緒さんにとって、初めて執筆した長編小説だったという。新人離れした完成度はいかにして実現したのか。人は突然、小説家にはならない。では、人はいかにして小説家になるのか? 彼女の言葉の中から探ってみよう。
タイトルから
物語が浮かび上がっていく
─第30回小説すばる新人賞決定のニュースが届いた時、まず惹き付けられたのは『天龍院亜希子の日記』というタイトルでした。このタイトルでありながら、二七歳の男性・田町が主人公。人材派遣会社で働く彼の日常が描かれていますが、著者は女性です。本当に、お伺いしたいことがたくさんあります(笑)。まずお伺いしたいのは、選考委員の方々も選評で絶賛していた、「新人離れ」した完成度の高さについてです。小説は、以前から書かれていたんですか?
 大学の時に、長くて原稿用紙三〇枚くらいの短いものを書いて、友達に見せるようなことは何度かしていました。文学部だったので、卒論も小説で。それは一五〇枚くらいの中編で、純文学系の新人賞に応募しています。卒業後に働き出してからは離れていたんですが、いつかまた小説を書こうという思いはずっとあったんです。三〇歳を前にして、そろそろかなみたいな気持ちになって書いたのが、今回の小説でした。
─人生で初めて書いた、原稿用紙三〇〇枚オーバーの長編がこれだった、と。モチーフはどのように獲得されていったんですか?
 昔から、タイトルを先に決めないと書けないんです。タイトルが浮かぶと「このタイトルなら、こういう話なんだろうなぁ」という想像が始まって、なんとなくの筋書きが固まっていく。ただ、今回は長いものを書いて新人賞に応募しようと決めていたので、長さに耐え得るかっこいいタイトルじゃないとうまくいかないだろうな、と。既存の作品で好きなタイトルって何かなと思ったら、『鬼龍院花子の生涯』が浮かんだんです(註・宮尾富美子の長編小説。五社英雄監督・夏目雅子主演による映画版が有名)。これをモジったらいけそうだぞ、と。他にもいくつかタイトルの候補はあったんですが、最終的にこれだって決めた時には、おおまかな筋書きは浮かんでいたと思います。
─「天龍院亜希子」は小学校時代に名字をからかわれ、イジメにあっていた。大人になった彼女がブログに書いている何気ない日々の雑記を、同級生だった田町がたまたま見つけて定期的に読むようになる。ひとことも言葉を交わすことなく成立した彼女との「再会」が、派遣会社で働く田町が現在持ち得ている関係性や、彼の人生観を逆照射していく構成で……やっぱり『天龍院亜希子の日記』というタイトルからこのストーリーは、なかなか思い付かない気がします(笑)。
 ちょうどその頃、小説の舞台にもなった品川へ、短期の派遣の仕事に行くことになったんですね。職場との面談の日は、派遣会社の社員の男性が引率してくれたんですが、面談が終わって品川駅で解散ってなった時に、こちらに気を遣いつつ「早く別れたいな」という雰囲気を感じまして(苦笑)。派遣される側も大変だけど、派遣する側の仕事も大変なんだろうなっていう意識が、そこで初めて芽生えたんですね。「その人をモデルにするのはどうだろう?」と思ったんですよ。その人のことは顔も名前も覚えていないし、職業以外ほとんど私の勝手な想像なんですが、なぜか直感的に「天龍院亜希子の日記」というタイトルと、その内容の組み合わせが、ぴったり合うと確信したんです。
─品川駅で自分と別れた、相手の側に視点を飛ばして、彼の人生を「普通」や「平凡」のラインで想像していった。「もしも」の人生をバーチャル体験する、小説という表現ジャンルならではの楽しさは、書き手自身も味わわれていたんですね。
 その人とお会いした時の、品川から北品川にかけてのロケーションも結構いいなと思ったんですよね。J Rの品川駅って、新幹線の乗り換えで使ったことはあっても、駅を降りたことはなかったんです。降りてみたら、駅舎はかっこいいし駅周辺は「ザ・東京」って感じで。でも、そこから一〇分ぐらい歩いて京急の北品川駅前の踏切を抜けると、下町の風景が広がっている。ひとつのイメージでは捉えられない土地だなと思ったし、踏切で世界ががらっと変わる感じを採用したら、小説に面白い効果が出るんじゃないかなと思ったんです。
声に出している言葉と
心情はリンクしない
─居心地の悪い職場や、恋人が暮らす静岡、徐々に不穏な空気が漂い始める「天龍院亜希子の日記」など、さまざまな場所で起こるさざ波が重なり、田町の人生に大きな波をもたらします。ドラマが少しずつ大きくなっていくグラデーションが絶妙だなと感じたんですが、物語の設計図は事前に精密に作られたんでしょうか。
 最初にMacのメモ帳にわーっとベタ打ちしたのは、簡単なあらすじ程度の文章でした。主人公の田町はこういう人物で、職場ではこんな悩みを持っている。一方、静岡で暮らしている恋人の両親へ挨拶に行ってしまい、結婚したほうがいいのか悩む。一方その頃、会社では同期の同僚と先輩との仲違いが起きていて……と。「こうきたら、こう」みたいな想像を繰り返していって、一応ラストまで辿り着いて。
─あらすじを考えていく中で、キャラクター達も生まれてきた?
 話の流れで出てきた、決まっていった感じですね。こういう職場かなみたいなふんわりしたイメージがあって、主人公のキャラクターは最初から決まっていたので、だったら周りにはこういう人たちがいるんじゃないかな、と。最近また原稿を読み返して感じたことなんですけど、男の人が一人いて、パターンの違う女性が三人出てくるという構成は、『新世紀エヴァンゲリオン』の影響があるかもしれないです。アニメには詳しくないんですけど、『エヴァ』は大好きなんですよ。
─個性が書き分けられた女性三人の存在感も抜群ですが、やはり気になるのは田町についてです。性欲を含む男の生態、男のガサツさがさらっとエグく描写されているんです。同性として否応無しに共感させられましたし、反省もしました(苦笑)。
 ありがとうございます(笑)。どうして男性視点を選んだんですかと聞かれることがあるんですけど、選んだつもりはなくて。モデルになった男の人がいたから、その人の視点で書いてみようと思っただけなんです。ただ、二〇代後半の男性を書くに当たって、「女性作家が書いたものだから、この男性像はぬるい」と言われたらイヤだなぁとは思っていました。じゃあどうしようかなと考えた時に、自分がなんとなく想像で書けるポイントより、ちょっと大げさに書いたほうが当たるんじゃないかな、と。ダーツをやる時に、真ん中よりもちょっと上とか横を狙ったほうが、真ん中に当たりやすいって言うじゃないですか。
─自分の感覚をあえて信じ切らずに書く、と。
 私は意識していないだけで、女性特有の思考の癖みたいなものがきっと自分の中にもあるんじゃないかなと思うんです。だったら自分の感覚を信じて真ん中を狙うよりも、少しオーバーに狙ったほうが真ん中にいくのかなというイメージでやっていたので、男性の方に「どうして男の気持ちが分かるんですか」って言われるのは、意外だけれど嬉しいです。
─田町は悪い奴ではないんですよね。ただ、世の男達が持つ傾向そのままに、無意識のうちに、女性に対して無神経なところがあるんです。
 アベレージに近い感じの男の人として書こう、という気持ちはありました。一人称で書いているから、読者は彼の考えていることまで分かってしまって「ひどい」となると思うんですけど、外から見ると、もっとマシな人間には見えているんですよ。本人もイケてはないけど、悪くはないでしょうぐらいにはたぶん思っているのかな、と。いじめっ子でもいじめられる側でもないけど、微妙に調子に乗ったり乗らなかったり、罪悪感を持ったりということを一生繰り返している感じの人。
─外から見るとマシな人間なのに、内面を知ってしまうと印象ががらっと変わる……という驚きは、カギカッコの会話文と地の文で成り立つ、小説という表現ジャンルならではの演出ですよね。そのあたり、たくらんでますよね?
 そうですね(笑)。声に出している言葉と、心情とか行動はリンクしないんじゃないかという思いは普段からあって、それは小説にも活かしていると思います。そういう現象って、至るところで起こっていますよね。それこそ一見空気が悪いと言われている職場でも、交わされているセリフだけ書き出していったら、みんな普通の会話をしていたりするじゃないですか。すごくテンポがよかったりとか、楽しそうだったりする。だけど、それが場の空気とリンクしているかと言われたら、意外とそうではなかったり。逆にすごくセリフが少ないからといって、場の空気が悪いというわけではなくって。
─カギカッコだけを拾っていった時に見えてくる世界と、地の文章も含めて読んでいった時に見えてくる世界は、おっしゃる通りまるで別物です。
 普段の生活でも「ここは会話しておかないとまずいな」みたいな空気を感じた時は、しゃべるじゃないですか。一方で、口にすると恥ずかしいことって、心の中で思っていても実際には言わないじゃないですか。だから意外と、軽快に喋っているシーンよりも喋っていないシーンのほうが、人物の心情的には動きが大きかったりするんです。
いろいろな職種の裏側を
働きながら観察してきた
─それにしても……派遣会社の仕事内容や職場の空気が、実体験ではなく想像だったとは驚きです。
 派遣社員として短期で働いたことはあるんですけど、主人公と同じ職業に就いたことはないですね。大学時代に小説を書いていた時もそうなんですけど、自分が実際に何かを体験したからそれを題材にする、というのとはまた違って。例えば主人公は女性だらけの職場で、女性同士特有のいさかいに巻き込まれるんですけど、私自身がそういうものに巻き込まれたとか、似た話を聞いたことがあって、それを書いたというわけではないんです。主人公の職場を設定して、そこでの人間関係を想像した時に、 「こういうことって、あるんだろうな」と。
─今のお話は象徴的だと思います。長編一本目で完成度の高い作品を仕上げて「ある日突然、小説家になった」感じがしてしまいますが、大学卒業以降書かずにいた時間の中でもきっと、小説という存在が安壇さんの心にあった。自分の経験を根拠にして小説を書くやり方だと、ネタも尽きるしリアリティにムラも出ます。小説家となって書き続けていくために必須の「こういうことって、あるんだろうな」という想像力を、人生を通り過ぎるいろいろな風景や経験の中から育んできたのではないでしょうか?
 その感覚は自分でもちょっとあります。いつか書こう、また書くだろうという思いはあったので、いろいろな職種のバイトとか派遣を経験して、裏側を観察することは、小説の肥やしにもなるんじゃないかなと。小説を書かなかった時間も、いつか小説を書くために使っていた気がします。単純に「あそこの業界ってどうなっているのかな?」という、野次馬根性も大きかったんですけどね。
─面白い世界を垣間見ましたか?
 面白いこともあれば、「これ、ちょっときついな」ということもたくさん見ました(笑)。短期の派遣とかちょっとしたアルバイトでいろんな職種を経験したおかげで、サンプルの数というか、場数は踏んでいる方だと思います。そういうものが蓄積されていくうちに、「この職場で起きていることって、あの時のあれに似ているな」と。自分の勝手な想像ではあるんですけど、「ああ、なるほどな」みたいな感覚がだんだん増えていった気がします。
─「こういうことって、あるんだろうな」と。そうやって鍛錬していた想像力が、『天龍院亜希子の日記』で爆発した。いざ書き出してからは、ノって書いていけた?
 第一稿は二週間ぐらいで一応、ラストまで行きました。そこから直しを二週間ぐらいしたので、おおむね一ヶ月ぐらいですね。
─二週間で書いたのもすごいですが、直しに同じ時間をかけたところにも驚きです。長編を 一 作書き上げたことで満足せずに、まだできていない、まだ足りない、と完成度を高めるために飢えたわけですよね。
 これはエピソード的にキモいかもしれないですけど、応募する直前に一回、原稿を音読しているんです。文章のリズムとか字面の印象、誤字脱字の確認もしたいなと思いまして。他の方が読んでどう思うかは分からないんですけど、自分なりの統合性は取れたなって感じられたところで応募しました。
─完成度の理由がよく分かりました!
「希望」とはそもそも
「呆れた」ものではないか
─この物語にはもう 一 人、重要な人物が存在します。薬物スキャンダルで世間のバッシングの餌食になった、元プロ野球選手・正岡禎治です。かつて憧れていた正岡に対する、己の気持ちを見つめ直すことから、田町は「呆れた希望」というフレーズを獲得します。そのフレーズが、田町自身を回復させることにも繋がっていく。書き手である安壇さん自身はこのフレーズを、どのように獲得されたんでしょうか?
 あらすじを作った段階では、このお話をどう着地させるかは決めていませんでした。ただ、最後に何か大きなテーマを持ってこないと、職場で揉めたなとか、そういう印象の話で終わっちゃうと思って、書きながらずっと考えていて。「呆れた希望」という言葉が思い浮かんだ時に、ああ、これででき上がるなって自信が芽生えたのをよく覚えています。今は「希望がない時代」って言われますけど、そもそも「希望」とは何なのかが分からないなって、私自身疑問に思っていたんですよね。もしかしたら、こういうものなんじゃないか。「呆れた」ものなんじゃないか。この小説を書くことで見つけた「希望」の形を、最後に提示することがこのお話にふさわしい幕切れなんじゃないかな、と思いました。
─素晴らしいラスト二行、素晴らしい読後感でした。今後はどのような作品を書いていきたいとお考えですか?
 長編で書いてみたいものの構想はいくつかあって、iPhoneにメモったりはしています。小説家という職業に就かせていただいたので、取材もできるのかなと思うと楽しみだし、またちょっとお話の作り方も変わってくるのかなと思っています。私にとって理想の小説は、トルーマン・カポーティの『クリスマスの思い出』という短編なんです。そこへほんの少しでも近付けるように、精一杯書き続けていきたいと思います。
聞き手・構成=吉田大助
「青春と読書」2018年3月号より転載

天龍院亜希子の日記

天龍院亜希子の日記
安壇美緒・著
2018年3月5日発売
定価:本体1400円+税
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