あらすじ
スクールカースト最底辺のグループに
所属している中学三年生の基哉。
身長は180cmと高いが顔は中の下。
唯一の友人、尚介・弦と話す内容は
ゲームのことばかり。
クラスを仕切る啓太は、ことあるごとに
基哉たちをいじり、笑いものにする。
そんな基哉の心のよりどころは、
カースト上位の女子グループに
所属している咲の存在だ。
彼女は他人に興味がないのか、その独特な
雰囲気から聖域めいたところがあった。
基哉は家に帰ると、咲を想像しながら自慰をする。
行為後、膨大な時間をかけてコンプリートした
ロールプレイングゲームのモンスターを
一匹逃がすことで、
彼女を利用した
罪から目を背けていた。
閉塞感の漂う毎日だが、一人の女子大生との
出会いをきっかけに、
基哉は学園生活においての
切り札(ジョーカー)を知ることになる。
著者プロフィール
1983年(昭和58年)愛知県生まれ。
愛知大学文学部哲学科卒業。
2013年、第37回すばる文学賞を
『左目に映る星』で受賞。
著書に『透明人間は204号室の夢を見る』
『ファミリー・レス』『五つ星をつけてよ』
『リバース&リバース』がある。
Togetterで過去の掲載分を読むことができます
https://togetter.com/li/1188357
「青春のジョーカー」Twitter公式アカウント@aojo_novel
著者インタビュー
- 青春時代に一区切りついた大人にこそ読んでもらいたい
- スクールカーストの底辺に属し、女子とは無縁の生活を送っているゲーム好きの中学三年生・島田基哉(もとや)。鬱屈した日々は、女子大生・二葉(ふたば)と知り合ったことで少しずつ変わり始める。セックスはさえない人生を救う切り札なのか─? 性欲というままならない怪物に翻弄される男女の姿を、さまざまな角度から描いた奥田亜希子さんの長編『青春のジョーカー』。デビュー作『左目に映る星』以来、言葉にならない思いを巧みにすくいあげてきた奥田さんがさらなる高みに到達した待望の新作について、詳しくお話をうかがいました。
- 聞き手・構成=朝宮運河
- 性欲につきまとう"納得できない感じ"
- ─ 3月26日発売の書き下ろし長編『青春のジョーカー』は、性欲に翻弄される男女の姿を描いた青春小説です。性欲というテーマには、以前から関心をお持ちだったんでしょうか?
- ずっと気になっていて、いつか正面から書いてみたいという思いはデビュー当時からありました。性欲・食欲・睡眠欲で人間の三大欲求とよく言われますが、性欲だけが途中から登場してきて、そのくせしれっと重要なポジションに居座っている。そこに対する納得のいかない思いがあるんです(笑)。みんな飼い慣らすのが大変だった時期があるはずなのに、大人になると普通だよという顔をしているのも釈然としません。それでこの小説では、性欲に対するもやもやとした思いを、色んな角度から描いてみたいと思いました。
- ─ 物語の主人公は島田基哉。コミュニケーション下手で、女子とほぼ接点のない人生を送っている中学三年生です。男子中学生を主人公に選んだのはなぜですか。
- そもそも今回の編集者から「中学生を主人公にした作品を書いてほしい」という依頼をいただいたんです。当初はあまり乗り気じゃありませんでした。というのも、自分が子どもの頃に読んだ中学生ものって、きれい過ぎるか汚な過ぎるかのどちらかで、気持ちにあまりフィットすることがなかったんです。それを自分が書くというのは、当時の気持ちを裏切るようで抵抗があったんです。しかし「性欲」というテーマを定めた時点で、これは男子中学生にぴったりの話じゃないかと気がついた。おそらくこの世でもっとも性欲について悩んだり考えたりする年代ですから。書き出すまでは不安もありましたが、思い切って選んでよかったなと今では思います。やはりこれは男子中学生でないと書けない話でした。
- ─ 大声でセックスの話題に興じるスクールカースト強者と、彼らを軽蔑しながらも実は異性に興味津々の基哉たち底辺グループ。思春期ならではの残酷さと、屈折した感情がリアルに描かれていきますが、奥田さんご自身はどんな中学時代を過ごされましたか?
- 冴えないなりに、狭い世界でそれなりに楽しくやっていた覚えがあります。私の通っていた中学にも、スクールカーストというほどじゃないにせよ、「あちら側」と「こちら側」という区別は明確にありました。私はあちら側に行くことを早々に諦めたので、別に羨ましいとは感じなかったんですよ。人間が鳥に憧れても、もともと飛べないからしょうがないよね、という感覚に近かった。でも諦め切れない子だってたくさんいるはず。諦めている人のことは『透明人間は204号室の夢を見る』で書いたので、今度は諦め切れない人を書こうと思いました。
- ─ 基哉の兄・達己(たつみ)は猛勉強して有名大学に合格し、イベントサークルに入ることで、それまでのさえない自分を払拭しようとします。「もてない童貞は、たぶんこの世で一番悲惨な生きものだよ」という彼のセリフには、体験からくる重みがありますね。
- 登場するキャラクターの中では、達己に対する思い入れが一番深いんです。だからセリフにもいちいち実感がこもっているのかも知れないですね(笑)。私は高校時代がすごく暗かったので、大学デビューして違う自分になりたかったんです。結局二、 三年かかっちゃって、大学デビューではなかったんですけど。見た目が大事とか、いい大学に入って初めて人間扱いされたとか、達己に言わせていることって、私の奥底にある本心なんじゃないかと思うことがあります。男だったら、達己みたいになっていた可能性がありますよね。
- ─ 基哉がひそかに思いを寄せるのは、カースト上位のグループに属する同級生・咲(さき)。基哉は夜ごと彼女の姿を思い浮かべて自慰にふけり、そのつど激しい後悔の念に駆られます。他にも思春期男子ならではの、胸をえぐるエピソードが満載ですね。
- 男子中学生の心と体について知ろうと思って、男の子の育て方の本とか、男子中学生向けの性教育漫画をいくつか読みました。初めて知ることが多くて、参考になりましたね。うちには娘がいるんですけど、子育てしていても「いつか身の守り方を教えてやらないと」という思いが強いんです。だけど男子中学生について読むと、自慰をするのは悪くないという話題をはじめ、性欲をどうコントロールしていくかにページが割かれている。男子はこういうことに悩んでいるんだ、と新鮮な驚きがありました。
- セックスという「ジョーカー」で、人生は変わるのか
- ─ 達己は弟を異性に慣れさせようと、イベントサークルのバーベキューに誘います。そこでも周囲に溶け込めなかった基哉は、AVに出たことがあるという女子大生・二葉と知り合い、言葉を交わすようになります。
- 二葉がAVに出たのはお金のためです。高価なバッグが欲しいからAVに出て、お小遣いを稼いだという二葉は、一見、基哉のような性欲に対する葛藤がない。自分の性欲を扱いかねている男子中学生と、表面上は割り切っているように見える女子大生。そういう対照から二葉のキャラクターが生まれてきた気がします。書きながら、もしかしてこの二人は体の関係を持たせた方がいいのかな、と考えたこともあったんですけど、安易にそういう流れに持っていくのは何か違う気がして却下しました。
- ─ 基哉の家が動物病院を経営していたり、二葉が捨て猫を拾ったり、咲が猫好きだったりと、身近な動物に関するエピソードがいくつも描かれていますね。ここにはどんな意図があったのでしょうか。
- 性欲とうまく付き合うことができない人間たちと、自然のままに生きている動物たちを対比して描きたいなというのがひとつ。それと生殖機能を持っているのに使うことができない男子中学生と、それを虚勢手術で失ってしまうペットとの対比をしたいという意図もありました。これは性欲というテーマが決まってから、後に加わっていった部分ですね。執筆中にアニマルシェルターや動物病院について調べて、ストーリーを修正していきました。
- ─ 童貞を捨てた達己は他人に受け入れられているという実感を抱き、年上の彼女がいるという噂が流れた基哉は、カースト上位のクラスメイトから一目置かれるようになります。この作品の根底には、セックスは人生の切り札である、という着想があります。
- 「セックスはジョーカーだ」というのは、別の作品を考えている時に浮かんできたフレーズです。結局それは形にならなかったんですけど、フレーズだけが頭に残っていて、今回自然に結びついた感じですね。セックス絡みの問題でわたしがすごく引っかかるのは、数年おきに有名大学のサークルで起きる集団強姦事件です。犯人の学生たちは高い学歴があり、周囲に女の子がいっぱいいる恵まれた状況のはずなのに、どうしてあんな事件を起こすのか、学歴コンプレックスのある私には不思議なんですよね。ここからは想像になっちゃいますけど、彼らにも大学入学までに抱いた強いコンプレックスがあったんじゃないのかなと。
- ─ クラスでのポジションが変化した基哉は、咲とも少しずつ口をきくようになります。彼女もまた性欲に対して、屈折した思いを抱えていました。
- さっきお話ししたような、性欲に納得いっていない感じというのが、咲のキャラクターに一番反映されていると思います。後半、咲のお姉さんのエピソードが出てきますが、あそこで描いた違和感や気持ち悪さというのは、自分の感覚そのままですね。結婚の前後でセックスの位置づけって大きく変わるじゃないですか。それまでは朝帰りなんてとんでもないと言っていた親でも、結婚した途端「赤ちゃんはいつ?」と聞いてくる。そこにはセックスが存在しているのに、誰も表だって口には出さない。ああいう態度にはいまだに戸惑いがあるんですよね。
- ─ 息子の善良さを疑わない基哉の両親、「女は所詮穴だ」と公言する大学生とその取り巻きたち、捨てられた動物のために尽力するアニマルシェルターの代表者と、タイプの異なるキャラクターが見事に書き分けられていますね。
- 人間観察するよりも、むしろ自分のことばかり考えている人間なんですけど(笑)。何がその人を形作っているのか、それこそ小中学生の時にどんな子どもだったのか、というバックボーンの部分は普段からすごく気になります。キャラクターを描く時も、そこから考えることが多いですね。これだけ多くのキャラクターを書き分けるのは、デビュー二、 三作目ではできなかったと思います。この一、 二年、雑誌に短編をたくさん書いてきて、そこでは意識的に老若男女を書き分けるようにしていました。そうした経験がなければ、絶対書けない作品でした。
- ─ 沖縄への修学旅行、達己が巻きこまれたトラブルとさまざまな出来事を通して、基哉の内面にも変化が訪れ、物語はひとつの区切りを迎えます。晴れ晴れとしたラストシーンが印象的でした。
- 基哉をとりまく人間関係がああいう形に落ち着くというのは、自分でも書いていて意外でした。もちろんプロットは最後まで考えてあるんですけど、書きながらそこから逸脱しないと意味がないとも思います。キャラクターたちの心に耳を澄ませる、というとかっこいい言い方になってしまいますが、どっちに向かうべきかをその都度確認して、落としどころを探っていく感じですね。ただラストについてはいまだに悩んでいます。性欲やセックスに対する答えが、あれで良かったのか。今の自分に思いつく限りの答えを書いているんですが、もっと別の答えがあるんじゃないのかなと。自分にとって大きなテーマなので、いつかまた別の答えを思いついたら、あらためて小説にするかもしれません。
- 「あの頃」を思いだして悶々としてほしい
- ─ ちなみに現役の中学生読者も想定して書かれていますか?
- うーん、中学生の子が読むというのは全く頭にはなかったです。もともとあまり読者層を意識しないんですけど、この作品は特に自分の好きなことを書いたという感じなので、私による私のための小説というか(笑)。本になってラッキーだなぐらいの気持ちなんですね。去年出した『リバース&リバース』は、これまでで一番読まれることを意識して書いたので、中学生にも手にとってもらえるかなと思います。
- ─ すばる新人賞受賞作『左目に映る星』の刊行から四年が経ちました。デビューから今日まで変わったと感じる部分はありますか。
- 技術的なところでいうと、ずっと長い作品を書けないのが悩みだったんです。今回、三百枚の目標で書き始めて、結果的に四百枚を超えられたので、そこは大きな自信になりました。知らないことや自分の体を通していないことを書くのも苦手意識が強かったんですけど、短編によって資料を読んで書くということを学んで、今回もそれで乗り切れました。この四年で少しずつでも成長できていたらいいんですけど。
- ─ 小説に向かう気持ちの面ではどうですか?
- デビュー前から変わっていないです。文章的にも内容的にも、自分がちゃんと納得できるものを書きたい。そこはずっと一緒ですね。
- ─ 文章をかなり細かく推敲されるタイプだそうですね。
- 隅々まで納得していないと次が書けないんですよ。行き詰まったなと思ったら前に戻って、人物を変えたり描写をいじったり、あちこち手を入れながら打開策を考えます。そうして最後まで完成させた後、一、 二回は無駄を削る気持ちで推敲して、その後は削り過ぎたところを書き加えながら、全体を整えていきます。だから冒頭のシーンは、毎回気持ち悪くなるほど読むことになるんですよね(笑)。行き詰まるたびに前に戻るので、どうしてもそうなります。
- ─ この作品ではスクールカースト、短編集『五つ星をつけてよ』ではSNSと、現代社会を象徴するようなトピックを好んで扱われています。
- 現代を舞台に選んでしまった以上、リアリティーを出そうと思うと、やっぱりスクールカーストとかネットが自然と出てきてしまう。それによって何かを訴えたい、というような意図はないんです。『五つ星をつけてよ』も一応インターネットが題材になっていますが、それを書きたかったわけではなくて、あくまでリアリティーを出すための一要素。スマートフォンやSNSって、現代だと書かないには書かないなりの理由が必要になっちゃうじゃないですか。まずは書きたいテーマや登場人物があって、それを動かしていくうちに必要となれば旬の素材を出す、みたいな感じですね。私自身はどちらかというと感覚が古い人間なので、プロットや初稿をあげた段階で、編集者に意見をもらうことも多いです。今回でいうと基哉がグループトークのメンバーから外されるというシーン。私はLINEをしていないので、編集者から指摘されるまで思いつきもしなかった。
- ─ では最後に『青春のジョーカー』を手に取る読者にメッセージを。
- 私と同じように、中学生ものは自分向けじゃない、と感じている読者は一定数いると思います。この作品は中学生活を描いてはいますが、普遍的な人間の気持ちとか、「これってどうなんだろう」という疑問を扱っている作品なので、主人公の年代にとらわれずに手に取ってもらえたらと思います。
- ─ 読んでいて、日々悶々とした中学時代に引き戻されました。
- ああ、それは嬉しいですね(笑)。渦中にいる人たちより、青春時代に一区切りがついたと思っている人、当時を「あの頃」と冷静に捉えられるようになった大人にこそ読んでもらいたいです。中学時代に抱いたいろんな感情を思いだしてもらえたら嬉しいです。
- (「青春と読書」2018年4月号再掲)
著者直筆POP
プロモーション動画
書評
北上次郎さん書評
中学3年の基哉はゲームおたくだ。同じクラスの尚介と弦もゲームおたくだから話が合う。この3人はいつも教室の隅にいる。教室の真ん中にいるのは、啓太だ。取り巻きを集めて、女優の胸の動きがどうとか、腰の揺れがどうとか、再現してはゲラゲラ笑っている。基哉はその啓太とは目が合わないようにしている。面倒なことになるのがイヤだからだ。ところがある日、駅でばったり啓太と会ってしまう。そしてジュースをおごるはめになる。これが全体の10分の1のところ。イヤだなあ、こういうイジメの話が延々と続くのか。ここから毎日、啓太に金を無心される日々が始まるのか。そんな話は読みたくない。ここで本を閉じちゃおうかと思った。どんなにすぐれた小説でも、辛い話は読みたくないのだ。それでも読み進めたのは、本書が奥田亜希子の小説だからである。奥田亜希子がそんな単色な小説を書くわけがない。きっと工夫がある。何かがある。
そう思って読み進むと、実に意外な方向に話が転がっていく。それがどういうふうに転がるのか、詳しく紹介したいところだが、それをここに書いてしまっては読書の興を削いでしまうだろう。だから、物語の中心ではなく、周辺のことを書く。彼には4つ違いの兄がいて、高校時代は引きこもりだったのだが、突然受験勉強を始めて大学に入り、それからは今までの反動なのか遊びまくる。基哉からすると、兄の達己は顔の造形がひどい。目は糸のように細く、鼻は低く、歯並びは悪く、そして頬骨が張り出している。自分もけっして美男子ではないが、父に似た兄と違って、自分は母に似て、集団で浮き上がらない程度の不器量だ。達己はそう冷静に自己を分析している。それに比べて兄は、街を歩けば通りすがりの人が振り返り、電車に乗れば指をさして笑われることも少なくない。小中高校を通じて友達がいたこともない。対して自分には、クラスの最下層ではあっても、尚介と弦という友達がいる。ところがその兄が、大学に入ってしばらくすると、童貞を捨てたとある日告白してきたから大ショック。それを境に、兄は自信満々の男になる。もっとも兄に誘われて大学サークルのバーベキュー大会にいくと、先輩や同級生たちからいいようにこき使われている達己の姿を見る。ひとつだけ付け加えておくと、この達己は、基哉にとってはいい兄でもある。けっして意地悪な兄ではない。
もう一つは、基哉が同じクラスの咲という少女を好きで、いつも目で追っていること。その咲を思って自室で自慰をする自分がイヤで、そんなときは必ず、膨大な手間と時間をかけて捕獲したモンスターを1匹、事後に逃がすことにしている。そんなことをしても彼女を汚した罪は消せないが、自分が差し出せるものはこれしかない、と基哉は思っている。
ここまでの紹介でわかるように、この小説のモチーフは性だ。啓太がクラスの中心にいるのも、彼が中学3年なのにすでに経験者であるからで(本人がそう言っている)、ここに「セックスすれば世界が変わる」という兄の言葉を並べれば、セックスこそがジョーカーだというこの季節の特殊性が浮かび上がってくる。
しかしそれは、本当にジョーカーなのか。途中から基哉が変化していくのが本書の読みどころ。その変貌を本書は鮮やかに描いている。いや、変わるのは基哉だけではない。ある人物が「自分の友達は、自分で決める」と力強く言うラストが素晴らしい。
- 北上次郎(書評家)
豊崎由美さん書評
2013年、第37回すばる文学賞を受賞してデビュー以来、世間が突きつけてくる現実の容赦のなさや、きれいごとを拭きとった後の赤裸々な人間の営みや心のありよう、それでも必ず射す陽の温かさを、曇りのない眼差しで見つめ続けている作家・奥田亜希子。その最新長篇が『青春のジョーカー』だ。
主人公は、スクールカースト最底辺グループに属している中学3年生男子の基哉。180cmと高身長ながら顔立ちは中の下で、自分同様イケてない友人の尚介&弦とゲームで遊んだり、家で飼っている犬と猫を可愛がるくらいしか楽しみがない。クラスを仕切っている啓太はことあるごとに、基哉たちをいじり、笑いものにする。女子のスクールカースト最上位グループにいる咲のことが中学1年生の時から好きだけれど、所詮は高嶺の花。
〈光と影。陽と陰。強者と弱者。(略)世界も二層に分かれている〉たしかに、この小説はイケてない少年が味わうことになる〈思春期とは、地獄の別称だ〉
的世界を描いてはいる。でも、そんな小説作品は2000年代に入ってから量産されている。はっきりいって、辟易。が、奥田亜希子のスペシウム光線のごとき眼力は、そうした「スクールカースト」と称される状況の奥の奥まで容赦なく貫いてしまうのだ。それは、思春期の男子が抱える性欲問題。給食の時にシモネタで盛り上がる啓太グループに眉をひそめながら〈性的なことを大声で言える奴は強者だ〉という真実を噛みしめる基哉。彼は知っているからだ、自分のような人間が、もしその手のことを口にすれば「キモイ」と言われてしまうことを。
基哉は自宅で咲を想像しながら自慰をする。その後は必ず、RPGで捕まえて仲間にした大事なモンスターを1匹逃がす。
〈こんなことをしても彼女を汚した罪は消えない。分かっている。だが、なにかで償わなければ、咲の顔もまともに見られなくなる。そして、自分のような人間が差し出せるものといえば、これしかなかった〉基哉には仲のよい兄・達己がいる。弟以上に容貌に難があり、ある悲惨な出来事から高校時代に引きこもりになった達己は、自分をバカにした連中を見返してやりたいという一心で一流大学に受かり、イベントサークル「ストレイト」に入って、見事童貞を捨てることに成功する。その兄から基哉は呪いのような軽口を叩かれてしまうのだ。
〈もてない童貞は、たぶんこの世で一番悲惨な生きものだよ〉自分はもしかしたら一生誰ともつきあえないのではないか。そんな昏い想像に打ちのめされる基哉が、兄に無理矢理連れていかれたバーベキューイベントで、吉沢二葉と出会う。ブランドものの鞄を買うためにAVに出演した自分のことを〈別に汚くも可哀相でもない〉と言い切る二葉。彼女との出会いをきっかけに、基哉は苦しいことばかりの思春期における"ジョーカー"が何であるかを知り、スクールカースト最底辺から脱するきっかけをつかむことになる。
両親の旅行中に兄が自宅に招いたサークル連中が交わす、女性蔑視としか言いようのない下品なシモネタに耐えきれず、二葉の家に避難するような基哉が、〈僕〉ではなく〈俺〉と称するようになり、〈弱者は強者に支配される。強者は弱者を支配できる〉という考え方を肯定するようになっていく途中経過が、読んでいてじれったい。基哉は基哉のままでいいのに、君は素晴らしい少年なのに。小説世界の中に入っていって、そう言ってやりたくなるほど、作者は基哉の内面を丁寧に丁寧に描いていくことで、生身の人間のように親しい存在にしているのだ。
〈アダルト動画や想像で解消できるのは、あくまで欲望の表面でしかない。その根幹では常に、女をめちゃくちゃにしたいという衝動が息をしている。怪物が目を光らせている〉この小説は、性欲に振り回される男子の成長を描く中、「怪物」によって引き起こされる男性による女性への性的暴力をも視野に置くことで、これまで量産されてきた思春期小説には見当たらなかった、男性にとっての性欲がもたらす生々しいまでの切実さと、それが女性にとっていかに脅威となりうるのかという問題意識を付与することに成功している。全国の中学校と高校の図書室に置いてほしい。すべての10代は言うに及ばず、いい年になってすら女性を「穴」としか思えないようなクソ男にも読んでほしい。そんな性教育の効果すらある小説なのだ。
- 豊崎由美(書評家)
イラスト
Twitter公式アカウントにて公開したものを再掲!
LINEスタンプで大人気のワタナベスグルさんに、本作の挿絵を描いていただきました。
読了後に見るとフフッてしまうこと間違いなし? ワタナベさんのコメント付き。
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僕の青春時代にスマホが無かったのは、もしかしてとても幸せだったかもしれない…
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僕もこういう役割でバーベキューに呼ばれたことあります
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きっと、この子を拾ったあの日暑かったよな…みたいなことを自然と思い出せるから、いい名前だと思う
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「妄想することは汚すことだ」という罪悪感をモンスターを逃して和らげようとする彼は大人になった僕から見るとコミカルですらあるけれど、自分もかつては大人からそう見えていたのかな、と思うと笑ってはいけない気がする。
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学校以外で私服の同級生に会った時の、クラスでは大人びて見える子も「まぎれもなく中学生だ」という感覚がとても懐かしいです。
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シーサーはこちらを見てなんかいないはずなのに視線を感じてしまうのは、本当はちょっと「裏切り者」の自覚があるからじゃないかと思います
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「大富豪や七並べでは重宝されたカードが、ババ抜きでは徹底的に嫌われている」という文章が非常にズシンときました
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「今もあそこで眠っているはずだ」・・・中学生の机の引き出しの中にはそうやって捨てられないものがたくさん入っていた気がする
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コレにみんな振り回されてたのかあ、という脱力感が心地よいです
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変わってしまったと思われるのが嫌で買ってもらったゲームソフトに、しっかりハマってしまっている二人。変わらない兄弟二人の関係が好きです。
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Twitter未公開(1)
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Twitter未公開(2)
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Twitter未公開(3)
「青春あるあ...る?」
イラスト:とら
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いつの間にか学ランのポケットは鼻かんだティッシュだらけ。
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運動会の種目決めで挙手できない。焦る。
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そこは俺の席。
名場面集
Twitter公式アカウントで掲載した、『青春のジョーカー』名場面集プレイバック。
推薦コメント
◆いろんな世界が広がる中で、欠かせない青春をこんなに沢山のぞき見できたのは、私にとって新しく面白い経験でした。「性欲に翻弄される青春時代」。そう、甘酸っぱい香りが終始本からただよってきて、少し恥ずかしくなったり、愛らしくて微笑んでしまったり。
青春時代、きっと男子とは、観える世界がちがうんだろうなあと思ったけれど、逆に、どこか共感できる感覚に小さなとまどいと発見があり、本を読む手が止まりませんでした。そして読み終えた頃には「生と性」をしっかり考えてしまう作品です。
(モデル/女優 岡本夏美さん)
◆この物語は、希望だ。
私たちはギリギリの背伸びをして、誰かに見つけてもらえるのを待っている。少しでも高く、少しでも格好良く、必死に着飾り、少しでもあいつより上に、上に。
自分にも覚えがある恥ずかしさや虚栄心を思い出し、体温が上がったり下がったりと忙しい。
動物、命、エゴ、運命、家族、
スクールカースト、嘲笑、持て余す性衝動、初恋、貼り付いた愛想笑い、思いがけぬ切り札、優越感・・・
でも、本当に見つけてほしかったのは。
ラストは思わず「あっ」と声が出ます。全ての人に届けたい!!
(声優 春名風花さん)
◆少年が大人になっていく過程で必ず通る性への目覚めを、ここまで汚く惨めに、そして思い切って描いた作品が今までにあったであろうか。
(文教堂書店青戸店 青柳将人さん)
◆思春期のダサさともどかしさがストレートに届いて、忘れていた青春の傷みが蘇る。
(大盛堂書店 稲坂梨奈さん)
◆遠き昔の中学時代を追体験して、苦笑いと冷や汗と感動。奥田亜希子さん、クセになりそう。
(大垣書店高槻店 井上哲也さん)
◆どう表現すればこの読後感をありのまま伝えられるのか、という程に面白い作品。最後は青春したい、青春きゅんとなって、恥ずかしかったです…。
(うつのみや金沢香林坊店 小松稚奈さん)
◆最高だぜぃ!!奥田亜希子! 一番感受性が強くて、一番楽しい時代の青春の入り口を思い出しました。
(有隣堂伊勢佐木町本店 佐伯敦子さん)
◆冴えない? モテない? そんな安っぽい価値観で青春を測るな!
(丸善津田沼店 沢田史郎さん)
◆思春期ならではの繊細さあるいは残酷さは表現されつつ、しかしそこに暗さはなく読み終えてむしろすがすがしい気持ちになりました。
(紀伊國屋書店富山店 酢谷章子さん)
◆カラフルとモノトーンがめまぐるしく変わる世界の中で、最強カードは人それぞれだ!!青年は大志を抱け!
(明文堂書店金沢野々市店 瀨利典子さん)
◆数日間、昔の自分を思い出し落ち込みました。
一日一日を必死で生きている<あなた>へ青春小説の新たなる代表作がここに誕生した!
(さわや書店 田口幹人さん)
◆同じ世代の青少年におススメしたいです。青春小説が眩しくてたまらなく、今まで遠慮していた人たちにも。
(丸善名古屋本店 竹腰香里さん)
◆性に悩み、つまずいた10代のあの頃。痛みなしでは読めない。だがそこがいい!
(HMV&BOOKS HIBIYA COTTAGE 花田菜々子さん)
◆彼が手に入れた「ジョーカー」は最強の切り札なのか、すぐにでも捨ててしまいたいハズレなのか。乱高下する毎日にドキドキが止まりませんでした。面白かった、イタ面白い。
(精文館書店中島新町店 久田かおりさん)
◆最後まで厨二病小説で、学校での立場が変わる瞬間とか、もういちいちリアルで中学生時代を思い出す。失恋も含めいろいろあったけど、こういうのも全ていい思い出になるのが中学生時代ではある。
(啓文社ゆめタウン呉店 三島政幸さん)
◆女性作家が書いたとは思えない、男子学生の生々しさ…びっくりです。いや、でも良かったです。
(ダイハン書房本店 山ノ上純さん)
◆まさに青春小説!と拍手したくなりました。
(改造社書店松本駅店 山村奈緒美さん)
◆世の中に対して、許せなくてもいい。理屈ではない自分の行動に身悶えしてしまう感情。この狭間にいる基哉の想いに大人はもう届かないが、その一瞬の揺らぐ輝きが本書から放たれる時、素晴らしい青春小説の新たな一ページが読者の胸の内に幕が開くはずだ。
(大盛堂書店 山本亮さん)
◆今からみればとても些末なことにすべてを賭ける脆さも、中身よりも容姿や言動を大きく見せたがる勢いも、あの時の瑞々しさが最高なのだと思える。その最高な時間の中で、ホンモノの繋がりを見つける瞬間を目の当たりにする。あの気恥ずかしさを伴う輝く瞬間を、私は今、もう一度掴んでいる。
(ブックマルシェ津田沼店 渡邉森夫さん)