かたづの! 中島京子 RENZABURO
内容紹介 著者コメント 著者プロフィール 書評 池上冬樹 豊崎由美 担当編集者より


内容紹介


かたづの!
ISBNコード:978-4-08-771570-5
判型/総ページ数:
四六判/392ページ
定価:1,800円(本体)+税
発売年月日:2014年8月26日
直木賞受賞作『小さいおうち』から4年。中島京子、初の歴史小説にして、新たな代表作の誕生。

かたづの! 著者:中島 京子

慶長五年(1600年)、角を一本しか持たない羚羊が、八戸南部氏20代当主で ある直政の妻・袮々と出会う。羚羊は彼女に惹かれ、両者は友情を育む。やがて羚 羊は寿命で息を引き取ったものの意識は残り、祢々を手助けする一本の角――南部 の秘宝・片角となる。平穏な生活を襲った、城主である夫と幼い嫡男の不審死。その影には、叔父である 南部藩主・利直の謀略が絡んでいた―。 東北の地で女性ながら領主となった彼女は、数々の困難にどう立ち向かったのか。 けっして「戦」をせずに家臣と領民を守り抜いた、江戸時代唯一の女大名の一代記 。

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著者コメント 「初めて挑戦した歴史ファンタジー小説です。江戸時代に実在した女大名、八戸に実在する河童誕生秘話、遠野に実在する片角伝説!ありったけのウソとホントをつぎこんで紡ぎました。愉しんでいただけたら嬉しいです。」
中島京子(なかじま・きょうこ) 1964年東京都生まれ。東京女子大学文理学部史学科卒業。出版社勤務、フリーライターを経て、2003年『FUTON』で作家デビュー。2010年『小さいおうち』で第143回直木賞受賞。同作は山田洋次監督によって映画化され、2014年公開。著書に『イトウの恋』『ツアー1989』『平成大家族』『宇宙エンジン』『東京観光』『妻が椎茸だったころ』などがある。



書評 池上冬樹、豊崎由美
池上冬樹(文芸評論家) 豊崎由美(ライター、書評家)

 中島京子といったら、直木賞受賞作『小さいおうち』であろう。
 戦前を舞台に、裕福な家で働くお手伝いの視点から、女主人と家に通う青年との許されざる関係を捉えた小説である。戦前の家庭と社会を活写した波瀾に富む風俗小説であり、戦争へと向かう時代精神に対する批評性も興味深かった。
 この批評性は、デビュー作『FUTON』から備わっているものである。田山花袋の名作『蒲団』からインスパイアされた物語は生き生きと新鮮で、現代小説として花袋を読み直したい気持ちすら抱かせた。それはイザベラ・バードの日本紀行に同行した通訳者の手記が絡む『イトウの恋』ほかでも発揮されている。
 そんな作者の批評精神は、最新作『かたづの!』でも健在だ。江戸初期の南部八戸を舞台にした歴史ファンタジー小説である。ファンタジーというのは、語り手が、何と羚羊の角(!)であるからだ。物語は、慶長五年(一六〇〇年)、角を一本しかもたない羚羊が、南部八戸氏二十代当主である直政の妻・祢々と出会う場面からはじまる。
 羚羊は祢々に愛され、友情を育むものの、やがて寿命で息をひきとる。だが羚羊は、一本の角(後に現代まで語り継がれる南部の秘宝・片角)となって生き残り、祢々を支えていく。祢々は、城主である夫や跡継ぎの息子を亡くし、女大名として苦難の道を歩むようになる。その苦難は、三戸の叔父・利直の謀略によるものだった。
 祢々は後に剃髪をおこない、出家し、清心と名乗り、故郷である八戸を守り続けようとする。片角のみならず、猿、河童といった動物たちに支えられながら。
 “江戸時代に実在した女大名、八戸に実在する河童誕生秘話、遠野の実在する片角伝説! ありったけのウソとホントをつぎこんで紡ぎました。愉しんでいただけたら嬉しいです” という著者の言葉があるが、まさに愉しくなる小説であるし、何よりも現代的だ。
 たとえば、冒頭羚羊が伴侶となる白い羚羊と出会い、子供をなして幸福な生活を送る場面が描かれてあるが、その幸福を奪うのは地震と津波であり、災害で家族を失った語り手は、醜い権力闘争で夫と息子を失った女大名に感情移入していく。
 しかも忘れてならないのは、清心が復讐を誓うのではなく、あくまでも平和を希求することだ。叔父の卑劣な策謀の数々のあとにも、八戸藩と仙台藩の領地争いが激化して、一触即発の危機を何度も迎えるけれど、清心は最初から一貫して平和を願う。“戦でいちばん重要なのは、戦をやらないことです。やらなくても利が得られるならやる必要はないし、やって利が得られないなら絶対にやってはならない” といい、戦が起きたら、勝つのではなく負けぬことであり、なるべく傷が浅いうちにやめることだとも説く。
 だが、もちろん武士たちの血の気が多く、次は戦だと色めきたつが、その根底にあるのは“何でもいいから思う存分叩きたい”という気持ちがあふれ、そもそも武士は “死ぬにあたって大義がないのは嫌” 、自分が討たれることで “新しい筋道が立つのであれば、それを大義として死んでいってもいい” と戦争と大義の本質をつく。
 作者がファンタジーとして優しげに描いても、そこにあるのは現代日本の姿である。領土問題や愛国心の行方で周辺各国と緊張が続き、“何でもいいから思う存分叩きたい” から差別的な言辞があふれる<いま>だからこそ、どうあるべきなのかを問いかけているといっていい。具体的にいうなら、戦いをせずにいかにトラブルを回避するのか、あきらめずに向かうべき平和をどう見つけるのかである。
 いうまでもないことだが、それは戦争ばかりではなく、災害や苦難に見舞われた人たちへの励ましのメッセージにもなっていることだ。中島京子は明らかに東日本大震災以後の人々も視野にいれて物語を作り上げている。だからこそ、清心が嫁いでいく孫娘に伝える言葉(運命に抗う強い意志を持て、“だいじなのは、あきらめないこと”)が感動的に響くのである。
 本書『かたづの!』は、現代を見すえた批評精神が生んだ、実に力強い歴史ファンタジーであり、凛とした女性の一生を劇的に捉えていて、実に読み応えがある。

書評/池上冬樹(文芸評論家)
豊崎由美(ライター、書評家) 池上冬樹(文芸評論家)

 ふさわしい語り手を得た中島京子の新しい代表作

 十七世紀、女大名が東北の地に誕生した。第二十一代八戸南部氏当主・祢々。中島京子の『かたづの!』は、何事も知恵と話し合いで解決しようと努めた、この聡明な女性の山あり谷ありの波乱の生涯を描いた時代小説である。とはいえ、ありていのソレではない。十五歳の祢々が山の中で出会った一本角の羚羊(かもしか)。この物語は、ひと目合ったその瞬間から、種は違えども生涯の友情を祢々に覚え、死した後は切り取られた「片角」として彼女を助けた羚羊の視点で語られる、フェアリーテイルスタイルの時代小説なのだ。
 優しくて賢い夫・直政を深く愛し、三人の子宝にも恵まれた祢々。が、直政の優れた資質ゆえに幸福な日々も終わりを告げる。祢々の叔父である南部藩宗主・利直の名代として、家康公からじきじきに築城奉行に任命されるという慶事も束の間、直政は彼の地で頓死してしまうのだ。その初七日も過ぎぬうちに、今度は二歳になる嫡男・久松も謎の死を遂げる。角だけの存在になってからさまざまな噂話が届くようになった片角は、かねてより八戸を狙っており、江戸の覚えのめでたい直政を面白く思っていなかった利直が二人を毒殺したのではないかという噂の蔓延を知り、祢々もまたそれが真相であると確信。しかし、ここで事を荒立てて戦を起こしでもすれば多勢に無勢、利直の思う壺と悟った祢々は女亭主になることを願い出るのだ。
 ところが、そのまま八戸を諦めるような利直ではない。片角の不思議な力に助けられ、祢々に自分の家臣を婿養子としてあてがうという利直の奸計から辛くも逃れる祢々だったのだが、難事は次々と降りかかる。そのことごとくを「二度とわたしの大切な者の命を奪わせない」という強い気持ちで解決しようと奮闘する祢々の悲喜こもごもの日々を、片角は時に誰かに乗り移って声を発するなどして助けながら見守り続けるのだ。
 晩年、利直によって遠野への国替えを命じられ、荒みきっていた土地を何とか人里へと生まれ変わらせて、五十九歳の生涯を閉じる祢々の物語の中に織りこまれている、八戸で誕生するも祢々につき従って遠野へ移る河童や、屛風の中から抜け出すぺりかん、十和田湖の主の大蛇といった、この世のものならぬ存在のエピソードの数々。それが、史実を下敷きにした物語の中にしっくり自然に収まっているのは、片角が語り手だからこそだ。あの三月十一日以降の日本で日に日に大きくなっていく不安や不穏を彷彿させる緊迫の場面で祢々が見せるフェアな正義感も、片角の心を通して語られるがゆえに説教臭さはみじんもまとわない。作者は、この物語にもっともふさわしい語り手を見つけたのだ。
 その稀有な語り手が最後に語る自分自身の想いとは─。もっともふさわしい声を見つけた物語が、ついにたどりつく光景が生む感動は深く静かだ。中島京子の新しい代表作が北の海で生まれた。

(「小説すばる」2014年9月号再掲)



担当編集者より 中島京子さん初の歴史小説となる『かたづの!』が発売となります。本作は、約400年前に実在した女大名を描いた歴史ファンタジー小説です。八戸南部氏20代当主である夫と嫡男を相次いで失った祢々。八戸を守るため、自ら領主となり持ち前の聡明さと決断力で度重なる困難を乗り越えていきます。彼女の芯の強さに心動かされる人は、きっと多いはずです。ファンタジー的な工夫が凝らされている本作。河童やペリカンなど微笑ましい動物たちが次々に登場してくるのですが、何よりも驚きなのが視点人物(語り手)です。主人公・祢々なのでは?と思うとまさかの……。それは是非お手にとってご確認いただければと思います。中島京子さんしか書けない歴史小説、お楽しみください。




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