悪寒 伊岡瞬 RENZABURO
内容紹介 著者プロフィール 推薦コメント 書評・北上次郎 著者インタビュー
内容紹介

大手製薬会社「誠南メディシン」に勤める藤井賢一は、会社の不祥事の責任を一方的に取らされ、東京から山形の片田舎にある関連会社「東誠薬品」に飛ばされた。それから八か月ほど経ったある夜、東京で娘・母と暮らす妻の倫子から、不可解なメールを受け取る。
<家の中でトラブルがありました>
すぐさま倫子に電話をするが、繫がらない。その数時間後、賢一の元に警察から電話が入る。「藤井倫子を傷害致死の容疑で逮捕しました」。妻が殺した相手は、賢一にとっては雲の上の存在、「誠南メディシン」の常務、南田隆司だった――。賢一の単身赴任中に、一体何が起きていたのか。その背景には、壮絶な真相があった。


発売日:2017年7月5日(水)
集英社刊:定価(本体1800円+税)
四六判ハード:328P  装丁:水戸部功
写真:© Gueorgui Pinkhassov/Magnum Photos/amanaimages
ISBN978-4-08-771116-5



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著者プロフィール

伊岡 瞬(いおか・しゅん)
1960年東京生まれ。2005年『いつか、虹の向こうへ』で第25回横溝正史ミステリ大賞とテレビ東京賞をW受賞しデビュー。著書に『145gの孤独』『瑠璃の雫』『教室に雨は降らない』『代償』『もしも俺たちが天使なら』『痣』など。

書店員さんからの推薦コメント
不条理な事件に翻弄される主人公から目が離せない。
一気読み間違いなしの傑作!
大垣書店高槻店 井上哲也さん
広がる不安、渦巻く疑念…疑うことの危うさと、信じることの大切さを知りました。今年イチおもしろかったです!!
文教堂浜松町店 千葉裕子さん
気付けた瞬間は何度もあった…。
ジュンク堂書店西宮店 水口真佐美さん
妻が殺したのは上司。いやあこの設定、会社員としては最低最悪の大ピンチ。しかも事情がよくわからないまま、次々と明るみにでる家族の秘密。〝悪寒〟が走りまくりでした。読み始めたら、止まりません。
有隣堂伊勢佐木町本店 佐伯敦子さん
久しぶりにミステリが面白いと思いました。
三省堂書店名古屋髙島屋店 大屋恵子さん
終盤に繰り広げられる怒涛の展開は、深々と心に突き刺さる!!
三省堂書店営業企画室 内田剛さん
次から次へと出てくる謎に、誰を、何を信じれば良いのかわからなくなる。作者の手のひらで、コロコロと転がされる感覚を楽しみました
鹿島ブックセンター 八巻明日香さん
貴方が信じるのは「自分の知らない妻の顔」?それとも「自分の信じる妻の顔」?
ブックセンターほんだ 原田みわさん
誰も信じられなくなり、読み進むのが苦しかったです。自分は誰を信じるのか?
明林堂書店JR別府店 後藤良子さん
何度もひっくり返る「事実」。
ひっくり返るたびにもやもやが募り、水面に落ちた一滴の墨のように広がっていく不安。
家族の危うさが限界に達したと思われたその瞬間に広がる、「真実」に広がり切った墨が澄み渡っていく。
いや、沈殿して見えなくなっただけなのか。
消えることのない一滴の墨。それもまた一つの家族の真実なのでしょうか。
精文館書店中島新町店 久田かおりさん
信じる者は救われ、報われるのか?そんな当たり前のお題目を蹴散らし、心をひたすらざわつかせる伊岡瞬は恐ろしく、そして世の中の「当たり前」を覆してその本当の裏側を現してくれた。必読の一言。
大盛堂書店 山本亮さん

書評・北上次郎
 最近の伊岡瞬は全部面白い。いや、最初からこの作家の小説はずっと面白い、と言われるかもしれない。たしかに、デビュー作『いつか虹の向こうへ』から、『145gの孤独』『瑠璃の雫』『教室に雨は降らない』と全部面白い。飛び抜けてセンスがいいのが第一だが、2014年の『代償』以降は、そこに何かがプラスされたような気がしている。それはたとえば、小説を読むことの喜びに溢れていることだ。『代償』はこの作者がおそらく初めて悪の肖像を深く描いた記念碑的作品で、その分だけざらざらした読後感は残るけれど、小説の奥行きは醍醐味に直結する。『もしも俺たちが天使なら』の詐欺師谷川はこの男を主人公にした連作も出来るくらいのキャラクターなのに、トリオの一角ですませるという贅沢な使い方に留意。『ひとりぼっちのあいつ』も相当にヘンな話で(これは私にとって最大の褒め言葉だ)、ストーリーを要約してもこの長編の魅力を伝えるのは難しい。余韻あるラストが切ない秀作だ。そして、これらの作品に共通するのが、何が始まるのか、どう展開していくのか、序盤ではまったく予測もつかないということである。これは小説を読むことの重要な愉しさの一つだが、伊岡瞬はその技巧が群を抜いている。

 本書もまたそうした一冊だ。前置きが長くてすみません。本書は裁判シーンから幕を開ける。殺意を認める被告の証言に法廷内がざわつく場面である。この裁判シーンはラスト近くに再度登場する。この被告は誰なのか、動機は何であったのかは、そのときまでお預けだ。小説はすぐに、藤井賢一42歳の日々に移っていく。彼は薬品会社の支店に勤務する営業マンで、家族と離れて単身赴任。そこに妻から謎めいた電話が入り、心配になった藤井賢一は深夜バスで東京に向かう。そこに回想が挿入されてゆく。大手製薬会社城南メディシンの販促一課の係長であった藤井賢一が、裏リベート事件に巻き込まれ、左遷されるまでの経緯、さらには城南メディシンは南田信一郎専務と隆司常務が次の社長の座をめぐって争っていること、などが要領よく語られていく。そこに追いかけるように警察から電話がきて、妻の倫子が緊急逮捕されたことを知る。自宅で男性を殴って死なせたというのだ。それを本人も認めているという。なにが起きたのか、賢一にはまったくわからない。死んだのは南田隆司常務だというから余計に理解不能である。なぜ倫子が常務を殴り殺したのか。それが76ページ。ここからもっと驚くことが次々に出てきて、賢一は翻弄されていく。

 これ以上のストーリーは紹介しないほうがいいだろう。ここ数年の伊岡瞬の他作品と同様に、人物の配置よく構成よく、一気読みするのは必至。うまいなあ伊岡瞬。
きたがみ・じろう(書評家)

著者インタビュー

大手製薬会社に勤める藤井賢一は、とある理由で東京本社から山形県の系列会社に左遷される。妻と中学生の娘、認知症の母を残し単身赴任となった賢一は、慣れない職場に辟易していた。そんな中、妻が殺人事件で逮捕される。賢一は急ぎ東京へ戻るのだが……。
伊岡瞬さんの『悪寒』(本誌連載「驟雨の森」を改題)は、家族の逮捕によって奈落の底に突き落とされた一人のサラリーマンが、会社の上司、刑事、時には家族にも振り回され、戸惑いながらも徐々に事件の真相に迫っていくという、臨場感たっぷりのミステリ作品です。刊行にあたって、伊岡さんにお話を伺いました。
聞き手・構成=タカザワケンジ/撮影=山口真由子

「あなたならどうする?」
── 単身赴任先の藤井賢一のもとに、妻が殺人事件の容疑者として逮捕されたという連絡が入ります。サラリーマンにとっては悪夢のような展開に、一気に引き込まれました。着想はどこから?
   振り返ってみると、私の書くものって、ほとんどが巻き込まれ型なんですね。本来は巻き込むはずの詐欺師が主人公の話(『もしも俺たちが天使なら』)でさえも巻き込まれるくらいで。今回も巻き込まれ型ですが、ごく普通の家庭を持ったサラリーマンを主人公にしよう、と。それと、小説を書くときにいつも思うんですが、読者に「自分ならどうするか」と考えてほしい。読者に向かって「あなたならどうする?」と問いかけていくような小説を書きたい。それができれば、主人公に感情移入してもらえるかなと思うので。
── なるほど。まさにその思惑通り、主人公とともにドキドキしながら読ませていただきました。そもそも物語の始まりから、主人公の賢一は社内のスキャンダルのとばっちりで左遷されていて、かなり辛い立場にいますね。
   主人公をいじめるのが好きなんです(笑)。ほかの小説でも主人公はぼろぼろになることが多いんですけど。
── 『代償』もそうでしたね。読者としては、どん底からどうやって立ち直っていくかを期待するわけですが。
   そうですね。あと、個人的にうまくいっている人があまり好きじゃない(笑)。小説のなかで他人を痛い目に遭わせてストレス発散しているのかもしれないですね。それに、主人公を追い込むことでほかの選択肢がなかったと読者に思わせたい。左遷された理由が会社の金を使い込んだとか、自分から能動的に浮気したとかなら、あのとき魔が差さなければ、と主人公を突き放して見ることができる。そうではなく、これは不可抗力だな、誰でもこうなっちゃうだろうな、という転がり方をさせたいですね。
── 感情移入するためには主人公のキャラクターも重要だと思いますが、どんな人物にするかは、書き始める前に細かく考えられているんですか。
   主人公や主要キャラはいつも最初に考えますね。今回は主人公がちょっと難しくて、書き始めたときには少しブレがありました。芯の強い男にするか、思い切りだめなタイプにするか。固まるまでに少し時間がかかりました。
── 冒頭に被告人を伏せたまま裁判のシーンが描かれています。その後、賢一が上司からパワハラを受けている場面が描かれるので、職場で何かが起きるのかと読み進めていくと、まったく違う展開になりますね。
   裁判の場面を冒頭に置いたのは、いまの読者は飽きっぽいので、始まってすぐに謎を提示してぐいぐい引っ張りたかったからです。賢一の日常から始まると企業小説のように思われてしまう。これは何なんだろう? という場面が最初にないと読者を引っ張っていけないかなと思いました。私の場合、書き始めた段階でははっきりと着地点を決めず、だいたいの方向性と雰囲気だけ決めておくことが多いんですが、今回は最初から着地点が決まっていました。その分、最短距離でラストまで行ってしまわないよう、寄り道をどう楽しんでもらうかを考えましたね。
── 読者としては着地点どころか、この道がどんな道なのかもわからず手探りで進んでいく面白さがありました。妻が事件を起こしたらしい。でも賢一は離れて暮らしていて、連絡も減っていた。まさに五里霧中です。
   今回、登場人物が比較的少なくて、舞台でも上演できるかなというぐらいの数しか出てこない。なので、犯人は誰だ?という関心だけで読むと、このなかの誰かだな、と早い段階で絞れてしまう。そこで、犯人が誰かではなく、そもそも何が起きたのか、なぜ起きたのか、どのように起きたのか、という謎にしようと思いました。表向きのストーリーはシンプルに見えますが、本当にそうだったのか、ともう一度疑ってもらう。ちょっと視点をひねったというか、斜めから攻めてみた感じですね。

家族はどう壊れるか
── 予想外のできごとに戸惑いながらも、事件の真相を知ろうとする賢一の前に、真壁という刑事が現れます。この真壁の行動や言葉が強い印象を残すのですが、昨年、刊行された長篇小説『【痣/あざ】』の主人公でもあります。真壁を登場させようと思ったのはなぜなんでしょう。
   キャラが気に入って、また使いたいと思ったんです。『痣』と『悪寒』両方の担当編集者に共通の刑事を使いたいとお願いして了解していただきました。『痣』のほうが『悪寒』より少し早く連載が始まったんですが、ほぼ並行して書いていました。
── ほぼ同時期に二つの小説に同じ人物が主要キャラとして登場するのは珍しい。『痣』では主人公、『悪寒』では脇役という立ち位置の違いが面白かったですね。『悪寒』は主人公の賢一の視点で見ているので、真壁は何を考えているのかもわからないところがあって、敵か味方かはっきりしない。
   『悪寒』は『痣』の少し後の話という設定なので、『痣』での経験があったことで、人嫌いというか、何かが欠落してしまっている。『痣』とは少しキャラを変えて登場してもらっています。普通、脇役で出てくる警官や刑事は記号的といいますか、顔にへのへのもへじが書いてありそうな場合が多いんですが、私はキャラをわりときちんとつくるタイプなんです。名字しか使わない場合でも、下の名前や、どんな人間かを考えて書くようにしています。
── 『悪寒』は平凡なサラリーマンが事件に巻き込まれていく一方で、家族の危機に立ち向かっていくことになります。子どもが難しい年頃で、親の介護が始まって、という世代の読者はとくに共感できるんじゃないでしょうか。賢一は伊岡さんご自身より少し下の世代ですが、ご自身の経験や、周りの人の話が反映されている部分もあるんですか。
   私の体験で反映されているのは、娘から用事があったらメールにしてくれと言われたところだけですね(笑)。
── お嬢さんが思春期の頃ですか?
   いや、上の娘が社会人になってから。賢一じゃないですが、それこそなぜだかよくわからないんですけど。
── まさに謎ですね(笑)。
   話がそれちゃうんですけど、ほぼ毎日、私が娘に弁当をつくってやっているんです。ちゃんと容器をきれいに洗って返してくれるんですが、感想を聞いたことがない。美味しかったとか、今日のはちょっと変わった味付けだったとか、感想が妻のところにメールで届く。それを妻が私に転送してくる(笑)。一言も口を利かずに毎日弁当つくってやるという不思議な関係ですね。
── 面白いですね(笑)。『悪寒』の場合は、離れて暮らしている間に妻と娘がよそよそしくなる。だからこそ、事件の真相が見えなくなっている。家族の絆について考えさせられます。
   家族も、私がずっと書いているテーマで、これまでの作品でも、家族って何だろうという問いを考えながら書いていたような気がします。ただ、いままで書いてきた小説には、両親揃っていて子どもがいて、といういわゆる普通の家族は出てこなかったんです。今回初めて、普通の家族を登場させて、それがどう壊れていくか、あるいは本当にそのまま壊れてしまうのかを書いてみようと思いました。物語のなかで実験をしているというか、こうなったら壊れるかなとか、家族のなかの誰かの気の持ちようで踏ん張れるんじゃないかとか、書きながら考えていました。
── 一般的にいうと、家族のなかで父親は疎外されやすいですよね。大切にしたいという気持ちがあっても空回りしたり。
   亭主元気で留守がいいっていいますよね(笑)。誰かに聞いたんですよ。単身赴任からたまに帰ろうとすると、面倒くさいから帰ってこなくていいと言われたって。帰ってくると奥さんは飯だ何だってやらなきゃいけないですからね。
── 作中で賢一が言われてましたね。少し切なかったです。

登場人物の隣で書く
── 『悪寒』には、パワハラや単身赴任、介護問題などが物語の背景に登場します。現代的な題材を盛り込むことについてはどうお考えですか。
   少子高齢化とか、介護の問題とか、年金の問題とか、ワーキングプアといった、社会の大きな流れは入れようと思いますが、あまり時事的なことは取り入れないように心がけています。たとえば現実のアイドルの名前のような具体的なものですね。
── 固有名詞は入れない。
   クルマだけは入れますね。クルマって、その人の価値観とライフスタイルを表していると思うんですよ。あるいは、そう思ってもらう象徴として使いますね。この人はちょっとキザでどうのこうのと描写するより、白いジャガーに乗っていると書くと、それだけで、ああ、そういうやつか、と伝わるんじゃないかと。
── 『悪寒』でも賢一が勤める会社のオーナー一族がどんなクルマに乗っているかが印象に残りました。
   それぞれ人物に合わせたクルマを用意しました。自分では乗ったことがないですけど(笑)。ディーラーに行って外からのぞいたりとかして、どんなクルマなのかを把握して書いています。
── 賢一が巻き込まれた事件に、会社の上層部が絡んできます。そのパートも人間関係が複雑で面白いですね。賢一が生理的に受け付けない男が出てきますが、本当に嫌なやつです。
   嫌なキャラクターを考えるのは好きですね。弱い人と嫌な人を書くのが楽しい。賢一の上司もねちねちといじめるじゃないですか。そういうキャラを考えるのが好きですね。
── 『悪寒』もそうですが、『代償』にしても、伊岡さんの作品の登場人物たちの輪郭ははっきりとしていて、読んでいてその世界に入っていきやすいと感じます。人物を描く上で意識されていることはありますか。
   テクニック論になると思うんですが、視点は意識していますね。神の視点で、テーブルの上に置いた人物を動かすようにして書かれた小説もありますが、私の場合は、視点を登場人物と同じ高さに置こうと思っています。たとえば、登場人物が三人いる場面を書くときには、眼に見えない四人目としてそこにいる。彼らが話していることをふんふんと聞いて、それを聞き書きするイメージですね。
── なるほど。たしかに伊岡さんの小説には臨場感がありますね。だからこそ、読者は「自分だったらどうするか」という問いを突きつけられているような気持ちになる。主人公の混乱とか戸惑いとか、そういうものがやっぱり直に伝わってくる感じがしました。文体についてはどうですか。
   もともとハメットやチャンドラーのハードボイルド小説が好きなので、文体もハードボイルドがベースになっているとは思います。しかし、今回は、ハードボイルドタッチをちょっと抑えて、少しぐじぐじした心理描写を多めに入れて書いています。ハードボイルドタッチの乾いた文体にすると、主人公が強い男になってしまう。すると、この物語が成り立たなくなるな、と。
── 主人公のキャラクターとのバランスを考えて文体が決まったのですね。
   一見、弱いんだけど、それでも強く生きるような男だと、ハードボイルドタッチのほうがいいと思うんですが、この主人公は途中までしゃっきりしない(笑)。心理描写をしないで行動だけを描写していると、行動的な人物に思えてしまうなと思ったんです。
── 伊岡さんは小説家としてデビューされて今年で十二年。『代償』はベストセラーになり、昨年、【Hulu/フールー】(動画配信サービス)で連続ドラマ化もされました。振り返ってみていかがですか。
   作品の数がちょっと少ないかなあ、と思いますね。いろいろなものを書いてみたいという色気があって、作風やテーマ、モチーフを毎回変えて書いているんですが、それがよかったのかどうか。私の小説が好きだと言ってくださる方のなかには、次にどんなタイプの作品が出てくるのかが楽しみだとおっしゃる方もいますが、たいていの読者は同じテーストのものを求めているのかな、と思ったりしますね。作家としてどういうものを求められているのか、まだ模索しているところです。
── 『悪寒』はこれまでの伊岡さんのキャリアの厚みを感じさせるサスペンス。読者の反響が楽しみです。
「青春と読書」2017年8月号再掲


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