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博物館のファントム 箕作博士のミステリ標本室 伊与原新
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本の情報
博物館のファントム
『博物館のファントム 箕作博士のミステリ標本室』
伊与原新 著
定価/1,500円(本体)+税
装画/村尾亘 装丁/高柳雅人
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story

国立自然史博物館に預けられていた「呪いのルビー」が狙われた。
最近、頻発している鉱物標本盗難事件と関連が?
もしや呪いのルビーこそ<幻の宮沢賢治コレクション>なのか?
―60年にわたり増改築が繰り返され「迷宮」と化した博物館の旧館に棲みついた、
変人博物学者・ファントムことみつくり箕作 類(みつくり るい)。
「何も捨ててはならぬ」が口癖の彼と、片付け魔の女性新人分類学者・池之端 環(いけのはた たまき)のでこぼこコンビが
解決のために動き出す―!
(「呪いのルビーと鉱物少年」)他、全6編の連作短編集。
新感覚サイエンスエンタテインメント!

contents
宮沢賢治が集めた鉱物標本?そんなもの実在するの?――標本No.1  呪いのルビーと鉱物少年 あいつの毒草園には呪力のありそうな植物がそろってるぜ。――標本No.2  ベラドンナの沈黙
この世にニホンオオカミの剥製が何体あるか、知っているかね?――標本No.3  送りオオカミと剥製師 デボン紀のモロッコ産三葉虫には、それぐらい偽物が多いんだ。――標本No.4  マラケシュから来た化石売り
旦那だけが昆虫館で、その死神とやらを見たということか?――標本No.5  死神に愛された甲虫 これが密かに日本に持ち出された北京原人の骨だと?――標本No.6  異人類たちの子守唄
profile
伊与原新(いよはら・しん)1972年、大阪府生まれ。神戸大学理学部卒。東京大学大学院理学系研究科博士課程修了。専門は地球惑星科学。『お台場アイランドベイビー』(角川書店)で第30回横溝正史ミステリ大賞を受賞。著書に『プチ・プロフェスール』(改題『リケジョ!』2014年2月文庫化予定/角川書店)、『ルカの方舟』(講談社)。

book review

「捨てない男」の
迷宮へようこそ!

間室道子

(代官山 蔦谷書店コンシェルジュ)

 「料理男子」「スイーツ男子」など、女性が得意とされた領域への男性参入がさかんだが、ついに「片付け男子」なるものが出現したそうだ。で、この人種だけ、女性陣にはどうもウケないのである。
万年床の下から「なにコレ!?」なものが出て来る部屋や、食べかけのカップラーメンが3日も放置されているようなキッチンに比べれば、掃除機がすみずみまでかけられ、タオルの収納が色別用途別になされ、テーブル面に一点のくもりもない部屋は完璧だ。でもそこには女性の居場所がない。男の手料理やおススメ甘味ならば二人で楽しめる。でも身じろぎするのもはばかられる部屋で、女たちはなにをすればよいのだろう。
 『博物館のファントム』の舞台は自然史博物館で、主人公は「何も捨ててはならぬ」が口癖の男性博物学者と「片付け魔」である新人女性研究者。対立構造のようだけど、あらゆるものが突っ込まれた彼の世界で彼女の居場所は保証されたも同然だ!コミカルな恋の予感もする。
 博物学者は変人で「ファントム」の異名を取っているが、周囲はこの男を博物館の珍品中の珍品みたいに受け入れている。彼の方も同僚たちにあだ名をつけ、その個性を、コレクションしているふうである。彼の「何も捨ててはならぬ」は人間関係も、なのである。
 子供が持ち込んだ「呪いのダイヤ」、古ぼけた海洋生物の模型のお腹から出てきた標本etc.、6つの事件のカギとなるアイテムは読み手をそそる。そしてそれらの謎にはひいおじいさんの思い出や壊れた恋など、過去がからんでいる。
 忘れたい記憶や辛い体験もある。ただそれらもまた、今の自分のもとになってくれているのだ。向き合い、心に収納できたとき、人は前へ進める。私たちを作ってきたものに、捨てていいものは何もないのだろう。
 理系ミステリには珍しく、ハートウォーミングな味が楽しめる作品だ。

(「青春と読書」2月号掲載)

recommend!
面白かった! 冒険心やわくわくする心に火をつける物語たち。昔、秘密基地や大冒険に憧れた人ならなおさら楽しめる知的エンタテインメント! 虫は嫌いで完全文系なわたしですが、ぜひシリーズ化してほしい! 続きが読みたいです!
安田有希さん/紀伊國屋書店横浜みなとみらい店 謎の解明とともに学術の裏側に秘められた“物語”が醸し出すロマンの香気の素晴らしさよ!! サイエンス・ロマン・ミステリの傑作!! ぜひシリーズ化を熱望します!!!
宇田川拓也さん/ときわ書房本店
映像化してほしい!
鶴岡寛子さん/三省堂書店京都駅店 博覧強記のファントムが次々と謎を解いてゆく爽快感!シリーズ化熱望します、面白い!
高田直樹さん/うさぎや自治医大店
私はファントムのファンになってしまいました! 専門用語がビシバシだけど、理系にうとい私でも十分楽しめ、さらに感心することしきり。あっという間に読んじゃいました。面白い!
横田陽子さん/丸善お茶の水店 頭脳派博物館アドベンチャー!!
柿田紗代子さん/MARUZEN名古屋栄店
断捨離ブームに逆行する「どんなものも絶対に捨ててはならぬ」のセリフに男子の収集癖みたり。よくぞ創ったこのコンビ。シリーズ化および映像化希望。ファントムはぜひ三上博史氏で!
鈴木順子さん/鹿島ブックセンター 身近な謎解きあれば壮大な歴史ミステリあり、ほほえましいユーモアあれば緊迫感あふれる命懸けの場面もある。シャープな筆致で描き出される理知と心情の融合が絶妙にして見事!
内田剛さん/三省堂書店営業本部
科学? サイエンス? 私の苦手分野であったはずなのにイケます、面白い。薄暗くかびくさい、博物館旧館の迷路に入り込んでしまったらもう抜け出せない楽しさが待っている!
清水和子さん/川上書店ラスカ店 展開の面白さに知的好奇心がむくむく。“小説は空想の産物”とタカをくくっているノンフィクション派の理系諸氏にもぜひお勧めしたいです。
市岡陽子さん/喜久屋書店阿倍野店
細かい小道具もピリッと効いていてワクワクしながら読みました!
西ヶ谷由佳さん/啓文堂書店三鷹店 博物館ミステリ、良いですね。ワクワクしながら読みました。裏事情もわかり、ダブルの美味しさでした。
岩立千賀子さん/浅野書店スカイプラザ柏店
知的好奇心がものすごく刺激されてワクワクしました。学問とロマンと、微妙なふたりの関係が魅力的。
大浪由華子さん/文教堂浜松町店 ひんやりとした暗い博物館の中にいるような
センス・オブ・ワンダーを味わえます。
金杉由美さん/明正堂NTT上野店
面白い!! どれも“うんちく”が素敵で興味深い!! オオカミとイヌの話が一番良かった。もちろん他も!
佐伯敦子さん/有隣堂厚木店 ファントムが魅力的! 自分の知らないいろいろな世界があって、その世界を好きな人たちがいて。そのワクワクする気持ちや探究心が伝わってくる異色のミステリ。面白かったです。
岸田安見さん/ブックファースト梅田2階店
新しい感覚のコンビ小説だと思う。二人のかけひきに思わずほくそえんでしまいます。
狩野大樹さん/小田急ブックメイツ新百合ヶ丘北口店 なるほど! 読後は博物館に行きたくなる。
水口真佐美さん/ジュンク堂書店西宮店
博物館の未公開倉庫というだけでワクワクするのにそこに謎あり、アレありで、楽しい!
富澤明子さん/有隣堂アトレ新浦安店 濃密なミステリ。単に謎解きだけでなく、登場人物の個性が存分に発揮された会話にもとても惹きつけられた。
帯金泰幸さん/谷島屋サンストリート浜北店

special talk
『博物館のファントム』に推薦コメントを寄せてくれた生物学者であり吟遊科学者・長沼毅さんと著者・伊与原新さん。「科学愛」と「博物学者への憧れ」が溢れ出すお二人のスペシャル対談が実現しました!
実に新しいタイプのエンターテインメント
長沼
『博物館のファントム』は、ミステリーという形をとっているけれど、実に新しいタイプのエンターテインメントですね。
伊与原
ありがとうございます。
長沼
まず博物館が舞台というのが新鮮ですよ。そしてなんといってもディティールがいい。各章の謎解きの肝となる専門知識が他の追随を許さないのはもちろんですが、それだけではなく、登場する博物館職員たち、研究者たちが「人間として」ものすごく生き生きしています。これは、単に博物館で多少取材したといって見えるものとはまったく異なる、いってみれば当事者として経験しないとわからない細やかな描かれ方で、これが実に面白かった。このヴィヴィッド感はまさに元・科学者である伊与原さんの独壇場といっていいんじゃないかな。
伊与原
僕も専門の地球科学以外のことについては素人同然なので、どの章でも専門知識については一から調べ直さないといけないことがほとんどでした。だから、資料はけっこうな量になりましたね。僕だけに書けることというのは本当にそんなに多くはなくて……研究者の生活や研究に対する思いについて、それなりのリアリティを持って想像していくこと、くらいじゃないでしょうか。
動機にひそむ“マニア臭”がリアル
長沼
そもそも何で博物館を舞台にしようと思ったんですか?
伊与原
実は、そのときはまっていたノンフィクション『乾燥標本収蔵1号室 大英自然史博物館 迷宮への招待』がきっかけなんです。三葉虫の研究者としても知られるリチャード・フォーティが、三十年間を過ごした古巣である大英自然史博物館のことを個性豊かな同僚たちの超絶エピソードとともに語るというもので……。
長沼
刊行時、話題になっていた本ですね。個性的な研究者たちのエピソードがいかにも大英帝国らしい、と。『博物館のファントム』は、その“マニアックさ”において、フォーティの本の面白さと共通するところがあるんじゃないですか?
たとえば植物学を扱った「ベラドンナの誘惑」をはじめ、どの章でも事件の犯人にあたる人物が実にマニアックな動機でコトをしでかすわけで。未読の方のために話すワケにはいかないので読んでいただくとして、「犯行」への思いに潜むマニア臭がたまらない魅力でした(笑)。これは、ほかのミステリ作家にはちょっと考えつかないと思いますね。ちょっとしたオタクや収集家くらいじゃこんなことやらないよねっていう面白さ、科学者の生態についての真実があります(笑)。
伊与原
犯罪の動機は大別するとお金か異性関係か、とよくいわれますが、博物館を舞台にしちゃったんで。あそこではそうそう殺人事件も起きないでしょうし(笑)
長沼
現職の博物館職員たちがこの小説を読んだら、おそらく自分たちの「仕事」というものを深く見つめなおすきっかけになるでしょうね。博物館というのは要するに「標本」を陳列している場所ですが、実に19世紀的でつまらないという印象があると思います。古臭いものが並んでいて、小難しい説明があって……という。けれど本当は標本ひとつひとつに物語があるわけです。その、秘められた物語を展開してくれる人が学芸員なり職員や研究者ですから、その力量が非常に問われる仕事なんですね。
『博物館のファントム』で描かれている標本たちはみんな動き出すかのような生き生きとした感じじゃないですか。本来、博物館の展示というのはそうあるべきなんだけれども……。

博物館で働く人にぜひ読んでほしい
伊与原
今は博物館の現場にも迷いがあるんじゃないかと感じることがありますね。誰に向けて展示を構成しているのか、集客のためにはテーマパーク化もいとわないのか、客には媚びず深いものにしたいのか……日本だけではなく世界中の、たとえば大英博物館とかでも、テーマパーク化する流れと、もっと学術的なバックグラウンドをきちんと押さえた昔ながらの媚びない展示にしたい、という両方向のせめぎあいがあるんじゃないでしょうか。
長沼
そういう意味では、これからですよね。僕は、DNAバーコーディングのような新たな形も含めて、博物館の本来持っていた役割や使命というものが、21世紀の今、蘇るんじゃないかなと思っているし期待もしているんですが、それを生かすも殺すも現場の学芸員さんたちの度量・力量が非常に問われますよね。でも、この小説を読んでもらったら、すごく前向きに「がんばろう」っていう気になるんじゃないかなと思う。
伊与原
長沼さんがやってらっしゃるような研究のスタイル――生態系、地球科学なども含めたジャンルで地球や生命がどのように共進化してきたか――が横断的に理解しやすいような展示をする博物館は、まだ少ないですよね。本当に伝えたいメッセージがあればもっと自由な並べ方もありだと思うのですが、「分類展示」が基本なので。
長沼
そうそう。上野の国立科学博物館も、恐竜の間、哺乳類の間、って分かれているけれども、必要に応じてジャンルを組み換えなおすような「間」があってもいいと思いますね。もちろん本当にクラシカルな「オーソリティの間」があってもいいんだけども。でも、こっちの部屋は未来的でかつリアリスティックに、というように臨機応変で楽しい構成の展示室があっていい。
今こそ必要とされる「箕作タイプ」!
伊与原
そういう意味では、今こそ「博物学者」が必要とされる時代とも言っていいのでしょうか?
長沼
本当にそうです。私はなにより「博物学者」を名乗れる人がうらやましい! すんごいかっこいいじゃないですか!
伊与原
「博物学者」が成り立つような研究体系が今はありませんもんね。長沼さんも著書で辺境生物・極限生物の博物学というのがやりたくてもできなかった、と書いてらしたのが印象的でした。
長沼
日本の生物学は「死物学」でしたからね。そうはいっても今となっては、ちゃんと勉強しておけばよかったって思いますけど。
伊与原
僕が学生のころも長沼さんと同じようなことを思ってましたね。今さら岩石学とか鉱物学を研究してどうするんだ、そんなのは時代遅れの博物学じゃないか、と馬鹿にしてたんです。当時は、「地球システム科学」といって、地球を一つのシステムとしてとらえましょう、地球内部から大気・海洋までひっくるめて相互作用を研究しましょう、というのが流行りで、あちこちの大学に地球システム科学講座というのが出来つつあった時代でしたから。でも、いざ実際に研究を進めようとすると、「この時代のこういう岩石が欲しい」という場面が頻繁に出てくる。そんなとき、必ず助けてくれるんですよ。「だったらここへ行け」とパッと示してくれる研究者が。自分が研究の現場に立って初めて、そうした知識がいかに貴重で、そういう科学者の存在なしには研究がまるで成り立たないかということが身にしみてわかって、何を自分は生意気なことを言っていたのかと……。

長沼
学問というのは地球システム科学も生物学も同じですが、より少ないルールや原理原則でより大きなことを説明したがるんですね。生物学もまさしくそうで、セントラルドグマとか、DNAから始まってタンパク質ができるとか、たった一個の唯一のルールで生命現象が説明できます――というのが生物学や地球学、いわゆる理科第二分野の20世紀後半を席巻しました。ところが実は生物学なんて例外の集大成のようなものだから、例外をいっぱい知っている人の勝ちなんだよね、ほんとのところ。それがようやく21世紀になってわかってきた。例外の学問というのは、いってみればまさしく「博物学」。そこにルールはない。より大きなルールを、より大きい法則性を自分が打ち出したいのだったら、それこそいろんな例外を包含したような骨太の新しい理論を考えるしかない。そういうふうに21世紀に入ってようやくみんな意識が変わってきたんです。
だから、主人公の箕作なんて、過去の遺物どころか時代の最先端をゆく科学者ともいえるわけです。伊与原さんがどう思われていたかわからないけど少なくとも私にとっては(笑)
科学の最先端は結局「博物学」
伊与原
本質的には、分野にとらわれず網羅的に羅列的に物事を見ていくというアプローチをしようという学者なのかもしれないですね、箕作という人は。まあ、半分くらいは、雑多なものがただ好きなだけだとも思うんですけど(笑)。
現代は、かつて博物学者が抱いていた「世界を丸ごと理解したい」という妄想みたいなものを、細分化された現場でそれぞれの学者が考えている時代なんじゃないかと思うこともあるのですが。一昔前に比べれば分野間の垣根も低くなっていて、ほとんど融合しようとしている現場もあるし、実はすごい変革期だともいえるのではないですか。
長沼
「そのものを創らなければ、そのものを理解したことにはならない」とある物理学者が言っていますが、生物学でいうならば我々は生命を作らなければならない。生命を作るとなると、「生命とは何か」を考えなくてはいけないんだけど、なんとなく、より少ないルールや原理原則で複雑なことを解明したがるんですね。ある意味「複雑系」という学問分野もそうですが、そのような流れの中で、今、われわれが本当にやるべきことは、現時点でガチっとした理論を作ろうとするんではなく、生命界や生物界におけるいろんな現象の、「例外を集大成」することなんです。いってみればそれは科学者が思い描いている森羅万象、体系学的なものが、博物学の構造によって壊されるということ。それをやっているうちに新しいものが生まれるんです。すごいわくわくすることですよね。
「箕作」はたぶん一個のルールをひねり出すタイプじゃないと思うんだけど、新しいものが生まれてくるときには、絶対にそういう人が必要なんですよ。科学の最先端というのは、やってることは結局、博物学なんです。
伊与原
僕はいまだに「科学者」に素朴な憧れがあるんですよ。たぶん、科学者という人々が好きなんですね。大学院に行ってよかったなと思うのは、たくさんの変人たちに出会えたことなんです。こだわりが強くて、何かを偏愛しがちで、24時間研究だけしていられたらいいと本気で思っている、愛のある科学者たち。「俺は三葉虫に囲まれてたらシアワセなんだ」という。自分がその境地に至ることができなかった分、魅力的だと思ういろんなタイプの研究者を小説で描くのはすごく楽しかったですね。
長沼
わたし、いつも言うんです、「サイエンス」をするということは、車の教習所を卒業した後から始まるものだって。運転を習ったその後は、プロの研究者として研究するのでもいいし、サイエンスコミュニケーターとして活動をするのでもいい。科学財団のような機関で科学のためにお金をばらまいてもいい(笑)。そうやっていろんなサイエンスの実践があっていいなかで、伊与原さんのような人が作家となり小説という場で「科学」をやってくれている。われわれは本当にありがたいし、なにより楽しいんですよ。だからぜひ、シリーズの続きを読みたいですね。それにしても「博物学者」はカッコイイですよ。いつかわたしも箕作のように名乗ってみたいですね。


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