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小川洋子 おがわ・ようこ
作家。1962年岡山県岡山市生まれ。88年、「揚羽蝶が壊れる時」で海燕新人文学賞を受賞しデビュー。著書に『妊娠カレンダー』(芥川賞)『博士の愛した数式』(読売文学賞、本屋大賞)『ブラフマンの埋葬』(泉鏡花文学賞)『ミーナの行進』(谷崎潤一郎賞)等多数。

平松洋子 ひらまつ・ようこ
エッセイスト。1958年岡山県倉敷市生まれ。世界各地を取材し、食文化と暮らしをテーマに執筆活動を行う。著書に『買えない味』(Bunkamuraドゥマゴ文学賞)『野蛮な読書』(講談社エッセイ賞)『なつかしいひと』『サンドウィッチは銀座で』『本の花』等多数。


essay

読むこと、
生きることの幸福を分かち合う


瀧 晴巳 たき はるみ

 それはとても濃密な時間だった。
 ふた月に一度、お互いがこれまで読んできた本を持ち寄って話をする。それは、ふたりにとって、これまで生きてきた人生について語り合うことでもあった。
「小川さんとお話ししていると辺りの空気まで濃度が濃くなる感じがするんです」
 平松さんがそう切り出したのを覚えている。平松さんにとって少女時代の葛藤を象徴するような大切な一冊、『パリから 娘とわたしの時間』(増井和子著)を挙げてくださったのも、相手が小川さんだったからに違いない。
「これまで短いエッセイで一度だけ、書いたことがあるけれど、それ以外はこの本については触れたことがなくて。でも今日はどうしてもこの本のことを話したかったんです」
 驚いてしまうのは、子どもの頃に読んだ本にも、それぞれの今に繋がる分かれ道が確かに刻まれていることだ。学生時代に古書店で買い求めた本には、いくつものアンダーラインが引かれていた。
 自分を支える言葉を探して貪るように繰り返し読んだ本がある。読み返せば、記憶がほどけてくる。

「これ、いつ読みましたか?」
 対話は、そんなふうに始まることもあった。遠い昔にひいたままのアンダーラインと新しくつけた付箋は、あの頃と今、少女から大人になるまでの距離を物語る。
「大学時代にクライ会というのをつくっていまして。CRYと書いてCRY会。一か月に一回くらい、みんなで自分が味わった暗い体験を語り合うんです」
 小川洋子という人は、実に油断のならないユーモアのセンスの持ち主なのだ。クスリと笑いながら、きっとこの本の読者も、不機嫌そうな顔をしていたあの頃の自分のことがなんだか愛おしくなるのではないか。
 気がつけば、いつも日が暮れていた。本があるから、こんなにも深く語り合うことになった。読むことは、そこに道標を立てることなのだろう。
 これから歩いていく道の先に、こんな先輩たちがいることは幸せだ。そして道に迷った時には、本がある。これは読書すること、生きることの喜びをかみしめて、分かち合う、そんな一冊である。



『洋子さんの本棚』
小川洋子 平松洋子 著
2015年1月5日発売
定価:本体1500円+税
版型:四六版 略フランス装

構成:瀧晴巳・山本圭子(第1章)
装丁:名久井直子
写真:久家靖秀
ISBN978-4-08-771591-0

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本書に登場する30冊と1本
『トムは真夜中の庭で』/『シャーロック・ホームズの冒険』/『にんじん』/『アンネの日記 完全版』/『はつ恋』/『点子ちゃんとアントン』/ 『ノンちゃん雲に乗る』/『いやいやえん』/『夜と霧』/『海を感じる時』/『パリから 娘とわたしの時間』/『パーマネント野ばら』/『キス』/ 『インド夜想曲』/『リンさんの小さな子』/映画『道』/『香港 旅の雑学ノート』/『美味放浪記』/『十一面観音巡礼』/『暗い旅』/『自転車と筋肉と煙草』/『ヴェニスに死す』/『錦繍』/『珍品堂主人』/『ラブ・イズ・ザ・ベスト』/『洋子』/『海鳴り』/『冥途』/『ナショナル・ストーリー・プロジェクト』/『みちのくの人形たち』/『月日の残像』





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