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レンザブロー インタビュー

作家 粕谷知世さん

日常を異世界として描くということ

"1999の年、7の月、空から恐怖の大王が降ってくる"。
「ノストラダムスの大予言」の存在を知った、小学5年の主人公・岡島伊吹は、親友の瑞恵と一緒に、世界を救う方法を考えはじめる――

 粕谷知世さんの長編小説『終わり続ける世界のなかで』は、1980年代から世紀末を越えて、生き辛さを抱えながら自己を見つめる少女を描く、20年間のクロニクル。現実の日本の時代背景を踏まえながら、「生と死」、「自分と世界」の意味を問いかける、渾身の一作だ。
「"ノストラダムスの予言を信じこむ少女"というモチーフは、ずっと書きたいと思っていた題材なんです」と粕谷さんは話す。主人公の少女・伊吹は、著者と同年代の設定で、経験する時代の流れも共通している。
「いまになってみると、80年代から00年代までの20年間は異世界みたいだと思うんです。バブル期のエピソードは嘘みたいだし、サリン事件や阪神大震災は悪夢のようでした」。
 2001年、日本ファンタジーノベル大賞でのデビュー以来、もともと歴史ファンタジーを中心に執筆を続けてきた粕谷さん。現代小説を書こうと思ったのは、出産がきっかけだったという。

終わり続ける世界のなかで 粕谷知世

 

粕谷知世さん

【プロフィール】
粕谷知世(かすや・ちせ)

1968年、愛知県豊田市生まれ。大阪外国語大学イスパニア語学科卒業。
2001年『太陽と死者の記録』で第13回日本ファンタジーノベル大賞を受賞(後に『クロニカ 太陽と死者の記録』と改題して出版)。
05年『アマゾニア』で第4回センス・オブ・ジェンダー賞大賞を受賞。06年『ひなのころ』、11年『終わり続ける世界のなかで』を刊行。

撮影:427FOTO

「前作の『ひなのころ』を思いついたのは、自分が育った環境と、いま子供が育つ環境は全然違うと思ったからなんです。今の子供たちにとっては、私の子供時代がすごくファンタジーかもしれない、と思ったら、自分の育った環境を客観視して物語のなかの異世界として書こうと思えるようになりました」。
 本作では、地下鉄サリン事件をはじめとする一連のオウム真理教事件が、とくに重要なモチーフになっている。
「オウム事件は、私にとってまさに同時代の出来事でした。実はサリン事件の1時間後くらいに、私自身も地下鉄で霞ヶ関駅を通過したんです。少し時間が違えば巻き込まれていたかもしれません。群集のなかの一人としてですが、『誰かに命を狙われた!』と感じた特殊な体験でした」。
 事件に大きな怒りをおぼえた一方で、後の報道でオウムの信者たちを知り、不思議な感慨にとらわれたそう。
「私も本気で"世界は滅びる"と信じていた時期があったので、オウムの人は、それと同じような心境をずっと引きずっているのかなと思ったんです。だから『昔の自分が、いまの自分を殺しに来た』ように感じました」。
 その不思議な共感が、『終わり続ける世界のなかで』のベースに反映されている。
「もともと世界をまるごと描くようなスケールの大きなSFが好きだったので、"滅びる世界"というテーマは親しいものでした。テレビアニメや映画でもよく取り上げられたテーマでしたし、信じる程度の差こそあれ、それが時代の空気だったんじゃないでしょうか。ノストラダムスに限らず、太平洋戦争とか現代なら原子力の問題もそうですけど、何かひとつの理念を集団で信じて、信じては裏切られ、というのを、人はずっと繰り返しながら生きているんだと思うんです」。
 そんな時代の流れの中で主人公の伊吹は成長し、価値観を揺さぶられながら自身の内面を掘り下げていく。彼女の苦悩と成長を描く描写は、実践的な形式の「哲学小説」ともいえる。
 「子供の頃から『人は死んだらどうなるのか』とか、『なんで自分はこの友達の家に生まれなくて今の家族なのか』とか、答えの出ないような問いを、ぐるぐる自問自答していました。前作まではそれをファンタジーとして書いていましたが、今作は現代小説として直球に近い形で表現しているので、かなり気恥ずかしく、腹を据えて執筆にとりくめるようになるまでに時間がかかりました」。
 刊行後、印象に残った感想にこんなものがあった。
「ネットの書き込みで、『ああ、人間ってやりたいことやっていいんだ、自殺するほど悩まなくてもいいし、間違ったら直せばいいや、と思った』というようなことを書いてくれた方がいて、どんな方かは分からないのですが、たとえば落ち込みやすい人がそう感じて元気になってくれたのだとしたら嬉しいなと思います」。
 次作は原点に回帰し、あらためて歴史や幻想的要素の濃い作品を書きたい、という粕谷さん。作品への真摯な姿勢と、一作一作を丁寧に生み出す筆致に、ますます期待が高まる。

 
 

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