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レンザブロー インタビュー

作家 彩瀬まるさん

答えの出ない人生を、生きるということ

2013年春に刊行された、彩瀬まるさんの長編デビュー作『あのひとは蜘蛛を潰せない』。
ドラッグストアで店長として働く28歳の梨枝を中心に、ひとりの女性が初めての恋を経て自立にいたる道のりを卓越した筆力で描き出し、書店員を中心に熱い注目を集めている。

「私のみっともなさだけでもじゅうぶん息苦しいのに、それに三葉くんの分まで加わると思うと、逃げ出してしまいたくなる。人と付き合うのって、こんなに憂鬱なことだったのか」
―『あのひとは蜘蛛を潰せない』より

あのひとは蜘蛛を潰せない 彩瀬まる

『あのひとは蜘蛛を潰せない』
新潮社/定価:1,500円(本体)+税

 

彩瀬まるさん

【プロフィール】
彩瀬まる(あやせ・まる)

1986年千葉県生まれ。上智大学文学部卒業後、小売店勤務を経て、2010年「花に眩む」で第9回女による女のためのR-18文学賞読者賞を受賞。
単著は今作の他にノンフィクション「暗い夜、星を数えて ―3・11被災鉄道からの脱出―」がある。

撮影/藤沢由佳

「女性が大人になるまでの過程には、子供のころは両親に意思決定を委ねていたのが、次に恋人や友人ができてその価値観に影響されて…という、親への依存→恋人への依存へと移行する段階があると思うんです。最終的に自分なりの価値判断の規範ができるまで、"すごろく"のように巡っていく。一番書きたかったのは、主人公が自立して価値観の違う女性と出会って友達になる、という部分です」

引っ込み思案で控えめな主人公が、他者と出会うことで少しずつ自分自身を発見していく。束縛の強い母や、人生初の恋人・三葉くん、店の従業員たちなど、様々な人間関係が重層的に交錯し、主人公の心の揺らぎがたまらなくスリリングだ。
「執筆中は、登場人物にもっと個性を付けなきゃダメかな?と思っていました。たとえば、お母さんをもっとえげつない"毒親"にしたほうがいいのでは、と編集からのご指摘があったり。ただ、そうすると多くの読者にとって"他人の話"になってしまうので、少し普通寄りで、『こういうお母さん、いる!…けど、しんどい』という方向にして共感できるようにしました。それに、主人公を『私は悪い親に育てられたかわいそうな子』というわかりやすい自己認識に向かわせたくなかった」

だれが善で、だれが悪なのか。この小説では安易に結論を出すことなく、客観的な視点のまま、徹底して悩みぬく主人公に寄り添う。
「“正しい愛情”は規定できませんし、これが愛情でこれが間違い、というのはない。だから『人に対して自分がする行為が、他者にとってみればエグい行為として受け取られているかもしれない』というイメージで書いていました。そこに良し悪しはつけずにいよう、ということだけははっきり意識しました」

周囲に対して客観的な視点は、幼少期に海外に住んでいた経験によっても培われた。
「5歳のとき、一時期アフリカに住んでいたことがあったんです。そのときに、社会の構造の違いや、現地の子供と海外組の子供の境遇の違いにショックを受けました。帰国後、14歳のときに初めて書いた小説は、生まれつき身分格差がある子供たちが出てくるファンタジー。自分が受けた衝撃を消化するために小説を書き始めたんです」

当時はまっていたのは、水野良の『ロードス島戦記』。中3のときにお母さんが買ってきてくれたミヒャエル・エンデの『果てしない物語』など、ファンタジーには忘れられない作品が多いそう。
「設定は寓話的でも、語られていることが身近に感じられる物語が好きでした。ファンタジーは“正しい勇者とお姫様がいて、悪者が倒されて…”と分かりやすい設定の物語が多いんですが、たとえば流星香(ながれ・せいか)先生の作品は、悪役が最後に『私は私のための世界が欲しかった』と言いはじめる(笑)。悪役にも想いがあるんです。すごくびっくりして、好きになりました」

次作は、11月に幻冬舎から短編集を刊行する予定。
「伴侶を失って美化した思い出を抱えている人の話や、友達を失う話など「喪失」をテーマにした連作です。いままで自分から距離の近いことを書いているので、いつかもっと寓話的な普遍性のあるものを、うまく抽出して書けるようになりたい。とくに東日本大震災での経験は、なにか違う形に昇華させて出せるようにと思っています」

 
 

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