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レンザブロー インタビュー

作家 古内一絵さん

「未来の女性ジョッキーに託す思い」

 地方競馬に在籍する若手女性騎手が、弱小厩舎の仲間たちと中央競馬進出を目指す青春小説『風の向こうへ駆け抜けろ』。古内一絵さんが1年間に及ぶ取材を行い、細部にまでこだわり書き上げた力作だ。

 プロデビューを控えた18歳の女性騎手・芦原瑞穂が所属したのは、「藻屑の漂流先」と揶揄される弱小の緑川厩舎。八百長疑惑で騎手を辞めた元ジョッキーの緑川光司を始め、一言も口を利かない無愛想な木崎誠、酒飲みで酔っ払いのゲンさんなど、在籍する調教師、厩務員はそれぞれ心に傷を持つ、落ちこぼれの集まりだった。

風の向こうへ駆け抜けろ 古内一絵

『風の向こうへ駆け抜けろ』
小学館/定価:1,500円(本体)+税

 

古内一絵さん

【プロフィール】
古内一絵(ふるうち・かずえ)

東京都生まれ。大学卒業後、映画会社に入社。その後、中国語翻訳者として活躍。2010年、第五回ポプラ社小説大賞特別賞を受賞し、2011年、『快晴フライング』で小説家デビュー。今作のほかに『十六夜荘ノート』がある。

 「たまたま見ていたテレビ番組で、ある競馬場の、あるレースだけ毎年1位になる馬がいることを知りました。競馬は馬の個性を活かしながら戦っていくゲームなんだと、初めて興味が湧きました」
 競馬への関心が高まる中、女性騎手が圧倒的に少ない現実を知る。現役の日本人女性騎手は、地方競馬で8名、中央競馬に至っては、現在1名も所属していない。
「調べていくうちに、女性騎手は競馬界で相当苦労していることがわかりました。私が小説を書く際に裏テーマとしているのは、常にジェンダーとマイノリティについてなんです。競馬のゲームとしての面白さと、ジェンダーの問題との繋がりが見えたので、小説として書き進められると確信しました」

 日本中央競馬会の定める重賞レース(最も高い階級の競争)には三種類あり、GI>GII>GIIIと格付けがされている。最高峰の舞台であるGIに参加した日本人女性騎手は存在しない。進出が遅れている理由は、体力・技術の差以上に、旧態依然とした競馬界の構造に問題がある。実力があるにも拘わらず、冷遇され続けた騎手も過去には存在する。そんな苦しい状況の中でも、闘い続ける女性を描きたかった。
 「つい先日、高知競馬所属の別府真衣選手が、日本人女性騎手としては13年ぶりに中央重賞(チューリップ賞:GIII)に騎乗して、積極的な競馬を見せてくれました。あらゆる分野で女性が活躍の場を広げている中、競馬界はまだまだ保守的ですが、少しずつ変化が出てくるのかもしれません。私が子供の頃、メジャーリーグに行く日本人野球選手が想像できなかったように、今はまだありえないと思われていますが、いつか日本人女性騎手がGIを制覇する日がくるのではないかと思うんです。この小説で描いた瑞穂の活躍は、現実の競馬の世界でも今後起こりうる。そうした願いを読者にも共有してもらえるように、作品を追求しました」

 実際に現地に赴き、取材を行った。栃木県那須塩原市にある地方競馬教養センターは、騎手や厩務員など、地方競馬を担う人材を養成するための施設だ。
 「那須の山の中にある、交通手段の限られた隔離された場所に、中学卒業したての15歳から、22歳までの騎手候補生が在籍しています。話を交わす中で、候補生たちの競馬に対する純粋さと情熱に胸を打たれました」
 現役の女性騎手への取材では、辛い状況の中でもめげない心の強さと、馬への並々ならぬ愛情を感じ取った。
 「セクハラに近いことを言われることもあれば、広告塔として使われることもある。そんな厳しい環境の中に居ても、馬が好きで、懸命に努力している女性騎手がいることを知りました。どれだけ野次を飛ばされても、毅然としていられる強い精神力を持っています」

 女性騎手というだけでマスコミに利用され、観客からは野次を浴びせられていた瑞穂だったが、ひたむきに馬を育て、勝利に向けて奮闘する。その姿を目の当たりにした老練の厩務員たちの心に再び闘志が宿る。過去の虐待により人を寄せ付けなくなった競走馬・フィッシュアイズを引き取ったことで、緑川厩舎にとって一世一代のチャンスが訪れるが――。果たして瑞穂は、夢の舞台に立つことはできるのか。
 一度大きな挫折をした人間が、個々の力を集結させることで、徐々に形勢が逆転する。爽快感、高揚感に溢れた小説であるとともに、弱い立場の側に寄り添う心情描写が胸に響く。

 1年間に及ぶ取材の中で、人と馬の信頼関係の築き方が見えてきた。
 「馬を擬人化して書きたくないというのはありました。お互いが勝利を目指している時、馬と気持ちが通じ合うことがあると騎手の方が仰っていたんです。そういう瞬間を、馬の仕草を書くことで表現しました。本当に、色々な方に協力していただいて書けた作品です。一人では無理でした」

 古内さんには、守り続けたい小説家としての思いがあるという。
 「小説や映画のような、物語のあるものは、弱者のためにあるものだと思っています。行き詰まっている時、なにをやってもうまくいかない時とか、居場所がないと思っている人に読んでもらいたい。そこから何かを考えてもらえる小説を書き続けていきたいです」

 
 

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