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レンザブロー インタビュー

作家 伊岡瞬さん

「完全なる悪を書いて見えたもの」

 本年度ベストミステリとの呼び声が高い、伊岡瞬さんの『代償』。
 人を操り陥れることによって快感を覚える悪魔のような男と、彼に人生の歯車を狂わされた人々との心理戦を描く。冒頭から100ページ以上に渡る凄惨で陰鬱な描写と、衝撃のラストが話題となり、発売後即重版、「伊岡瞬の新境地」と熱い注目を集めている。

代償 伊岡瞬

『代償』
KADOKAWA角川書店/定価:1,700円(本体)+税

 

伊岡瞬さん

【プロフィール】
伊岡瞬(いおか・しゅん)

1960年東京生まれ。日本大学法学部卒。2005年『いつか、虹の向こうへ』で第25回横溝正史ミステリ大賞とテレビ東京賞をW受賞しデビュー。著書に『145gの孤独』『瑠璃の雫』『教室に雨は降らない』『もしも俺たちが天使なら』など。

撮影/亀田亮

 デビュー作『いつか、虹の向こうへ』は、職と家族を失った元刑事が、共同生活をきっかけに人を救うことを知り、小さな奇蹟を起こすハードボイルド・ミステリだ。以来、傷ついて倒れかけた人間が立ち上がる再生の物語を描いてきた。本作では、今までに無い悪を前面に描き出すことで、それに抗う人々の感情の変化を際立たせることに成功している。
 「まず、今まで自分の書いたものを振り返ってみました。ミステリなので犯人・悪人が出てきますが、その人たちにも事情があって、弱さゆえに罪を犯したり道を踏み外したりする人が多かったんですね。今度はそうではなくて、全く人を顧みない、全く反省しない根っからの悪を書いてみたいと思い書き始めたのが『代償』です」

 主人公の圭輔は、至って普通の家庭に生まれ幸せな生活を送っていた。小学五年生のとき、近所に親戚の浅沼一家が越してきたことで環境が激変する。同い年の達也が頻繁に家に遊びに来るようになったからだ。達也は、毒を飲ませたときの動物のリアクションや、同級生の女子の服を無理やり脱がせた話を満面の笑みで語り、時には舐め回すように圭輔の母を見た後「圭ちゃんのお母さんて、いいよなあ」とつぶやく。その言動に、圭輔は嫌悪感を募らせる――。

 ある日、家にあるはずの金品がなくなっていることに気づいた圭輔の両親は、浅沼一家と距離を置こうと決める。しかし達也はしつこく家を訪ねては悪戯を繰り返し、幸せな家庭を次第に崩壊させてゆく。一度は達也の魔の手から逃れた圭輔だったが――。

 「二人が大人になったところから第二部は始まります。収容された達也から弁護士になった圭輔に連絡がいく展開は、達也のキャラ作り同様、最初から考えていました。昔殺したいほど憎んでいた相手から弁護を依頼されたらどんな気持ちになるのか疑問に思ったので、それを繋ぎ合わせて進めていきました」
 中学卒業以来、一度も会っていなかった達也から突然届いた弁護人依頼の手紙。強盗致死事件の被告人として収容されている自分の無実を、昔のよしみで圭輔に証明して欲しいという。圭輔にはそれに応じなければならないある理由があった。人を弄ぶことに関して天才的な才能を持つ男に再び搦み捕られた圭輔は、この悪に立ち向かうことができるのか。
 「実際に過去に起きた理不尽な事件の資料を読み込み、調べ尽くしてそのエッセンスを入れました。あとは、裁判傍聴に何度も行きました。作中では達也と圭輔の心理戦を入れた法廷シーンがありますが、決して荒唐無稽な描写にはなっていないと思います」

 圭輔と親友・寿人との会話の中には、映画『情婦(1957/アメリカ)』の話題が出てくる。言わずと知れた名作で、伏線を回収しつつ二重のどんでん返しが待ち受けるラストの法廷シーンは有名だ。さりげない一場面として二人の会話を読み飛ばしてしまいそうだが、実は後半の展開を示唆している。「本はもちろん、映画を見るのも好きなので、小説に絡めることがあります。書き終わってから思ったことですが、例えば達也の造形は、『時計じかけのオレンジ』(1971/イギリス)の、あのむき出しの暴力表現のエッセンスが入ってるかもしれません。借り物の表現にならないように気を付けていますが、今まで読んだり見たりした作品の影響は、かなり出ていますね。
 また、凶悪犯罪ものの映画だと、このまま警察に捕まって終わりじゃ俺の気が済まないよ?って思いながら見るわけですよ。終盤までイライラしても、最後はスッキリ終わって欲しい。『代償』で最も大変だったのも、達也にどう代償を支払わせるのか、そのラストでした。ここまで悪いことをやっている人物だと、捕まる以上のことを予言した終わりじゃないといけないなぁと。今回は満足のいくラストにできました」

 新たな手ごたえがあった。人間の限界を超える姿や、ヒリヒリするような物語を今後も書いていきたい、と伊岡さん。
 「本音を言えば、物語にメッセージはいらないと思っているんですよ。読んだ人がそこから何か感じてくれればいいし、感じなくても二時間楽しめればいい。人に説教しようとか生きる指針を与えようとか大それたことは全く頭の中になくて、読んでいる時間を充実させてくれればそれで満足なんです。今回は周りの反応を見ても、それができたのではないかと思えたので嬉しかったです」

 目指す先に見える読者の姿は、はっきりとしている。

 
 

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