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金城孝祐『教授と少女と錬金術師』刊行記念対談 金城孝祐×高橋源一郎「物語作りは断片の積み重ねから」
金城孝祐『教授と少女と錬金術師』刊行記念対談 金城孝祐×高橋源一郎「物語作りは断片の積み重ねから」


薬学部五年の久野(くの)は、江藤教授とともに育毛と油脂を関連づけた研究をしていた。
成果があがらず悩む久野に、江藤はかつての教え子・永田を紹介する。
永田は人を魅了するほどの光り輝く艶を乾性油から作り出し、自身のハゲ頭に魅力を与えていた。
永田に教えを乞い行動を共にする中、久野は女子中学生・荻(おぎ)と出会う。
荻は、永田の技術である油の艶をさらに光り輝かせ、世界を、そしてあらゆる者の精神を打ち震わせるほどの力を持っていた。
あるきっかけで出会った自称錬金術師・楊(ヤン)と話すうちに、荻の能力が錬金術に通ずるものと気づいた久野は、彼女の力を自分たちの研究へ応用しようと考えるのだが──。
金城孝祐さんの第37回すばる文学賞受賞作『教授と少女と錬金術師』は、頭からきのこが生える、目からビームが出る、人が翼を生やして昇天するなど、荒唐無稽な出来事が何の前触れもなく突然起こる異色作です。
選考会で本作を推したという高橋源一郎さんをお迎えしての本対談。
話題は金城さんが授賞式で行ったパフォーマンスのことから始まります。
(本対談は「青春と読書」2月号に掲載したものです)


授賞式の前代未聞のパフォーマンス

金城孝祐さん高橋 あらためて、すばる文学賞の受賞、おめでとうございます。

金城 ありがとうございます。

高橋 普通ならここで作品評に入っていくんだろうけど、今回は何よりまず聞きたいことがあります(笑)。遅れて行ったんで残念ながら僕は見ることができなかったんだけど、授賞式で前代未聞の受けないパフォーマンスをやったんだって?

金城 何もしないのもつまんないと思って。そこに舞台があると、何かむずむずしちゃうんです。

高橋 あ、確か演劇をやっていたんだったよね。じゃあ、そこに舞台があったから即興でやったんだ。

金城 はい。

高橋 みんながあまりにいろいろと言うもんで、どんなだったのかと想像だけはどんどん膨らんでいくんですけど、まあ、はっきり言って、見ていた人はいたたまれなかったらしい。ということは即興の才能はないってことだね(笑)。

金城 でも壇上から見ていると、にやにやしている人もあちこちいたので、まるで受けなかったわけでもないかと。

高橋 う~ん、困った人だ(笑)。さて、小説の話に移ると、「教授と少女と錬金術師」、読み返してみましたが、二回目に読んだ方がよかった。これはいい小説だなあ。中には「わけがわかんない」と言う人もいたんだけど、そういう感想を、金城さんはどう思う?

金城 わけわかんないというのは、もっともだと思います。

高橋 だめだよ、自分でそんなこと言ってしまったら(笑)。

金城 すいません。ただ演劇をやっていた頃から、同じ作品でもいろんな意見があるということはアンケートでも見ているし。それを総合的に考えて次につなげていけたらいいなと思っているので。

高橋 いつもそんな冷静なの? 金城さんって何年生まれだっけ。

金城 一九八五年生まれです。

高橋 昨日、社会学者の古市憲寿さんと話をしたんだけど、彼も同い年だ。彼もクールなんだよね。だから僕、この世代を「むかつかせ世代」と呼んでるの(笑)。何言っても怒らずソフトな感じなのに、やってることはめちゃくちゃというか。八五年あたりってそういう層がまとまって出てきているよね。演劇はいつから始めたんですか?

金城 武蔵野美大に入って最初は絵一本でやっていたんですが、大学三年になって演劇を始めたんです。野田秀樹さん作、蜷川幸雄さん演出の「白夜の女騎士(ワルキューレ)」を二年生の頃に見て、演劇ってこんなにすげえんだと感動したのがきっかけのひとつでした。

高橋 野田、蜷川はそりゃすごいよね。で、最初は役者志望だった?

金城 はい、役者志望でした。

高橋 はっきり言って、とても役者に向いているとは思えないです(笑)。で、最初にやった役は?

金城 変な博士の役。マッドサイエンティストです。

高橋 え~、じゃあこの小説の教授のキャラクター、そのまんまじゃん(笑)。覚えている印象的なセリフがあったら言ってみてもらえますか。

金城 風を試験管に集める風博士の役なんです。主人公の男の子と、その男の子が好きな女の子の周囲の風を集めて、風博士が一言、「これは……恋!?」(笑)。

高橋 おもしろいな、いいよそれ(笑)。

演劇から小説へ

高橋源一郎さん高橋 でもそれだけ演劇にはまっていたのに、何で小説を書く人になったんです?

金城 小説は昔から書いてみたいと思っていたんです。遊び書き的に書いているものはあったんですが、こんなにしっかり書いたのは初めてに近いです。

高橋 その作品を自分で読んでどう?

金城 書いていると、わーっと降ってくるものがあるので、その時は興奮して面白いと思って、実力以上のものが書けたと思うんですが……。書き終わって考えてみると、降ってくるもの込みでの実力以上のものって絶対書けないなとも思います。

高橋 妙に冷静だよね。でもさ、物語としては結構おかしいじゃない。ふと気が付くと人が唐突に焼け死んでいたり、寺で坊主が消えたり、教授に翼が生えて昇天したりする。そういう結構重大な出来事がすごく適当というか、はっきりとは見えないように書いてありますね。これは意図的にそうした?

金城 ええ。とんでもないことが、さらっと起こるほうが、読んでいてドキッとさせられるかなと思ったんです。ガルシア=マルケスの小説でも、いきなり子供が天使に連れられて天国に昇っていくシーンとかありますよね。

高橋 というか、マルケスの場合は美女が昇天するんだけどね。この小説は、老教授のおっさんの昇天なので、あまり美しくはない(笑)。ただこの辺はちょっと演劇っぽい印象はあるかな。

金城 仲間から戯曲っぽいとは言われました。

高橋 やっていることはスラップスティックなんだけど、登場人物はモノローグになるとみんなシリアスで、不真面目な人はいないよね。主人公の久野君が彼女の幸菜ちゃんにチューリップの球根を出して求婚。このすべる感じが金城さんらしくて僕は好きなんだけど。あそこでは思わず感動しました(笑)。

金城 あれ、野田秀樹さんも同じことやっていたんです。

高橋 野田さんはダジャレ多いもんね。金城さん、演劇と小説は結構地続きで結びついている感じなの?

金城 どっちも物語作りという点では同じで、小説・散文にするか、戯曲の形式にするかというのは、頭のスイッチの切り替えによるという感じがします。

物語をどう作っていくか

高橋 僕自身いつもほとんど決めないで書いていくので、よその人がどうやって物語を作っていくのか興味があるんです。家族構成から年表まで何から何まで全部作っちゃう人もいるけど、金城さんはどう作っていくのかな。

金城 最初はまずスケッチを取りますね。数十文字から数百文字くらいのスケッチ原稿を即興でばーっと書いて、それを何個も何個も積み重ねていきます。そういうのをいくつも書くと、だんだん何か見えてくるので、面白いのを拾って、つなぎ合わせて、そこから発展させていく。

高橋 断片からできていくみたいな。ばらばらなものから全体のコンセプトが見えてくるという感じかな。

金城 そうですね。そこから全体を囲えるようなテーマも見えてくるかなという。

高橋 この小説の断片は、最初に何から始まったの?

金城 「錬金術」という言葉です。錬金術師は金を作ることを目指していた。金を完全なものだとすると、完全にならないという意味で銀。そこから「完全な銀」(応募時の作品タイトル)というテーマが思い浮かんで、銀は無彩色なので、「色のない世界」を描いてみようかなと。そして錬金術を現代の話にするために、理系、とくに医学系の知識のある薬学部の学生を出そう、すると大学関係の話も必要だから教授との人間関係も必要かなとどんどん広がっていく、という感じです。

高橋 なるほどね。そうやって物とか人物が先に出てきて、この人たちを動かすお話自体は最後なんだ。

金城 はい、そうなりますね。

歩く場所がたくさんある小説を

金城 高橋さんが、小説を志した最初の動機って何だったんでしょうか。

高橋 僕、最初は詩の評論を書きたかった。僕たちの時代には、詩が一番偉かったんですね。詩が一位で批評が第二位で、三、四がなくて小説が五位ぐらいだった。

 二十歳ぐらいのときに、友達と同人誌を作ってね。僕が当時書いていたものは、すごく詩的な文章で批評的で、もう自己満足もいいとこ。今よりずっときれいな文章を書いていたけど、何か、これは間違っているなと思った。詩を読むのも楽しくなくなっていて、実際読者が置いてけぼりになっていたし。それで詩をやめて、三十で小説に方向転換しました。

 自分が本当は何が好きかって、難しいよね。文学をやっている人が、世界と独立して自分だけで考えているかというと、そうでもなくて、小さな集団の中で意外と洗脳されているんです。一種カルト的なところがあるでしょ、文学には。僕は二十代の頃、その辺で混乱していて、やっと気づいた。やっぱり小説のほうが読者に優しいなと思って。詩や批評はもう終わっているけど、小説にはまだ舞台が残されていると思ったんです。

金城 高橋さんの小説に僕はかなり影響を受けています。最初に読んだのが『あ・だ・る・と』なんですが、純文学にギャグやユーモアを入れてもいいんだと気づかされました。僕、ミラン・クンデラが好きなんですが、中に出てきた「存在の耐えられないクサさ」という表現には、わーっすげえと感動しました(笑)。

高橋 センスないねえ(笑)。

金城 『銀河鉄道の彼方に』は、いろんな本が浮かんできました。手塚治虫の『火の鳥』とか、だんだん宇宙飛行士の知能が低下していくのが、『アルジャーノンに花束を』を思わせたりとか、いろんな情景が見えてきて面白かったです。

高橋 うん、面白いよね、小説って。何書いてもいいからね。

金城 一本道のストーリーではなく、いろんなものをつぎ合わせていくという手法には、意図があったりしたんですか。

高橋 単純に僕は、小説の中はなるたけ歩く場所がたくさんあったほうがいいと考えているんです。真っすぐ行くより、うろうろしたほうが楽しいでしょ、散歩も。

金城 ああ、そうですね。

高橋 その中に入ったら、出るのを忘れるぐらいでいい。それはそれで、人に迷惑をかけるんだけど、そういう日常じゃない時間を小説の中では味わいたいですね。金城さん、次の作品の構想は?

金城 いくつか断片はつかんでいます。まだ二つか三つなんですが、ある夫婦とお菓子屋さんをモチーフに考え始めたところです。でもまだ構想三日です(笑)。

高橋 楽しみにしてます。親の財産を食いつぶしてでも小説を書く時間を作ってください。それが小説家です(笑)。

構成=宮内千和子/撮影=高橋依里

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