- かわいい見聞録益田ミリ
- 2019年7月26日発売
1,250円(本体)+税 - 装画・挿画 益田ミリ
装丁 名久井直子
日々、私たちが何気なく口にしている「かわいい」という言葉。
大人になった今だからこそ、この言葉の前でもう一度立ち止まって考えてみたい。
何をかわいいと思うのか、そのかわいさの源泉はどこにあるのか……。
そんな思いから始まった、益田さんの「かわいい」探しの旅。
さくらんぼやソフトクリーム、猫のしっぽや雪だるまなどの王道のかわいいから、しじみや毛玉、輪ゴムやシャーペンの芯などの意外なかわいいまで。
日常のなかで見つけた30の「かわいい」、そのヒミツを探るコミック&エッセイ。
ショッピングカートを押し、スーパーの中を歩いていたらシジミを見つけた。小さい貝だなぁ。改めて眺めてみる。となりに並ぶアサリに比べると、どこかしみじみしている。語りかけてくるような佇まいだ。
ひょっとして、シジミはしみじみから名づけられたのではないか?
菊池亜希子
幼い頃からへそまがりであった私は、姉や同級生や街ゆくオナゴたちの「かわいい~」とハモる黄色い声を、少しばかり斜に構えて聞いていた。「なんでもかんでもかわいい~としか言えないのか!」ってタモリさんもプンプン怒っていたよ。みんな、とりあえず周りに合わせて言っているだけなんじゃないの? 本当にかわいいものは、自分の心の中でこっそり呟けばいいんだよ! と、そんな風なへそまがり女子であったため、私はいつの間にか“かわいい”に対する反骨心のようなものを掲げて、思春期を迎えてしまった。
ピンクも着ない、スカートも履かない。かわいいは、仲間同士の合言葉なんかじゃなくて、もっともっと個人的で小さな世界のものなのだ。だから私は、私だけの“かわいい”を愛でて生きていく。そんな風に思ってしまっていたのには、わけがある。幼い頃から、私が思う“かわいいもの”は、あまり人に共感されてこなかった。五味太郎先生の絵本に使われていそうなくすんだ色の靴下、ヘンテコな動きをする馬のおもちゃ、アイスの空容器に詰め込んだたくさんのダンゴムシたち……。誰の目にも止まらない、むしろ眉をひそめられるような私だけのかわいいものを、私はいつの頃からか、一人でこっそり眺めて楽しむようになっていた。
『かわいい見聞録』を読んだとき、そうやって私の中で静かに生き続けてきたへそまがりな“かわいい魂”が、ぷかりぷかりと解放されるような思いがした(この場合、解放されるときの音も、ジャーンとか、スーッとかではなく、ぷかりぷかりがしっくりくる。かわいいものが解放される音として相応しいような気がする)。この本には、私が日々こっそりと収集してきたものにとてもよく似た、小さくて、個人的な“かわいいもの”が詰まっていた。そんなささやかな“かわいいもの”の可愛いさの理由を、ミリさんは物凄く真面目に掘り下げている。その様子がまず、かわいい。まほうびんの名前の由来を知るべく“まほうびん記念館”を訪ねる旅も、下校中の子供たちをニンマリしながら眺める姿も、“コンペイトウ”の語源をせっせと調べることも。“かわいいもの”を学問する。その行為そのものが、かわいいのだ。
部屋の片隅に転がった猫の毛玉ボール、窓辺で外を向いて置かれているぬいぐるみたち、コンビニの前に繋がれて待つ犬、子乗せ自転車の前かごに乗せられて運ばれる無表情な子供……。私の心の中に日々溜まり続ける“かわいいもの”たちを、いつかミリさんに見せてあげたい。自分だけのかわいいものを持つこと。それをおすそ分けするかのように、そっと人に見せてあげること。そうか、“かわいい”は、共有するものじゃなく、おすそ分けするものなのかもしれないな。私も私だけの『かわいい見聞録』を作ってみようかな。そうしてできた何冊にも及ぶ見聞録は、おばあちゃんになってから読み返そう。ともだちとお茶でも飲んで、コンペイトウでもかじりながら、ぱらりぱらりと捲って、うふふと笑い合う。なんとかわいいお茶時間なのだろう。
あおむろひろゆき
平日は毎日、ビシッとスーツを着て仕事をしている。ビジネス鞄や名刺入れなんかは、艶やかな革製のものでビシビシッと決めている。そんなわたしには、自分だけの秘密がある。
実はいつもスーツの胸ポケットの中に、シルバニアファミリーのハリネズミの人形を忍ばせている。チュウ太と名付けた、水色のオーバーオールを着こなすかわいいハリネズミ。出張先やランチタイムなど、機会を見つけてはチュウ太と記念撮影をして、写真フォルダを見てホクホクしている。
ズボンのポケットに入っているのはマロンクリームのハンドタオル。ビジネス鞄の中には、お花柄のポーチやマイメロディの小さなぬいぐるみ、色とりどりのファンシーグッズ。出張の時は大きなシナモロールのぬいぐるみをトランクにつめて持参し、ともに夜を過ごす。
真面目な顔して仕事をしながら、こうやって密やかにかわいいものを愛でることで心の均衡を保っている。自分にとってかわいいものは、固まった心をやさしく解きほぐしてくれる特別な存在だ。
益田ミリさんの『かわいい見聞録』、この作品はわたしが愛してやまない「かわいいもの」をテーマに書かれている。出てくるのは、シジミやソフトクリーム、雪だるまやドングリなど様々で、ああ、そうそう、そうだよね、これかわいいんだよね、とページをめくるたびに頷いてしまう。「かわいい」ってなんだろう。そういえばちゃんと考えたことなかったな。普段意識しないことを、じっくりと考えながら読み進めていく。
かわいいものをただ「かわいい」と愛でるだけではなく、それが何故かわいいのかを深いところまで掘り下げていて、ミリさんならではのやさしい文章とイラストが続く。読んでいるうちに、その「かわいいもの」を眺めているミリさんの綻んだ表情までぼんやりと見えてきて、ついつい微笑んでしまう。
それにしてもミリさんの言葉づかいやイラストって、とってもかわいいですね。
かわいいものやかわいい人たちに囲まれながら生きている日々を抱きしめて、この先もやさしく生き続けようと思います。