集英社 文芸ステーション

試し読み

しみじみかわいいシジミたち

ショッピングカートを押し、スーパーの中を歩いていたらシジミを見つけた。小さい貝だなぁ。改めて眺めてみる。となりに並ぶアサリに比べると、どこかしみじみしている。語りかけてくるような佇まいだ。
ひょっとして、シジミはしみじみから名づけられたのではないか?
調べてみたら、そうではなかった。『日本語源広辞典』によると、シジ(縮小)とミ(貝)が合体し、シジミとなったようだ。見たまんまの名前であるが、そういえば、同じ名の小さなチョウもいる。
シジミチョウ。昔、近所の公園でよく見かけたのを思い出した。

シジミチョウはかなり地味な存在だった。
「あっ、クロアゲハ!」
などと、遊びを中断してまで追いかけるような存在ではなく、「あ、今日もいる」と心の中でひっそり思うような。地面に近いところを弱々しく飛び、華があるとはお世辞にも言えない。
しかし、彼らは子供たちにしみじみと人気があった。クロアゲハがお兄さん、お姉さんなら、シジミチョウは赤ちゃんチョウチョ。小さいから幼く見えた。カタバミの花にとまっている姿も、まるで午後のお昼寝タイム。そーっと近づき、指でつまんで簡単に捕獲できるのも人気の理由のひとつだった。
弱々しくて、小さくて、隙がある。同じ子供同士のようで親近感が湧いたのかもしれない。
『シジミチョウ観察事典』によると、日本にいるシジミチョウは現在約70種類。「シジミチョウの名は、シジミガイのように小さいチョウということで、名づけられたと考えられています」とある。
貝のシジミに似てるよね、じゃあ、同じでいっか。
安易なネーミングだが、さらにそのシジミチョウの中には、ツバメシジミ、カラスシジミ、リンゴシジミなどの種類もいるようだ。色やデザインが似ているから名づけられたのだろうが、考えてもみてほしい。もとの「シジミ」も他人名義なのだ。ツバメやカラスやリンゴまでレンタルとは……。とにかく控えめなチョウチョである。
『シジミチョウ観察事典』を読んでみれば、ヤマトシジミのオスたちは、どうやら、タンポポの綿毛をメスと間違えてしまうらしい。ちなみに、このヤマトシジミが日本にもっとも広く分布しているようなので、わたしが子供のころに目にしていたのも、こちらだと思われる。
タンポポの綿毛……。どうがんばっても、チョウチョには見えない。なのに、ヤマトシジミのオスたちは女子と勘違いして大騒ぎ。タンポポの綿毛に求愛している写真も載っているのだが、なんというか、相当、ドンくさい。
とはいえ、スミレやサクラの花ではなく、タンポポの綿毛に発情するところがまた慎ましくもあり、求愛される綿毛側も、喜んでいるようにさえ見えてくる。
大きなチョウたちと違い、ヤマトシジミは飼育も簡単だそうで、「プリンの空きカップで、だれでもかんたんに飼えます」とある。タンポポの綿毛やら、プリンの空きカップやら、出てくるキーワードがいちいち素朴で、調べるほどに情が湧いてくる。もはや小悪魔シジミである。
『シジミチョウ観察事典』のあとがきには、こう書かれていた。「シジミチョウの体は、複眼も触角も羽の鱗粉も、なにひとつ省略されることなく、精密に小さくつくられています」。
世界で一番小さいと言われているチョウは、北アメリカに分布するピグミーシジミなのだそう。羽を広げてもわずか12ミリ。しかし、そのからだの中には、他のチョウと同じだけ必要なものが備わっている。当然、それは貝のシジミにも言えるわけで、水陸の小さなシジミたちが、この大きな世界でがんばって生きているのだと思えば、またもや、しみじみとかわいらしさが増すのだった。

参考資料
『[増補版]日本語源広辞典』増井金典 ミネルヴァ書房
『シジミチョウ観察事典』小田英智 構成・文 北添伸夫 写真 偕成社

前のページへ戻る

かわいい見聞録

かわいい見聞録益田ミリ
猫のしっぽ、ソフトクリーム、シジミ、毛玉……
あれもかわいい、これもかわいい。
王道&意外な30の「かわいい」そのヒミツを探るコミック&エッセイ。
2019年7月26日発売
1,250円(本体)+税

集英社 文芸ステーションへ戻る