刊行記念対談
綿矢りさ×朝井リョウ

ここしかない物語の着地点を求めて

構成/瀧井朝世 撮影/三山エリ

デビューから十八年、初の上下巻の長編『生のみ生のままで』で、同性同士の恋と性を鮮烈に描いた綿矢りさ氏。一つのテーマを八組九人の作家が時系列で描いていく〈「螺旋」プロジェクト〉に参加し、『死にがいを求めて生きているの』で、今までにない創作方法を経験した朝井リョウ氏。新たな創作〝フェーズ〟に達した二人が語り合った。

長編の予感
朝井

私は綿矢さんの作品をとても好きで、ずっと読み続けているのですが、『生のみ生のままで』からはこれまでにない新鮮さと「これだから綿矢りさが好き!」という気持ち、両方を受け取りました。まず前者ですが、これまでの作品とは違う種類の、エンタメ的なリーダビリティーを感じたんです。これまでの作品では、個人の内側で発生する爆発みたいなものが多く描かれていた印象がありますが、今作では恋に落ちた女性二人が互いや他者、社会とぶつかり合うことで爆発が発生していますよね。頁を捲るたびに物語のステージがどんどん変わっていくというか、そういうスピード感が新鮮でした。

綿矢

おいそがしいなか、読んで下さってありがとうございます。そうですよね、くっついたり別れたりするし、長い時間も流れていますよね。

朝井

そしてやっぱり綿矢さんといえば、文章の美しさ。これが「これだから綿矢りさが好き!」の部分なのですが、特に毎作品、一行目の「やってやっぞ」感がすごいんですよ。

綿矢

書き手の気合いが感じられますね(笑)。出だしには結構執着があるタイプです。

朝井

私の世代の読書好きは、みんな『蹴りたい背中』の出だしの〈さびしさは鳴る。〉を暗記してる!(笑) 一行目のインパクト、毎回本当に楽しみなんです。この作品でいうと、〈青い日差しは肌を灼き、君の瞳も染め上げて、夜も昼にも滑らかな光沢を放つ〉。うわー、この文体で上下巻の恋愛小説が書かれているのか、っていう期待の高まりがたまらない。一頁目の文章を全てパネル化して書店に飾ることが一番の販促だと思います。

綿矢

出だしの文章は表札みたいなものなので、そこだけ何度も読み直して考えるんです。

朝井

そして今回は、そういう「やっぞ」な文章が頻出する印象があります。本文中に、一行空いて、五行くらいの詩的な文章がどんって挟まっていたりしますよね。今までよりもエンタメ的な展開が沢山ありながら、文章の詩的さ、美しさはずっとキープされていて、その新旧の魅力両立感に感銘を受けました。

綿矢

ありがとうございます。小説を書いていて、詩的な表現と物語の筋がけんかすることがこれまでにあり、今回は上手く調和させることができたらいいなと思いながら書いていました。

朝井

ここ数年、今さらですが、文章が美しいことの大切さを実感しているんです。新聞の書評を書いていた期間にいろんな本を読んで、これまで大好きで読んできた綿矢さん、堀江敏幸さん、松家仁之さんなどの小説って、まず何より文章が素晴らしかったんだなと。地の文を読んでいるだけで、船が水の流れのなかをすーっと進むような心地良さがあるんです。そしてそれが私にとっては何より重要だったんだなとわかりました。

綿矢

私も朝井さんの小説に読みやすさを前から感じていました。身近な心の動きを鋭く、それでいて分かりやすくイメージしやすい表現で伝えてくれるので、読むといつも、共感と共に自分の本心を見透かされたようでドキッとします。この間刊行された『死にがいを求めて生きているの』も、比喩がすごく好きでした。話の流れはシビアなのに、出てくる比喩がすごく無邪気といったらいいのかな。〈クッキーを食べてパサパサになってしまった口に牛乳を含んだときのような感覚だった。〉というような、分かりやすい比喩が出てきて、シビアな場面も辛くなりすぎずにふわっと読めるみたいな感じで。たとえば自己顕示欲や他人への軽蔑の問題など、心に直に突き刺さってくる文章も、素直な生き生きした比喩のおかげで、よりドラマティックに響いてきます。

朝井

私は「比喩やってまっせ!」感が強いので文庫化するたびにめちゃめちゃ直したくなるんですよね……『生のみ生のままで』は初の上下巻ですが、物語の全体像のようなものは最初から頭の中にあったのですか。

綿矢

長い時間を書こうとは思っていました。子供のときから大人になるまで時間が流れていくことで、見えてくるものってありますよね。空白の期間もあるけれど、時間が流れて二人の関係が変わっていく、みたいな。

朝井

確かに。時間が流れた後、下巻では主人公の逢衣の人や仕事に対する姿勢が変わっていて、そうした変化も面白かったです。

綿矢

私、話が短いって言われることがコンプレックスだったんですよ。そんなに短いんだな、って思っていて。

朝井

そうだったんですか。今回のテーマなら長編になるという感触があったんですか。

綿矢

そうですね。会話とベッドシーンが多いんですけれど、それにバリエーションをつけようと思って。どちらも数を重ねることによって、深まっていく二人の関係性を表現できたらなと思いました。

〈天然の酩酊〉の難しさ
朝井

綿矢さんの書く会話って、人間の持つおかしみが滲み出てますよね。シリアスなシーンでもちょっとずれた発言があったり。実際の人間ってそういうものだよなというのを、会話のシーンの節々からたくさん感じました。

綿矢

朝井さんの小説は、結構厳しいことをズバッと言う登場人物が多いじゃないですか。よく観察した上で客観的な、ものすごく正確な言葉で、人の行動と本心の乖離を言い当てる。自分が言われて急所を突かれた気になりますもん。現実でおっしゃったりするんですか?

朝井

言わないですよ! 口に出しては。

綿矢

心では思っているけど、っていう。

朝井

常日頃ストレッチしていれば急に走り出しても足つらないみたいな感じで、多分、その部分に関しては普段から心の中で言葉を尽くしているから、いざ書くとなったときに筆が走っちゃうんだと思います。でも、サイン会の時に読者の方に「読んで辛い気持ちになりました」という感想をいただくと、こんなことばかり書いていていいのかと思ったりします、ってそんな話はいいんですよ。

綿矢

朝井さんの小説は恥に対して敏感な一方、多感で良心を持つ、世間では弱いとされているような人物も見放さない、優しくて誠実な部分があるので、読み終わったあと感動します。厳しくも情が深い物語を現代の表現で読めるとこがうれしいです。

朝井

今の言葉でもう十年頑張れます、ありがとうございます。物語の全体像の話に戻りますが、まず『生のみ生のままで』って題名、素晴らしいですよね。このタイトルで恋愛小説だなんて、「ちょっと……りさ、書く気満々よ!」と背筋を伸ばしました。

綿矢

最初にこの題名が浮かんで、それならコテコテの恋愛小説がいいなって夫と話したんです。それから、女の人同士がいいなと思ったんですよね。結構ヌーディーなタイトルだから、そういう描写も増やそうと思って。

朝井

女性同士の恋愛を書こう、ではなく、題名が浮かんでから主題が決まったんですね。そして確かに、これまでの作品の中でも性描写は一番多いですよね。

綿矢

はい。意識的に入れていきました。

朝井

肉体の重なりの中で交感されるものが毎回変化していて、性的なシーンが何度もあってその都度〝山場感〟がありました。でもそれって、書く立場で考えると、スポーツ小説に何度も出てきてしまう試合のシーン的というか、すごく集中力が要りますよね。

綿矢

そう、同じ描写はしないようにしないように、グルメリポートみたいに(笑)。

朝井

ビビッときた描写、いくつか抜き出してしまいました。下着ってとても小さな面積のものなのに、それを剥いだだけで室内にとても異質なものが突然現れる感覚だったり、行為中、反った首筋など、扱いようによってはその人を簡単に殺せてしまうような急所が露わになっているのに本人がそこに無自覚な様子であったりとか。すごく個人的な感覚に迫る描写が多くあって緊張しました。あと、目の前の肉体が細やかに書かれる中で、天とか太陽とか宇宙的なところにまで感覚が広がるような一文がすっと差し込まれて、そこからまた目の前の肉体の骨のくぼみの影みたいなところに戻っていくのが、人間と性を結ぶ独特の神秘性みたいなものを再現している気がしました。本当に文章が美しいって、武器ですね。どんなシーンを書いても文章によって唯一無二の名場面になる感じ、最高です。

綿矢

こんなに裸について書いたことははじめてやったから、すごく考える機会になりました。普段は表面しか意識しないけど、脂肪とか筋組織とか骨とか血とか、たくさんの要素が詰まった上での裸体なんだなぁと気づいたり。

朝井

ある有名な画家は、人間の身体を描くためにまず医学的に臓器について学んだって話を今、思い出しました。そして〈今まで裸でいても、私は全然裸じゃなかった〉という描写への共感が凄まじかったです。人間って年齢を重ねるにつれて、名前や性格だけじゃなくて、社会的な立場とか役割とか、そういう目に見えない服を着込んでいきますよね。変な話、行為の最中に時間を気にしたり、音が漏れていないか気にしたりするだけで、本当の意味での裸にはなれていないんだと思うんです。生のみ生のままの状態にあることが、どんどん難しくなっていきますよね。

綿矢

そうですね。

朝井

作中に〈天然の酩酊〉という言葉があったと思いますが、そういう一瞬が人生にとってどれほどの潤いであるのか、考えてしまいました。

綿矢

狙ってできることではないんですよね。天然で酩酊するってほんとに難しい。

朝井

だからこそ、光り輝いて、美しく見えました。

同性だから描けたこと
朝井

今回は分量的にもテーマ的にもこれまでにない作品だと思いますが、今なら書けるかもしれない、みたいな気持ちがあったのでしょうか。

綿矢

私、男の人の身体ってどういうもんか書こうと思ったら全然浮かばないんですね。髪型とかも三種類くらいしか浮かばない(笑)。

朝井

それは……少ないかも(笑)。

綿矢

いろんな複雑な髪型があったりとか、肌の色とか質感とか骨格とか身体の部位とかも、人によって個性があるのかもしれんねんけど、いつも自分が書く時には、めっちゃ粗くなるんですよ。格好いいか、そうでもないか、くらいざっくりになる。

朝井

でも、今回出てくる颯という青年は、素直に「格好良いんだろうなー」と思えましたし、類型的とは感じませんでしたよ。

綿矢

彼は格好よくしようと思いました。でも、私の考える格好いい男は薄いというか。格好いい男の人を詳しく思い浮かべようとすると、もやがかかっちゃうんですよね。そして逆にすべてがキラキラしてくる。その点、女の人ってめっちゃくっきり出てくるというか。

朝井

くっきり出てくる、という表現、まさに、主人公の逢衣と恋愛関係になる彩夏にぴったりです。読みながら、極彩色というか、とにかく魅力的なイメージが拡がりました。

綿矢

なんでやろ、自分も女の人やからなんかな。女の人に対しての研究が自分の中で進んでいるんですよね。性格とか、バリエーションとか、身体でも、かかととか指とかだけじゃなくて、(前腕の中間点を指しながら)こういうところとか。

朝井

名前も分からないような箇所。

綿矢

そうそう。それも一人一人違うし、ここがきれいだったら全体もきれいに見えるとか、書いているうちに自分の中の理想の性格と外見ができてきて、こんなにしっかり好みがあったんやというのは、書いてみてはじめて気づきました。

朝井

無意識に研究し尽くしていたことが、文章にする時にわっと言葉として出てきて自分でもびっくり、という感じですか?

綿矢

そうそう、そうですね。こんなに詳しかったんだ、という感じやった。

朝井

それ、楽しい作業ですよね。

綿矢

楽しかったです。

朝井

後半、仕事の描写のところで〈相手が手についた多くの泥をこの顔で拭いたとき〉という描写がすごく好きです。俳句みたいに一文字も替えられない表現だなと感じたのですが、下巻の逢衣の働き方というか、怒りを心に届かないようお腹で受け止めるというやり過ごし方みたいなのが、とても理路整然としていて格好良くて。研究されてきたことなのかなと感じました。

綿矢

私はそんなんできひんから、できたらいいなと憧れながら書きました。逢衣にも彩夏にも憧れの女の人像が入っているんです。私は逢衣みたいではなくて、もっと腐ったような弱々しい人間やけど、逢衣みたいになりたいなって思いながら書いたりもしたから。

朝井

逢衣だけでなく、彩夏も憧れの人物像なんですか。

綿矢

そうです。真っすぐ突き進むけど危ういみたいなところがすごく好きなタイプ。

朝井

時の流れがあることで、最初は潔く感じられた突き進む力の裏にある危うさがしっかり見えてきて、立体感がありました。

綿矢

彩夏はほんま、その時だけを生きているタイプやから、後の人生設計みたいなの全然考えてへん。だから理想から外れてしまうと、一気に生きるか死ぬかみたいな絶望までいっちゃうところがありますね。

朝井

その分、理想を生きているときの輝きの描写が鮮烈でした。美の表現ってすごく難しいと思うのですが、メイクやファッションで武装して、パーティで二人揃うとドーベルマンみたいな迫力がある、というところ、それこそくっきりと目に浮かびました。

綿矢

すっごい美人というのを書きたかったんです。でもパーフェクトだと逆に印象に残らないから、欠陥もある人。周りの人がキャーキャー言う、みたいな表現で伝えるのはよくありますよね。

朝井

「すれ違った人が振り向く」みたいな。

綿矢

そうそうそう。それもいいなと思いつつも、もっとフェチな感じにしようと思って。

朝井

フェチ、確かに! 周りの反応ではなく、本人を細かく描写していますよね。

綿矢

それは女の人やったから書けたかなと思う。男の人やったら、私はできひんかった。背が高い、顔が整っている、みたいな、現物支給みたいなことしか書けない。

朝井

現物支給(爆笑)。確かに彩夏は間接支給だったかもしれない。というか、現物もありつつ、こういうメイクだから、こういうファッションだから、という間接的に生まれるオーラや雰囲気もドンと伝わってきました。

綿矢

現物支給じゃなくて男の人が書けるようになりたいんです。

朝井

でも、男の人の描写って、逆に現物支給だから格好よく感じるのかも……。やっぱり肩幅の広い颯は格好いいと感じましたし。

綿矢

でも、凛々しい眉毛とか書いても、なにか違う。三島由紀夫の小説はギリシア神話の神様を模した彫刻のような肉体の躍動とか伝わってくるけれど、現代の人でめっちゃイケメンというのを言葉をいくら尽くして書いても、それはなにか違いますよね。

朝井

なんか面白くなっちゃいますよね。たとえば颯のような男性を書くときに自分の理想像が反映されることはあるんですか?

綿矢

理想像はあるんですけれど、自分の中でやたらと憧れや夢を載せてる部分があって、かえって細部がぼやっとしてるんですよ。自分の中にまだ、少女漫画に出てくる男の子のような、クールで性格が悪い以外は完璧みたいな男性が素敵だという感覚があって、そこから完全に抜け出ていないと思う瞬間があります。

朝井

難しいですよね。造形や類型的な特徴ではないところから生まれるセクシーさを持っている男性って最強なんですけど、いざ書けと言われたら本当に難しい。

綿矢

筋肉が……とか書いても違う気がする。

朝井

シックスパックのセクシーさはいつか失われますもんね。本当の魅力はきっと別の場所にある。

綿矢

たしかに、本当にそうだと思います。隠れた、本人も気づいてないような、他のところにあると思うけれど、私はそれを発見するに至ってないなと思いますね。

(「すばる」2019年8月号より抜粋)

続きは発売中の「すばる」8月号でお楽しみください!
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綿矢りさ(わたや・りさ)

1984年京都府生まれ。早稲田大学教育学部卒業。高校在学中の2001年『インストール』で第38回文藝賞を受賞しデビュー。2004年『蹴りたい背中』で第130回芥川賞を受賞。2012年『かわいそうだね?』で第6回大江健三郎賞を受賞。『勝手にふるえてろ』『意識のリボン』など著書多数。

朝井リョウ(あさい・りょう)

1989年岐阜県生まれ。早稲田大学文化構想学部卒。大学在学中の2009年『桐島、部活やめるってよ』で第22回小説すばる新人賞を受賞しデビュー。13年『何者』で第148回直木賞受賞。『チア男子!!』『何様』など著書多数。

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