• twitter
  • facebook
  • インスタグラム
 
 

担当編集のテマエミソ新刊案内

  • 一覧に戻る

アンダーリポート

  • 紙の本
  • 試し読みはこちら

『アンダーリポート』佐藤正午

定価:1,600円(本体)+税 12月14日発売

RENZABURO特別限定 『アンダーリポート』発刊記念!
佐藤正午氏インタビュー in 佐世保

「長距離バスでたまたま隣り合わせた二人の女が、それぞれの殺人を請け負う話」

これが、『アンダーリポート』に関する打ち合わせの、佐藤正午さんの最初の一言だった。それだけの接点。ただ一度きりの。------なんておもしろそうなのだろう。ストーリー回しの鮮やかさはこれまでの作品で実証済み、その力量と奥深さは担当編集としていやというほど実感している。展開を想像し、胸を熱くした2000年夏。まさか、本の完成まで7年を待つことになるとは思いもせず------。

「『5』が出たときに、本の帯に“7年ぶり”って書いてあったんですね。それで“この人、7年間、何やってたの?”という言われ方が耳に入ってきたんですけど、これを書いていたんだ、ということをまず言っておきたかった。21世紀に入って7年間のほとんど、この作品にかかわってきたわけだから」

佐藤正午氏は、83年『永遠の1/2』ですばる文学賞を受賞、来年は作家デビュー25周年。07年は1月に『5』(角川書店)、そして年末にこの『アンダーリポート』と長編2冊を発刊。「1年に2冊も長編小説を出せるなんて・・・」と、遅筆を自覚してか戸惑いを見せる。

着想から刊行まで足かけ7年を費やした本作の主人公は、地方検察庁の検察事務官。15年前に起きた殺人事件の第一発見者でもある。事件当時幼児だった被害者の娘の訪問が、封印していた彼の古い記憶を揺さぶり始め、物語は動き出す-------。

「『リボルバー』などに兆しはあるのですが、『Y』ではっきりとエンターテインメントをやっていこうと決めたと思うんです。こんなのあり得ないよっていう話を作ることにこだわりだしたというか。だいたい『5』にしても、“手と手が合わさってオレンジ色の光が----”って、もうそこまで読んで、大の大人が“そんなの読めないよ”ってなりそうな気がするんですけど、読んでくださった方はいっぱいいたし。うそを読ませるうそにしたいということです。どういう話にするか、というのは、また各々のきっかけがあるんですけど、『アンダーリポート』の場合は、ヒッチコックの交換殺人の話を、今の日本でやったらどういうふうになるかというのが発想の最初です。ストーリーとは別に小説の書き方というのは、また別にあるんですが、その書き方でいうと、書き出しを決めたときに最後は決まっていたというところがあります。

ヒッチコックの作品のように時間を追って現在進行形で、二人が出会って計画をたてて、二つの殺人をそれぞれにやるっていうそういう順番で書いたほうが面白いのは面白いんですね。面白いんだけど、そうはしたくなかった。第一に、それはすでに何人もの別の作家が書いている。第二に、それをやると、ラストは必ず失敗するという話にならざるを得ないからです」

まったく成功していないか、見つかっていないか--------。本書のモチーフである交換殺人について、登場人物のひとりにこう言わせている。荒唐無稽な世界にどこまで読者を引っ張れるか。本作は“荒唐無稽”という言葉が読み手の頭から消えるほど、それに成功している。

「今回は、主人公の男性以外、セリフをしゃべる人間はすべて女性にしようと。刑事にもしゃべらせていません。特にこの縛りに理由はないんですが(笑)、自分のモチベーションとしてそういう小説にしてみたかった。それと、人物描写だけではなくて、あえて突き放すというか、細かく説明しない、ということも」

どうしてこうなったのか、なぜ彼女は行動したのか。読者の中に次々に浮かび上がるいくつかの疑問に、あえて答えを出さない。巧妙な輪郭だけを作り、内側は自分で埋めて楽しんでください、とでもいうような。その不透明な部分を、妄想なり想像力で満たしていくのも本作の醍醐味のひとつか。「細かい部分を気にするところ、これだけはデビュー当時から変わらないかな」という言葉にあるように、編集と校正者しか目にすることがほとんどないゲラ(校正刷り)で、氏は「トル(削除)→ママ(そのままで)→トル(削除)」など、いくつもの逡巡を見せる。もしかしたら、どちらでも変わらないのでは・・・と素人目には見えるかもしれない細かな取捨選択の数々。

「文章でも構成でも、ほかの作家の作品を読むときに、細かいことがいちいち気になって(笑)。意識している作家もいないことはありませんが、作品を読んでいると悔しかったりするんです。どうしてこういう文章なんだろう、自分ならこうは書かない、とか。

『Y』を書いたときに、周囲の反応が“なんで?”という感じがあったんですよ。すばる出身の佐藤正午がなんで? という。『Y』『ジャンプ』『5』『アンダーリポート』、そして、来年約一年かけてとりかかる長編を含めて、エンターテインメント系が5冊になります。何か自分でも落ち着いた感じがしますね」

ニセ札作り、殺し屋、やくざ、クーデター・・・。「実際、書かないかもしれないけど」と、氏の口から今後書きたいものとして出てきたものだ。「過去のエンターテインメントの小説家に敬意を表しつつ」と断りながら、「誰もが書いていることなんですよ、結局。それを自分なりに書き方を変えるだけなんですけど」と返したまなざしに、ふと自信が見えたような気がした。

佐藤さんは基本的に手のかからない方です。原稿もきっちりと送ってくださるし、添えられた手書きのお手紙も折り目正しい。おしゃべりなわけでもないけれど、寡黙でもなく、おおむね温厚でいらっしゃいます。故郷であり現在も住み続けている佐世保でお会いするときは、何を話したわけでもないのに、いつのまにか7,8時間が経過し、心地よい後味のまま長崎を後にするのが常。「これって仕事だったんだよね、飲み会ではなく」といつも帰京の機内で思うのでした。
もちろん、テーマ、構成の打ち合わせにも積極的で、編集として拙い(あるいは的外れな?)指摘や提案にも真摯に耳を傾けてくださいます。が、それはいつもいつも裏切られるのです、いい意味で。今回の『アンダーリポート』でも、当初のタイトルからガラリと変わりましたし、長距離バスなんて出てきません。そのほか、細かいことを含めて様々なことが想定外で、そして想像以上で。文章上、構成上の取捨選択は、著者の手の入ったゲラに痕跡を留めるのみ。担当である以上に、デビューからの一ファンとしては、ゲラは佐藤正午の頭の中身を垣間見られる唯一のもので、非常に興味深くもあるのですが。
今後も、そのオリジナルな思考経路、こだわりの取捨選択を見せていただけるよう、次なる作品を心待ちにしております。できれば、なるべく早く集英社に戻ってきてくださいね、佐藤さん!

(編集K)


ページのトップへ

© SHUEISHA Inc. All rights reserved.