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九つの、物語

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『九つの、物語』橋本紡

定価:1,300円(本体)+税 3月5日発売

RENZABUROスペシャルインタビュー!
最新作『九つの、物語』に寄せて――著者・橋本紡さんが、いま伝えたいこと。

(1)「これまでの作品をやすやすと超える、自信作になりました。」

『九つの、物語』というタイトルからもわかるように、本作は、大学生・ゆきなを主人公にした9編からなる物語。それぞれの章に、太宰治や田山花袋、樋口一葉などの文学作品が登場し、ゆきながそれらを読んで、時に主人公の気持ちと自分の気持ちを重ね合わせたり、あるいは何かヒントを得たりして、物語が動いていく。

――最初に浮かんだのが、人があまり入ったことのない、本がたくさんある部屋で、主人公・ゆきなが本を読んでいるというシーンでした。そのシーンを基点にして、なぜそんなことになっているのか、本当は誰の部屋なのか……と考えていく中で出てきたのが、ゆきなの兄・禎文です。禎文の登場は偶然であり、奇跡でした。決して意図したものではないんです。僕はそういう書き方を、そもそもしませんから。
 最初から決まっていたのは、近代文学を作品に絡めるということくらいでした。誰もが読んだことのある作品ではなく、あえて代表作ではないものにしたかった。たとえば太宰治なら『走れメロス』でなく『待つ』を、樋口一葉なら『たけくらべ』ではなく『わかれ道』を、というように。なかなか読めなくなっている、あまり知られていない作品にも、こんなにいいものがあるんだということを知って欲しいという気持ちがありますね。

そんなふうに生まれたお兄ちゃんの禎文というキャラクターは、いそうでいない「変な人」(笑)。やたらと女の子にモテて、一見ちゃらちゃらしているのに、実は呆れるほどの読書家で、料理をさっと作ってくれたりもする。ゆきなが大人しくて真面目なのとは正反対で、すごく呑気で、いつも明るくタフな性格。ともすればシリアスになってしまう物語が、彼のキャラクターによってだいぶ違う雰囲気になっているような・・・。

――一つは、ゆきなが抱えこんでいる“歪み”が、作品世界を逆にユーモラスなものにしている、ということがあると思います。
そしてもう一つは、辛いシチュエーションだからこそ、ユーモラスに描きたかったというのがあります。禎文は、世の中の「きれいではないこと」を本当はよく知っているんです。それでも……いや、だからこそ、生きることの楽しさや美しさを、ゆきなに伝えたかったんでしょうね。しんどい時こそ笑うべきだというのは、僕自身の考え方でもあります。痛さに溺れても、何も生まない。人を救うのは希望ではないでしょうか。その意味において、僕にとっても、禎文は理想の男性像なのかもしれません(笑)。

考えてみれば、幽霊が登場するという非日常的なシチュエーションの中で、禎文が毎回料理を作ってくれるというのも、異常な状況ですよね。言ってしまえば「ゴースト・ストーリー」なのに、料理という最も日常的なことが普通に行われる。

――特別なことが起きるのはたいてい一瞬であって、そこに至るまでの日々のほうが圧倒的に長いんです。「途中」や「日常」といったものにこそ、大切なものが宿っている。そこを描きたかったんでしょうね。また、「食べる」ということは「生きる」ということに直結していると伝えたかった。意図的に「おなかすいてるか」「うん、へってる」という兄妹のやりとりを毎回出しています。食べることって、生きることを楽しむことだし、愛情そのものなんですよ。料理は“誰かのため”に作るものだし、“人から人へ”と伝えていくもの。禎文はたいてい適当に作っていますが、それでも美味しくできるんです。スパイスは適当でもなんとかなる。失敗してもそこそこ美味しい。そしてたまに、意図しないまま、すごく美味しいものができる。まさしく人生そのものじゃないですか。世界には苦しいことや辛いことがたくさんあるけれど、誰かと触れ合うことを恐れてはいけないんです。

ゆきなとお兄ちゃん、そしてゆきなの恋人・香月くん。それぞれの想いが絡み合い物語が進んでいく中で、登場する料理や本は、まさにそのシーンに使われるためにあったかのように、ぴったりはまっています。何かに導かれるようにして、また、様々な偶然が重なるようにして出来上がった、スペシャルな作品ですね。

――実のところ、深く考えず書いてたんです。料理は執筆する際に我が家で作ったものだし、本は棚からなんとなく抜き出したものだし。ただ、それが物語にちゃんと絡んでいる。「ああ、このためにこの料理を作ったのか!? だからこそこの物語を選んだのか!?」と思うことが多かった。偶然なのか、奇跡なのか。はっきりしたことはわからないけれど、何かに恵まれたんでしょうね。
 この作品を書いていた2007年は、読者への伝え方や、大衆文学の在り方にについて、深く悩んでいた時期でした。そんなときに、こんなに楽しくて呑気な作品を書いていたのは自分でも面白いしと感じるし、不思議でもあります。ただ、これを書くことで、何かを掴んだという手ごたえを得られた。確実に、僕の代表作になると思います。

(2)「本を読むって、本当はものすごく楽しいこと」

昨年から、全国各地の高校の「図書館便り」で小説を連載されたり、高校での講演をなさったり、「もっと若い人に本を読んで欲しい」ということで活動されていますね。それが、この物語に集約されているようにも思えたのですが。

――そうですね。この作品は、読む人の喜びを第一に考えました。その上で自分がやりたいことをやろう、と。大衆文学って何なんだろうという問いに対する、僕なりの答えです。ありとあらゆる手段を注ぎ込みました。物語が軽やかので、文章にはむしろ細心の注意を払って、必要以上に口語調にはしなかった。例をあげると、「?」や「!」はいっさい使っていない。昨今では、むしろ珍しいスタイルでしょう。気楽に読めるのと同時に、本を読んでいるという楽しさを残したかったんです。簡単な料理だけれど、しっかり出汁はとってある、という感じですね。これには、ライトノベル時代に経験した、読まれる快感や、読者とダイレクトに繋がっている感覚が役立っていると思います。

情報収集の手段が多様化し、享受できるエンターテインメントの選択肢が多い今。敢えて「本を読む」ことの楽しさを伝えられるとしたら、何でしょう。

――まず伝えたいのは、読書は現実と別世界のことじゃない、ということです。自分も孤独だったときに本をたくさん読みましたが、本によって人と繋がってきた部分もたくさんあります。読書は自分の中にもぐりこむためのものじゃなく、他者とかかわるツールでもあるんです。たとえば感想を言い合ったり。ゆきなや禎文も、ただ何となく本を読んでいますが、「本を読みたい」というのは人間の根本的な欲求だと思います。「ここに書かれているのって、自分のことなんじゃないか」と思うわけですね。そこから、現実世界で生きていくヒントやきっかけをもらえたりする。そう、本が寄り添ってくれる。
 また今は、家族や恋人や、一番近くにいる人のこともわからないような、ディスコミュニケーションが多くなっています。そういった状況に接したとき、本で読んだことが手助けになってくれることもある。なぜなら本に書かれているのは言葉だから。言葉こそが、人と人を繋いでくれる。

『九つの、物語』は、読者にとってどんな一冊になって欲しいですか。

――明日が楽しみになるような本ですね。はっきりとはわからないけれど何かが待っているような気がする、明日はいいことがある気がする……そんな気持ちになって欲しいですね。ポケットに手を突っ込んだままでは何も得られない。手を出してこそ掴めるんです。もしかしたら指を切るかもしれないし、誰かに叩かれるかもしれないけれど、それでも恐れないで欲しい。傷に見合うものを、いつか絶対に掴めるから。ポケットに突っ込んだままの手を、ぜひ出して欲しいですね。
 それから、僕の本じゃなくてもいいから(笑)、次の一冊を読んでみようという気持ちになってくれたら、これ以上の喜びはありません!

担当より
橋本さんはとても穏やかで、可愛い物好きという乙女な一面もお持ちの方(たぶん、女性の私より乙女)です!今回のインタビューでも、くどくどと色々なことをしつこく聞く私に、最後まで丁寧に答えてくださいました。そんな、いつお会いしても優しい橋本さんですが、小説の話になると必ず、ものすごく真剣で強い志を感じます。私自身が改めて奮い立たされるような、そして「この作家にいつまでも併走させていただきたい」と思うような、背筋を伸ばさずにはいられない気持ちになるのです。
インタビューの最後に、次の作品のお願いという意味も込めて、「これからどんなことを書いていきたいですか?」と質問すると、「しっかりしたエンターテインメントを書いていきたい。かつ、何かしら独自性のあるものを」とお答えになった橋本さん。本作に出てくる、電車の中で老夫婦が互いに飴を剥いてあげるシーン(私が大・大・大好きなシーン)のように、ただ物語を動かしていくだけでなく、「橋本の小説には何か違う雰囲気があるよね」というところを出していきたい、とおっしゃっていました。なるほど気に入った本というのは、案外そういう、なんてことのないシーンを殊更に覚えているものですよね。大きな筋以外の、さりげないけれど味わい深い部分もまた、本を読む楽しみの一つかもしれません。『九つの、物語』にも、そんな心があったかくなるような素敵なシーンがたくさん散りばめられています。ぜひ、お気に入りのシーンを見つけて、誰かと語ってみてください。
 集英社の次の作品も、既にアイディアが浮かんできているところです!お楽しみに。

(編集W)


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