『転身』蜂飼耳
定価:1,300円(本体)+税 4月4日発売
物語を読み進めて、しばらくするまで、この作品は、
いっけん、女二人の面白珍道中のような小説かな、と思わせないでもないのですが、
徐々にするすると、主人公と一緒に、読む人を、こことは違う時空で生きなさいと、
つまりは変身しなさいと、知らず知らずのうちに使嗾されるような、
そういう不思議な変身物語です。
作者の蜂飼耳さんに確認をとったわけではないのですが、
この作品『転身』は、2000年前に書かれた
オウィディウスの『変身物語』Metamorphosesの
現代版なのではないかと、ちょっと思ったのでした。
ギリシア神話の神様たちが、動物や草木の姿となって、
天地開闢以来の世界の歴史を物語るこの有名な叙事詩と同様、
『転身』もまた、主人公も知らないうちに、
どうやら何か違う世界の違う生き物へと変わってしまっているようなのです。
けれども、何に変身しているのか、
それをきちんと名指すことは、だれにもできません。
でも、何かに変わっている、そのことは誰にもわかるのです。
ある座談会で、小説と詩との違いをたずねられた蜂飼さんは、
小説は登場人物が動いていくことで全体的な流れが発生すると語っていました。
『転身』では、その「動き」は、登場人物が旅をしたり、成長したりすることではなく、
何か別のものになってしまうという、どこか神話的な「動き」です。
詩人として、あるいはエッセイストして、
すでに多くの著書で熱狂的なファンを持つ蜂飼耳さん。
初めての長編小説である本作は、詩でもエッセイでも表現することのできない、
小説だけがもつ本質的な「動き」に強く促された意欲作です。
(編集S)