『光』三浦しをん
定価:1,500円(本体)+税 11月26日発売
三浦しをん『光』
刊行記念スペシャルインタビュー
すでに読了された方もいらっしゃるかと思いますが、約一年ぶりに三浦さんの新作長編『光』が刊行されました。
舞台は東京・美浜島。ある日津波がこの島を襲い、平穏とも退屈ともいえる生活を送っていた中学生の信之は故郷も家族も失います。生き残ったのは幼なじみで恋人の美花と、信之を兄のように慕う輔、そしてろくでもない数名の大人たち。
恐ろしい夜を生き延びた後、さらなる暴力が彼らを襲い、信之は美花を助けるためにある行動をとります。
そして時は流れ、二十年後。島を離れ生きてきた信之の前に"過去"の影が現れて――。
静謐なのに不穏。濃密なのに清澄。そんな絶妙な空気を醸し出しつつ「暴力とは何か?」を問いかける著者渾身の最新作。
その創作の裏側を担当編集がインタビューしました。
今だからこそ言える作家と担当者の"あのときの話"や、スタッフだけが知る舞台裏など、ここでしか読めない内容です。
ぜひ最後までお楽しみください!
日常に潜む暴力を書きたかった
――『光』刊行おめでとうございます。この新刊に関して、すでに何件もインタビューを受けてらっしゃるわけですが、皆さん一様に「三浦しをんがこんなダークな話を書くなんて!」と驚かれたようですね。三浦さんとしてはどのようなお気持ちですか?
――確かにちょっと間が空きましたね。ダークな作品は、短編では『きみはポラリス』(2007)に収録されている「私たちがしたこと」がありましたが、長編では『私が語りはじめた彼は』(2004)以来になりますね。
――『光』というタイトルが、これまでの作品とは違うものを感じさせて非常に印象的ですが、これはどうやってお決めになったんですか?
――連載開始前の打合せでは『ウェイクフィールドの妻』のお話をうかがいました。これはホーソーンの短編「ウェイクフィールド」に基づいた作品で、元々「ウェイクフィールド」とは、何の理由もなしに妻を置いて家出し、20年間自宅の隣の通りに住み、ある日突然また戻っていく男の話です。
この二作品を紹介しつつ、三浦さんは「突然いなくなるのも暴力だけど、何もなかったかのように戻ってくるのも暴力なんじゃないか」とおっしゃっていました。
――確かに『光』では、自然現象であれ、人間が引き起こすものであれ、冒頭から事件がたてつづけに起こります。究極の暴力ともいえる行為も出てきますが、最初からそれについてお書きになろうと思っていたんですか?
――社会を成り立たせている根本的な部分に触れるテーマですよね。それを描くことは非常に勇気のいることではないかと思うのですが。特に今回の主人公は、認識の境界が他の人間とはちょっと違う人物ですし。
――私は信之の行為に共感したわけではないんですが、感情には引き込まれました。たぶん読者は輔が可哀想だと思う方がほとんどでしょうが、私は「信之、何と憐れな…」とつい思ってしまって(笑)。
――えっひどい! だからあんなに可哀想なことに……(笑)。あ、いや可哀想なのは輔か。さておき、まあ信之は心が思春期で止まっているとも言えますしね。
――輔は信之に、信之は美花に一方的に執着していて、しかも自分が思ったようには相手に受け止められないところが面白かったです。
――日常を代表している専業主婦・南海子の章が、本当にリアルで怖かったです。日常の底知れなさを感じさせられました。
そんな南海子にも「私は夫のことを本当に知っているのだろうか?」と自問する瞬間が訪れますが、三浦さんは「人間は本当には分かりあえないもの」とお考えなのでしょうか?
――その努力が上手くいくと、これまでのような明るい作品になり、それが上手くいかないと……。
三人称の難しさ、“謳い”の面白さ
――『光』は、文章についても、これまでの作品とは違うように思いました。言葉の一つ一つが重く、密度が濃い。選び抜かれた言葉のつらなりだと感じます。
――『光』にはこの道具だな、とすぐに分かりましたか?
――視点については、連載開始時からおっしゃっていましたね。
――そこまでにしといてください(笑)。三人称についてですが、ちょっと突き放した感じで書きたいとおっしゃっていましたよね。
――なるほど。だからこれまでのインタビューで「信之は多分こういう人だと思うんです」「美花はこう思っていたんじゃないですかね」という話し方をされていたんですね。
――その分からなさが、作品に奥行きを与えているのですね。読む人によって全然違う読み方ができそうです。
――『光』に限らず、三人称は小説家にとって大きな問題ですよね。
――そうらしいですね。
――新人の方の原稿で多いのは視点のブレで、それを訂正していただくと非常に読みやすく整うんですが、それと面白さというのは……
――先日、『光』著者校の打ち合わせの際に非常に面白いと思ったことがありました。著者のナレーションではないんだけど、登場人物のボキャブラリーを超えたところから発せられる表現についてお訊ねしたところ、三浦さんはそれを"謳い"とおっしゃいました。
――書き言葉でしかできない表現ということですね。
単行本化作業で泣きました
――そういえば、実は『光』は連載時と単行本でラストが全く違うんですよね。
――えっ、原稿に感動してですか!?
――そうやって呻吟する三浦さんを間近でみるという、貴重な体験をさせていただきました。
――いや、あのときは私も、お邪魔にならないよう気配を消さなくてはと、必死だったんです。
――あのとき、三浦さんが音読なさっているのも聞いてしまいました。
――全部、ですか?
――それはお一人で? お友達に聞かせたりとかは……
――私は「おおっ!」と思ったところは抜き書きしたりします。
――最後に、三浦さんのエージェントである「ボイルドエッグズ」のご担当のNさんにも、今回の連載でのエピソードをおうかがいしたいと思います。『光』はどういう作品でしたか?
(一同爆笑)
――私も本ができあがったときに、私が感じた"謳い"に付箋をつけて三浦さんにお渡しようかと一瞬考えました。
(一同爆笑)
(編集H)