• twitter
  • facebook
  • インスタグラム
 
 

担当編集のテマエミソ新刊案内

  • 一覧に戻る

魚神

  • 紙の本
  • 試し読みはこちら

『魚神』千早茜

定価:1,400円(本体)+税 1月5日発売

第21回小説すばる新人賞
受賞記念スペシャル対談
千早茜×花村萬月
親が喜ぶ小説は書かなくていい!

 遊女屋が軒を連ねる、閉ざされた小さな島。美しき捨て子の姉弟、白亜(はくあ)とスケキヨは、互いのみを拠りどころに生きてきた。離れ離れになり、お互いを恐れながらも惹きあう姉弟のたましい。二人が再び寄り添うとき、伝説の島にも変化が……。
新感覚の幻想小説『魚神(いおがみ)』で第21回小説すばる新人賞を受賞した千早茜さん。第2回同賞を受賞された花村萬月さんを迎え、11月某日、お二人が住む京都にて対談を行いました。
受賞作『魚神』誕生の経緯から、小説家として生きていくことについてなど、たっぷりお話しいただきました。


微妙な違いが武器になる

花村 今回は受賞おめでとうございます。

千早 ありがとうございます。

花村 プロフィールを見て、おっと思ったんだけど、アフリカに住んでいたんだね。ご家族の都合なの?

千早 父がJICA(国際協力機構)に勤めていて、ザンビアの大学で病理を教えていたんです。4年半行っていました。

花村 それはいくつぐらいのとき?

千早 小学1年生の途中から5年生まで。だから、日本の小学校にはほとんど行っていないんです。海外在住の日本人の小学生向けの通信教育もあったんですけど、真面目にやっていなかったですね。私だけじゃなかったけど。

花村 やっぱり先生がいないとダメなんだ。

千早 はい。そうしたら母がいきなり、友人たちと教室を始めて。アメリカンスクールに通っていたんですが、週に1回、土曜日とかに母達がやっている教室に行っていました。

花村 普通の教育とは違ってて、面白いね。小説家はそういう微妙な違いが、すごい武器になる仕事なんだよね。

千早 そうなんですか。

花村 その中に、いろいろな小説の種子が含まれているから。ザンビアって、アフリカのどのあたり?

千早 赤道直下のコンゴのちょっと南で、大陸の真ん中あたり。海のない国です。だから、お魚を食べられない4年半でした。お米はカリフォルニア米がありましたが。日本のものとはちょっと違うけど、大豆は手に入るので、母はそれで豆腐を作っていましたね。

花村 そうか。それはすごくいいことだよ。ちょっとずつ違うというのは、すごくいい。

千早 ただ、同年齢の人たちとあまり関わりがなかったので、日本に帰ってきてから苦労しました。

花村 日本の学校で?

千早 はい。アメリカンスクールって、自分で勉強すれば、どんどんスキップしていっていいんです。例えば数学ができるんだったら、先に進んでもいい。美術の時間も、工具室みたいなところで好きなものを作っていたし。自分のペースでやる授業ばかりだったので、日本の学校のように、先生が教えている間はじっとしてなきゃいけないというのが、身についていなかったんです。そのせいか、いじめもありましたし。

花村 やっぱ、あるんだ。おれは学校に行っていないから、よくわからないんだ。

千早 行っていらっしゃらないんですね。

花村 うん。小学校はほとんど。中学は施設内にあって、強制的に行かされた。

千早 本当に、花村さんの小説に書かれているような感じだったんですね。

花村 そうだね、3年間閉じ込められてたね。みんな、箸にも棒にもかからないくずばかりで。まあ、そういうすさんだ話は置いといて(笑)。

千早 でも私も、日本の学校はすさんでると思いましたよ。

花村 そうか、学校はつらかったか。

千早 つらかったですね。男子が「アフリカ、アフリカ」って言うんです。外見もちょっといけなかったんですよ。色が黒くて、髪はパーマをかけてて。服も、日本の小学生とは違っていたし。

花村 それはやっぱり、アフリカのセンスが身についてしまったのか。

千早 色彩感覚はちょっと違いましたね。他のクラスの子が、休み時間に私を見に来るんです。動物園の猿みたいで、嫌でしたね。

花村 でも、今くらいの年齢になれば、そういったことも整理がつくわけでさ。いじめられた経験は小説を書く上では絶対プラスになるんでね、いじめられない人より絶対いい。

千早 そういえば、「いじめられた」と言う人は多いけど、「いじめていた」と言う人はあまりいないですね。

花村 おれはいじめてたよ(笑)。なぜか好きな子に、ひどいことをしてたね。

千早 好きな子をいじめるって、どういう心境なんですか。

花村 気になるんでしょう、その人が。

千早 嫌われちゃいますよ。

花村 ねえ。でも、どういうわけか、うまくいったりして。ジュウシマツをもらったりね。

千早 ジュウシマツ?

花村 うん、小鳥。今思うと、どういう意味だったんだろうね。

千早 どうなんでしょう。

花村 おれは無視されるよりはいいと思って、その子にちょっかいを出してたんだけど、泣かれると「やっちゃった」と後悔するんだ。するとその反動というか罪悪感で、ますます居丈高になってね。

千早 罪悪感で居丈高に!?

花村 そう。彼女にとっては、不条理だったと思うよ。ますます攻撃的になられて。

千早 生きる力がみなぎってますね。

花村 そうでもないよ。悪いことをする人は、罪悪感で居丈高になるんだよ。罪悪感というのは、しょんぼりするだけじゃなくて、開き直りになったりもするんだ。

千早 私、そういうのはあまりないかもしれない。

花村 わからないよ。自覚がないだけかも(笑)。

千早 そういえば、今は周りから、かなり意地悪キャラだって言われます(笑)。

花村 いじめを受けた経験があると、誰かに何かを返すとき、かなりきついことを言ってるんじゃないかな(笑)。 千早さん、今は仕事は?

千早 病院で受付をしています。

花村 おれ今、イギリスの教育テレビか何かの人体解剖のビデオを見てるんだよ。

千早 私も見たい。実は父の専門が病理で、1日に何体も動物の解剖をしていたんです。帰ってきた父からはなんとなく消毒薬の匂いがして、解剖の話を詳しく聞かせてくれました。そのせいか、解剖は私にとっては気持ちの悪いものではなく、なじみのあるものでしたね。

花村 ますます可能性があるじゃない。小説は経験で書くんじゃないけれども、期せずしてそういうのを知っているというのは、すごい武器になるんだよね。

小説の根底にあるのは性と死のイメージ

花村 そもそも小説を書きたいと思い始めたのは、いつ頃だったの?

千早 すごく遅くて、大学を出る前くらいです。それまでは詩を書いていて、『魚神』を書いたのも、寺山修司さんの「てがみ」という詩の「ひとがさかなとよぶものはみんなだれかのてがみです」というフレーズを読んだのがきっかけです。自分にとっての魚って何だろうと思って、魚の詩を書いて。とにかく詩はたくさん書いたんですが、そういったものを小説に起こして書くようになりました。

花村 『魚神』以外の小説で、賞に応募したことは?

千早 いえ、これが初めてです。

花村 遊廓で成り立っている閉ざされた島という設定は、どこから出てきたんだろうと思って。

千早 まだ調べてはいないんですけど、ヨーロッパに娼婦が流される島があったと、以前聞いたことがあって。それから、イタリアあたりの小島にガラス職人を集めて、工芸の技術が漏れないように政府が管理していたという話も聞いたことがあったんです。それで、島という設定はいいなと思いました。

花村 この小説は剃刀男が出てきたあたりから、すごく引き込まれていったんだよね。

千早 あれは途中までは、全然考えていなかったキャラで。これから遊女になる娘が、美少年の弟と寄り添うように生きていて……というストーリーは一応頭にあったんですけど、剃刀男は書き始めてから出てきちゃったんです。

花村 だから、生き生きと動いていたんだね。他の登場人物は設計図に載ってる感じで、動く方向が見えるけど、あの男にはそれがない。弟が淡い夢みたいな存在なので、剃刀男の生々しさが際立ったね。

千早 あの男は今までつくったことのない人格だったので、本当に面白かったです。

花村 それから、露骨な描写はそれほどないのに、かなり性的なニュアンスをもった小説だよね。交わってるときに、男が女の首を絞めたりしてるでしょう。

千早 映画でもそうですけど、首を絞めるイメージは好きなのかもしれないですね。

花村 生と死の象徴になるんだろうけど、すごく印象的だったね。おそらく選考委員も、あなたの内側にある性意識やどろっとしたものを、読みとったんだよ。この人はそういう面をまだまだ書ける、と。

千早 どろどろをですか。

花村 うん。作品の核になっているのも、危ういことだよね。姉と弟の性じゃないか。

千早 必ずしも寝たというわけではないんですが。ただ近親相姦は、 あの小説の中に何回か出てきていますね。

花村 だから、そういうものを書いちゃうあなたの心理だよ。嫌な作業かもしれないけど、自分を見据えるしかない。

千早 そうですね。でも、近親相姦は書きたかったことではあったので、書いてすっきりしました。

親が喜ぶような小説は書かないほうがいい

花村 『魚神』みたいな幻想的なものも悪くないけど、そこから少し離れた、私小説的なものを書いたら面白いかもしれないね。

千早 私小説的って……親に見せられないじゃないですか。

花村 いや、そこは越えないと。小説家って恥をかく仕事なのよ。

千早 私も親にそう言ったんですけど、今回の受賞をとにかく喜んでいて。私が書いていることも知らなかったし、まだ作品すら読んでいないんですが。

花村 読めば、徐々に子ども扱いしなくなってくるんじゃない。それに、あなたが書いたものはすべて虚構なわけ。だから親が怒ったら、それはそれで大成功。親が喜ぶような小説を書いたらだめだよ。

千早 そうですね。今回は職業としては、書いていないんですよね。

花村 これらから先はそれが職業になるんだから、あなたが恥ずかしいときは読者が喜ぶ、と。
ただ、あなたの小説は最初入り込みにくかったな。文章に少しクセがあるね。やがて文体になるものだから否定はしないけど、基本はオーソドックスにいかないとな。きっちり書けてから、次の方向に行こう。何を書いてもいいから。あなたには書けるんだから。
例えば、この小説は三人称で書いてもいいところがあるよな。

千早 一人称のほうが、書きやすくて。

花村 一人称でやるなら、スケキヨになって書かなきゃ。男で書かなきゃ。自分とかけ離れたものを主人公にすると、力がつくから。自分とかけ離れたもので書くと、すごく自由感が出てくる。

千早 それが剃刀男なんですね。

花村 そうそう。それにあなたがなり切っちゃうわけ。

千早 楽しいかもしれない。

花村 書いていると、そのキャラクターになって、ひとりごと言ってたりするよ。おれなんか女になってたりして、我に返って「やっべーな」と思うもん。

千早 そうか、自分じゃない人だったら、自分の目が行かないところにも、目が行きますもんね。

花村 そうすると、客観的に見られるわけ。自分の目線で書いてしまうと、客観性が薄くなっちゃう。

千早 なるほど。

花村 自分からかけ離れたキャラクターで何を書こうが、結局書いているのはあなた自身なんだから、大丈夫。

千早 それは揺るぎないことですよね。勉強になりました。

花村 いやいや。授業料ください。

千早 じゃあ出世払いで(笑)。

毎日書き続けること

花村 ところで、次の作品は、考えているの?

千早 短編をいくつか。長編は書きかけのものがありますが、ちょっと行き詰まっているので、違うものを書こうかなと思っています。

花村 完成させろ。

千早 ええっ!?

花村 行き詰まっても、絶対作り上げる。無理やりでも。

千早 本当に無理やりになりそうな気がする。

花村 いいの。作品の判断をするのはあなたじゃない。担当者がいるんだから。あと、1日にどれくらい書いてるの?

千早 仕事をしているので、書かない日もあります。

花村 それ、だめだね。1日に何枚と決めたら、無理やりでもこなす。毎日書かなきゃ、脱落していくから。文芸というくらいで芸だから、常に踊ってないと。

千早 毎日同じことばっかり書いちゃいそう。

花村 いいんだよ。根っこのところのぶれないもの、自分がしっくりくるものを持っていれば大丈夫。

千早 不幸せに見える幸せを書きたいというのはあるんです。

花村 だったら、できるじゃん。

千早 花村さんは毎日書いていらっしゃるんですか。

花村 書いてるよ。1日10枚がノルマ。書こうと思えば、30枚でも40枚でも書けちゃうけど。

千早 私も書けるときは書けるんですが……。

花村 いや、毎日必ず書ける。根っこのところのぶれないものを持っていれば。例えば今おれは、小説で肯定していこうと思ってるんだ。

千早 肯定、ですか?

花村 どんなに凄惨な話を書いても、根っこのところは肯定でいこうと。
千早さんの場合、あなたにしか書けないものって、さっきの話にも出てきたけど、やっぱり性と死なんだよ。そこであなたが感じていることを率直に書いていけば、いい作品ができると思う。恥ずかしいだろうけど、それはもはやあなたの武器であり、仕事であるということ。それに、読んでてしみじみ思ったのは、千早さんの小説は性を描いても汚くならない。

千早 汚くなってないですか。

花村 大丈夫。汚くなるやつもいるんだよ。あと、感受性だよね。前にある女性作家と話したとき、「キスしたら、男が蕎麦を食べたあとだったのか、蕎麦の香りがした」と言っててさ。この人はキスしながらそんなことを感じたのかと思ったけど、そういう細部が大事なんでね。それが本当じゃなくてもいいんだけど。

千早 実際、蕎麦の香りがしなくても。

花村 そう。読んだ人がリアルに思えればいいんだよ。これから先、人生経験を積んで、たくさん恋愛もしていけば、書くものもどんどん深くなるから。

千早 そうですね。がんばります。

(構成・山本圭子/撮影・久保陽子)

※この対談の一部は、「青春と読書」2009年2月号にも掲載されます。

ちはや・あかね●1979年北海道生まれ。立命館大学文学部卒業。長編の処女作となる『魚神』で第21回小説すばる新人賞を受賞。

はなむら・まんげつ●作家。1955年東京都生まれ。著書に『ゴッド・ブレイス物語』(小説すばる新人賞 )『ゲルマニウムの夜』(芥川賞)『錏娥哢奼』など多数。

「実は家にはスケキヨがいます。沖縄で買った布製の蛇です。長いです」

著者より
水の匂い、植物の匂い、遊女たちの匂い。
そんな今いる場所とは違った世界の匂いを、
ほんの少しでも感じてもらえたら嬉しいです。

 

担当より
行間からしたたり落ちそうなほど湿度たっぷりの文章、匂い立つ妖しさ、張り詰めた不穏感。『魚神』は、ねっとりしているのに、美しい小説です。新人とは思えない筆力で、読み始めたが最後、気がつけばずぶずぶと魚神ワールドに入り込んでしまっています。独創的世界観もさることながら、人々の情念を細やかに描く力も圧倒的。この「ねっとり感」は、クセになりますよ~!
大先輩・花村さんは千早さんの中にある「どろっとしたもの」を瞬時に察知し、的確なアドバイスをくださいました。今、書店に並んでいる『魚神』は、対談から多くを学んだ千早さんが最後に「気合いと泣きの手直し」を入れて完成したものです。ぜひ、ご一読ください!


ページのトップへ

© SHUEISHA Inc. All rights reserved.