『追想五断章』米澤穂信
定価:1,300円(本体)+税 8月26日発売
米澤穂信『追想五断章』刊行記念インタビュー
もうお読みになったかもいらっしゃるかもしれませんが、この夏、米澤穂信さん久々のノンシリーズ長編『追想五断章』が刊行されました。
物語はある古本屋から始まります。アルバイトの大学生・菅生芳光(すごうよしみつ)は、報酬に惹かれてある依頼を請け負います。依頼人・北里可南子の依頼は、亡くなった父・参吾が生前に書いた、結末の伏せられた5つの小説(リドルストーリー)を探してほしいというもの。調査を続けるうち、芳光は、未解決のままに終わった事件“アントワープの銃声”の存在に行き当たります。二十二年前のその夜、何が起こったのか? 幾重にも隠された真相は?
何と五つものリドルストーリーが作中に織り込まれた、本格ミステリ長編。
この作品で新しい顔を見せた米澤さんに、編集担当がインタビューします。
創作の裏側についてもいろいろお訊きしましたので、ぜひ最後までお楽しみください!
小説を書くときの二つの軸
――米澤さんは「小市民」シリーズや「古典部」シリーズを初めとする青春ミステリで、すでに多くの読者を獲得されていますが、今回の新刊『追想五断章』は、「とにかく渋い話を」ということで始まったと聞いています。
――「渋い」と言われてどういう作品をイメージされましたか? たとえば過去の作品で言うと……
――なるほど。確かに渋いです。では作中の重要な要素である、結末を明示しないことで2つの解釈が可能になる物語、つまり“リドルストーリー”というのはどこから発想されたのでしょう?
――“渋い話”と“リドルストーリー”。この2つが結びついて「あ、これはいける」と思えた瞬間があったのでしょうか。
――今回は縦軸が“リドルストーリー”、横軸が“渋い話”、つまりかつて華やかな人生を送ったある男の話というわけですね。そして二つの軸の着地点が重なる。このラスト辺りの構成はすごく美しいですよね。個人的にもとても好きです。
この作品は米澤さんにとって初の連載でした。毎月〆切が迫る中でリドルストーリーを書くというのは大変ではなかったでしょうか?
――えっ!! ×××××が×××××というのに、あれは事前の計算ナシだったんですか!?
――えーっと……すみません、今すぐには理解できそうもないので、後でじっくり考えさせてください(笑)。そのことに気づいたのはいつだったんですか?
――もう連載が始まったあとだったんですね!
テキストに込められた、言うに言われぬ思い
――今の若い読者にとっては「リドルストーリー」という言葉自体が新鮮に響くんじゃないでしょうか。それが何か知らない人も意外と多そうです。
――ひとつ書くだけでも大変だと思うのですが、それを複数並べ、しかもそうすることでさらに別の物語を語ろうとしているのですから、相当に凝った構成だと思います。
――そういえば! あの作品は、高校生の文集が物語の鍵になっていました。
――これまでの作品中にも、さまざまなタイプのテキストが使われていました。『追想五断章』では、小説・作文・手紙・記事などのテキストが織り込まれています。
――これも注目ポイントだと思うんですが、北里参吾の書いた手紙といいリドルストーリーといい、文章が実に渋い! 米澤さんはまだお若いはずなのに(笑)。これも何か先行作品を意識されたのでしょうか?
――では、「少し前の時代を生きた中年男性の文章」を書くに当たってはどうでしたか?
リアリズムでもなくウェルメイドでもなく
――米澤作品では、テキストに込められた思いを読み解くだけではく、主人公が知りたくなかった自分の姿にも直面するという“苦い自己認識”もよく見られますね。
――なのになぜか物語はいつも苦い方向に(笑)。そこに米澤さんらしさを感じます。さらに今回の作品は時代背景がバブル崩壊直後、しかもその煽りを受けて主人公は学費が続かず休学中という設定です。社会も自分もどん底という鬱々とした空気が全体を覆っています。
――読んでいる間、外は雨が降っていて、くすんだ電球の灯りの下で本を開いているような気がしてなりませんでした(笑)。主人公は暗い舞台下にいて、彼が追いかけている北里参吾の方にこそスポットライトが当たっている感じです。
――言われてみれば、この作品はミステリの骨格を持っているのに、探偵役の主人公がいわゆる“探偵”っぽい存在感を発していませんね。
――この外し方はウェルメイドなミステリに対する挑戦、ですか?
――その人物と物語の距離が、米澤さんの冷静さ・容赦なさでもあり、誠実さという気がします。
――そう聞くと、ではこの先はどこに向かうのだろうとお聞きしたくなるのですが、その辺りはどうお考えですか?
――“間に合う”物語ですか。
――それゆえに苦い思いをするわけですよね。それが“間に合う”話になる、と。その方向の作品の執筆は始まっていますか。
――デビュー後に何か間に合わないことでもあったんでしょうか。原稿とか?(笑)。
――間に合う話を書いておきながら、それが〆切に間に合わない、と(笑)。
“あわい”こそ読みどころ
――米澤さんご自身も書店アルバイトの経験をお持ちですが、そのときはいかがでしたでしょうか? 楽しく働いてらっしゃいました?
――そういう書店アルバイト時代の経験や思いがこの作品に生きている、というわけではなさそうですが……
――ご自身で「このことは何か記しておきたい」と思うような経験はなかったんでしょうか。
――ただ、読書体験は反映されないわけがないですよね。別なインタビューではご自身のバックボーンを四輪に喩えてらっしゃいました。一つ目は北村薫さんを初めとする「日常の謎」ミステリ、二つ目が綾辻行人さんなどの新本格、三つ目が山田風太郎・久生十蘭・横溝正史などの時代・幻想系。最後の一つには言及されていませんでしたが、四つ目は何になるんでしょう?
――小説に限らず、歴史や民俗学の本なども入っていそうですね。
――でも『追想五断章』を読んで驚く読者もいるのでは。ミステリという軸は外していませんが、これまでの米澤さんとは違う人間ドラマの軸も感じます。この小説は、これまでの作品とこれからの作品を繋ぐものになるような気がします。
――読者のことをしっかり考えてらっしゃいますね。
――芳光のことですか(笑)。
――ああ、また苦い!
――さすが容赦ないですね。その辺りの「善意にあふれてもいないが露悪的でもない」というバランスが絶妙です。
――本当にいつも中間の微妙なところを描いてらっしゃる……
――言うに言われぬとか、あわいとか、もどかしい単語ばかりですね(笑)。確かに『追想五断章』も、リドルストーリーのミステリと聞いて人が期待するものとは少し違うところに読みどころがあります。でもその“あわい”を説明するとネタバレになる。
――本当に。編集者泣かせですよ(笑)。その結果、帯がどうなったのかは、ぜひ本をお手にとってご覧いただければと思います。そして読者の皆様には、この玄妙なる“あわい”を味わっていただければ幸いです。
(編集H)