『トロンプルイユの星』米田夕歌里
定価:1,100円(本体)+税 2月25日発売
第34回すばる文学賞受賞記念対談
私に見える美しいものを小説にしたい
米田夕歌里×高橋源一郎
第34回すばる文学賞は、米田夕歌里さんの「トロンプルイユの星」が受賞しました。今号では受賞を記念して、米田さんと同賞選考委員の高橋源一郎さんの対談をお届けします。
米田さんは前回、最終候補作に残りながら惜しくも受賞を逃し、その悔しさをバネに今回の作品を書きあげ、見事受賞されました。また、米田さんは「共感覚」という独特な感覚を持ち、それが小説を書くきっかけであるとも語ります。
本対談では、応募作を書きあげるまでの道のりや、「共感覚」を小説で伝える難しさなどをお二人に語っていただきました。(この対談は「青春と読書」2011年3月号に掲載されました)
前回のリベンジがかなって
理系から文系へ
共感覚とともに生きてきて
パラレルワールドという設定
幻想と現実の距離のとり方
破綻しないために必要なこと
(構成=山本圭子/撮影=隼田大輔)
よねだ・ゆかり●1980年千葉県生まれ。「トロンプルイユの星」で第34回すばる文学賞を受賞。
たかはし・げんいちろう●1951年広島県生まれ。著書に『優雅で感傷的な日本野球』(三島賞)『いつかソウル・トレインに乗る日まで』『「悪」と戦う』等。
「共感覚」という言葉をご存知ですか? 聞こえてくる音が形を持っているように見えたり、黒いインクで印刷されている文字に色がついて見えたりする、特殊な知覚現象のことをそう呼びます。
今回、『トロンプルイユの星』ですばる文学賞を受賞しデビューした米田さんも共感覚の持ち主です。最初にそのお話をうかがった時は、びっくりするよりも、なるほど!と納得してしまいました。なぜなら、物語で描かれる日常の世界があまりにも色鮮やかで美しく、怖いほどだったからです。
物語は、イベント事務所で働くサトミのまわりで、ある日突然、次々と人や物が消えていくところから始まります。机のなかに入れていたハッカ飴の缶、採用されたはずのアルバイト、中心になって進めていたはずのプロジェクト……。
それらが何の法則もなく突然消えていくのに、同僚たちはその変化に気づかず、消失したものは最初から「なかった」ことになっていく。サトミは、これまで当たり前のように過ごしてきた日常が、実はとても不確かで危ういものだと気づいていきます。
いつ、何が消えていくのか分からない。大切な人の存在も、自分の存在さえも、次の瞬間にはここから消えて、別の場所に飛ばされてしまうかもしれない。そして、何にも気づかないまま、新しい場所で疑問を持たずに生きてしまうかもしれない。
サトミが抱える恐怖は、特殊なもののようでいて、実は、とても普遍的なものです。いつもと変わらない今日が、明日も明後日もずっと続いているなんて、誰の人生にもありえませんよね。私たちはみんな、サトミと同じように、失われ続ける世界のなかで今を生きている。そう言えるのかもしれません。
混乱し、ただひたすら怯えるだけだったサトミは、あるきっかけで世界の消失に立ち向かっていきます。彼女は果たして、消失することなく今をつかみ続けられるのか。美しくて怖い「現代版不思議の国のアリス」(ある書店員さんが、こう評してくださいました。まさに!)、ぜひ迷宮に足を踏み入れてください。
追伸
タイトルの「トロンプルイユ」とはフランス語で「だまし絵」という意味です。
このタイトルの意味は、物語のラストで浮かび上がってきます。お楽しみに!
(編集H・I)