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国道沿いのファミレス

  • 紙の本

『国道沿いのファミレス』畑野智美

定価:1,400円(本体)+税 2月25日発売

微妙な距離感が生む
時代の「気分」
畑野智美×村山由佳

「国道沿いのファミレス」で第23回小説すばる新人賞を受賞された畑野智美さんは、高校二年生のときに担任の先生から村山由佳さんの第6回小説すばる新人賞受賞作『天使の卵――エンジェルス・エッグ』を紹介され、「なぜかどうしてもその賞が欲しくなった」そうです。
見事その夢を実現させた畑野さん。畑野さんを作家の道へと導いたともいえる村山さんに、受賞作の魅力とともに、先輩受賞者ならではの温かな励ましを贈っていただきました。(この対談は「青春と読書」2011年3月号に掲載されました)

一番下から世界を見る

村山 受賞作を読んで感心したのは、登場人物たちが表面的には乾いた感じで書かれているにもかかわらず、一皮むいてみると、生の湿った人間の感情が出てくることです。それから、主人公のユキちゃんの物事すべてに対する距離のとり方が非常に独特ですよね。ユキちゃんだけでなく、ここに出てくる人たちには、畑野さんの中にある人との距離のとり方がちょっとずつ分担させられているような気がする。その微妙な距離感が、読む人には今という時代の「気分」と合致しているように思える。それは個性といっていいんじゃないかな。わたしだったらこうは書けないというところが何カ所もあって、それが非常におもしろかった。

畑野 ありがとうございます。

村山 この中で一番自分に近いと思う人ってだれですか。

畑野 性格は、粧子(しょうこ)ちゃんが一番近いですね。

村山 ツンデレ?

畑野 ツンデレではないんですけど(笑)、ああいう気分屋なところは一番近いですね。わたしを知っている人から見たら、ああ畑野、自分のことを書いたなというぐらい、多分似ていると思います。

村山 自分を守ろうとして攻撃的になっちゃったりとか、文句をいうとなったらガーッていってしまうとか?

畑野 働いているところでは、大体、「畑野さん、怖いから」といわれます(笑)。

村山 これまでどんな仕事をしてきたんですか。

畑野 ずっとアルバイトなんですけれども、大きくいえばマスコミ系というか。映画館、新聞社、出版社……そういう感じです。

村山 メディアとか表現とかに近い仕事?

畑野 やっていることは大体雑用なんです。でもわたし、雑用が好きなんです。

村山 それは、畑野さんが小説の中でディテールを書き込みたくなるのと、どこかで似ているのかな。雑用を片づけるみたいに、何か細かい断片がいつの間にか整理されていくと気持ちがいいとか。

畑野 人の行動を読むのが好きなのかなというのはちょっとあります。今日は何曜日だから何とかさんがこれを取りにくるなみたいな、そういう流れを読んだり動きを見たりというのが好きなんですね。みんな雑用という言葉を嫌がったり、「そんな畑野のことを雑用係だなんて思ってないよ」とか気を遣っていってくれたりするんですけど、わたしには雑用なりのプライドがあって、簡単な仕事だとも思っていないし。たとえば、人によってものを呼ぶ言葉も違ったり……。

村山 ものを呼ぶ言葉?

畑野 新聞社にいたときに、「ファイルちょうだい」っていわれて、「縦横どっちですか」と訊くと、人によって縦と横が違っていて、「ああ、あの人は縦といったらこっちなんだ」とか。

村山 うちに一人欲しいですね、こういう事務員さん(笑)。

畑野 バイトさせたら優秀ですよ(笑)。

村山 なるほど。密かに世界を把握している快感みたいな感じ? なんかちょっと屈折しているよね(笑)。

畑野 そうですね、若干。

村山 でも、その屈折はおもしろい。そういう仕事の経験とか、人を観察しての蓄積というのは、どこかで小説に活きていると思います?

畑野 上から眺めたことはあまりないんですけど、一番下から上のほうをずっと見てきたので、そういう視点は活かせるかなと思っています。

村山 そういう経験があるから、これだけ人が書き分けられるんだろうし、下から見ていると、人がどのようにうごめいていて、どんな思惑で動いているかがよく見えるわけね。
 で、そういう職場において、粧子ちゃん的に振る舞っちゃうわけだ。

畑野 結構そうですね。だから、そういう肩入れは絶対だめだろうと思いながらも、彼女にはいい終わり方をさせてあげたいという気持ちは強かったです。

村山 それは大事なモチベーションなんじゃないのかな。人にとって何が救いになるかは、畑野さんがこれからいろいろな経験を積んでいく中で、幸せの形がカタログみたいにいくつもできていくかもしれない。でも、書く上でのモチベーションの一つとして、この子を幸せにしてやりたいとか、悪くない形に運んでいってあげたいと思うのは、すごく真っ当だと思う。
 わたしは、どんなに尖(とん)がっていても、何かしら真っ当なものがない小説って嫌いなんです。どこかで光を希求してほしいし、ずたずたになって終わるようなひどい結末でも、そこを支えている世界に百のうち一でもいいから真っ当な光が一筋差し込んでいる、そういう小説がいいなと思うんですよ。
 粧子さんを幸せにしてあげたかったというのは、いいなあ。わたしも、実は粧子さんが好きで、とくに「粧子」という字を当てたのは絶妙だと思う。

畑野 パッと「粧子」の文字が浮かんで、一応「しょうこ」をパソコンであれこれ変換してみたんですけれど、やっぱり「粧子」しかないだろうって。

村山 本能だよね、それって。これはまだ一作目だけど、畑野さんは、小説を組み立て上げていくことに対しての先天的な勘みたいなものをもっている気がする。小説って、まず自分の頭の中に虚構の世界をつくって、それを一つずつ言葉に翻訳していく作業じゃないですか。もちろん、ただ言葉に置きかえればいいのではなくて、どの順番で語れば読者の中に作者と同じ建物が構築されていくかを考えなくてはいけない。でも、それは文法みたいに学べることじゃなくて、本能でやっていくしかないわけですよ。そのセンスみたいなものが、畑野さんにはちゃんとある感じがしたんですね。
 一つ一つの言葉の選び方、名前のつけ方、それから登場人物たちのバックグラウンドの設定の仕方とかも、程良くセンスがいい。それから、これだけたくさんの人物を登場させても、一人一人がちゃんと個性ある人間として立っている。たとえば、アルバイトの女の子でアキエちゃんとミカちゃんの二人が出てきますね。「これ、二人じゃなくても一人に任せちゃえばいいじゃない」って小説がよくあるんだけど、ここにはちゃんと二人いる意味合いがある。そういう目配りみたいなことがきちんとできているのは、やっぱり畑野さんは何かを確実に「もっている」んだと思います。

新人賞との運命的な出合い

村山 これまでにもさんざん聞かれたとは思うけど、改めて、どうして物書きになろうと思ったのかを聞かせてもらってもいいですか。

畑野 最初に小説すばる新人賞が欲しいと思った高校生のときには、まだ本気で小説家になりたいというほどではなかったんです。その後、短大を出てしばらく演劇とか映画とか、小説も含めて何かをやりたいと思って勉強していく中で、徐々にどれか一個に絞ったほうがいいだろうとなったときに、小説がほかに比べて一番大変だなと思ったんです。
 ほかの大変なことというのは、人を集めなきゃいけないとか、お金が必要とか、実際にものをつくること以外の大変さのほうが大きかったんですね。でも小説は書くこと自体がものすごくしんどくて、そこに向き合う大変さが一番大きかった。だったらそれを選んだほうがいいんじゃないかと思ったときに、高校時代のことを思い出して、そこから本格的に書き始めたんです。

村山 いくつかの選択肢があったときに、いつも一番大変なものを選んじゃうタイプなんですか。

畑野 基本的には楽なほうに行くんですけれど、小説の大変さというのが、好きなタイプの大変さだったんだと思います。

村山 選択肢にあがってた映画にしても、お芝居にしても、小説を書くことにしても、いってみれば全部虚構の世界を紡ぐことじゃないですか。子どものころからそういう世界が好きだったの?

畑野 はい、好きだったんだと思います。シルバニアファミリーっていう動物一家の人形があるんですけど、幼稚園のころにああいうもので遊ぶことがすごく好きで。

村山 人形を使って自分でお話をつくったり、何かごっこみたいなことをしていたわけですか。

畑野 バービー人形とかリカちゃん人形などでも遊びました。友達と一緒に人形に名前を付けて、「今日はきょうだいで」とか毎回設定を変えてやっていましたね。物語をつくるというのは、多分、そういうところからつながっているんだと思います。
 でも、中学、高校になると、さすがにシルバニアとかでは遊ばなくなっちゃうじゃないですか。そういうものに代わる形で映画とか演劇とかに移っていったんだと思います。

村山 畑野さんのプロフィールを見ると、ある日突然小説家になることを思い立って、みたいな感じでちょっと唐突に見えたんだけど、そういう土台があったわけですね。
 で、高校の先生が紹介したから、たくさんある新人賞の中で「小説すばる」を選んだ?

畑野 それもありますけれど、『天使の卵』を開くと村山さんの写真が載っているじゃないですか。

村山 はいはい、単行本ね。

畑野 それを見たとき、ほかの小説にはない華やかさを感じて。

村山 あれ、今から考えると、すごい恥ずかしいよね(笑)。

畑野 いざ応募しようと思ったときに、新人賞とかの知識があまりなかったので、パッと高校生のときのことを思い出して、よしあの華やかな「小説すばる」だと(笑)。

村山 そういう意味では、運命的ですよね。それで実際に賞をとっちゃったわけだから。
 こういうのって結果論でしかないんだけど、わたしも大学に嘱託職員として勤めていたときに、たまたま大学生協の本屋さんの本棚に「小説すばる」の創刊号があって、女の人の顔が表紙のすごい分厚い雑誌というのが印象的だったんですよ。その少し後の号に花村萬月さんの第二回の受賞作『ゴッド・ブレイス物語』が載って、こういうただひたすらおもしろい小説を通してもらえる新人賞だったら、いいかもしれない、わたしが小説に求めるものがここに詰まっているみたいな気がした。で、アイコンのように、新人賞といえばこれみたいな感じで頭に入ってしまったから、今わたしはここにいるわけです。畑野さんの場合も、きっと運命的な出会いだったんですね。

百万部のベストセラーを書いて
違う世界を見てみたい

村山 授賞式のときのスピーチ、よかったですね。「百万部のベストセラーを書いて、違う世界を見てみたい」っていう。

畑野 いやあ……(笑)。

村山 あれ、相当考えた?

畑野 授賞式の二日前までは違うことをいおうと思って紙に書いたりしていたんですけれども、全然おもしろくなくて(笑)。

村山 どういうことを喋ろうと思っていたんですか。

畑野 こういう小説をこうこう書きたいですみたいな、まあ、無難なことを話そうと思っていたんですけれど、これじゃあ、だれも覚えてくれないだろうし、おもしろくもない。どうしようかと悩んでいたら、思い出したんです。
 まだ村上春樹さんが『ノルウェイの森』を出す前に、村上龍さんが春樹さんに「ミリオン・セラー書いておくといいよ」といって、その後『ノルウェイの森』を出した春樹さんがインタビューやエッセイで大変な思いをしたと書いていたのを前に読んだことがあったんですね。「何だそれは、ミリオン・セラーを書くと何が起こるんだ?」と。

村山 あのとき、ある小説家っていってたから春樹さんじゃないかと思ってたんだけど、やっぱりそうだったんだ。で、それをいってやろうと。

畑野 でも、いったすぐ後から、いわなきゃよかったなと(笑)。なんて大それたことをいってるんだろうと急に恥ずかしくなって。

村山 実際大それたことなんだけど(笑)。でも、それがいいんじゃないのかな。なんといっても、インパクトあったよね。
 聞いてる人たちだって、何か楽しませてくれよと期待して爛々(らんらん)と目を輝かせている。悪い言い方をすれば、ヘマをすれば引きずり落とそうとして見る人だっている。そういうところでああいう大それたハッタリをかませられるのは、エンターテインメントの作家として素晴らしい資質だと思う。
 わたしは、歴代受賞者の挨拶をずいぶんたくさん聞いていますけど、すごくつまんない挨拶をした人は、やっぱり消えていった。気持ちだけが空回りしちゃって、ああ、痛いと思った人も消えていった。でも、へえ、おもしろいじゃんと思わせてくれた人は、いまだにちゃんと残っていますよ。

畑野 どうなんでしょう、わたし、痛かったほうですか?

村山 痛くないない、痛くない。あれがもし、ものすごい鼻高々で、かましてやりますよみたいな感じでいったら、鼻白んだところはあったかもしれないけど、畑野さんは戸惑いながらも思い切っていいましたという感じが出ていたのでよかったし、頼もしいなと思った。それに、ご自分でもおっしゃっていたけれども、人にいわないと物事ってついていかないというのはその通りなんですよ。
 いまだに覚えてますけど、わたしが『天使の卵』でデビューしたときに、生まれて初めての女性誌インタビューが『LEE』だったんです。インタビューの最後に、「次の目標は何ですか」と訊かれて、わたしはそこで、「直木賞」っていっちゃったんです。掲載誌を見たら、最後に「という言葉が不遜に聞こえないぐらいさわやかな」みたいな文で結ばれていた。そのとき初めて、「え? わたし不遜なこといったの」って気づいて。というのも、当時のわたしは、直木賞というのは新人賞をとった人が次に必ず目指すものだと思っていたんです。地区大会で優勝したら、次は甲子園を目指しますというような感じで。
 でも、いっちゃったからにはどこかで何とかしなきゃいけない。その思いが漬け物石のようにずっと頭の上に載っかっていて、十年後に直木賞をもらったときには、ホッとしました。やっぱり言霊(ことだま)ってあるんですよ。だから一旦口に出したからには、そこへ向けて動き出しますよ、きっと。

畑野 そうだといいんですけど。

村山 ただ、これから書き続けていくうちには、必ずしんどい時期を迎えるときがくると思う。一番しんどいのは、わたしもそうだったけど、途中で自分を信じられなくなるときが出てくるんですよ。そのときに、人の助言は助言として、でもだれが何といおうと、自分が実現したい世界はここにあるんだと信じて、自分にとっての王国みたいなものを壊されることなく自信をもって走ってほしい。それができるだけの強さが、畑野さんにはあると思うから。

畑野 はい。頑張ります。

村山 では最後に、お決まりの質問を。次の目標は何ですか。

畑野 はい。百万部売って、直木賞をとることです(笑)。

(構成=増子信一/撮影=chihiro.)

【「国道沿いのファミレス」あらすじ】ファミレス・チェリーガーデン社員の佐藤善幸(ユキちゃん)は、高校卒業以来六年半ぶりに故郷の町に戻ってきた。かつて家族の晴れの場となっていたファミレスも、隣町の巨大ショッピングセンターに客をとられてしまい、今はその賑わいもない。本社に戻るまでの辛抱と淡々と仕事をこなしていく善幸だが、いつの間にか店内や地元の複雑な人間関係に巻き込まれていく。幼馴染みのシンゴの結婚問題、新しく恋人になった綾ちゃんの隠された事実、上昇志向が強く仕事に厳しい同僚の粧子さんをつけ回すストーカー……、次々に起こるトラブルを前に善幸は──。

 たとえば同僚でもクラスメイトでも電車で見かけた赤の他人、でもよいのですが、好もしい感じの男子二人が、ふざけあったり仲良くおしゃべりしていたりしているのを眺めるのは、女子に非常な活力をもたらすものです。……と、あえて断定してみましたが、『国道沿いのファミレス』執筆中は、畑野智美さんもきっと思う存分そんな気分を味わっていたに違いありません。「ファミレス」に登場する25歳男子のコンビが最高なのです。

 物語をひっぱっていくのは、佐藤善幸。高校卒業後、東京の大学を出て飲食店チェーンに就職。系列のファミリーレストラン「チェリーガーデン」に配属。仕事は真面目だが目立つタイプでもイケメンでもないうえに性格もややひねているのに、意外とモテたりもする――そんな男が身に覚えのない社内の女性問題に巻き込まれ左遷された先は、飛び出してきた故郷の町でした。

 東京から電車で一時間半。寂れていく一方の駅前商店街で電器屋を営む実家には6年半の間一度も帰っていなかった善幸が、地元に戻ってまっすぐ向かうのが、幼なじみのシンゴの自宅兼スナック「茜」。白人とのハーフらしい綺麗な顔立ちで性格も優しいことこのうえない図書館司書、この世でただ一人善幸のことを「ユキちゃん」と呼ぶシンゴもまた、善幸に輪をかけて複雑な生い立ちを抱えていることが読み進めるうちにわかってきます。ユキもシンゴもそれぞれに降りかかってくる「自分の人生」と向き合わざるをえないうちに、彼らの人生に少しずつ、また大きな変化が訪れます。

 いくらでも深刻にかけそうな「事情」や「事件」を書くときでも、畑野さんの筆は実に淡々としています。全編を通じて独特のユーモアを感じるこの作品のバランスの妙は、職場の同僚や恋人、それぞれの家族など主要な登場人物が15人(!)という数にも表れています。15人が濃度の差なく小説の中で生き生きしているというのは実はものすごい情報量と技量なわけで、新人とは思えないその力量が高く評価されての、第23回小説すばる新人賞受賞だったことはいうまでもありません。(ここだけの話、編集作業中、担当者は同じくらいの枚数のほかの小説の時と比べて倍くらいの時間がかかっておりました……)

 男子コンビの話でした。国道沿いのこの町の最強コンビのかけあいもまた、この小説の大いなる魅力のひとつなのですが、コンビの片割れ、シンゴには実在のモデルがいるそうです。お笑い好きの著者らしく、人気若手芸人のアノ人です。もし「わかった!」という方がいらっしゃいましたら、ぜひ編集部までお手紙をくださいませ。お待ちしております~!

(編集A・T)


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