『国道沿いのファミレス』畑野智美
定価:1,400円(本体)+税 2月25日発売
微妙な距離感が生む
時代の「気分」
畑野智美×村山由佳
「国道沿いのファミレス」で第23回小説すばる新人賞を受賞された畑野智美さんは、高校二年生のときに担任の先生から村山由佳さんの第6回小説すばる新人賞受賞作『天使の卵――エンジェルス・エッグ』を紹介され、「なぜかどうしてもその賞が欲しくなった」そうです。
見事その夢を実現させた畑野さん。畑野さんを作家の道へと導いたともいえる村山さんに、受賞作の魅力とともに、先輩受賞者ならではの温かな励ましを贈っていただきました。(この対談は「青春と読書」2011年3月号に掲載されました)
一番下から世界を見る
新人賞との運命的な出合い
百万部のベストセラーを書いて
違う世界を見てみたい
(構成=増子信一/撮影=chihiro.)
【「国道沿いのファミレス」あらすじ】ファミレス・チェリーガーデン社員の佐藤善幸(ユキちゃん)は、高校卒業以来六年半ぶりに故郷の町に戻ってきた。かつて家族の晴れの場となっていたファミレスも、隣町の巨大ショッピングセンターに客をとられてしまい、今はその賑わいもない。本社に戻るまでの辛抱と淡々と仕事をこなしていく善幸だが、いつの間にか店内や地元の複雑な人間関係に巻き込まれていく。幼馴染みのシンゴの結婚問題、新しく恋人になった綾ちゃんの隠された事実、上昇志向が強く仕事に厳しい同僚の粧子さんをつけ回すストーカー……、次々に起こるトラブルを前に善幸は──。
たとえば同僚でもクラスメイトでも電車で見かけた赤の他人、でもよいのですが、好もしい感じの男子二人が、ふざけあったり仲良くおしゃべりしていたりしているのを眺めるのは、女子に非常な活力をもたらすものです。……と、あえて断定してみましたが、『国道沿いのファミレス』執筆中は、畑野智美さんもきっと思う存分そんな気分を味わっていたに違いありません。「ファミレス」に登場する25歳男子のコンビが最高なのです。
物語をひっぱっていくのは、佐藤善幸。高校卒業後、東京の大学を出て飲食店チェーンに就職。系列のファミリーレストラン「チェリーガーデン」に配属。仕事は真面目だが目立つタイプでもイケメンでもないうえに性格もややひねているのに、意外とモテたりもする――そんな男が身に覚えのない社内の女性問題に巻き込まれ左遷された先は、飛び出してきた故郷の町でした。
東京から電車で一時間半。寂れていく一方の駅前商店街で電器屋を営む実家には6年半の間一度も帰っていなかった善幸が、地元に戻ってまっすぐ向かうのが、幼なじみのシンゴの自宅兼スナック「茜」。白人とのハーフらしい綺麗な顔立ちで性格も優しいことこのうえない図書館司書、この世でただ一人善幸のことを「ユキちゃん」と呼ぶシンゴもまた、善幸に輪をかけて複雑な生い立ちを抱えていることが読み進めるうちにわかってきます。ユキもシンゴもそれぞれに降りかかってくる「自分の人生」と向き合わざるをえないうちに、彼らの人生に少しずつ、また大きな変化が訪れます。
いくらでも深刻にかけそうな「事情」や「事件」を書くときでも、畑野さんの筆は実に淡々としています。全編を通じて独特のユーモアを感じるこの作品のバランスの妙は、職場の同僚や恋人、それぞれの家族など主要な登場人物が15人(!)という数にも表れています。15人が濃度の差なく小説の中で生き生きしているというのは実はものすごい情報量と技量なわけで、新人とは思えないその力量が高く評価されての、第23回小説すばる新人賞受賞だったことはいうまでもありません。(ここだけの話、編集作業中、担当者は同じくらいの枚数のほかの小説の時と比べて倍くらいの時間がかかっておりました……)
男子コンビの話でした。国道沿いのこの町の最強コンビのかけあいもまた、この小説の大いなる魅力のひとつなのですが、コンビの片割れ、シンゴには実在のモデルがいるそうです。お笑い好きの著者らしく、人気若手芸人のアノ人です。もし「わかった!」という方がいらっしゃいましたら、ぜひ編集部までお手紙をくださいませ。お待ちしております~!
(編集A・T)