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担当編集のテマエミソ新刊案内

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泡沫日記

  • 紙の本
  • 電子の本

『泡沫日記』著者:酒井順子

定価:1,300円(本体)+税 4月26日発売

刊行記念対談!
酒井順子さん×小林聡美さん

“初めてのこと” 満載の面白き中年時代!


「初体験」は、10代20代だけのものではない。
人生の後半期にも、多くの「初めてのこと」が手薬煉ひいて待ち構えている。
近親者や友人の死などの一大事から、老化に伴うささいな日常の無情まで、
大人の初体験はとことんほろ苦い。
そんな女子道の苦味やえぐ味を書かせたら、右に出るものなし! 
『泡沫日記』を刊行したエッセイスト酒井順子さんと、
卓越した演技力で熱烈なファンを持つ、俳優にして粋人の小林聡美さんが
40代ならでは(!?)の、「大人の初体験」を語る。
1才違い、中年女子初心者の2人が、体験真っ最中の「初めてのこと」とは?

年をとることに飽きてくる40代後半

酒井 さっそく今朝、「人生後半期における初体験」をしてきました。生まれて初めて背中を寝違えてしまいまして。なんか今日、妙に姿勢がいいのはそのせいなんですけど。

小林 あらあら。生まれて初めてなんですか? 寝違えたんですか。

酒井 首は何度かそれっぽいことがあったんですけど、背中は初めてで、膏薬を貼ってきました。匂ったらすいません(笑)。

小林 いろいろ出てきますよね。40(代)も後半を迎えると。

酒井 このような予期せぬ体調不良ですとか、今まで感じたことのない部分に痛みや痒みやそんな違和を感じるときに、人生の折り返し地点を過ぎたことを感じますね。今はまだ直に回復しますが、これもだんだん治らなくなっていくんだろうな、とも。

小林 なんとなく想像つくようになりますよね、こういう不調が多くなってくるんだろうな、この先、って。

酒井 一過性の痛みが慢性的な痛みになってくる、とか。

小林 眠りが浅くて夜中に起きるとか。深く眠れなくなってるというか。昔、おじさんおばさんたちがボヤいていたようなことが自分に起き始めている(笑)。

酒井 私、出張中とかにトイレに行く回数が多くなった気がします。尿意はなくとも、念のために行っとくみたいな。それっておばちゃんぽいな、と思います。トイレの間隔が長い人をみると「若いな」と(笑)。

小林 あはははー。もうね、年齢的には確実におばちゃんなんでしょうけど、逆に年齢とかあまり意識しなくなりましたね。ちょっと前までは、40才を過ぎても自分の意識は36、7才で止まってる感じがしてたんです。でももはや、わからないというか、どうでもいい。

酒井 昔、大人が言っていた「年齢を忘れちゃう」っていう感覚が最近わかりかけてきましたね。「あれ、自分、40いくつだったっけ?」って。それは逃避ということじゃなく、どうでもいいから忘れちゃうっていう感覚で。

小林 そうです、そうです。あるときからぜんぜんどうでもよくなりますよね。私は45過ぎぐらいからですかね。

トイレに行く回数が多くなった気がします。酒井 私もそうです。40代後半くらいです。まだ(40代)前半って、40代になったんだ! という驚きが……。

小林 なった驚きですよね、前半は。おっ、40代になるんだーという衝撃でね。

酒井 そうなんです。何十代でも同じかもしれませんが、40代も後半に入ると、40代であることにやや飽きてきて、興味もなくなり、年を数えるのもおぼつかなくなってくるという(笑)。とくに47、8(才)あたりというともう……。

小林 そうです!私、今年で48になるんですけど、あと2年で50(才)かと思うとそれにびっくり。もう50かぁ……みたいなしみじみした感慨深いものじゃなくて、「えっ!? 50! なるんだ? 私、もうすぐ!」みたいな。またしても衝撃ですよ。

酒井 はい。虚を衝かれますよね。いよいよ49(才)になれば、50(才)になることも忘れないと思うんですけど。ちょうど今の時期がおぼつかない。

年齢とかあまり意識しなくなりました。小林 私、30代の頃は昼寝ができなかったんですよ。眠れないんですね。まー、元気だったってことなんでしょうけど。それが40代になってからは昼寝ができるようになりまして(笑)。しかも昼寝の効用を実感できるようになった。夏の昼寝なんか最高ですよ。年をとったからできることもあるっていう。

酒井 昼に眠いと思うことがなかったんですか?

小林 いや眠いんですけど、横になると冴えて眠れない。寝てる場合じゃないみたいな。

酒井 電車や車や観劇中でもですか?

小林 寝ないですねえ。あ……そうだ、酒井さん、観劇中によく眠られるとか(笑)。

酒井 はい。熟睡してしまいます。

小林 さすがですね。私は寝ないで、つまらなかったら「これはどういうことなのかー!」と怒りながら起きてます。

酒井 私は40代になって味覚に変化があったというか。今までどうでもいいと思っていたものが……私の場合、塩昆布なんですけど、すっごくおいしいと思うようになり、塩昆布のおいしさがわかるようになりました。

小林 塩昆布ですか。

酒井 大阪に『神宗(かんそう)』っていう塩昆布屋さんがあって、塩昆布界のフェラーリと勝手に言っているのですが、昔は今ひとつピンとこなかったんです。それがもう最近は「なんでこんなにおいしいんだろ」と思うようになってきまして。

小林 塩昆布、おやつで食べるんですか? おかず的な?

酒井 ごはんのおかず、です。ちょっと胃もたれとかして「では、おかゆでも」となったときに、塩昆布は欠かせないですね。40代、胃もたれ、おかゆ、塩昆布……という(笑)。

小林 和食にどんどん体が寄り添っていきますよね。お菓子なんかもそうじゃないですか? 西洋菓子より和菓子の奥深さが染み入ってくる……みたいな。

酒井 バタークリームがすごく好きだったんですけど、今はちびちびと削りながら削りながら食べてます。これを全部食べたらって思うと……。

小林 胃もたれがね(笑)。

酒井 躊躇しながら食べてます。

小林 でもまた復活するときがくるかもしれないですよ。お酒が飲めなかった人が年齢がいくと飲めるようになるっていう現象があるらしいじゃないですか。
75才くらいになって「バタークリームのケーキ、がんがんホールでいけるよ」みたいな。もたれ通り越して麻痺しちゃってね(笑)。

酒井 そういうことあるみたいですね。私も飲めないので。

小林 私も飲めないので。年を取るの、ちょっと楽しみですねぇ。

酒井 それって進化のような、退化のような(笑)。

落語にはまる正しいおばさん道

酒井 40も半ばを過ぎ、最近「こぎん」を始めました。

小林 「こぎん」って、刺繍みたいな?

酒井 はい。青森に伝わる刺繍(刺し子)なんですけど、ものすごくシンプルで、クロスステッチ的な直線で刺繍をしていって、その直線の積み重ねでシンメトリーな模様を作るという……。ちょっとスウェーデン刺繍にも似た雰囲気があって。

小林 すごい。あれですよね、半纏みたいな麻布の野良着に刺繍するやつですよね?

酒井 私はコースターとかをちまちま、と。

小林 それって習いにいかれてるんですか?

酒井 いえ、キットが売ってるんです。地元の刺繍屋さんで売っていたんですけど。私、細かい単純作業が好きで、一度始めるとずーっとやっちゃうんです。携帯のゲームもそうなんですけど、これはマズイと思いつつ、「たまの自分へのご褒美」ということで。

小林 好きなだけやっていいよ、と。

酒井 小林さんもたまに携帯のゲームをなさるとか。

小林 今はぜんぜんやらないですね。

酒井 引退されましたか。

小林 もともとゲームに惹かれない体質みたいで、逆に珍しくて一時やってたんですけど。

酒井 オセロですよね。

小林 ぐらいしかわからないんで。

酒井 私も、オセロ、一時期はまって、すごく強くなっちゃったんですよ。携帯に勝ってしまうんです。

小林 それ、相当ですよ。携帯は強いですから。絶対勝ちますからね。それを負かすって、スゴイことになってますよ、酒井さん。

酒井 セオリーを見つけたんです(にやり)。

小林 あー、もー(笑)。

酒井 今はというか、ここ数年はテトリスから抜け出せないでいます。

小林 きっとストレス発散というか気分転換になるんでしょうね。頭を使うお仕事だから。

酒井 いえいえ。タバコを吸う人なら、仕事の合間に一服とかするじゃないですか。私はその代わりにひとゲームという感じでしょうか。

小林 でも、ひとゲームってわけにもいかず、あっという間に時間が過ぎていきませんか?

酒井 はい(小声)。

小林 それってすごくイヤな気分になりますよねー。あー、こんなに逃避しちゃったみたいな。

酒井 はい(さらに小声)。小林さんが40代後半期に入ってからハマってるというか、経験された「初めてのこと」はなんですか?

小林 40(才)過ぎてからの「初めて」は落語ですね。最近は俳句も始めちゃいまして。こんなことになるとは思いもしなかったです。

酒井 心身共に和風のほうに。

小林 句会とかもやったりしてるんです。毎月1回、何人かで集まってるんですけど、先生がいないので、でたらめなんですけどね。楽しいですねぇ。

酒井 それはみなさんで投票したりして……。

小林 そうです。投句したりして、無記名で。で、点数を集計して、今月の優勝は誰々さんでした、ほほー、とか言い合って。自分の中では40代で俳句をやっちゃってる自分っていうのは、軽く隠居の世界に踏み入れた感があって。今はまだひよっこで若手ですけど、そのうち、俳句やってるおばさんに普通になるんだろうな、とそんなことも思いつつ。それこそなんの違和もなく。

酒井 昔、父がラジオで落語を聴いてる姿を見ていて、どこが面白いんだろうと思ってましたけど、今になってちゃんと聴いてみると、面白いんですよね。私はアイロンをかけるときに落語のCDを聴きながら作業するんですけど、にやにや笑いながらアイロンかけるみたいな。

小林 幸せなひとときですね。

酒井 寄席(よせ)とかにも行かれるんですか?

小林 行きます、行きます。柳家小三治さんが好きなんですけど、小三治さんが出てくるまでにたっぷり時間があるんです。寄席に行って最初から見てますと、いろいろな方が見られていいんですけど、体力的には疲れます。

酒井 けっこうな長時間?

小林 韓国に行けるくらい。軽くエコノミークラス症候群になりそうなくらい座ってないと小三治さんには会えないんですよ(笑)。昼の部が終わるくらいに行って、お弁当なんかも持っていったりして。

酒井 でも寝ない?

小林 寝ないですね(笑)。でも、これちょっと面白くないなと思ったらボーっと(瞳孔を開いてフリーズ)目を開けたまま休む。寄席って明るいのであからさまに寝てるっていうのは失礼じゃないですか。だから直接エネルギーを受け止めず、気配を消しますね。忍者っぽいとよく言われます。

酒井 そうですよね。あからさまに熟睡するのはよくないですよね……(猛省中)。

小林 いいんです、いいんです、暗いとこだったら(笑)。

酒井 踊る方面にはいかれないんですか?

小林 フラメンコとかフラダンスとかベリーダンスとかね。40(才)からの踊る系、よく聞きますけど、私はないかな。
酒井さんがエッセイの中で、正しいおばさんのあり方に、アイドルの追っかけをしたり、踊ったり、落語にハマったり……って書いてらしたんですけど、「うわ、落語ね、ハマったな」、と。ものの見事に正しい中年のおばさん道を歩んでるんだな、私、と。嬉しいような、恥ずかしいような気がしてますけど(笑)。

酒井 小林さんが必ず観に行かれるのは小三治さんと、奥田民生さんですか?

小林 チケットがなかなか取れないんですけど、取れたら絶対に行きます。

酒井 きゃあ、とか。

小林 言わない(笑)。あ、でもこの間の民生さんのライブは絶対にありえない1列目の席が当たったんです。私、ちゃんと自力でチケットを取っているので、1列目は奇跡なんですよ。しかも4人いるメンバーの中でも民生側の前みたいな! もう死にかけました。「きゃあ」はなかったですけど、なぜか、ライブが終ったら足元に置いたバッグが壊れてました。相当なダンシングだったのかと……。

旺盛な習い事欲と減退する記憶力

酒井 睡眠欲、食欲、性欲、いろんな欲に変化が出てきますが、私は40(才)過ぎてから、習い事欲がすごく強くなりました。本にも書いたんですけど、卓球とかやってるんです。

小林 そうですってねー。まだ続いてらっしゃるんですか?

酒井 はい。できることならもっともっとやりたい。

小林 卓球をもっと?

酒井 いえ、他の習い事を。書道もお料理もやってるんですけどね、OLさんみたいに。踊りも楽しそうだなと思っていて。

小林 ジャンルは? 何系の踊りですか?

酒井 何がいいですかね?

小林 何がいいですかねって(笑)。

酒井 単純にエアロビクスを見てるだけでも、あーこれやったら楽しいだろうな、と思うんです。


今や、ラジオ体操をやってもどこかおばさんっぽい。
小林 へー。体育会系なんですね。

酒井 はい。どちらかといえば体を動かすほうが好きというか得意ですね。

小林 私、活発そうに見えて、意外と文化系というか静かなほうが好きなんです。だから踊りというより、楽器かな? 楽器は習ってみたいと思ってるんですけど。

酒井 楽器もいいですよね。ギターとか弾けたらいいなと思います。

小林 憧れは三味線ですねー。昔、3ヶ月くらい習ってたことがあるんですけど、ドラマの仕事が始まっちゃうと通えなくなるので、そのままフェードアウトですよ。三味線も買って、ベンベン練習したりしたんですけど。
あと絶対に習ってみたいのが民謡ですね。民謡よくないですか?

酒井 私も演歌にものすごく惹かれたときがあったんですけど、だんだん盛り上がって、そのうち演歌を通り越して民謡に行ってしまって。

小林 民謡、絶対いいですよ。小唄にも興味があったんですけど、小唄がね、男の人を待つ歌が多いんですよ。朝まであなたを待って、髪が乱れてどーたらとか。うーん、私には合わない気が(笑)。色っぽい唄が多くて、なんか違う気がしたんですよね。なので、そこを通り越すと、民謡かな、と。

40歳を過ぎてから、習い事欲が強くなりました。
私、東日本大震災の後に日本各地の民謡を聴いたら、すごーく元気になったんですね。民謡って、そういうプリミティブなエネルギーがあるのかなと思いました。

酒井 うちの祖母も101才まで生きたんですけど、ずっと習っていたのが民謡と麻雀でしたね。

小林 うわ。それ、長寿の必須ツーアイテムですね。そうだわ、麻雀されてる方、長生きだもん。

酒井 やはり手と頭を使うっていいみたいですね。先週、佐渡に行ったんですけど、9時からホテルのロビーで佐渡おけさをやります、と言うので見に行ったら、案の定「ではみなさんもごいっしょに」となりまして。

小林 踊られた?

酒井 はい。踊ろうとはしたものの、これがぜんぜん踊れなくて。「こ……こんな単純な振りが、いや振りというより動きがなぜできない!」っていう。もうびっくりしました、自分に。

小林 あははは。そういうのあります、わかります。

酒井 目で見るぶんには簡単なのに、体で記憶するってことがだんだんできなくなっているんですよね。わかってはいるけど、できないんです。

小林 昔は、踊るおばさんたちを見て、なんでこうもおばさんっぽい動きやら踊り方をするんだろって思ってましたけど、自分たちが着々とその動きに近づいていってるっていうね。昔はピンク・レディーとか見て、すぐ覚えて、すぐ踊れたのにね。今や、ラジオ体操をやってもどこかおばさんっぽいみたいな。

酒井 というよりラジオ体操の動きや順番をも忘れている……(笑)。
でも小林さんは役者さんですから、台詞を記憶する機会はいっぱいあるんですよね。

小林 台詞はそうですね。長ーく記憶に留めておくというのはあれですけど、「明日の分を記憶する」というのはまだぜんぜん大丈夫ですね。

酒井 えー、すごい。

小林 いやー、それくらいは誰でも大丈夫ですよー、まだまだ。

酒井 いえ、私の暗記能力は著しく衰えてきています。だから今、トイレに百人一首を置いているんです。ちょっと覚えようかなと思って。

小林 えええー。それは、すごーい。

酒井 日本人としての一般教養としてもコレは覚えておいたほうがいいかも、と。なにもトイレで、なんですが。

小林 私もやってみようかな(笑)。

人生の後半、大学生になってみる

小林 初体験といえば、私、40代の後半にもなって、今、大学3年生なんですよ。

酒井 え? 大学に通われてるんですか?

小林 そうなんです、これが。これはけっこうな初体験ですね。

酒井 何を学んでらっしゃるんですか?

小林 日本文化です。本当に物知らずで、日本の古典文学なんてスルーの人生だったので、これじゃいけないかもな、と。
この間、高校生が読む受験用の『源氏物語』の参考書みたいなのを読んで、なんとなくこういうお話というのは理解したんですけど、薄ぼんやりと(笑)。でも酒井さんがお書きになった『紫式部の欲望』を読んだら、すごくよくわかったんですよ。あれは本当に勉強になりました。

酒井 いえいえ、そんな。でも私も30代だったんですけど、大学に入ったことがあるんです。仏教のことを知らないなと思って、仏教系の大学に。

小林 へー。

酒井 私の場合、通信だったんですけど、京都でスクーリング(通信教育で学んでいる人が教室で教員と直接対面して講義や実習を受けること)に参加したんです。京都なら楽しいだろうと思って。でもぜんぜん友だちもできないし(笑)。

小林 通信の人たちが集まるスクーリングなんですね。

酒井 そうです。ですから30~40代の方も多かったんですけど。どこにでも友だち作りのうまい人はいるもので、すぐグループができ……私は最後までひとりでしたが。ちょっと京都暮らしは楽しかったなというくらいの思い出ですね。
小林さんはちゃんと通ってらっしゃるんですね?

小林 そうです。だから同学年が20才とか21才とか。

酒井 友だちできましたか?

小林 友だちですか。なんですか、親切で優しい若者たちに支えられて、どうにか(笑)。
そういう意味では試験とか学祭とか大学生生活全てが初体験で、面白いです。

酒井 それはすごい初体験ですよね。お仕事がお忙しいのに授業とかどうされているんですか?

小林 それはもうスタッフのみなさんにご協力いただいて。春休みにドラマとか、CMは週末とか。でもね、ジャニーズのアイドルの方々が、ちゃんと大学を卒業してるんですよね、あんなに忙しいのに。いよいよ大変になったときは「あんなに忙しいアイドルさんが進級、進学、卒業してるんだ。なぜ、私ができない!」と、思ったりしているんですけどね。でも向こうは現役だしなぁ(笑)。

酒井 試験もあるんですよね。

小林 あるんですよ。

酒井 カンニングもせず?

小林 せず!!(笑)

酒井 確かに大人になると学びたくなりますよね。自分の欠損部分がイヤというほど見えてくるので、そこを埋めたいというか。

小林 ですね。自分になにが足りないのか、なにが足りているのかすらわかりませんもんね、20代そこそこじゃ。

酒井 本にも書いたんですが、「知らないということは何と幸せなことか」だと思いますね。

介護経験無しの後ろめたさ

小林 酒井さんは、ご両親とも亡くなられているんですよね?

酒井 そうですね。40代にはいって、「死」はすごく身近なものになりましたね。
だからかな、最近、何をしても「どうせこんなことをしても死ぬんだし」と、思うようになりました。よくも悪くもですが。

小林 私は両親はまだ健在なんですけど、去年の暮れに父親が脳梗塞で倒れたんですよ。それこそ落語会に行った後で、すっかりごきげんだったところに突然メールが来まして、「お父さんが倒れて、入院した」と。そういう局面に接して、「そうか、やっぱり親も死ぬんだ」と実感したんですよね。いずれ死ぬというのはわかっていたし、思っても考えてもいたけど、実感として感じたのが、その時でした。幸い、軽度で1週間くらいの入院ですんだんですけど。

酒井 そういうことに接すると、恐怖心というか……湧いてきませんか?

小林 恐怖心ですか? 親がいなくなってしまう恐怖心? んー、悲しみとか喪失感はあるでしょうけど、恐怖心はないかな。親がいないと生きていけない年齢でもないですしね。

酒井 介護とかに対する、恐怖もあるかと思いますが。

小林 介護ですか。家族や身近な人が寝付いちゃって、さあ今日は誰が世話しに行く?みたいな経験がないんですよ。子どもも産んでいないので、家のつながりやしがらみの大変さも経験していないし。こと、この分野に関しては本当に経験不足で。介護を連想させる模擬体験的なこともしていないので、介護どうする? 的な発想にならないんですよね。本当にこんなに暢気でいいのかとは思うんですけど。

酒井 私も、父を看取ったのはほとんど母ですし、母もほぼ突然死状態だったので、介護の経験がないんです。割とあっさり両親が亡くなったので、周囲からは「いいわねー」「ラッキーだったわね」と、言われるし。そういう後ろめたさが、なんかあるんですよ。

小林 後ろめたさね。なんかわかります。

酒井 私、だれのオムツも換えたことがなく……。子どもから老人まで。

小林 私もないです。あー、ダメだ、私たちダメですね、この分野。経験が無さ過ぎる。

酒井 でも友人や知人たちがみんな介護への恐怖を語っている今日この頃なので。

小林 年齢からいったらそうですよね。うち、弟のヨメがすごくできたヨメでなんかそういうピンチなときに、すごく活躍してくれるんですよ。だからついつい頼っちゃってねー、ヨメに。

酒井 うちも兄の妻がすごくできた人で。

小林 そういうふうにできてるんですかねー(笑)。ありがたいというか、申し訳ないというか。

「老婆心」はありか、なしか?

酒井 私の姪が、今、5才なんですが、姪を見てるとこれからやることなすこと、みんな初めての体験なんだな、と思うんですよ。

小林 見るもの聞くもの食べるもの、ほんとそうですね。

酒井 こんなピュアな子が薄汚れていくのだなーと思うとせつなくなります。

小林 あはは。酒井さん、意外に心配性ですか?

酒井 いえ、そうでもないんですけど。自分が体験してきた、あんな酷いことやこんな辛いことをこの子も体験するのかと思うとですね。ま、いいんですけど、頑張れやー、と。

小林 私の場合、若い友人といえば大学の同級生たちじゃないですか。でも老婆心であーだこーだアドバイスしないようにしてるんです。あきらかにそれはやめたほうがいいなぁと思うことでも、「やめたほうがいい」とは言わないです。少々人生を長く生きてるってだけで、決めつけるのはどうかなと思うんですよ。初体験じゃないけど、どんなことも自分で体験してからのほうがいいだろって。
だってー、姪御さんじゃないけど、本当に若いんですよー。オリーブを見て「さとちゃん、これ何?」って、食べたことないんですよー。もう「オリーブだよーーーー」って(笑)。
オリーブ初体験ですよ。こういう感情も私にとっては初体験ですよね。

酒井 そうですか。知り合いの20代の女の子が小説家志望の、でも小説家にはなっていない男とずーっと付き合っているんですけど、私「別れちゃえ、別れちゃえ」って、言っちゃったんですけど、言わないほうが良かったですね。

小林 そんなアドバイスを受けたことも、その子にとっていい経験ですよ。

酒井 でも本当にそれで別れちゃったんですよ。

小林 別れちゃったかー(笑)。いいです、いいです、いいんですよ。若くても年寄りでも決めるのは自分ですから。

酒井 アドバイス、聞くも聞かぬも自己責任。あ、なんか俳句みたいになっちゃった(笑)。

小林 あはは、標語ですね。私は最近、ものすごく頑張っておしゃれしている若い子を見ると、かわいいなぁというか、そんな気持ちになるんですよ。この感情は初めてのものですね。


アドバイス、聞くも聞かぬも自己責任。
酒井 なんかわかります。自分が30代の頃は若者を見ると、腹ばかり立てていたんですけど、最近、腹が立たなくなりましたね。たぶん親子みたいな年齢差になったからだと思うんです。今、20才の子がいてもおかしくないわけで。だから、20才以上年齢の離れた子には、なんでも許せるなって思うようになりました。

小林 でも無礼なやつには腹を立てますね、無礼者には。

酒井 小林さんは無礼な人に「それは違う」って、おっしゃいますか?

少々人生を長く生きてるってだけで、決めつけるのはどうかな。小林 ついこの間も通路で携帯の充電をしてる人がいまして。コードが通路を横切って伸びていたので、そのコードにひっかかっちゃったんですね。で、「あ、ごめんなさい」って謝ったら、「……チッ」みたいな。え? 舌打ち?「あ、あ、あ。今、チッとか言った? それ違うよね。お前だろ、お前がそんなところで充電してるからだろー」と。

酒井 おっしゃった?

小林 いやいや、思ったんです(笑)。腹も立ったし、思ったんですけど、言えなかったですねー。

酒井 そこが悩むところですよね。きちんと注意することが本当の親切なのかな、というか、大人としての責務なんじゃないか、と。でも嫌われるのイヤだしな、とか。その辺いつも悩むんですよね。

小林 腹は立つけど、注意はなかなかできないですよね。

酒井 私なんて、注意どころか何も言わなくても、怖い怖いって言われちゃいますし。何か言っても黙っていても怖がられる。若い編集の方やインタビュアーの方に、「緊張します」って、言われても……(笑)。

小林 緊張するって言われてもね(笑)。でも私たちが若い頃は、今の私たちくらいの年齢の人を悩ませていたんでしょうね。「何考えてるかわかんないね、今の若いもんは」ってね。

酒井 若い頃、大人たちに注意されるとすごく腹が立ったけど、とはいえ、今思うと注意されてよかったのかっていう気もして。あれこれ言われて、ありがたかったですよ。今はもう誰も何も言ってくれないですから。

小林 そうですね。誰も何も言わない。間違えたら間違えっぱなしですよ。怖いなぁ。

酒井 それを思うと自分がそうされてきたように、若い人に言ってあげたほうがいいのかな、と思うんですけど、ついつい保身に走る自分……。嫌われたくないのかなー。嫌われたくないんでしょうね。

小林 嫌われたくないっていうのもあると思いますけど、自分の考えや意見が本当に正解なのかな? っていうね。自分って正しいのかなって思っちゃうんですよ。謙遜とかそんなんじゃなく。私の場合、こう、直属の部下がいるという仕事ではないし、みんなそれぞれ考えや思いがあってやってることだしと思うとね。
でもそれって、コミュニケーションを拒否してることになるのかな。難しいですね。

50代で体験したい「初めてのこと」

酒井 小林さんは東京以外に住んだことはありますか?

小林 ないです。テレビなんかで、深い森の映像とか見ると、こんなところに住んでいたら絶対いい人になるって思うんですけどねー(笑)。東京生まれの東京育ちですから。

酒井 移住計画とかあるんですか?

小林 単身なので自由はききますが、ひとり暮らしで1軒家っていうのはちょっと怖いかなーとも思うんですよ。酒井さんはあるんですか、移住計画。

酒井 私はいろんな所のウィークリーマンションに1ヶ月ぐらいずつ住んでみたいと思ってるんです。

小林 わー、疲れそうですねー。

酒井 なんか結構いける気がするんです。1ヶ月くらいだったら知り合いがいなくても、なんとか乗りきれちゃいそうですし。大学のスクーリングに通っている時、京都に20泊したことがあるんですけど、すごく楽しくて。これをいろんな都市でやってみるのはありかな、と。

小林 定住せず旅をし続けるっていうことですか?

酒井 疲れますか……ね。

小林 京都20泊だったから楽しかったんじゃないですかねー。

酒井 あと10泊増えたら、楽しくなくなりますか……ね。

小林 どのあたりを考えてるんですか? 30泊。

酒井 えーと。福岡とか。

小林 都会ですね。

酒井 かと思えば雪深い地とか。または海辺。あ、でもウィークリーマンションがあるということはある程度都会じゃなきゃダメってことですね。プチ夢です。

小林 どっちかといえば私は海外かも。それも流浪放浪じゃなくて、きっと学ぶ系。その国の言葉を勉強したりなんかして。

酒井 もう間もなく50代に入るんですけど、私、50代の計画が何も無いことに気がつきました、今。じゃ、40代の計画はあったのかというと特になかったんですけど(笑)。

小林 私も計画ってないし、しないですよ。もう漠然といく、みたいな。ただ40代で大学を卒業するっていう大きな目標ができちゃったので、それをクリアして50代に突入ですね。

酒井 たぶんというかもう絶対に、50代は健康第一になると思います。

小林 本当。私もそうです。健康第一! いいじゃないですか。健康じゃないと何かことを起こす気にならないですし。

酒井 小指の先がちょっと痛いだけでも憂鬱です。

小林 でも50代もあっという間に来て、あっという間に過ぎていくんでしょうね。更年期もね、リアルになってくるでしょうし。

酒井 50代、体のケアで日々過ぎていくような気も……。

小林 もう鍼だの、灸だの。私は周囲の諸先輩方の更年期をいろいろ見てきましたので、けっこう覚悟はできているんですよ。深刻な症状で本当に大変な人もいるし、「あれ、いつ来てたんだろ? 更年期?」っていうお気楽な人もいるし、「なんとかなるよ」って軽く受け止める人もいるし、本当に多種多様。いろんなケースを見てきたので、結果「ま、そういうものなんですね」という感じで。

酒井 私も更年期障害と言えるような症状はまだありませんが、最近、頭だけ汗をかくんです。帽子を被るとよけいに暑いので日傘を差すようになったんですけど、中高年のご婦人が日傘を差すのは、日焼け防止のためだけではなかったのねー、と。中年ならではの新たな発見が……。

小林 じわじわ、とね(笑)。ま、肉体的には窮屈なことも出てくるでしょうけど、50代に入ったら、いろいろやりたいですよ「初めてのこと」。そういえば知り合いのお母さんは60代で民謡を習い始めたといっていたので、50(才)デビューでもまだまだ大丈夫でしょ。民謡、習おうかなー。

酒井 ぜひ、一声おかけください。

小林 やりますか。

酒井 民謡をみんなの前で披露できたらいいと思うんですよ。「じゃ、一節だけ……」とか。

小林 そうなんですよー。面白いと思うんですよ。

酒井 では、50代は“旅と民謡”で(笑)。


構成・文/稲田美保
撮影/馬場わかな
小林聡美さんヘアメイク/北一騎
協力/ホテルオークラ東京


小林聡美(こばやし さとみ)●1965年東京生まれ。女優。映画、テレビ、舞台などで活躍のほか、エッセイ集『ワタシは最高にツイている』『アロハ魂』対談集『散歩』などの著作がある。
2013年7月21日より、主演ドラマ『パンとスープとネコ日和』(群ようこ原作)がWOWWOWにて放映予定(毎週日曜日22:00~全4話)。

酒井順子(さかい じゅんこ)●1966年東京生まれ。広告会社勤務を経て執筆活動に専念。
2004年『負け犬の遠吠え』で、婦人公論文芸賞、講談社エッセイ賞を受賞。
『おばあさんの魂』『紫式部の欲望』『もう、忘れたの?』『この年齢だった!』『下に見る人』『地下旅!』など、著書多数。
最新刊は、2011年より著者自身の身辺を綴った日記エッセイ『泡沫日記』。

担当編集テマエミソ

初体験。
どこか甘酸っぱい響きを持つ言葉ですが、それは、乳児から若者だけの特権ではありません。
初めて歩いた、小学校に入学した、××へ行った、あれしたこれした……。
若年までの初体験は、そのほとんどが未来に向いたものです。
対して、中年以後となれば、不動産の初購入や初昇格などはありますが、シミ、皺、白髪の発見、
親族知人友人の死など、人生後半期特有の暗い陰をともなうことが多いもの。
本書は、そんな中年期以降に訪れる、意外に多い「初体験」を、著者ご本人の体験と実感をもとに綴られたものです。

数年前。
「はじめに」で触れられている酒井さんの人生初弔辞の現場に、実は担当Kも居合わせておりました。
葬儀当日朝にお会いしたら、
「昨夜は全然眠れませんでした……」
とのこと。
さすがに、かなり緊張しているご様子です。不謹慎ながら発表会を見守る親族のような気持ちで、
葬儀場へ向かいました。
後方の席から見える、遺影の前にたたずむ酒井さんのすっくと伸びた背中。
故人に呼びかけた直後、嗚咽で言葉が途切れがちながらも伝えてくださった、故人との印象的なエピソードは、
会場の涙を誘いました。
もちろん、故人を知る私たちも号泣です。
年下から申し上げるのも生意気ながら、「初弔辞」という大仕事を終えた酒井さんは、
確実に大人としての深みをましたように見えたものです。
今後も、酒井さんがどなたかの弔辞を読まれることはあるでしょう。
そして、このご経験を踏まえ、滞りなくこなされるに違いありません。
でも、「初弔辞」は、当然ながら後にも先にもあの一度きり。
弔辞に良し悪しもないと思いますが、初体験だけが持ちうる、無意識の強さを持ったいい弔辞でした。

東日本大震災、実母、祖父母の死などの一大事から、日常の細々とした微笑ましい初体験まで
日記風にまとめられている本書は、同世代女子に、大いなる共感と明日の勇気を与えてくれるはずです。


(編集K)


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