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失踪.com 東京ロンダリング

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『失踪.com 東京ロンダリング』著者:原田ひ香

定価:1,700円(本体)+税 9月5日発売


【作品概要】
事故物件をロンダリング(浄化)する人材を斡旋する相場不動産。ある時から、なぜか関係者が次々と相場不動産から離れていく。不審に感じた仙道は調査を始めると、その背後に共通したある人物がいることを摑む。そこになんらかの妨害工作の動きを察し、ある場所に出向きその実態を問うと、思わぬ事実が……。



【著者紹介】
原田ひ香(はらだ・ひか) 1970年、神奈川生まれ。大妻女子大学卒業。2006年「リトルプリンセス2号」で第34回NHK創作ラジオドラマ大賞最優秀賞作受賞。07年「はじまらないティータイム」で第31回すばる文学賞受賞。著者に『東京ロンダリング』『母親ウエスタン』『彼女の家計簿』『ミチルさん、今日も上機嫌』『虫たちの家』ほか。





原田ひ香×大島てる対談

前住居者等が何らかの原因で死亡した経歴のある物件は、近年「事故物件」と呼ばれるようになりました。原田ひ香さんの最新刊『失踪.com 東京ロンダリング』は、そんな事故物件に関わる大家、不動産業者、住人など、様々な人々からなるオムニバス小説。読み進めるうちに各編が複雑にからみ合い、やがて大都市・東京のさまざまな問題が浮き彫りになっていきます。
今回ゲストにお迎えした大島てるさんは、実際に事故物件の情報を収集・提供するサイトを運営されています。事故物件の裏に潜む問題とは? 対談は事故物件公示サイトの話題から始ります。



事故物件公示サイトの意義

原田 大島さんがインターネット上に事故物件公示サイト「大島てる」を開設されたのはいつですか。

大島 2005年9月ですから、もう11年になります。

原田 地図上にところどころ炎のマークがあって、そこが「事故物件」を表しているわけですよね。

大島 実際に自殺や殺人事件などのあった物件をマッピングして、住所、事故の発生した日付、事故の内容、写真を掲載しています。開設当初は東京23区内だけでしたが、現在は日本全国のみならず海外の一部も掲載しています。

原田 事故物件はどのように調べるのですか。すごく興味があるんですけど。
▲原田ひ香さん

▲大島てるさん
株式会社大島てる代表取締役会長。1978年生まれ。 2005年、事故物件サイト「大島てる」を開設。関連書籍に 『事故物件サイト・大島てるの絶対に借りてはいけない物件』『大島てるが案内人 事故物件めぐりをしてきました』。

事故物件公示サイト「大島てる」
http://www.oshimaland.co.jp/

大島 始めた頃はそれこそ図書館で過去の新聞を調べたりしていましたが、現在は投稿による情報提供がもとになっています。それを精査して情報の精度を高めていくのです。

原田 そもそもどうしてこのようなサイトを始めようと思われたんですか。

大島 家業が不動産業で、土地を購入してアパートやマンションを建てたり、ビルを買ってテナントを集めて家賃をいただくという大家、地主側の仕事をしていました。そこで、自分たちが物件を購入するときに事故物件をつかまされたくないという思いから、自分たち自身のために情報収集を始めたのがきっかけです。

原田 私が前作『東京ロンダリング』を出した2011年頃は、「事故物件」という言葉自体があまり一般的ではなかったように思います。私自身、大島さんのサイトも存じ上げませんでした。小説を書いてから、大島さんがテレビに出演されたりするなどご活躍されて、「事故物件」という言葉が世間に認知されてきました。大島さんのサイトでも『東京ロンダリング』をご紹介いただいていますね。

大島 事故物件のことを書いた小説があると教えてもらったので掲載させていただきました。読ませていただいて、勿論実際とは異なる部分もありますが、とてもよくできているなと感じました。

原田 あの小説を書いたとき、新聞社の社会部の記者さんから事故物件についての取材を受けました。事故物件に住んでいる人を紹介して欲しいと頼まれたのですが、私自身は手探りしながらまったくのフィクションとして書いたので困ってしまいました。『東京ロンダリング』では、自殺や事件などで人が死んだ部屋、つまり事故物件に誰かが1カ月住んで「ロンダリング」すれば、不動産業者がその次の新しい店子に人が死んだ部屋であることを伝えなくて済むという設定にしました。でも、小説で書いたのと同じように、実際に事故物件に短期間住んで「浄化」する仕事をされている方がいるのですよね。

大島 いらっしゃいますね。ただ、私の立場から言うと、1カ月住んだらそれでもう大家や不動産業者に、入居者に対する告知義務はないということにはならないのです。事故物件の告知期間は、具体的には定められていません。それから、賃貸物件の場合、「事件・事故後の最初の入居者に対してのみ告知する」ということが業界の標準となりつつありますが、これも法令上そう定められているわけではなく、過去にそういった裁判例があったからなのです。でも、原田さんの小説の設定はフィクションとして、とてもうまく書けていて驚きました。

原田 普段私たちはあまり気にしていませんが、大家と不動産業者は違うのですよね。

大島 一番の違いは免許事業者かどうかということです。例えば大家というのは、もちろん悪いことをしたら捕まりますし、裁判を起こされたら賠償金を払わされたりしますけど、それで大家をやめさせられたり、物件を没収されたりということにはならないのです。一方、不動産業者は免許事業者ですから、法令に背くと国土交通大臣や都道府県知事から免許を取り消され、業務停止になってしまう。ですから、無茶をするのはどちらかというと大家の方なのです。

原田 そうすると例えば、大家が事故物件のことを黙っていたら、借りる側はもとより仲介する不動産業者もわからないということですよね。

大島 私が事故物件について常々「本当に怖いのは幽霊とか心霊現象ではなく人間」と言っているのはそういうことです。事故物件を隠蔽してしまう悪徳大家が一番怖い。なかには、掃除もせずにそのまま貸しているところもあるのです。その意味でも、公示サイトの意義はあると考えています。

原田 大島さんが監修された本で拝見したのですが、何度も自殺者が出たり、事件が繰り返されてしまう物件というものが出てきますよね。大島さんはそういう物件について、霊が憑いているとかではなくて間取りとかレイアウトのような構造的なものに問題があるのではないかと言われています。私はそういうのすごく好きな考え方です。借りる側の不安をいたずらに煽るのではなく、事故物件を現実的な問題として扱っている。

大島 事故物件の値下げも法令で定められているわけではないのですが、なぜ実際になされるかというと、事故物件であることを正直に告げたら、値下げせざるを得なくなるというだけのことです。大多数の人は嫌がりますから。もちろん、事故物件でも安いなら借りたいという人もいますが、そういう人はあくまでも、心理的なデメリットより経済的なメリットを重視しているわけですから、値下げもなしに知らずに住まされていたらやはり嫌がります。

原田 情報を隠されて知らずに住み続けていたとしたら、本当に恐ろしいですね。

大島 よく言われるのは、こんなことを気にするのは日本人ぐらいだということです。確かに、事故物件公示サイトなんていうのは、シリアとか北朝鮮だったら成り立たないですし、日本でも、戦時中のような危機的状況だったら需要がない。でも、現代において知らないで一般の方が事故物件に入居したり、不動産業者が事故物件を扱うというのはあってはならない。そういう思いもあってサイトを始めました。原田さんの小説でも、事故物件を単なる恐ろしいものとしてではなく、現実的な事情も含めて丁寧に描いているなと感じました。


まったく新しい物語

原田 普段、小説はお読みになりますか。

大島 ほとんど読みません。仕事上、不動産取引における心理的瑕疵(かし)(心理的な意味での欠陥・欠点)の裁判例についての本などを読むほか、小説だと三島由紀夫の『宴のあと』など、のちに裁判になったものは読みました。それでも、原田さんの『失踪.com 東京ロンダリング』は、『東京ロンダリング』よりさらにパワーアップされていて、凄いということがわかりました。

原田 実は『失踪.com 東京ロンダリング』は、『東京ロンダリング』の続編という意識ではなく、物語としてはまったく新しいものとして書いたんです。確かに、『東京ロンダリング』と同じ不動産ロンダリング業がテーマですし、前作に登場した人物も出てきます。ですから、あわせて読んでいただければ勿論嬉しいですけど、今作だけでも楽しんでいただけると思っています。

大島 前作で言えば、当時事故物件という言葉自体は業界用語としてはあったのですが、そのロンダリングは知られていないだろうなという時代だったので、そういう意味では今作の方がより実感としてわかるようにも思います。それと、普通の物件も仲介しながらロンダリング業を斡旋する相場(あいば)不動産の社長は、結構物語の要となる人物ですよね。すごくリアルに描かれていますが、お知り合いに不動産業者の方がいるのですか。

原田 いいえ。取材もまったくしていないんです。私自身、一回だけ部屋を借りたことがあるのですが、いわゆるチェーンの不動産屋さんで社員も若い人ばかりだったんです。ですから、相場不動産についてはまったくの創作です。

大島 前作より、さらに相場不動産が前面に出てきますよね。

原田 前作は主人公の、りさ子の再生の物語になっていますが、今回はもっとロンダリングそのものというか、不動産をめぐる社会的な要素を前面に出しました。地方出身の女性とか、生活保護を受ける人物を登場させたのもそのためです。

大島 東京が舞台になっているというのも実感としてとてもよくわかります。私も東京の人間なので、同じ大都市部でも例えば大阪とか名古屋が舞台だったらピンとこなかっただろうなと思います。あとはジャパン不動産による丸の内の大規模開発のような話も、地方だとまずないですよね。だいたい、農村部はそもそも人の入れかわりがあまりないですから、こういう賃貸物件も少ないです。そういう東京の一面を切り取ってみせたというのはやはり作家の手腕だなと思いました。

原田 私自身は東京だけじゃなくて、北海道や大阪、海外ではシンガポールに住んだこともあるんですけど、やはり東京というところは都市として珍しい土地だと感じるんです。ごちゃごちゃといろんな小さな物件があって、たくさんの人が住んでいながら、一つ一つの街がきちんと栄えているというのが独特だなと。

大島 東京に住んでいる人同士の距離感みたいなものもすごくよく描かれていますよね。それに、人口が多いからこそロンダリングのような職業も成り立つと納得させられます。ほかにも、家賃交渉の会社とか、失踪者を捜す仕事とか。そういうニッチな職業が実際に成り立っている。あと、私が個人的に興味を持ったのは、失踪者に支持されていた自己啓発本を書いた人物。あの森脇という人物はどうして登場させようと思ったのですか。

原田 もともとビジネス書などはよく読むんですけど、自己啓発本というものは、すごくおもしろくて良くできているけど、それにはまるのは怖い部分もある。それで出してみました。

大島 本当にそうだと思います。考え方とか言葉で人を動かす影響力があります。物語では、この人物は黒幕というか背後の大きな力と関わっていますよね。そういった、大きな力に多くの人が巻き込まれるという設定も東京という都会だから成り立つと言える。それから、小説の中でもオリンピックの開催を控えた東京の世相が描かれていますが、今後は少子高齢化からさらに移民の問題も出てくると思うんです。ですから、事故物件をめぐる状況も変わってくる。

原田 それは絶対にあると思います。例えば、家賃が下がると借りる層が変わってくるというのは現実としてあるんですよね。

大島 事故物件が二重の事故物件となるということがあるんですけど、一番の理由はそこだと考えます。別に統計があるわけではないのですけど、一度物件の価値が下がるとなかなかそこから戻れない。それは今後、もっと大きな問題になると思います。



物件をめぐる人たちの物語

原田 小説の中に登場させた場所について、専門家から見て違和感のようなものはありませんでしたか。

大島 高円寺から谷中まで移動するところ、実際はもう少しかかるんじゃないかとも思いました(笑)。でも、物語に登場する場所は、杉並も谷根千(谷中、根津、千駄木)の方も、あるいは丸の内もそうですけどとてもなじみがあるので実感を持って読みました。

原田 杉並のあたりには実際に住んでいたことがあるんです。最初の舞台である高円寺は、下積みの芸人さんとかがよく住んでいて、何となく物語の舞台として受け入れてもらえるようなイメージがありました。あと、丸の内は以前勤めていたときに、おもしろい雰囲気の場所だなと思っていたんです。

大島 それにしても、一見重い題材なのに話としては希望に向けて書かれているのは原田さんの力量だなと思いました。

原田 今回、大島さんが関わられた本などを読ませていただいて、現実と比べたら私の小説はメルヘンの世界かもしれないと思いました。ただ、離婚して仕事も住むところも失った女性を主人公にした前作より、今回はもっと外の世界というか、事故物件をめぐる様々な人たちの生き方を描きたかったんです。

大島 相場社長の言葉に、ロンダリングというのは都会のとまり木じゃないかというのが出てきますよね。私はそこに原田さんのメッセージが込められているのではないかと感じたのですが。

原田 何だかんだ言って、東京の家賃ってまだ高いんです。若い人だと、家賃のために働いて精神的にも追い込まれるということもある。そんなときに、事故物件に住んだら家賃の心配がなくなったという話をどこかで聞いたんです。大島さんは幽霊より人間が怖いとおっしゃいましたが、幽霊より家賃の方が怖い(笑)。それも東京という都会ならではの問題ですし、そういう社会的、経済的なものと、個人の精神の関係を小説にしたいと私は思っているんです。

大島 とまり木もそうですけど、ロンダリングをする人たちを「影」と呼ぶのもユニークですね。私は一瞬、本当にそう呼ばれているのに自分が知らなかっただけかと焦りました。

原田 私が名付けたんです。「ロンダリングする人たち」と書くととても長いので(笑)。

大島 あとは、家自体が主役のようなところもあって、間取りとか部屋の向きとか駅から何分といったようなこともとても詳しく書かれていて、職業柄興味深く読ませていただきました。これまで、こういう形で事故物件を題材にした小説はなかったように思います。

原田 この小説をとある放送局の人に読んでもらったんですけど、昔はドラマ化は難しいけど今ならできると言われて、ああやっぱりと思いました。

大島 紙媒体に比べて、テレビやラジオといった電波にこういったテーマを取り上げるのは、やはり厳しいところはありますよね。ただ、私は映像化された『失踪.com 東京ロンダリング』もぜひ見てみたいと思いました。

構成=八木寧子/撮影=露木聡子

(「青春と読書」2016年9月号より掲載)


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