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新刊ブックレビュー

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脇坂副署長の長い一日

  • 紙の本

海外ミステリの名作を彷彿とさせる出色の警察小説。
真保裕一『脇坂副署長の長い一日』【評/池上冬樹】

定価:1,600円(本体)+税 11月4日発売

 いやあ、わくわくしながら読んだ。おお、そうきたかと思った。『デパートへ行こう!』『ローカル線で行こう!』『遊園地に行こう!』など仕事小説が人気を博している真保裕一が、今度は警察小説を書いたのだ。興味深いのは、同時多発的に起きる事件が進行していくモジュラー型警察小説を採用していることで、これがなかなかいい。
 しかもタイトルにあるように、一日限定とくれば、海外ミステリファンなら、モジュラー型警察小説の始祖、J・J・マリックの『ギデオンの一日』を思い出すだろうし、警察捜査小説を世界的に大きく発展させたエド・マクベインの87分署シリーズのノンフィクション的な異色作『夜と昼』を想起する人もいるかもしれない。
 しかしもちろん国産ミステリの小説巧者真保裕一は、それらを踏まえながらも、日本社会のいまを反映させる人物と組織を提示していくからたまらない。さすがである。
 物語は、まず、賀江出(かえで)署の副署長脇坂の娘由希子が深夜実家に帰ってくる場面から始まる。由希子もまた警察官と結婚したものの、その日はある事情で実家を訪れたのだが、母親と弟の洋司の姿がない。あわてて外に出たような痕跡がある。二人の携帯に電話しても通じない。心配になり、父親の脇坂に電話するものの相手にされない。かりにも警察官の妻が用事もないのに電話をよこすな、そもそもなぜ実家に帰ってきた、夫と何かあったのかと訊かれてしまう。
 四時間後、官舎のワンルームで寝ていた脇坂は電話で起こされる。スクーターの転倒事故が発生したが、運転手の姿はない。持ち主は地域三係の鈴本巡査部長の母親。電話をすると母親が出て、息子が乗っていったという。だが、鈴本の携帯の電源はきれており、連絡がつかない。何があった。やがて脇坂のところに娘から連絡があり、洋司が喧嘩騒ぎに巻き込まれ、軽傷を負い、病院に運ばれたという。
 その日は、アイドルが一日署長を務める日だった。ファンや地元の議員やマスコミが大挙して押し寄せる。だが順調にはいかなかった。アイドルが薬物におかされている、乗ってきた車を見ろという匿名の手紙が届き、調査せざるをえなかった……。
 という紹介をすると、大した事件も起きないではないかと思われるかもしれないが、ひとつひとつに細かいひねりがあって驚くし(とくにアイドルが一日署長を務める話をここまで広げ、効果的に肉付けされた小説はないだろう)、やがて刑事たちの関心は九年前に起きたある事故死へと向かう。それが署内の派閥力学をゆるがし、脇坂が左遷される契機となった四年前の収賄事件の証拠紛失問題へとつながり、脇坂は難しい選択を迫られることになる。
 読んでいくとわかるが、この脇坂は副署長であるけれど、現場にもどって捜査活動に従事したいのである。しかも一日中、仕事をしていたい、いわばワーカホリック刑事。仕事中毒の刑事といえば、マイクル・Z・リューインの『夜勤刑事』のリーロイ・パウダー警部補、R・D・ウィングフィールドの『クリスマスのフロスト』のジャック・フロスト警部を思い浮かべてしまうが、脇坂は偏屈でも下品でもなく(でも、リューインやウィングフィールドの小説を読むと、偏屈さや下品さが逆に親しみや好感を呼ぶ要素になっているから不思議)、妻帯者でしっかりと家族のことも気にかけているし、部下からも慕われている。
 海外の警察小説では署内での派閥など存在しないが、日本の警察小説らしく、派閥を構成していて、脇坂はそこに巻き込まれる。友情と政治的な駆け引きの板挟みという脇筋が、メイン・ストーリーを生かして光っているのである。
 メイン・ストーリーといえば、海外の小説との違いは、並行していく事件の扱いだろう。海外では並行していく事件はばらばらに解決するのだが(関係しないことも多い。そのほうがリアルだからで、マリックとエド・マクの作品もそう)、日本ではそういう形式はとらず、ほとんどどこかの一点で交錯することになる。この小説もそうで、三つも四つもばらばらに起きて、脇坂を悩ます小事件のいくつかが、少しずつからみ合い、ひとつにまとめられていく。これが実に鮮やかであるし、そこには充分なひねりもあって波瀾に富む。
 さらにラスト、すべての事件を解決した深夜(ちょうどまるまる24時間たって)、自宅に戻ると家庭的な風景が待っているけれど、しかし……という展開も、いかにも刑事一家の性(さが)を描いていてニヤリとさせられる。真保裕一は本当に、最初から最後の最後まで楽しませてくれるのだ。ぜひともシリーズ化して、続きを読ませてほしい。

いけがみ・ふゆき●文芸評論家
「青春と読書」2016年11月号掲載


●あらすじ
それは地元出身のアイドル・キリモエが一日署長を務めるというイベント当日。
副署長の脇坂に思いも寄らぬ報告が上がった。
病欠していた若い巡査部長・鈴本が、事故現場から逃走した……?
ただでさえマスコミの注目が集まる大事な一日。
そんな日に、あってはならぬ身内の不祥事か、それとも……?
収拾を一任された脇坂だが、捜査を進める内に、誰も予想し得ない事態に次々と直面する。
突然のスキャンダル……? 何者かの陰謀……?
その一方で、脇坂自身の家庭内でも、前夜から妻と息子の双方に不可解な行動があり、
それに気付いた娘・由希子から思いも寄らぬ連絡が続いていた。
職場も、家庭も、どちらを見ても謎ばかり……。
同時多発する出来事に、分刻みで休む間も無く、ひとり立ち向かわざるを得ない脇坂。
生粋の警察官として職務を全うする脇坂が、最後に辿り着く、
複雑極まりない事の真相とは……?


●担当編集者より
たった一日の出来事が、くらくらするほど緻密・濃密に、息もつかせぬテンポで描かれます。
次から次へと気になる事件が続発し、読めば読むほど、さらに怒濤のごとき展開が……。
まさに読み始めると眠れない一冊。(就寝前の読書にくれぐれもご注意ください)
孤軍奮闘するノンキャリ副署長・脇坂の、「ザ・警察官」とも言うべきキャラクターにもご注目。
その実直さと胆力・行動力が、警察小説の世界に新風を吹き込みます。
2016年度の後半を飾る、エンターテインメント小説の大本命。
唯一無二の真保裕一ワールドを、ぜひご堪能ください。



真保裕一(しんぽ ゆういち)
1961年生まれ。アニメーション制作に携わった後、91年『連鎖』で第37回江戸川乱歩賞を受賞し作家デビュー。96年『ホワイトアウト』で第17回吉川英治文学新人賞、97年『奪取』で第10回山本周五郎賞と第50回日本推理作家協会賞、2006年『灰色の北壁』で第25回新田次郎文学賞を受賞。近著に『レオナルドの扉』『赤毛のアンナ』『遊園地に行こう!』 などがある。



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