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刊行記念特別インタビュー

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Good old boys

  • 紙の本

本多孝好『Good old boys』刊行記念インタビュー
父親たちが見つめる二つの“boys”

定価:1,500円(本体)+税 12月15日発売

本多孝好さんの最新刊『Good old boys』は、弱小少年サッカーチームに所属する子供たちを支える父親たちの物語。小学校四年生のメンバー八人を見守る父親たちは、それぞれに悩みを抱えています。妻とすれ違い続ける父、引きこもりの息子を持つ父、異文化に戸惑うブラジル人の父……。そんな父親たちが、やさしい眼差しで子供たちとふれあう姿に心温まる作品です。本書刊行にあたり、本多さんにお話を伺いました。
聞き手・構成=タカザワケンジ/撮影=三山エリ




きっかけは自身の経験

――本多さんが家族を題材にした作品としては、短篇集の『atHome』がありますが、犯罪の要素が入るなど、どちらかといえば非日常的なエンターテインメントだったと思います。一方、今回 の『Good old boys』は普通の家族の日常が丹念に描かれています。どのように構想が生まれたのでしょうか。

 ほとんど小説で書いた設定の通りで、子供が小学校一年生から地元のサッカーチームに入っているんですよ。最初は妻が付き添っていたんですが、これも小説と同じで、「最近はお父さんが来ているみたいだよ」とちくちく言われるようになりまして、日曜、祝日の練習についていくようになったんです。編集者との雑談で、パパたちとお酒を飲みに行ったりするんですよ、と話したら、「面白いじゃないですか。書きましょうよ」と言われたのがきっかけですね。

――本多さんがご自身の経験を小説に採り入れたというのは意外でした。私小説的な作風からは遠い方だと思っていたので。

 たしかに小説の中に自分の要素を入れるのは好きじゃないですね。自分の身の回りや、経験したことを書いて読者が面白いと思ってくれるのかな、と思うのと、作家として、エンターテインメントは作り込んだものを読ませてナンボだろうという意識が強くあったものですから。なので最初は書く気はまったくなかったんです。

――では、なぜ書くことになったのでしょうか。

 編集者に何度も勧められたことが一つと、一人の物語ではなく、複数の人の物語としてなら成立しそうな気がしたんです。

――八人制サッカーなので、八組の家族が登場します。小説ですから、ご自身が知っている人たちから離れてキャラクターを作られたと思うんですが、いかがでしたか。

 もちろん現実とは違うキャラクターなんですが、実際のサッカーチームの人に読ませたら、ああ、この人のモデルはこの人ね、みたいなことを言われそうで嫌なんですよね(笑)。ですから、本当は息子がチームを卒業してからがよかったんですけど。リアルな体験に近いものを書いたという意味では、初めての経験でしたね。

――小学校四年生という年齢にされたのは?

 書き始めた当初に子供が四年生だったからなんですけどそれだけではなく、五年生、六年生になるとかなり自意識が強くなってきて、親に対して反発するようになる。それ以前のまだ父と子が混然一体となっているような状況を書きたかったんです。

――たしかにこの年頃だとまだ手をつないで歩いてくれますね。さらに、このサッカーチームが少し変わっている。とても弱いけれど、子供たちも監督やコーチも勝つことにこだわらず、実に楽しそうにサッカーをしています。スポーツを題材にしている作品としては珍しいですよね。

 私自身が勝つためのスポーツに対してあまりシンパシーを感じられないんですよ。勝ちをめざす物語ではないとすると、親として子供たちにどうあってほしいのかと考えました。だとしたら、好きだからサッカーをやっているんだ、という子供たちの物語を書けばいいんじゃないかと。

――でも、その子供たちが少しずつ変化して、一点を取りたいと思うようになる。読んでいるこちらも彼らを応援したくなりました。

 親の年代になると自分の成長ってなかなか実感できないじゃないですか。ところが子供を見ていると、その成長にはっと気づかされる瞬間がある。もともとは親の物語を書くつもりでしたが、サイドストーリーで成長していく彼らの姿を書いてあげたいなと思いました。振り返ってみると、書いている間に私自身がちょっと肩入れしたくなった部分はあると思いますね。


子供の成長と家族の変化

――小説はプロローグとエピローグで挟まれた八つの物語で構成されており、一篇ずつ違う父親の視点で描かれています。面白いと思ったのは、パパ同士が話しているときは子供たちの名前がカタカナですが、自分の子供について語るときには漢字になることです。そこに親同士の距離感が象徴されていると感じました。よく会っていて、気軽に呼んでいても漢字を知らなかったりしまよね。

 サッカーチームの子供たちは名簿が作られるようなクラスの友達とは違う。子供たちの兄弟、家族構成までわかっているけど、名前の漢字は知らないってことが普通にあるんですよね。そんな微妙な距離感が出せたら、と思いました。

――もともとは親の物語を書くつもり、とおっしゃいましたが、最初に登場するユキナリ君の家は、夫婦の間にすれ違いが起きています。結婚して十年以上たってズレに気づく。

 子供が小学校四年生くらいになると、だんだん手が離れてきて、「パパとママ」ではなく、「私とあなた」という関係性がもう一度自覚されるようになる。その辺の何かもやもやっとした感じを書きたかったんです。そんなことを私自身もちょこちょこと感じるものですから。子供が成長していくことで、家族が時間とともに少しずつ変質していく。その結果、何かが家の中でわだかまるような、そんなニュアンスを出したかったんです。

――ユキナリ君のご両親の話は、八組の親子の中でもいちばん普遍的な問題を描いているかもしれませんね。そこから一篇ずつ八組それぞれの事情が明らかになっていきます。八人のパパが出てくるわけですが、最初に書きたいと思われたのは?

 ぽんと思い浮かんだのがサッカーが上手なお父さん。少年の頃からずっとサッカーをやり続けていたお父さんは必ず書きたかった。それにブラジル人でサッカーが下手くそなお父さん。とりあえずこの二人は書こうと決めていました。

――サッカーが上手なのはユウマ君のパパですね。ユウマ君もチームでいちばん上手い。サッカーができるお父さんを絶対入れようと思ったのはなぜですか。

 自分と子供との関係が少し影響していると思います。実はちょっと前から子供が小説を書くようになったんです。当然、読んでと持ってくるわけですよね。でも、コメントできないんですよ。

――コメントできませんか。

 できないですね。文章的なことは言えますよ。「主語が誰なのかわからなくなっているよ」とか。でも、それ以上はいじっちゃいけないと、親として思うわけです。そんな経験があったので、子供にアドバイスできる能力があるお父さんと、才能がありそうな子供の関係ってどうなんだろう、と興味がわいたんです。「この子は上手いからもっと強いチームでやらせればいいじゃないか」と周囲が思っているような状況で、親として逡巡する部分もあるんじゃないか。子供に負けたくないという親としての見栄やプライドもあるだろうし、その世界に行かせて子供が幸福なのかという迷いがあるんじゃないかと。

――たしかにちょうど、子供にどうなってほしいかを、親が考え始める頃ですね。かわいい、かわいいの時期が終わって。

 スポーツは、やろうと思えばある程度までは親が子供の能力を伸ばせると思うんですよ。そこで伸ばそうとするのか、しないのか。特に適性がある子の親御さんは悩むだろうなと思いますね。


心の中にいる「ボーイズ」

――一篇ずつ独立した作品として読んでも十分に面白いんですが、作品全体に親子を見守るサッカーチームの監督の存在があることも興味深いと思いました。その象徴としてチームを見守るように立つ一本の桜が登場します。

 私自身がサッカーチームに顔を出すようになって感じたのが、監督やコーチはなぜ貴重な土日をつぶして子供たちにつきあっているんだろう、ということだったんです。完全にボランティアですから。尊敬に値するし、偉いなと思うんですが、私が見たことがない世界だった。ですから、そういう人たちが見てきた風景を書きたかった。親たちがサッカーチームや子供たちに対して感じているものの根っこに、何十年も一つのチームの面倒を見てきた監督の時間があるんじゃないか。その時間の長さを、この物語の中に落とし込みたいと思いましたね。

――『Good old boys』というタイトルも深い意味を感じさせます。タイトルはすぐに決まったんですか。

 最初からこれでしたね。イメージとしては、大人たちが自分の過去を振り返って、あの時代はよかったなと思っている。でも自分もまだ人生の半ばで、振り返っている場合じゃない。自分の中にも少年がいるんだよ、と。だから「Good old"Days"」じゃないんですよ。

――"Days" じゃなくて"boys"。懐かしんでいるわけではない。

 かつての日々を振り返っているのではなく、あのときのボーイズはまだ自分の中にもいる。そのボーイズの話なんだよというような意味合いですね。

――自分の中に生きていて、かつ目の前に少年少女時代を送っている自分の子供たちがいる。二つが重なり合うわけですね。

 そうですね。自分の分身のような子供が目の前にいて、その子たちがまた大きくなっていく。そんな予感もはらんでいるということですね。

(「青春と読書」2017年1月号より)


本多孝好さん 本多孝好(ほんだ・たかよし)
1971年東京都生まれ。慶應義塾大学卒業。94年「眠りの海」で第16回小説推理新人賞受賞。99年、受賞作を収録した短篇集『MISSING』で単行本デビューし、高い評価を得る。著書に『MOMENT』『WILL』『MEMORY』『正義のミカタ』『チェーン・ポイズン』『魔術師の視線』『君の隣に』、映画化された『真夜中の五分前』『at Home』『ストレイヤーズ・クロニクル ACT-1~3』などがある。




【評/北上次郎(文芸評論家)】
 これが本当に本多孝好の作品なのか。いやはや、びっくりだ。まさか、こういう小説を書くとは思ってもいなかった。では、もともとはどんなんだよ、と言われたら返す言葉もないのだが、嬉しい不意打ちをくらった感じである。
 これは父親たちの物語だ。サッカーのクラブチーム「牧原スワンズ」に所属する小学四年生八人の父親たちである。会社員、整備士、トラックの運転手と、その職業はさまざまで、中にはブラジル人もいたりする。「牧原スワンズ」の特徴は、とにかくひたすら弱いこと。その中でも四年生がいちばん弱い。運動神経の悪い子が多いのだ。それでいて、みんな、にこにことボールを追いかけている。それは監督もコーチも、勝つことを第一に考えていないからである。たとえば水島コーチは「何か楽しいことないかな、って思ったときには、ボールを蹴ろうっていう気持ちになってくれたらうれしいし、そのためには、今、楽しくサッカーをやっていてほしいんです」と言う。勝つことだけを目標に子供を支配する強豪クラブには批判的なのである。そういうチームに子供を入れる父親たちであるから、サッカーを知らない父親も少なくない。ユウマパパのように元サッカー選手もいたりするが、それも挫折の過去に縛られているので自由にサッカーを見ることができなかったりする。息子とうまくいってない父親もいれば、妻と少し行き違っているパパもいて、さらに、引きこもりの長男に悩む父親もいる。その八人の生活と意見が、巧みな人物造形と挿話のもとに描かれていくので目が離せない。子供が小学四年生であるから、父親は三十代の半ばから四十代。そのくらいの年齢の読者がこれを読んだら身につまされるのではないか。ここにあるのは私たちの生活だと。私たちの悩みと喜びと夢と現実、そのすべてがここにあると。
 個人的にはダイゴパパを描く章が強く印象に残る。ダイゴは「牧原スワンズ」四年生チームのキーパーだが、走るのがイヤだからキーパーになったという程度だから、そんなにうまくない。はっとするようなセーブをするときもあるが、信じられないミスもする。気分屋なのである。そのダイゴが「ソウケッキシュウカイ」をしているところにトラック運転手のダイゴパパが帰宅するところから、この章は始まっていく。末娘の美佳がとにかく可愛い。ダイゴパパが三日ぶりに帰ると、ぎゅっと抱きついてきて「おとう、どこ行ってたの?」と言う。「ニゴー」が「ソウケッキシューカイ」をするとパパに報告するのはこの美佳だ。そんな難しい言葉をどうして知っているのかと思ったら、「イチゴー」から教えてもらったと美佳。そこからこの複雑な家庭の様子が描かれていくのだが、読み終えると美佳の「イチゴー」「ニゴー」が耳に残り続ける。いい小説だ。しかし、ラストには涙があふれてくるから要注意だよ。



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