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特別対談

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ボージャングルを待ちながら

  • 紙の本

『ボージャングルを待ちながら』
「音楽」と「テキスト」の蜜月
オリヴィエ・ブルドー×菅原敏

Photo/Kiyoe Suzuki


今や世界中で旋風を巻き起こしているオリヴィエ・ブルドー氏のデビュー作『ボージャングルを待ちながら』。ニーナ・シモンの歌う『ミスター・ボージャングル』が常に流れるなか、“美しい嘘”が織り成す、おかしくて悲しくてせつない家族の物語だ。この作品に、大好きなボリス・ヴィアン、ジャック・プレヴェールらの香りを感じたという詩人・菅原敏さん。ブルドー氏の来日を機に、念願の対談が実現!



◇ボリス・ヴィアンとフィッツジェラルドの間で

菅原 『ボージャングルを待ちながら』、素晴らしかったです。ページを開けばレコードが静かに回り出し、ピアノがこぼれ、ゆるやかなリズムで言葉たちはステップを踏み始める。久しぶりに、本の世界に滑り込む感覚を味わいました。私が詩人を目指したきっかけでもあるボリス・ヴィアン、チャールズ・ブコウスキー、ジャック・プレヴェール、ジョン・ファンテたち。この本にも彼らと同じ香りを感じました。悲しみをひた隠すユーモア、美しい嘘と愛。

ブルドー ボリス・ヴィアン、ブコウスキー、ジョン・ファンテ、大好きです!

菅原 今私の家の本棚では、『うたかたの日々』と『グレート・ギャツビー』の間で、『ボージャングルを待ちながら』がすごく気持ちよさそうに寝ているんですが、これから先、何度も私はその眠りを妨げてしまうだろうと思います。(『ボージャングルを待ちながら』は『グレート・ギャツビー』の作者フィッツジェラルドと妻ゼルダへのオマージュでもある)

ブルドー 本当にありがとうございます。私自身がその本棚で眠っているような気分です。そこに置いてくださってありがとう。



◇『ミスター・ボージャングル』が松葉杖に

菅原 『ボージャングルを待ちながら』の音楽のことをお聞きしたいのですが、どの時点から『ミスター・ボージャングル』の曲が頭にあったのでしょうか?

ブルドー この音楽はこの作品を書き始める二週間前に、偶然アイポッドでみつけたんです。その時期、私は人生で初めて非常に暗い気持ちになっていたのですが、この曲はメランコリーで寂しくて悲しいのに、同時に希望や楽観的なものが感じられた。そしてニーナ・シモンのあの声にとても魅力を感じて、何か力づけられるような気がしたんです。そのエスプリを、物語の中にもたらしたかった。そしてジャズに伴うエレガンス、ダイナミズム、カクテルパーティが続く大騒ぎの雰囲気、そういったことも盛り込みたかった。最初は一回だけこの音楽を登場させようと思ったのですが、書き進むうちにこの家族の「国歌」のような存在になってきて、ほがらかなときも悲しいときも、この音楽が流れるようになりました。

菅原 この本を読んだときに、ニーナ・シモンの声は知っていたんですが、『ミスター・ボージャングル』の曲は知らなくて。でも本を読みながら、何か音楽が聞こえてくるような感覚があって、読み終えて初めてユーチューブでこの曲を聴いたんです。そうすることで、また物語の色合いが鮮やかになったというか、二度楽しめたというか。多分この曲を知らない人もいると思うんですが、ブルドーさん的には、本を読んでからこの曲を聴いたほうがいいのか、それとも後から聴いたほうがいいのか、どちらがお勧めですか?

ブルドー ユーチューブでこの曲を聴いた人はとても多いようです。(笑)……そうですね、読む前に聴いて、読みながら聴いて、そして読んだ後に聴いてほしいと思います。私がこの物語を書いていたとき、この曲はまるで松葉杖のような役割をしてくれました。支えてくれたし、抱えるようにもしてくれたし、導いてもくれました。いつも書くときには、その物語にあった雰囲気の音楽を聴くようにしているんです。

菅原 この作品の前に、二年かけて「暗い小説」を書いていたと聞いたのですが、そのときにはどんな音楽を聴いていたのですか?

ブルドー ポーティスヘッドを聴いていました。

菅原 ああ、ポーティスヘッド。大好きです。あの、ダークな。

ブルドー そう、結婚式では絶対にかけてはいけない曲。(笑)



◇七色の髪のおばあさま、真夜中のシャンソン

菅原 もともと詩を書き始めたのは、音楽活動での作詞がきっかけで。ジャズのバンドでサックスを吹いたり、詩を読んだり。当時のバンドの名前が『ムード・インディゴ』でした。

ブルドー とても美しいサックスの曲ですよね。フランス語では「エスプリ・ブルー」。素晴らしい名前ですね。

菅原 ジャズも好きですし、シャンソンを始めフランスの音楽からも影響を受けました。セルジュ・ゲンスブール、アルチュール・アッシュ……。

ブルドー 私もゲンスブールはとても好きです。フランスの音楽をとてもよくご存じですね。

菅原 音楽をやっていた頃に、青山に「青い色」という老舗のシャンソニエがあって。そこでいつもお世話になったというか……お金がないときに、お酒を飲ませてもらったり。(笑)酔っ払うと真夜中にシャンソンを歌ってくれる、七色の髪のおばあさまがいたり。

ブルドー いいね!

菅原 ジャック・ブレルとか歌っていたんです。

ブルドー いいですね、『アムステルダム』、大好きです。



◇書くためだけの贅沢な時間

菅原 その暗い小説を二年間書いた後、どういう力が次の明るい小説に導いてくれたのでしょうか。

ブルドー その一冊めと二冊めというのは、私の人生のまったく異なる期間に相当します。一冊めは考えるのに二年間、書くのに二年間かかりました。暗くて暴力的でシニカルな雰囲気にしようと思っていて、その気持ちに浸っていました。そしてそれが出版されず、さらに灰色な気分になっていた。だからその後、何か笑わせるものとか、窓が開いて太陽が差し込むような、そのようなものが必要だったんです。それは私のまったく個人的な必要から生まれたものだけれど、その成果が、読者にも受け取ってもらえたのだと思います。

菅原 本書は七週間で書かれたとのことですが、それらの日々はどんな生活だったのでしょうか?

ブルドー 私はとても怠け者だったので、この本を書くにあたって、自分の今までの生活リズムを壊して、まったく新しい生活を始めようと決めました。まず、夜遅くまで起きて朝遅く起きて、ということをやめて、毎朝5時半から書き始めることにしました。それから可能な限り書き続けて、10時までのこともあれば11時までのこともありましたし、魔法にかかったように、昼過ぎまで書き続けていたこともあります。ふつうは昼食を食べて少し昼寝をした後、書いたものを整理します。文章、言葉を見直して、長すぎる文を短くしたり、わかりにくい文を直したり。その後もアイディアがあれば、そのまま書き続けました。夕飯の後は、あまり人には勧めませんがベッドの中でタバコを吸いながら、翌日書くことを決めます。シチュエーション、言葉や文章、どんな雰囲気にするか。すると、無意識のうちにそれが具体的なアイディアになっていて、翌日起きたときにはするすると書くことができました。ですから白い紙を見つめて何も書くことがみつからない、というようなことはありませんでした。

菅原 なるほど。素晴らしい、贅沢な時間ですね。

ブルドー この贅沢な時間を得るためにスペインに行ったのです。両親が食べさせてくれたし、タバコまで買ってくれた。(笑)なんの心配もなく、書くことに没頭できたのです。あなたは? どのように書いているのですか?

菅原 この本(『かのひと 超訳 世界恋愛詩集』)に関しては、週に一度の連載でした。古今東西の恋愛詩を私の言葉で超訳するという企画だったので、様々な詩人の人生を体に入れる、イタコのような作業を毎週続けていたんです。心身共にきつい連載だったのですが、一方で彼らと眼差しを重ねる作業はとても楽しくもあり。詩と絵が対になっていて、詩のラフができた段階でそれをアーティストにわたし、返ってきた絵を見ながらまた詩が変化していくという、絵と詩の往復書簡になっているので、これまでの詩の書き方とはかなり違います。でも結局、毎週毎週の締め切りが後押しをしてくれたのかな。(笑)締め切りがなかったら、怠けてしまって書けなかっただろうなと思います。

ブルドー 両親のところにいる期間は七週間と決まっていたので、私も締め切りに迫られて書いたという意味では同じです。



◇めまいがする“行間の広さ”

菅原 今、日本で詩を読む人はあまり多くありません。ですが、図書館で埃(ほこり)をかぶって眠っている詩集たちの中には、小さな宝石のような言葉たちが隠れている。その詩情(ポエジー)というものはいつの時代にも通じるもの。私なりにその埃を払って詩情をアップデートして今を生きる人たちにも響く一冊にしたかった。

ブルドー フランスも同じ状態だと思います。二世紀前、ボードレール、ヴェルレーヌ、ランボーの時代には、詩はメジャーな芸術のひとつでした。が、今では埃をかぶったような古臭い存在になっています。詩は、言葉から自分のイマジネーションを広げなければいけないのですが、今はテレビがそのままイメージを与えてくれるので、テキストから自分なりのイメージをつくる努力をしなくなっている。それが、詩が忘れられている背景だと思います。詩を読むためには知的エクササイズが必要だから。知的という意味で怠け者になっている時代かもしれませんね。

菅原 そうですね、詩ならではの行間の広さが、今の人には探りづらかったりするのかもしれない。

ブルドー その広さを見ると、めまいがする。

菅原 ほんとはそこがすごく楽しいところなのですが。

ブルドー まったく賛成です。




オリヴィエ・ブルドーさんオリヴィエ・ブルドー(Olivier Bourdeaut)
1980年フランス・ナント生まれ。大量の本を読んで青春時代をすごす。10年間、不動産関係の仕事についていたが失業。様々な職を転々としながら2年かけて「暗い小説」を書くも、どの出版社からも良い返事はもらえず、その後、スペインにいる両親の家に滞在して7週間で書き上げた「明るい小説」が『ボージャングルを待ちながら』。発売されるや、たちまちネットなどで話題となり、文庫版も含め50万部を超える大ヒットとなった。世界30カ国での翻訳、舞台化、映画化、BD(バンデシネ)化が決まっている。



菅原敏さん菅原敏(すがわら・びん)
詩人。2011年、アメリカの出版社PRE/POSTより詩集『裸でベランダ/ウサギと女たち』で逆輸入デビュー。執筆活動を軸に異業種とのコラボレーション、ラジオやテレビでの朗読、デパートの館内放送ジャック、海外での朗読活動など、幅広く詩を表現。Superflyへの歌詞提供、東京藝術大学との共同プロジェクト、美術家とのインスタレーションなど、音楽や芸術との接点も多い。現在は雑誌『BRUTUS』や『GINZA』WEB他、連載も多数。






『かのひと 超訳 世界恋愛詩集』
(菅原敏・著 久保田沙耶・イラスト/1700円+税/東京新聞)
ゲーテ、シェイクスピアから小野小町(おののこまち)まで。恋愛を題材とした古典作品をモチーフに、詩人・菅原敏が独自の感性で現代詩に昇華させた三十五編を収録。現代美術家・久保田沙耶による古さと新しさを掛け合わせた斬新な絵も詩集に彩りを与えている。大事な「かのひと」への贈り物にも使えるアーティスティックな一冊。

『ボージャングルを待ちながら』
(オリヴィエ・ブルドー・著 金子ゆき子・訳/1700円+税/集英社)
ママを毎日違う名前で呼ぶほら吹きパパ、つまらない現実より面白い作り話が好きなママ、小学校を自主引退した“ぼく”とアネハヅル。風変わりな家族の「嘘」が紡ぐ、おかしくて悲しくてせつない愛の物語。ブルドー氏35歳のデビュー作で、フランスで50万部を超える大ヒット。世界30カ国での翻訳が決まっている。


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