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レンザブロー インタビュー

作家 安藤モモ子さん

「それでも、生きる」という覚悟

 映画の制作を中心に、アートやデザインなど幅広い創作活躍を続ける安藤モモ子さん。
 彼女が2011年秋に上梓した、初の書き下ろし長編小説が『0.5ミリ』(幻冬舎)だ。

 主人公は、孤独に生きる老人介護ヘルパーのサワ。ある事件に巻き込まれて住む場所をなくし、無一文になる。それでも生きていくため、「街で見つけた老人の部屋に無理やり上がりこんで世話をする」という方法で、さすらいの日々を送りはじめることに。
 老人とサワとの奇妙な同居生活のゆくえとは――。

『0.5ミリ』執筆のきっかけは、祖母を在宅介護したときの、著者の実体験だった。
「家族と一緒に8年間に渡って祖母を介護して、人はどう死を受け入れていくのか、という問いがずっと心のなかにあって。その体験を通じて感じたことの全てを、言葉にしたかったんです。映像や絵など、他の表現手段もあったんですが、このテーマに関しては、書きたいことが次々とあふれ出してきたので、小説という形をとりました」
普段、脚本を書いているので、小説を書くときもシーンごとに映像が頭に浮かんでくるのだという。
「初めて長編小説を書いてみて、ある意味、文章が一番自由なメディアなのかも、と思いました。たとえば絵も自由ですが、メッセージを伝える方法としては受け取る側にとって漠然としすぎてしまう事もあるし、映画だと予算や撮り方等の制約が生まれたり、基本、チームワークですから。文章なら、一行で登場人物を殺すことも、生き返らせることもできる。紙とペンさえあれば、時空を飛び越えられる。書くことは、すごく気持ちよかった」

0.5ミリ 安藤モモ子

 

安藤モモ子さん

【プロフィール】
安藤モモ子(あんどう・ももこ)

1982年東京生まれ。高校時代にロンドンへ留学、ロンドン大学芸術学部を卒業後、NY大学で映画作りを学ぶ。
映画、絵画、文章など幅広い創作活動で活躍中。
2010年、『カケラ』で監督デビュー。
2011年秋に初の長編小説『0.5ミリ』を出版。
妹は、女優の安藤サクラ。

撮影/藤沢由加

 日々の生活音、リズム、匂い。彼女が描く「老人との暮らし」は、五感に響くリアリティが随所にちりばめられ、祖母の在宅介護だけでなく、実際に何度も介護センターに足を運んだ経験が、執筆にも生かされている。
 「たとえば90歳の人がいたとしたら、その人がプライドを持って生きてきた90年という長い道のりがそこにあるわけです。彼らの刻んだ歴史や、誇りのあり方を知りたくて、介護センターの入所者の方たちに話を聞きました」
 とくに戦争を経験した男性へのインタビューは大きなインパクトとなり、作中の「真壁さん」というキャラクターにつながった。
 「祖国と自分の人生との線引き、愛国心や葛藤……人の誇りに関わる複雑な部分は直接話を聞かなかったら理解できなかったこと。血縁者の間で語り継ぐだけじゃなくて、もっと歴史を繋げて、バトンタッチしていかなければならないと感じました」

 この作品には、介護をテーマにした物語にありがちな、介護する者とされる者との間にある「対立」が見あたらない。いつか等しく老いていくすべての人間に対するニュートラルな眼差しが、作品を貫いている。登場人物はもがき、傷つきながら、なんとか自分の進む方向を見つけていく。常に彼女が意識していたのは、「それでも、生きる」というキーワードだという。
「物語を考えるとき、まず始まりは"絶望"なんです。登場人物にとって救いようのない状況を考えてから、ひとりひとりに希望を与えるかたちでストーリーを作っていきます。実際は、物語の世界よりも現実のほうが断然、苦しいことや辛いことがあるわけじゃないですか。どん底まで考えてからでないと、地に足の着いた希望は見出せないと思うから」しかし、絶望をベースにしつつも、ストーリーが最終的に絶望一色で終わるのは嫌い、と断言する。
たとえば、『0.5ミリ』には、こんな印象的なフレーズがある。
「穏やかな死を迎える為の準備は、生を受けた瞬間から始まっている。
私たちの最大の矛盾、生と死を、私は必ず肯定したい。
与えられたものも、どこまでも追ってくる影も、
最期に見るべき光の為に存在するのだと思う」 (『0.5ミリ』より)

「人生には必ず一筋の光があると思うし、そう信じたいです。世の中に出して人の心に触れようとするならば、責任をもって、どこかに必ず救いのあるものを描きたい」と安藤さんは言う。

一見、破天荒に見えて、実は淡々と介護をこなす主人公のサワは、著者自身の姿にも重なって見える。自分の運命を引き受け、他人との関わりに責任をもつ頼もしさ。その動じない倫理観がどこから来るのか、と聞いてみたところ、「家族、ですかね」という答えが返ってきた。
「我が家は、大抵のことを "死にゃあしない"と乗り越えるような家庭で。小さい頃、指をざっくり切ったときも、役者の父に麻酔なしで縫い針で縫われたり。「医者の役をやったから大丈夫だ」とか言って(笑)。生きていくうえで最低限必要な知識を、子どものころから身をもってみっちり叩きこまれましたね」

現在は、この小説をもとに映画を製作するべく、シナリオハンティングを続けている。
「小説をそのままなぞって映画にしたくはないので、また別のものとして創作したい。何事も続けられなければ意味がない。小説を書き映画を撮る、という良いサイクルを、生涯継続させられたら幸せです」

 
 

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