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レンザブロー インタビュー

作家 芦沢央さん

「“今だけ”でもいい」

 もし親友から結婚式の招待状が届かなかったら――。そんな「if」を思い浮かべたところから『今だけのあの子』の執筆はスタートした。収録されている5つの短編は、全て女性の友情をテーマに書かれたミステリーだ。
 「短編の依頼を頂いて書いたのが、1話目の『届かない招待状』でした。日常の中での嫌なシチュエーションを考えたとき、結婚式に呼ばれないのは十分に嫌なことで、しかも『なぜ呼ばれていないのか』が謎になると思い、書き始めました。その後のことは何も決まっていなかったのですが、短編に出てきた登場人物の背景に何があったか考え始めたら、色々なところに繋がる気がして、連作の形にしようと決めました」

今だけのあの子 芦沢央

『今だけのあの子』
東京創元社/1,500円(本体)+税

 

芦沢央さん

【プロフィール】
芦沢央(あしざわ・よう)

1984年東京都生まれ。千葉大学卒。2012年『罪の余白』で第3回野性時代フロンティア文学賞を受賞してデビュー。ほかの著書に『悪いものが、来ませんように』『今だけのあの子』がある。2015年には『罪の余白』が映画化予定。

 親友の成功に焦る女子高生から、ママ友に振り回され自分を見失う主婦、老人ホームでできた友人の人望を羨んでしまう女性まで。様々な年齢の女性が、“友情”のしがらみに翻弄されながらも、自分なりに決着をつけていく。殺伐とした展開の続く序盤から一転、物語は大きく舵を切り、思わぬ方向へと進む。はやりの“イヤミス”を逆手に取った、心地よい読み応えが魅力的だ。

 短編ごとに登場人物や設定がひそかにリンクしているのも、連作としての読みどころの一つ。2話目の「帰らない理由」は、中学3年生で亡くなったくるみの家に線香をあげにきた同級生の瑛子と雅之が、どちらも帰ろうとしない。その理由が次第に明らかになる話だ。くるみを車ではねてしまった犯人が、キーパーソンとして『届かない招待状』に登場するなど、読み進めるごとに、全く別の話だと思っていたストーリーが結びつき形となる。
 「ほかにも5話目では、くるみの祖母が登場します。登場人物の、裏にあるはずの出来事を想像し繋げていくことで、どんどん次が書けるようになりました」

 作家になりたいと初めて思ったのは高校生の頃。部活動に没頭していたが、人間関係のトラブルを起こして辞めなければならなくなってしまった。急にできた空白の時間の中で、多くの本を読む。様々な視点から書かれるのが小説だ。他者の気持ちになって考えることの大切さを読書から学び、冷静になって考えた。
 「私は自分が人にどう思われるのかばかり気にしていて、相手がどう思っているのか、全く考えていませんでした。そのことに本を読むことで気づいて、凄く救われたんです。それから、小説を書いてみたいと思い始めていました」

 デビューするまでに12年。9年間は純文学系の小説誌に応募を続けていた。山田詠美、よしもとばなな、川上弘美など、日常を独特の感性と言葉で切り取っていく作品に惹かれた。だが、応募しても2次、3次で落選。このまま純文学を書き続けていいのか悩んでいたとき、あるインタビュー記事を読んで方向性が定まった。
 「東野圭吾さんの新刊が出たときに、その作品に関してのインタビュー記事を読んだんです。東野さんは、たまたまそのとき私もやろうと思っていたネタを入れた作品を書かれていました。東野さんは様々なトリック、仕掛けを作った上でそのネタをアクセントとしてしか使っていないのに、私はそのネタ一本で勝負しようとしていたのだと気づかされたんです。ショックでした。ネタ一本だけで読者を惹き付けるほどの文体や描写の魅力は私の作品にはないと思いました」
 次第にエンターテイメント小説を志すようになった。初めてエンターテイメントを意識して書いた作品が、いきなり最終候補に。仕掛けやどんでん返しを考えるのが楽しくなり始め、まもなく応募作『罪の余白』で見事「第3回 野性時代フロンティア文学賞」を受賞した。

 「女性って、特に大人になると結婚している子は結婚している子同士、子どもがいる人は子どもがいる人同士で固まりがちだったり、『~さんの奥さん』とか『~ちゃんのママ』という“付属的”な付き合いが増えてきたりして、関係が切れやすくなってしまう部分がある気がします」
 環境が変わることでもろく崩れ去ってしまう友情――。タイトルの『今だけのあの子』にはそういった意味も含まれるが、芦沢さんはむしろポジティブなタイトルだと思ってつけた。
 「女性の友情はネガティブに捉えられることも多いですよね。でも、本当にそうなのか。タイトルには、『今だけでもいいじゃないか』って思いを込めているんです。そのとき濃密な付き合いをして、そのとき支えられて、その子がいたからこそ辛いことを乗り越えられた、頑張れたって部分があるんじゃないかと思うんです」
 自分の思い込みによって様々な誤解が生まれ、苛立ち、それから相手の立場になって物事を考えたとき、救われる。他人の考えを尊重するようになる。そんな人物が登場する本作には、高校時代の経験が生きている。

 「デビュー作から、生き辛さがテーマの根幹になっています。例えば女性だったら中高生時代に親友や彼氏を作らなければならない、大人になると結婚しなければならない、子どもを生まなければならない・・・・・・。~なければならない、という制約が凄くある気がするんです。そことどう向き合っていくのか、書いていきたいと思っています」

 現在取り組んでいる作品は、「生き辛さ」の原因の中に「夢」も含まれるのではと考えたことから始まった長編だ。
 「12年間、小説家になることを諦め切れなかった期間は辛かったです。何が辛かったって、夢の諦め方がわからないことです。一度抱いた夢をそうそう捨てられなかった。それに縛られてしまい、引き返せなくなった。夢には人生を狂わせる力があります。そこには普遍的な人間ドラマがあると思うんです」


 12年という長い期間に生み出されたあらゆる感情は、たしかな小説の糧となっている。

 
 

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