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レンザブロー インタビュー

作家 石井睦美さん

書くことはその時間を生きること――

 石井睦美さんの新作『愛しいひとにさよならを言う』が静かな話題だ。
 母親との軋轢を抱えて故郷を離れ、未婚のまま自分を生んだ母・槙(まき)。同じアパートに住み、ともに自分を育ててくれた、槙の年上の友人・ユキさん。母の学生時代からの友だちである建築家の「チチ」ことみのりさん。18歳になった「いつか」が振り返るのは確かな愛情と幸せに包まれた少女時代の記憶だ。もちろん物語は決して滑らかには進まない。生まれたときから父親を知らないいつか自身の揺らぎ、反対を押し切って絵画修復の仕事に就いた母と祖母の関係にくすぶる出口のない苦しみ、そして取り返しのつかない別れが否応なく降りかかる。
「いつかの母、槙さんが一人でいつかちゃんを産むということと、みのりさんが最後に死んでしまうということだけは決めて書き始めたんですが、ユキさんのことは登場するまで考えもしなかったですね。この小説のラストも、小説的にはありえないでしょう、と感じる方もいるかもしれない。でも、生きていくって予定調和ではいかないですよね。唐突に人は死んでしまうものだし、人生ってそういうものじゃないという気持ちが書いていても強かったですね」

愛しいひとにさよならを言う 石井睦美

『愛しいひとにさよならを言う』
角川春樹事務所/定価:1,500円(本体)+税

 

石井睦美さん

【プロフィール】
石井睦美(いしい・むつみ)

1957年神奈川県生まれ。作家・翻訳家。
1990年『五月のはじめ、日曜日の朝』で毎日新聞小さな童話大賞と新美南吉児童文学賞を受賞。2003年、駒井れん名義の『パスカルの恋』で朝日新聞文学賞を、2011年、『皿と紙ひこうき』で日本児童文学者協会賞を受賞。『キャベツ』『兄妹パズル』『白い月黄色い月』『レモン・ドロップス』『卵と小麦粉それからマドレーヌ』『群青の空に薄荷の匂い』等児童書・YAの分野での著書多数。2005年~2013年1月まで雑誌「飛ぶ教室」の編集人としても活動していた。絵本の翻訳も多数てがけており、2006年、絵本の翻訳『ジャックのあたらしいヨット』(サラ・マクメナミー著)で産経児童出版文化賞大賞を受賞している。最新絵本に『七月七日はまほうの夜』。

写真/織田佳子

 長く児童文学の分野で活躍し高い評価を得てきた石井さんがこの小説に取り組むきっかけとなった一冊の本がある。二十数年ぶりに再会した友人、映画評論で知られる四方田犬彦氏との共著『再会と別離』だ。人と人との出会いの不思議と互いの人生で避けられなかった別離が往復書簡という形をとって語られる。2011年に出版されたこの本で石井さんは恩師・中村真一郎氏との交流とともに、静かに崩壊していく自らの家庭と娘について、夫との永遠の別れについて、初めて筆をとる。
「以前の私だったら書かなかったこと、書けなかったことを書きました。けれど、事実を書いてしまうと出来事だけが際立ってしまう、そのために、エッセイという形ではどうしても書けなかったことがありました。書いたことで気持ちが楽になったということもまったくなくて、辛い記憶は辛い記憶のまま。けれど、1年、2年とたってみると確かにかつての苦しみを受け入れることのできている自分がいる、という感じがあって。『愛しいひとにさよならを言う』は、『再会と別離』でどうしても書けなかったこと、あのときの私と娘の真実を――事実という圧倒的な形ではなく、心情的な真実を書きたいという気持ちが始まりでした」
 小説のなか。槙といつかの住まいに同居することになった祖母は、厳格な元教師。かつて娘に抱いた期待と要求が満たされなかったことを未だ抱えている。それはまた形を変えて孫の心を強く圧迫し、中学生のいつかは祖母の心ない言動に苦しめられる。娘が繰り返し自分を傷つけていることを知った槙が助けを求めたのは「チチ」だった。短期間、いつかを預かることになったチチは言う。「光は希望だからね」と。

 だれかが暗い気持ちに囚(とら)われていたら、どうするか。いつかのその問いにチチは、「明るいところで、できるだけ物事の良いところを見るようにして、そして夜は、夜だけは、暗闇のなかでぐっすり眠るんだ」そうすれば、生き返ることができる、と。『愛しいひとにさよならを言う』は、女同士の友情、男女の関係や家族を超えたつながりを描くと同時に、母と娘のサバイバル小説でもあるのだ。
「母と娘、祖母の三代の関係は今までも私の大切なテーマのひとつですが、今回の小説を読んだ娘は『ママが書いたなかではいちばんいいんじゃない』って(笑)。娘とは、支えられもしたし、支えもしたし、傷つき傷つけあい、一緒に乗り越えてきたという感じです。『再会と別離』にも書きましたが、朝が来るのが怖い日々がありました。でも、いちばん苦しかった頃、幸福な物語を書いているときだけは考えなくてすんだ。書くことはその時間を生きること、すべてを忘れられる瞬間は書いているときだけでした」

 初めて書いた物語は大学卒業後、編集者として働いていたとき。ある晩、見た夢がきっかけだったそう。
「今から思うとたったあれだけでよくぞ書こうと思ったなあという、本当にたわいもない夢なんです。真夏の一本道を男の子が歩いていると、道に白いクレヨンが落ちている。そのクレヨンを手にしたときに、男の子の背がずんずん伸びていって、空に絵を描くという……(笑)。原稿用紙に5枚、夢で見たとおりに書いたものを先輩編集者に見せたら『石井さん、童話書くんだ』って言われて。そうか、これは童話なんだって。私、童話を書こうって思ったのが始まりです」
 以来、四半世紀。これからも、書いていく。
「人生は一筋縄ではいかないし、過酷で当然といっていいものだと思うんですが、だからといって不幸でなきゃいけないってものではない。人はどんな状況でも喜びを探せるし、幸せになろうとする。逆にいえば苦しみと悲しみのない幸福もないと思う。これからも幸福で元気な子どもの世界も書きたいですが、それだけではこぼれてしまうものを表現していきたいと思っています。
 今までの私は、物語にするときにどうしてもこぎれいにしてしまっていた作品が多かったんです。でも、もっと生(なま)の部分を書いていこうと。『愛しいひとにさよならを言う』で初めて自分のなかの汚い部分や見ないふりをしてきたものを、ようやく書き始めることができた、と思っています」

 
 

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